578 献呈

 ゴデル=ハルゼイ侯をはじめとする園友会の貴族達が、俺が持つ『貴族ファンド』の書類について、あまりにアレコレ言うものだから【収納】で全て出したのだが、それをレティはエライ剣幕で怒り出した。陛下の御前おんまえでなんて事を言われ、すぐに片付けろと指示してきたのだが、そんなレティを国王陛下が興味を持たれたようだ。


「おお。あのリッチェル家か! 此度の活躍、朕も聞き及んでおるぞ!」


 突然、レティに語りかける国王陛下。今までのやる気のなさとは対照的だ。国王陛下は、若年にしてよくぞ立ち上がった。義兵を募り、レジドルナへ参じるとは貴族の誉れであるとミカエルへの賛辞を惜しまない。王都に帰還次第、王宮に参じるようにという陛下の言葉に、レティはすっかり恐縮してしまっている。


 部外の俺とは違い、レティは貴族。国王に対する意識も俺とは全く違うのは当然の話。大袈裟かもしれないが、レティの振る舞い如何で、家の浮沈が掛かっているとも言えるだろう。まして先程の剣幕は、レティにとって大きな失点だったのは間違いない。多分、今どうすれば良いのか困っているのだろう。ここは一つ助け舟を出すか。俺は前に進み出た。


「陛下。『貴族ファンド』の事務所より確保致しました書類一式、謹んで献呈申し上げます」


 話題を打ち切る為には、いきなり本題に入るのが一番。俺がエレノ世界で身に付けた術である。俺は前に進み出ると、頭を下げて両手で目録を差し出す。それを陛下の代わりに受け取る名も知らぬ侍従。すったもんだはあったものの、無事に『貴族ファンド』の書類細目を書いた紙を渡す事が出来た。これによって書類は王国のものとなる。


「此度の品。誠に大儀であった」


 国王陛下が書類の受領を確認した。後は実務の問題として、書類の引き渡しを残すのみである。しかしまぁ、園友会幹部の悪態が凄かったな。しかし悪態をついた貴族達は今、一様に顔面蒼白の様相。俺が持っていた紙が云々どころの話ではない。最早、遅きに失しているとは思うのだが、ようやく事の重大さを認識したようだ。


「褒美を取らせようと思うが、希望はあるか?」


 希望・・・・・ 国王陛下からそう言われて固まってしまった。何故なら、『貴族ファンド』の書類を渡す事ばかり考えていて、こちらから何かを求めるなんて考えていなかったからである。全く予想外の事態を受け、これはどうするべきかと思っていると、陛下が仰せになられた。


「希望がなければ、追って褒美を取らせよう」


 俺はハッとなった。向こうで決められたものを貰っても迷惑だと思ったのである。妙な肩書とか、勲章なんか貰ってもしょうがない。そういうものを受け取る事を下賜かしとか言うらしいが、それだったら自分で決めたほうがいいよな。だったら・・・・・ アレだ!


「へ、陛下。恐れながらお願いがございます」


「ん? なんじゃ。申してみよ」


「はっ。聞く所によりますれば、王宮図書館に大魔導師サルンアフィアが遺したる魔導書があるとの話。願わくばその魔導書、閲覧をこいねがいたく」


「な、なんと!」


 俺の言葉に国王陛下が絶句した。脇に控える侍従達も喫驚きっきょうしている。宰相閣下に至ってはこちらをただ見るばかり。左右からもレティとクリスの視線が身体に刺さってくる。これでは話が進みそうにないと思ったので、俺はケルメス大聖堂を持ち出した。


「ケルメス大聖堂が所蔵しております魔導書をニベルーテル枢機卿の依頼で整理をしておりましたところ、猊下げいかよりサルンアフィアの魔導書の話を伺った次第にございます。そのような書物、閲覧が叶いましたらと思い、恐れながら申し上げました次第」


 俺が話すと、侍従長のダウンズ伯が国王陛下に耳打ちする。権力を持つ者が側近からの助言をこのようにして受けるというドラマのシーンがあったが、リアルで見たのは初めて。一体何を告げているのか気になるが、こちらから聞く訳にもいかない。ダウンズ伯の言葉を聞いて、二、三回頷く国王陛下。確認作業が出来たからのか、陛下が仰せになられる。


「その願い、確かに受け止めた。追って遣わすであろう」


「ありがたき幸せ」


 俺は一礼すると、後ろに下がる。もっとあれこれ抵抗されるかなと思ったが、意外なぐらいあっさり俺の願いを引き取ってくれた。もっとも先程の侍従長の耳打ちが、話をすんなりと進める推進力になったとは思ってはいない。この場では引き取るだけ引き取って、後で断る可能性だって大いにあるのだから。


 しかし俺が『貴族ファンド』の書類を国王陛下に献呈した事がショックだったのか、サルンアフィアの魔導書の閲覧について、園友会幹部貴族から異論や文句といった類のものが一切出なかった。小麦特別融資の契約書が王国に渡って、それどころでは無かったようだ。


 今後ゴデル=ハルゼイ侯らがどのように動くのかは分からない。だが今日の悪態を見る限り、カネを借りた貴族達が何とかしてくれと、必死になって各方面へ働きかけるのは間違いないだろう。まぁ一介の商人子弟であり、そもそもこの世界の住人ではない俺には関係がない話だが。


 謁見を終えた俺達は来る時と同じく、ボルトン伯を先頭にして、クリス、レティ、そして俺の順で貴賓室の本室から退去した。しかし謁見という儀式は実に面倒くさいものだな。出来れば二度とやりたくない。そんな事を思いながら、赤い絨毯が敷かれている脇を歩いて、廊下で待っていてくれたトーマスとシャロンと合流した。


 ――フェレット商会の解体。民衆を苦しめた小麦暴騰を重く見た王国は、小麦の暴騰を主導的に行っていたとして、フェレット商会とトゥーリッド商会の二商会の責任を追及。先週、その財産を接取する政令を発令するに至った。『週刊トラニアス』によれば、二商会の取引書類は全て押収され、帳簿は王国の管理下に置かれたとの事。


 掛金。売掛も買掛も全て王国が行うという話が書かれており、実質的に二商会は国有化されたと言っても差し支えはないだろう。今後の焦点は、二商会が取引してきた商いがどうなるのか、誰が引き取るのかに移った。王都の話題は、この話と『小麦勅令』を主導したウィリアム殿下の話、そしてレジドルナへ出征したミカエルの話とで三分されている。


 貴族会議において民の為、小麦を五ラントで強制的に売るべきと献策したウィリアム殿下。その人気はうなぎ登りだと、ジェドラ商会のウィルゴットは言っていた。人々はウィリアム王子の聡明さを称え、気の早い者なぞ、次期国王と殿下を擬しているという。人々は小麦暴騰と大暴動の後の光明をウィリアム殿下に見出していた。


 ただ皆が懐疑に思っているのは、どうして第一王子なのにウィリアム殿下が王太子ではないのかという点。これまで宮廷は民衆にとって遠いものであり、国王陛下は偉い方、その次に偉い方は宰相閣下ぐらいの認識しかない。故にウィリアム殿下が置かれた状況、側室の子で冷遇されているという実情など、殆どの民衆が知る由もない話。


 現段階ではそうした話が出てはいないが、かつてないウィリアムブームの中、ウィリアム王子待望論が浮上すれば、間違いなく話が広まるだろう。そうなれば、これまでのような冷遇は為されない筈である。小麦暴騰と大暴動の後、民衆は若いウィリアム殿下に光明を見出そうとしていた。


 この民衆のウィリアム殿下への心理と全く同じなのが、レティの弟であるミカエル人気。レジドルナに馳せ参じた若き領主ミカエル。今や国王陛下でさえ関心を寄せるその話をメディアが放っておく筈がない。『週刊トラニアス』は「若きリッチェル子爵の義挙。レジドルナ解放をもたらす!」と題して全面的にミカエルを全力推ししている。


 また『無限トランク』なぞ、特別増刊として「総力特集・リッチェル子爵ミカエル三世」を出して、解説本を出すような有様。それがあっという間に完売したというのだから、民衆からの人気ぶりが窺えるというもの。そのミカエルが帰ってくる。リサからの知らせが早馬によってもたらされたのは、昼休みの話。


 封書によれば早馬と前後して出発したらしく、明日には屋敷へ帰ってくるという。俺は便箋を見た玄関受付から、慌ててレティの教室に駆け込んだ。そしてレティを見つけるなり、ミカエルが帰ってくるぞと告げる。すると喜びのあまり、レティが思いっきり抱きついてきたのである。


「やっと・・・・・ やっと、帰ってくるのね!」


「ああ。これで一安心だ」


 帰ってきたら国王陛下との謁見が待っている。一昨日とは違って、王宮での会見の筈。何しろあのやる気なさげな国王が、子供のように目を輝かせてミカエルの事を語っていたのだ。少なくとも俺のような扱いではないだろう。そんな事を思っていたら、周りの視線が突き刺さってくる。気付けば、皆が俺達の方を見ていた。ああ、これは・・・・・


「おい、レティ!」


 俺がレティを引き離すと、レティの方も視線に気付いたようである。皆が俺達を唖然とした表情で見ているという事を。嬉しさのあまり俺に抱きついたのだろうが、ここは貴族学園。いくらレティが大っぴらであろうとも、貴族と平民なのには変わりがない。それを生徒の面前で抱きつきなどしようものなら・・・・・ 教室には冷ややかな沈黙が漂う。


「グレン、どうしたんだ?」


 それを破ってきたのはドーベルウィンだった。一瞬何故にお前が? と思ったが、よく考えればドーベルウィン。レティと同じクラスだったな。俺はこのチャンスを逃さなかった。ドーベルウィンにレティの弟が帰って来る事を皆が聞こえる音量で伝えたのである。勿論、ドーベルウィンが大仰に話し始めたのは言うまでもない。


「おお! レジドルナの英雄がご帰還か! 良かったな、リッチェル嬢!」


「ありがとう。ドーベルウィン卿」


 レティもつかさず俺に合わせてくれた。するとドーベルウィンが「レジドルナで活躍した弟君が戻ってくるのだから、喜ぶのは当然だ」とアピールすると、クラスから「おめでとう!」という声が飛んだ。ドーベルウィンの演技性がこんな時に役に立つとは・・・・・場の空気が変わったのに乗じて、俺は首尾よく教室から脱出出来たのである。

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