581 感謝
皆がワーワー言っている中、「第三のエレノオーレ」であるユリアーナ。べギーナ=ロッテン伯爵令嬢の叫び声が聞こえてきた。何事かと思って見ると、伯爵と夫人、そして護衛騎士の三人がかりで令嬢を捕まえて、馬車に乗せようとしている。ユリアーナは助けてくれとミカエルを呼んでいるが、ミカエルの方が困惑気味に突っ立っていた。
「お父様、今日だけは・・・・・ 今日だけは寮に帰らせて!」
「お前はそう言ってこの場を逃れようとしているだけだ! いつもそうではないか」
「本当よ! 約束するわ!」
「よし分かった! 一度屋敷に戻って聞こうじゃないか。話はそれからだ」
何も知らずに見ていたら、拉致現場を見ているかのような光景。もがくユリアーナだったが、三対一。必死の抵抗も虚しく、遂に馬車の中へ押し込められてしまった。最後の最後にユリアーナを押し込んだのはべギーナ=ロッテン伯爵夫人。袖を捲って腕まくりをした夫人が、娘を両手で掴んだのである。
「ユリアーナ! いいから、とにかく入りなさい!」
「きゃあああ!!!」
叫ぶ娘を力技で馬車に押し込んだ伯爵夫人。話している時は上品な夫人だったが、鬼の形相で娘を押し込むその姿を見るに、かなりの強者だ。その後、何事も無かったように淑やかな笑顔を見せる辺り、最早只者ではない。何か見てはいけないものを見てしまったという感覚に陥ってしまう。
リサはいつものニコニコ顔でスルーしていた。薄情と言えば薄情なのだが、それがリサの平常運転。ミカエルは馬車の窓を開けて、ヘルプミーと叫ぶユリアーナの姿に固まってしまっている。その一方、同級生のリシャールやカシーラ、セルモンティ、それにデグモンドとショトレなど、全員が苦笑している。もしかして、この茶番。日常茶飯事なのか?
「ミカエル! リサさん! 助けて! ぎゃあああ!!!」
ユリアーナの叫び声も虚しく馬車は出発し、黒屋根の屋敷を後にした。その光景を見た令嬢の同級生達は心配するどころか、皆が笑い転げてしまっている。唯一ミカエルだけが唖然としているのは、根が真面目だからだろう。リシャールに話を聞くと、伯爵令嬢はあんな感じでいつも騒がしいらしい。
カシーラから言わせれば「貴族らしからぬ御令嬢」だとの事で、レティをより騒がしくしたタイプのようである。ただセバスティアンが「もう少しお淑やかであれば、人気が・・・・・」と言う辺り、誰も異性だとは見ていないのだろう。いずれにせよ、皆が無事に帰ってきて良かった。無事に帰ってこなければ、茶番を見て笑うこともないのだから。
ミカエルはレティやダンチェアード男爵、ババシュ・ハーンら
ミカエルに同行したデグモンドとショトレの二人はそのまま寮に帰るというので、アイリの案内で魔装回廊を通って学園へと戻っていった。それを見たボルトン伯が「ワシも通りたい」と興味津々といった感じで話し、皆と一緒に通ったのには笑ったが、それだけ魔装回廊が珍しいのだろう。俺は執務室に戻って、ドラフィルからの封書を開けた。
まず書かれていたのは「感謝」だった。俺がドルナ支援の為に『常在戦場』を動かしてくれた事への感謝の文言が並んでいる。中々ドラフィルの支援が出来ずにやきもきしていたのだが、それでもドラフィルにとっては有り難かったようだ。ドルナ封鎖の間、食料も満ち足りていた事もあって、街中は平穏であったそうである。
それでも道が封鎖されてしまっていた為、街には閉塞感が漂っていたという。それを『常在戦場』が打ち破った。ドルナを封鎖していたレジドルナの冒険者ギルドが一網打尽にされた時には、街中に人という人が繰り出して大騒ぎになったと書かれている。熱狂的な歓迎の中、フレミング指揮の第一警備団やムファスタ支部はドルナに入った。
俺がビックリしたのは、ムファスタ支部の隊士らと共に、ムファスタギルドの会頭を務めているジグラニア・ホイスナーが入ってきたというくだりだ。まさかまさかの展開に、俺は二度見どころか三度見をした。ホイスナーはわざわざ『常在戦場』ムファスタ支部の連中と共に、ドルナ救出の為に同行していたのである。
久々の再会を共に喜んだと書かれている辺り、もうなんだこれと思う。ドラフィルにとっては劇的な再会だったのだろう。それからレジが制圧され、リサとも再会を果たした。これで「ムファスタ三悪」の揃い踏みと言った所か。再会を喜ぶ中、アウストラリス公爵領もが平定されてしまうまで、さしたる時間がかからなかったという。
当初ドルナ側では、レジとの分離。即ち街の離婚を求める声が高かったらしい。ところが制圧後、レジの住民からはトゥーリッド商会やアウストラリス公への怨嗟の声が公然と上がった事から、もう一度レジとドルナとが一緒になって再建しようという話になったそうである。これから頑張ると書いているドラフィルへ、俺は即座に返書を送った。
――学園に戻ってきて、徐々に生活のリズムが戻ってきた。朝は鍛錬、授業は仮眠、昼はアーサーとメシを食べて、昼からはピアノを弾く。そして夕方はアイリと図書館で語らうという、俺が望む普通の学園生活。最近になってようやく杖の補助が無くても立てるようになった。怪我は
これはストレスが大きな影響を及ぼしているのではないかと思う。貴族会議を乗り越えてノルト=クラウディス家を守り、リサやミカエル、リシャール達が無事にレジドルナから帰ってきた。俺にとって、大きな懸案が片付いた事で一気に気が楽になったからだろう。中々治らなかった足腰がここへ来て、一気に良くなったのである。
「元気になって良かったね」
アイリがニコリと笑ってくれる。俺もようやく打ち込みが出来るようになった。勿論、以前の打ち込み量に比べて遠く及ばないが、打ち込みが出来るようになっただけ大きな進歩。最近のアイリはアイリは至って穏やかだった。図書館で話したり、ピアノ室で楽しげに歌ったり、前と同じようなリズムに戻った。アイリの音痴もそのままだったが・・・・・
「レティシアは大丈夫なのかな・・・・・」
「まぁ、ダンチェアード男爵もおられるから大丈夫だろう」
レティの名前を出してきたので、一瞬ギクリとする。すごい剣幕でレティの事を捲し立てた時にはビックリしてしまったが、今は至って平穏無事。あの時のアイリは、余程ストレスが溜まっていたのだろう。ところでそのレティなのだが、ミカエル達が帰ってきた後、王宮と
ダンチェアード男爵やババシュ・ハーン達が、ミカエルに同行して王都にやってきた理由。それはレジドルナ攻略戦に参加した
聞く所によると親閲式とは、国王陛下の
当初、
この話は各誌でも広く伝えられ、今や王都で知らぬ者はいないとウィルゴットが教えてくれた。陛下の覚えめでたき、若き英雄ミカエル。その姿を一目見ようと、親閲式の当日には、沿道に人だかりが出来たという。近衛騎士団や『常在戦場』が親閲式が行われる王宮前広場へ行進する中、ミカエルが登場すると人々は熱狂的な声援を送った。
ミカエルが馬車に乗り、その後ろを
リディアはこの日、学園が休みだったので、フレディと一緒に行進を見に行っていたのである。俺は前日に二人が親閲式へ行く話を聞いていたので、フレディに繁華街にある高級レストラン『ミアサドーラ』を教えておいた。行進を見終わった後、二人で寄れと言ったのである。要はデートらしく食べてこいと勧めたのだ。
勧めた以上は何もしない訳にはいかないので、小遣いを渡したのは言うまでもない。困った顔をしたフレディには、『トラニアス祭』の時の借りを返せと言っておいた。あの時、リディアはフレディと一緒に『トラニアス祭』に繰り出すつもりだったのだが、実家に帰らなければならず、俺が代役になったのである。
そして俺がリディアと一緒に行って、あの暴動に遭遇する羽目になったのだ。リディアには本当に可哀想な事をした。あんな馬鹿げたものに巻き込まれて、楽しいひとときを台無しにされたのだ。だから今度こそ楽しい時を過ごさせたいと思って、フレディに強要したのである。フレディも俺の意図を察したようで、最後は笑って受け取ってくれた。
行進の模様を楽しそうに話すリディアを見ると、首尾は上々だったようでなりよりの話。『ミアサドーラ』の話を聞くと、「良かったぁ」「楽しかったぁ」と喜んでいたので、『トラニアス祭』のトラウマから、ようやく抜け出す事が出来たみたいだ。フレディもしっかりと役目を果たしてくれたようである。
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