575 行幸

 鹵簿ろぼが学園に入った後、俺達は陛下を拝謁すべく学園内の広場へと移動した。既に広場の正面向かいには、学生差配役を務める王国剣術師範のスピアリット子爵や学徒団長ワルシャワーナ、そして『常在戦場』第四警護隊長のテリー・ファリオに第五警護隊副隊長のミノサル・パーラメントが最前列で立っている。


 その後ろにはアウストラリス公爵邸の警備で活躍した剣技専攻の男子生徒と、『常在戦場』の第四、第五警護隊の隊士達が並び、更にその後ろには剣技専攻外で大盾訓練や街中巡回に参加した男子生徒が整列している。男子生徒の左右に女子生徒と、街中警備に参加しなかった男子生徒が立ったのだが、この男子生徒というのが、俺とトーマス。


 俺達は街中警備に参加していなかった為、正面に並ぶ事が出来なかったのである。女子生徒の中に二人だけでいた為、広場の中で浮いてしまって、居心地がとても悪かった。俺は身分が低い上に、襲撃を受けたという名分が立つからいい。しかしクリスの従者という以外、特段の理由がないトーマスにとっては、とても辛い立ち位置である。


 学園長代行のボルトン伯を始め、学園事務局長のベロスニカ、事務局処長ラジェスタ、教官指導主事のアラベスクといった学園幹部や事務方や教官が一堂に並んで待つ。声一つ聞こえぬ静寂に包まれた広場に、近衛兵の警護を受けた国王陛下が出御しゅつぎょ遊ばされる。号令が響く中、俺はトーマスと共に最敬礼で陛下を迎え、式典が始まった。


 号令と共に顔を上げると、用意された高台に国王フリッツ三世が立ち、その背後に男女が控えている。あれは国王の従者か。エレノ世界では、高位の者は男女の従者を従えているのが常。国王とて、例外ではないようである。男の従者は軍装で、女の従者は侍女服姿。見るからに国王陛下と同世代。クリスと二人の従者、トーマスとシャロンの関係と同じ。


 陛下の側には学園服姿で参列している正嫡殿下アルフレッド王子とエルザ王女が並んでおり、正嫡殿下の後ろには、殿下の従者フリックとエディスが従っている。脇には宰相閣下や財務卿のグローズ子爵、内務卿のマルソードン子爵、司法卿のヒョード男爵といった、先週宰相府において顔を合わせた幹部達の姿があった。


 しかし国王陛下や正嫡殿下には従者が控えているのに、宰相閣下の二人の従者、公爵家の王都護衛衛士長も兼ねているレナード・フィーゼラーと侍女メアリー・パートリッジの二人が見えない。一体どうしたのだろうか? また宰相府の幹部達とは別に、宮廷官吏達の姿も見える。


 まぁ、国王陛下の行幸に王宮の者が同行するのは、至極当然の話なのだが。どうして見分けられるのかというと、羽の付いた帽子を被っているからで、羽根付き帽子は王宮の象徴だという話を前にクリスから聞いた。また園友会会長のゴデル=ハルゼイ侯を初めとする学園の同窓会組織、園友会の役員達も連ねていた。


 副会長の地位にあるリーディガー伯、ヴェンタール伯、テレ=リブロン子爵の三人以外にも二人の人物が並んでいる。並びから言って園友会の人間なのだろうが、俺は貴族ではないので分からない。それよりゴデル=ハルゼイ侯。多額の小麦特別融資を受けていたにも関わらず、何事も無かったように立っているので、思った以上に図太い人物のようだ。


「畏くもサルンアフィア学園へ御親臨頂くは、職員生徒一同の誉れに存じます」


 学園を代表してボルトン伯が国王陛下来訪を歓迎する挨拶を行った。続いてスピアリット子爵が前に進み出て、学徒団の活躍と生徒達の奮戦を奏する。次にゴデル=ハルゼイ侯が学園卒業生として、御出御賜った事感激の至りであると、どうでもいい挨拶を行った。貴族の話はとにかく長い。これを受けて国王陛下が優諚ゆうじょう遊ばされた。


「生徒諸君らの此度の働き、ちんは頼もしく思うぞ」


 特に威厳があるという訳でもなく、抑揚の少ない話し方が淡々と口にしているだけのように感じる。言ったら何だが、念仏を唱えている感じ。先日の貴族会議で聞いたあの喋り方そのままだ。聞くものは皆、最敬礼を以て聞いていたが、有り難いとは思えない。そもそも王室崇敬の念とか言われたって、ピンと来ないからである。


 国王陛下は街中巡回に参加した生徒達を称え、特に剣技専攻の男子生徒達の暴徒と化した群衆に立ち向かった勇気を称賛した。一つ嬉しかったのは、挨拶の中で『常在戦場』の活動にも触れた事である。「『常在戦場』は危急の際に馳せ参じ」という短いものだったが、何か報われた気持ちになった。陛下の退屈な御言葉は続く。


「王国への献身的なるその心、朕は必ずや報いるであろう」


 そう述べられて国王陛下の話は終わった。学徒団に参加した生徒達に報いるとは、如何なる方法で報いるつもりなのか。興味を引くところではある。陛下からの言葉が終わると、剣技専攻の生徒達の中からアーサーが進み出て、陛下の御前おんまえに立った。眼前に紙を上下に広げたアーサーが奉答ほうとうする。


「我ガ学徒団、学生差配役二在ラセラレル、スピアリット子爵ノ元。全団皆一丸トナリテ、多数ノ群衆ト対峙シ、之ヲ抑サエ、遂二払イ退ケル二至ル」


 なんだなんだ、その硬い文章は。しかし貴族生活も大変だな。妙に硬い言葉を捏ねくり回して挨拶をしなければならないんだから。小一時間に渡った長い式典が終わり、広場から国王陛下が入御にゅうぎょする。その後ろを正嫡殿下やエルザ王女が続き、宰相閣下や侍従長のダウンズ伯らが順次退出していく。俺はようやく退屈な儀式から開放された。


 後は国王陛下のお見送りをするだけだなと思っていると、教官指導主事のアラベスクから生徒は各自教室で待機するようにとの通達が出た。どうやら陛下は一度お休みになってから、学園を出る予定のようである。それまで待っておけという事か。溜息をついた俺は、トーマスと共に教室へ向かった。その途中、トーマスが突然俺を引き止める。


「・・・・・グレン。ちょっといいか?」


「どうしたんだ?」


「うん、こっちへ・・・・・」


 トーマスに言われるまま、俺は後を付いて行った。向かっている方向は教官室があるところ。今更教官室に用はないぞと言うと、行くところはそこじゃないと、トーマスが答えた。じゃあ、どこに行くんだ? そう思っていたら「ここだ」とトーマスが立った場所が学園長室。おいおい、国王陛下がいるのにボルトン伯は不在だろ。


「グレン・アルフォードをお連れしました」


「うむ、よく連れてきてくれた」


 応接セットのソファーに座るボルトン伯が、トーマスに答えた。その向かいには何故かクリスとレティが座っている。ちょっと待て、何で君達がいるんだ? 目を瞑ったまま座っているクリスの側にはシャロンが控えている。しかしなんで俺がここに連れてこられたのか・・・・・ クリスが目を見開いて、おもむろに口を開いた。


「これより謁見に臨みます」


「はぁ?」


 唐突な話に、思わず声が出てしまった。謁見? 謁見と言うと・・・・・ 国王陛下? 話によればクリスが仲介人で、レティが見届人という設定らしい。国王陛下の御前おんまえに立つ平民には必ず必要な立場の者で、両方とも貴族子弟でなければ務められないという。つまり俺が国王陛下と謁見するには、クリスとレティの同行が必要という話。


「クリスティーナからお願いされたのよ」


 レティが見届人を引き受けた理由を話した。言わなくても分かるよ、それは。素面のレティを見てそう思った。考えれば宰相家ノルト=クラウディス公爵家が令嬢が仲介人、若き夫人であるリッチェル子爵夫人が見届人というのは、身分低き商人子弟の謁見にしては贅沢な布陣。陛下の御前なのですから、決して粗相のないようにと釘を刺されてしまった。


 しかし陛下の前に出るって事は俺はひざまずかなければならないのか・・・・・ 先日行われた貴族会議の場に出たザルツによると、国王陛下の御前であるという事で、ずっと跪いていたいう話。平民が国王の前で立つことは許されない。だから跪かねばならないと言ってたな。そう考えると、嫌だなぁ。本当に面倒だ。


「片膝だけを付けばいいのかな?」


 俺がそう言うと、クリスがその辺りの心配はないと言った。何でも平民が跪かねばならないのは王宮内での話であって、王宮外であれば最敬礼となるそうである。そもそも王宮内に世話役や衛士以外で平民身分の者が入るような事はないそうで、跪く者が現れる状態そのものが稀だという。という事はザルツ達が貴族会議の場に出たのは稀だったのだな。


「今日のアルフォード殿は、お召になられた者。そのような必要はないぞ」


 ボルトン伯がクリスの言葉を補強する。しきたりというもの、実に面倒くさいなと思った。俺は今日の式典で国王陛下の後ろに控えていた男女二人の人物は誰かと聞いたら、二人共国王陛下の従者で男の方は侍従武官長べーティナルド子爵。女の方は内侍ないしのサーヴェスト子爵夫人だと、クリスが教えてくれた。


(やはり俺の予想通りだったか)


 俺のカンは当たった。ただ、当たったからと言って得になる話は何も無いのだが・・・・・ また国王陛下の従者は立っているのに、宰相閣下の二人の従者フィーゼラー父とメアリーがいないのは、王族の前で貴族の従者を従えてはならないというしきたり・・・・があるからだそうだ。


 具体的に説明を聞くと、公式行事の際には同行できない旨の決まりとなっており、これから行われる謁見でもトーマスとシャロンはクリスの後ろで控えられないらしい。なので二人は廊下で主人を待つしかない、相変わらずどこまでも面倒な、エレノの貴族社会のルールである。


 まぁ宮廷ともなれば、この面倒くさいルールが塊のようになっているだろうから、今日の式典に出席した宮廷官吏達は日夜、そのしきたりに追い回されているのだろう。ボルトン伯によると今日出席している宮廷官吏は侍従長のダウンズ伯に宮内大夫のアズラン子爵、侍従次長のトアプポーレ子爵。そして三人の侍従。皆、羽根付き帽子を被っていた者達だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る