574 真(まこと)の功労者

 群衆がアウストラリス公爵邸の一つ「御門」の正門に押しかけてくる中、宰相府軍監ドーベルウィン伯と嫡嗣ドーベルウィンの親子による、アウストラリス公への説得は続いた。しかし話を聞く限り伯爵のそれは説得というより、恫喝に近い。ドーベルウィン伯は群衆の怒りを静める為、アウストラリス公に爵位の返上と所領の返納を迫った。


「こ、こ、この群衆を止められるならば・・・・・」


「では爵位の返上を決断なされるのですな?」


「こ、この群衆をそれで収まるというの・・・・・」


「宜しいですな!」


 アウストラリス公にそう確認をしたドーベルウィン伯は、魔装具を取り出して、この事を外へ伝えた。


「アウストラリス公爵閣下は、この度の一件に責任を感じられ、公爵位の返上と王国への公爵領の返納を決断為された。諸君らの声は届いた! 再び告げる。アウストラリス公爵閣下は、公爵位の返上と公爵領の返納を決断為された。諸君らの声は届いた!」


 軍監ドーベルウィン伯の声は、魔道士達による【音量増幅ボリュームブースター】によって、公爵邸に押し寄せて来る群衆に届けられた。すると騒がしく公爵邸に迫っていた群衆は、その報を耳にして静まり返った後、一斉に「万歳!」の歓声を上げたのである。これに負けじと、ドーベルウィン伯の声が魔道士によって【音量増幅】されて、辺りに降り注ぐ。


「繰り返す。アウストラリス公爵閣下は、公爵位の返上と公爵領の返納を決断為された。諸君らの声は届いた! 速やかに解散せよ!」


 ドーベルウィン伯が魔装具越しに群衆へ訴える中、アウストラリス公は膝から崩れ落ち、その場にヘタり込んでしまった。陪臣であるモーガン伯も執事長のジェムフェーゼン男爵も茫然と立ちすくんでいる状態で、部屋にいたアウストラリス家の者は皆うなだれている。それでもドーベルウィン伯は、魔装具越しの訴えを止めない。


「諸君らの声は届いた! この場より速やかに退去するように! 繰り返す。諸君らの声は届いた! この場より速やかに退去するように!」


 その間、ドーベルウィン伯に同行して公爵邸に入っていた参謀のアラン卿が、魔装具で外と連絡を取り、群衆達が引いていく様を確認した。その模様をアラン卿がドーベルウィン伯に報告する。


「公爵閣下。閣下の御決断により、群衆は公爵邸より引き始めました。我々は公爵邸の警備を続行致します」


 では、とアウストラリス公に挨拶をすると、ドーベルウィン伯はアラン卿とドーベルウィンを引き連れて颯爽と立ち去った。アウストラリス公から必要な言葉を引き出したので、もう用はないといった感じである。合理主義と言えば合理主義だが、ある面徹底しているよな、ドーベルウィン伯。話を聞いて、単に実直なだけではない別の一面を知った。


 父やアラン卿と共に公爵邸正面前に戻ったドーベルウィンは、公爵邸へ乗り込んだ時とは一変、群衆が消えた光景を目の当たりにして呆気に取られたそうだ。そんなドーベルウィンに、父であるドーベルウィン伯が「よくやったぞ」と声を掛けた。「お前のお陰で群衆達が引いた。皆が救われたのだ」と。その言葉を聞いて報われた気持ちになったという。


「な。だから、功労者なんだよ」


 アーサーが改めてドーベルウィンが功労者だと話した。話を聞くと父を説得し、アウストラリス公に爵位の返上を求めたのは他ならぬドーベルウィン。最終的には父である軍監ドーベルウィン伯がアウストラリス公に爵位の返上と、所領の返還を飲ませたという部分はあれど、その道筋を付けたという功績には変わりがない。俺は感心した。


「全くだ。よく爵位の返上なんて考えたな、ドーベルウィン!」


「いやぁ、どうすれば群衆が納得するのか考えてみたんだよ。誰もがアウストラリス公の事を叫んでいたから、爵位を返上すると言われたら治まるかな、って思ったんだよ」


「そして、その見立ては正しかったのだな」


 ドーベルウィンのカインが指摘をした。群衆も今は元公爵となったアウストラリスへの憎悪を燃やすも、まさか爵位の返上や所領の返還をするなんて思いもしなかったのだろう。だからその知らせを聞いて、皆溜飲が下がったのだ。相手が全面降伏しているのに、戦い続けるヤツはいない。だから群衆は波が引くように帰っていったのである。


「やはり大暴動を鎮圧した最大の功労者はドーベルウィンだな」


「だろ。ほら見ろ! グレンの言う通りだろ」


 俺がそう言うと、アーサーが手を叩いて喜んだ。カインも俺達に同意している。対してドーベルウィンは照れてしまって、頭を掻いた。


「どうして群衆の気持ちを考えたんだ?」


「相手の方が圧倒的に強かったからさ。アルフォードが千人いるような感覚だ」


「はぁ? 何だそりゃ」


 俺が言うと、公爵邸前で群衆と対峙していると、決闘で俺と戦っているような気分になったのだという。どんなに頑張って食い止めても、こちらの力がどんどん吸い取られ、動きが鈍くなっていくような感覚だったと。


「だから、このままではやられるって思ったんだよ」


「ジェムズは決闘から学習したんだね」


 スクロードが従兄弟らしいツッコミをすると、皆が笑いだした。ドーベルウィンは笑い事ではないぞと皆に言う。そして平民のパワーの恐ろしさを俺から学んだのだと力説した。ドーベルウィンがまさかこんな形で決闘の苦い経験を生かしてくるなんて・・・・・ アウストラリス公爵邸で起こった意外な顛末には、ただただ驚くばかりだった。


 ――王室付属サルンアフィア学園。この学園が「王立」ではなく「王室」となっているのは、この学園が国費ではなく、宮廷費によって運営されているからである。その昔、大魔導師サルンアフィアに師事していた女帝マリアが、消息不明となっていたサルンアフィアが運営していた貴族子弟の私塾を王室で引き取った事から「王室付属」となった経緯がある。


 このマリアという人物。サルンアフィアと同時期に姿を消した、第二代国王ロマーノの後を継いで第三代国王に即位。ノルデン史上初の女王となった。しかし相手もいない中、懐妊して皇太子カールを授かったというのが謎である。恐らくはエレノ製作者が、キリストの生母マリアの処女懐胎じゅたいをモデルにしたのだろう。


 しかし名前もそのままとは本当にベタである。まぁ、こんな事を言うのもなんだが、必ずやらなきゃ、子供は出来ない。経験者が言うのだから間違いない。身に覚えが無いのに孕んでなんかいたら、まず浮気不倫が疑われるではないか。だから女帝マリアは誰かと交わっているに決まっている。勿論、それが誰なのか、知りようはないが。


 女帝マリア唯一の子、生まれながらにして皇太子であったカールは、成人すると即位して第四代国王カール一世となる。母マリアとの共同統治という形となったのは、第二代国王であるロマーノの直系がマリアとカールしかおらず、リスクをヘッジする為だろう。またカール一世が王妃を置かなかったのも、母である女帝マリアがいた為とされている。


 これには実質的に王妃の役をマリアが行っていたという事情があったようである。それが為、カールの伴侶は王妃になれなかったのだが、代わりに三人の女性がカールの「夫人」となった。この三人の妻は大変仲睦まじく、カールとの間になんと十一人の子を儲けたのである。一説には、三人の夫人は同級生であったという。


 カール一世が三男八女、十一人の子に恵まれたので、辛うじて繋げてきたアルービオ朝は不安定な状態を脱却。血が絶える心配から開放された。特に八人の娘が有力諸侯に嫁ぎ、姻戚関係を結んだので、王朝の基盤は盤石なものとなっていく。この中でカール一世の次女のアマーリエは、ノルト=クラウディス公爵家に嫁いでクリスの先祖となった。


 つまりカール一世はクリスだけではなく正嫡殿下をはじめ、ウィリアム殿下やエルザ王女、そしてアイリの共通の先祖なのである。カール一世が長命だったので、王位を継いだのは長男ペーターの長子マーサル。このマーサルが即位して、第五代国王マーサル一世となる。

 

 歴代国王を初めとする王族や貴族が学んだこのサルンアフィア学園だが、意外な事に国王が行幸ぎょうこうするのは女帝マリア以来、実に三百年振りなのだという。しかも急遽決まったこの行幸に、学園の方は準備に大わらわだったようだ。クリスによれば、この行幸には宰相閣下も付き従う事になっているとの話だった。


 先週の宰相府訪問後、公爵邸へ戻ったクリスだったが、『貴族ファンド』が行っていた小麦特別融資を借りていた親族陪臣の扱いを巡って、宰相閣下や次兄アルフォンス卿、親族の長老格でありクリスが「テオドール様」と慕う叔父のクラウディス=ディオール伯の四人で協議を行ったものの、芳しい結論が出なかったらしい。


 具体的には、何らかの形で救済せねば親族陪臣が揺らぐと主張するクラウディス=ディオール伯と、公明正大に処置を行わなくてはならないとする宰相閣下との間で、意見が大きく割れてしまったというのである。これにはアルフォンス卿もクリスもモノが言えなかったという。結局、結論は持ち越しとなってしまった。


「この問題、一筋縄にはいきませんわ」


 二束三文どころか、今や売るのにカネを払わなくてはならなくなってしまった小麦。タダ以下となった大量の小麦と膨大な借金のみが残った状態をどのように扱うべきなのかについて、親類縁者にとっては頭の痛い問題だろう。クリスもしっかり話をするつもりで意気込んではみたものの、結果として何ら決める事が出来なかったのである。


 学園へ行幸遊ばされる国王陛下をお迎えするべく、学園服に身を包んだ生徒達が玄関前に並んだ。厳しいカースト制のエレノ世界。当然ながら貴族子弟と平民子弟との扱いは違う。平民子弟は玄関外に一列で並びお迎えし、貴族子弟は玄関から道の両側に並んで鹵簿ろぼを待つ。俺は目の前を通る御輦車ぎょれんしゃに最敬礼で頭を下げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る