573 「御門」攻防戦

 昼休み、俺とアーサーがロタステイで明日行われるという国王陛下の行幸について話をしていると、カインが俺を見つけて来てくれた。相変わらず胸板が厚い。流石は剣聖スピアリット子爵の嫡嗣だけの事はある。そんなカインらしく俺の動きを見て、回復しているのを見抜いた。しかしまだ万全じゃないと伝える。足元がフラつくのだからしょうがない。


「ああ。身体は動かしているが、鍛錬なんか怖くてできないよ」


「だったら本調子までには、もう少しかかりそうだな」


 カインの言葉に俺は頷いた。せめて杖の補助がなくなるまでは、鍛錬を見合わせておいた方がいいだろう。アーサーとカインと俺の三人で話をしていると、ドーベルウィンとスクロードがやってきた。その時アーサーが「よっ! 功労者」と言うので誰の事かと思ったら、なんとドーベルウィンだと言うのである。


「おい、止めてくれよ。その言い方」


「何言ってるんだ。あの大暴動を止めた最大の功労者だろ」


 ドーベルウィンが大暴動を止めた? アーサーの話にえっ? となった。カインもそれに続く。


「そうだ。あの時、お前が動いてくれなかったら、俺達だってどうなっていたか」


「おい・・・・・ 一体何があったんだ?」


 俺は思わず聞いた。するとアーサーが大暴動の天王山、「御門」と呼ばれたアウストラリス公爵邸に押しかけてきた群衆との攻防戦について話し始める。統帥府軍監ドーベルウィン伯爵閣下の指揮の下、近衛騎士団や王都警備隊、ノルト=クラウディス公爵家の騎士団や『常在戦場』布陣して公爵邸の防衛団を形勢する中、学園学徒団もその列に加わった。


 学園学徒団は元近衛騎士団騎士監で学徒団長のワルシャワーナの指示に従い、公爵邸正面の左翼後方で待機。隣に着陣した学院学徒団と共に学生差配役である剣聖スピアリット子爵の指揮下に入った。学徒団が陣を置いた場所は、貴族の邸宅が立ち並ぶ閑静な地域。アウストラリス公爵邸の「御門」はその最深部に位置している。


 学徒団が到着した頃には、人っ子一人いなかったアウストラリス公爵邸周辺だったが、夕方になるにつれ、その貴族居住地域にその場所と無縁である筈の群衆が「アウストラリス公を倒せ!」「アウストラリスに死を!」と叫びながら、続々と集まってきたというのである。これには皆、何処から人が湧いてきたのだと驚いたらしい。


「あんな群衆、初めて見たよな」


「まさかグレンが言った通りになるなんて、思いもしなかったよ」


 アーサーとカインがそう話す。当初、「御門」の正門よりかなり前の位置に布陣していた近衛騎士団、王都警備隊、『常在戦場』の三隊は、群衆を受け流しながら徐々に後退を繰り返した。公爵邸防衛の総指揮を執った軍監ドーベルウィンが、公爵邸の一区画前の所に防衛線を張り、このラインを死守するようにとの指示を通達。


 そこで学園学院の学徒団は左翼、ノルト=クラウディス公爵家は右翼に展開したのである。この頃には既に日が落ちていたのだが、群衆は減るどころか増えるばかり。夜が更けるにつれ、群衆は膨れ上がり、アウストラリス公爵邸へ向かう圧力は強まった。ドーベルウィン伯が定めた防衛ラインで、防衛団と群衆の激しいもみ合いが展開されたのである。


 全員『オリハルコンの大盾』で防備を固めた屈強な各隊だったが、溢れんばかりの群衆の波に、総勢二千人近くいる筈の防衛団は徐々に押されていく。そして防衛ラインそして遂に公爵邸正面前にまで群衆が達したのである。王都警備隊の隣で防備していた学園の学徒団も群衆の猛烈な圧力に押された。


「群衆の圧力は強烈だったよ」


「今にも押しつぶされそうなぐらい強かった・・・・・」


 スクロードの言葉に、アーサーが続く。カインが言うには、まるで鉄の塊を止めているような感覚だったらしく、群衆の圧力の強さは半端なかったようだ。ドーベルウィンが話す。


「だから、これは無理だと思ったんだ」


「それで軍監閣下の元に行ったのだな」


 カインの話にドーベルウィンが頷いた。そんな事があったのか。ドーベルウィンは自分の持ち場をスクロードに任せると、公爵邸正面前で指揮を執っている、父親のドーベルウィン伯の元に走ったというのである。アウストラリス公爵邸の壁伝いに通り、何とか辿り着いたドーベルウィンは父親に叱責されるも、怯まずに直言した。


「父上、ここはアウストラリス公を説得なされるべきです」


「なにぃ!」


「このままでは群衆の圧力の前に我々は持たず、潰走の危険があります。群衆が狙うはアウストラリス公お一人。ですので父上、ここはアウストラリス公に群衆への降伏を勧めるべきです」


「こ、降伏・・・・・」


 突然の息子からの説得に軍監ドーベルウィン伯は戸惑った。しかしドーベルウィンは必死に説得を続ける。


「相手が欲しいものを然るべき方法で渡せば、相手の方は必ず引く筈。群衆の狙いはアウストラリス公。公爵閣下が爵位を御返上なされれば、群衆も納得し、解散するでしょう」


「・・・・・分かった。ジェムズ! 付いて来い!」


 腹を括ったのか、ドーベルウィン伯は現場の指揮を第二近衛騎士団長のスクロード男爵に委ね、参謀のアラン卿と息子ジェムズを伴って邸内に入った。アウストラリス公と面会したドーベルウィン伯は、群衆の怒りは止まらず天を衝く勢いと話し、公爵邸の防備が切迫した状況にあると顔面蒼白となっているアウストラリス公へ説明した。


「公爵閣下。最早暴徒と化した群衆の怒りを阻むすべはございませぬ」


「な、何をいっておるのだ。王宮を守らん近衛騎士団が平民・・・・・ 平民如きを恐れるとは・・・・・相手は平民ではないか! 防備に手を抜いておるのではないのか?」


「戯言を申されるのか!」


 軍監ドーベルウィン伯は怒りのあまり、アウストラリス公を一喝した。その怒りに任せて、ドーベルウィン伯は捲し立てる。


「近衛騎士団や王都警備隊だけではなく、『常在戦場』にノルト=クラウディス公爵家の騎士団、学園学院の生徒達まで動員しての総力戦でございますぞ! アンドリュース候まで加勢なされている状況にも関わらず、アウストラリス公爵家の衛士が誰一人加入せず、手を抜くとは何を申されておられるのか!」


 自分は一兵も出さぬクセに、よくも「手を抜いた」などと抜かしたなという心境だったのだろう。そりゃ、怒るのは当然だ。武人ドーベルウィン伯の怒りに震え上がるアウストラリス公。これを見て父上は無骨過ぎると思ったドーベルウィンは、伯爵閣下に一喝され、震え上がっているアウストラリス公の説得を試みた。


「群衆達の狙いは公爵閣下ただ御一人。閣下の御首みしるしのみを狙っておりまする」


「予を・・・・・ 予を賤民が・・・・・」


 御首。ドーベルウィンの指摘に顔面蒼白となっていたアウストラリス公は、更に狼狽うろたえる。その時、部屋の中で外にいる群衆の声が響き渡った。まるで直接群衆と対峙しているような距離感で、集まる人々の絶叫が聞こえたのである。


「アウストラリス公を倒せ!」

「アウストラリス家に鉄槌下だせ!」

「アウストラリスに死を!」


 その声に茫然とするアウストラリス公。なんだこれはと尋ねる公爵に、アラン卿が外で響き渡っている声ですと答えた。後でドーベルウィンがアラン卿に確認したところ、外にいた近衛騎士団付きの魔道士が【音量増幅ボリュームブースター】を唱え、アラン卿の持っている魔装具を通して屋外の声を部屋の中に流したらしい。これは明らかな恫喝だ。


「間もなく、この叫んでいる暴徒達が屋敷の中へ雪崩れ込み、蹂躙してしまいます。どうか御決断を!」


「な、何を決断せよと言うのだ・・・・・」


 決断を迫るドーベルウィンに、アウストラリス公は弱々しく問う。この時、アウストラリス公が精神的に参っているのを見て取れたそうだ。考えてもみれば朝には貴族会議で目論見が外れ、昼には王宮横の屋敷「御前」からの退去を求められ、夜にはもう一つの屋敷である「御門」を怒り狂った群衆に取り囲まれているのだから、参るのも無理はない。


「爵位をお返しになるべきでございます。暴徒の狙いは公爵閣下の地位。その地位が無ければ暴徒達はここに押し寄せる理由はなくなります」


「予に・・・・・ 予に、爵位を返上せよといういうのか・・・・・」


「閣下。御言葉ですが、所領の返納も加えなければ、暴徒達は納得しないでしょう」


 アウストラリス公と息子との話に、父親のドーベルウィン伯が割って入った。これまでのやり取りで、腹の虫が治まらなかったからだろう。ドーベルウィンの話とは別に、所領の返納までを持ち出し、公爵位の返上を迫った。軍監閣下のこの限りない恫喝により、恐怖で顔を歪ませているアウストラリス公。そんな中、ドーベルウィンは必死の説得を試みる。


「閣下を・・・・・ 閣下や御家族をお救い致しますには、それしか残っておりません」


 このドーベルウィンの説得に弱気となっていたアウストラリス公は心揺らいだようであったが、それでも決断までには至らなかった。それは同席していた陪臣モーガン伯や執事長ジェムフェーゼン男爵が、爵位の返上まかりなりませぬと、アウストラリス公を必死にいさめたからである。家臣達のこの態度に業を煮やしたドーベルウィン伯が吠えた。


「ならば貴殿らのみで群衆と対峙すれば良い! 近衛騎士団も王都警備隊も学徒団も『常在戦場』もノルト=クラウディス公爵家の騎士団も公爵邸の警備には要らぬ! 我は全ての隊に撤退命令を下すのみ!」


 これにはモーガン伯やジェムフェーゼン男爵らアウストラリス公爵家の者皆、顔を引きつらせるのみだった。幾千の群衆がロクに警備をする者もいない公爵邸に乱入すればどうなるのか? そんな事、言うまでもないだろう。「偉そうに言うお前等だけで守ってみろ」という軍監閣下が叩きつけた恫喝の前に、彼らはただ沈黙するしか無かったのである。

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