第四十二章 爾後之事
572 レジドルナの若き英雄
週明け、俺は久々に学園に入った。小麦相場で仕手戦を仕掛けて以来だから、約一ヶ月振りだろうか。俺がまずやったのは、ロタスティ前に置いてある各雑誌を手にする事。今日出ていたのは『
号外含めてだが、四誌揃い踏みだ。その中で特に目を引いたのが『小箱の放置』。タイトルが「若き貴公子、レジドルナへ馳せ参ず!」。なんだこれは? 記事を見ると。驚いた事にミカエルの話。レジドルナ近くに所領を持つ、リッチェル子爵家の若き当主ミカエル三世が、手勢を連れて近衛騎士団の元に参じたと書かれていた。
ミカエルは現在、サルンアフィア学園に在学しており、同級生らを募って所領に戻り、義勇軍を結成。若きミカエル自らが先頭に立ち、レジドルナ追討に進んで身を投じたとドラマ仕立てに書いている。しかしまさかミカエルを全面に持ってくるとは思いもしなかった。この記事を見たレティがどう思うのか。あのブラコン気質を考えると心配だ。
一方『無限トランク』は、「レジドルナ守護職ドファール子爵、捕縛さる!」と、同じレジドルナ情勢でも全く違う話で勝負してきた。近衛騎士団と『常在戦場』を中心とした部隊がレジドルナに突入。レジドルナ行政府を始めとしてトゥーリッド商会やレジドルナギルド、冒険者ギルドなどが制圧され、追討部隊はレジドルナの街を完全に掌握した。
その過程でレジドルナ行政府守護職のドファール子爵が、家族と共に拘束。同時に王都やドファール子爵領に散らばる子爵の一族も尽く捕らえられたと書かれていた。その罪名は
かつて『翻訳蒟蒻』でデマ記事を書いていたメガネブタこと、モデスト・コースライスの一族に対する処罰も激烈だったからな。「刻印の刑と永久神罰」だったか。「
犯罪者の証である八つ星と十字を重ね合わせた「八星十字」の紋章を付ける事を義務付ける「譴責の刑」。この紋章を付けた者に対しては、何をやろうと罪に問われぬという、恐るべき刑罰。逃れたいと思うのは当たり前。このエレノ世界、刑罰が常軌を逸し過ぎていて、ドン引きどころの話ではない。
焼き鏝を額に押し付ける「刻印の刑」、鼻の形をブタの形に変えられる「永久神罰」。挙げ句の果てに存在そのものすら否定する「指名剥奪」。その後どうなったのかは知らないが、最早考えるまでもないだろう。デマ記事を書いただけでこうなのだから、大逆罪となると想像するのも恐ろしい話である。
このエレノ世界、何度も見るに為政者や聖職者が直接手を下す事はない。だから警察も司法も刑務所もないし、死刑もない。暴動を起こした罪で拘束されたダファーライでさえ、聖堂に収監されるも最終的には解放された。処置や処理は全て市井が勝手に行う形。恐らくはドファール子爵とその一族も、エレノの掟に従い、そのように処置されるだろう。
同じ号外であっても『無限トランク』は前の二誌とは全く違う報道。「フェレット商会。全資産の押収が決定」「宰相府。小麦操作へ毅然たる対応を行う方針」と、宰相府のフェレット商会に対する対応や、捜査の内容を伝えている。フェレット商会が持つ全資産の押収に関しては、先週に政令で即日公布されたとの事。
政令によって布告されるというのは、徹底して財産を押さえる方針であるのは間違い無さそうだ。しかし今のフェレットは若き女領導、佳奈に似たミルケナージ・フェレットは、その父親で前領導の フェレットと共に行方不明。フェレット商館も経営する高級ホテルの『エウロパ』と『カリスト』も、ドル箱のカジノも全て焼け落ちた。
その状態で押収できる財産がどれだけあるのだろうか? その実効性に関しては疑問符が付くところ。しかしながら記事が指摘しているように「アウストラリス公は責任を取ったのに、フェレットは取らないのか?」という、民衆の間に漂う反フェレット感情を慰撫する為にも、宰相府が厳しい姿勢を以て臨む姿勢を見せる必要があるのだろう。
一方、貴族会議の結果がショックだったのか先週号外を出さなかった『翻訳蒟蒻』は、「今から出来る暴動対策」とか「小麦安の時代に生きる」などといった、どう見ても現実逃避の記事を載せていた。今週が定期刊だったので、出さざる得なかったみたいな空気を感じる。なんというか、出したくなかったオーラが漂っているのだ。
しかし自分で買っておいて言うのも何だが、こんな内容が読みたくて購入するような者がいるのだろうか? だとすると余程奇特なヤツだなと、その記事を思い出して一人失笑しながら教室に向かって歩いていると、すれ違う人間が皆、こちらの方をジロジロと見ている。
俺が一人ニヤニヤしているのを見ているのか、それとも杖を持っているから見ているのか分からないが、どちらにしても視線が痛い。この学園に通う限り、「この視線」から逃れる事は出来ないのか? しかしこの雰囲気を含めて、本当に久々である。俺がクラスに入るとディールが駆け寄ってきた。
「おい! もう通えるのか!」
「ああ、通うのは問題ないぞ」
「シャルから話は聞いていたから、大丈夫だってのは知っていたけれど、大変だったらしいな」
「お前の方も大変だったんだろ」
「まぁな」
ディールが大盾訓練に狩り出され、街中巡回までした状況について話してくれた。剣技がイヤで魔法を取っているのに、これでは意味ないよと嘆いている。おそらく、かなりの生徒がディールと同じ心境なのだろう。何にせよ、俺が無事に戻ってきて良かったよと手を差し出してきたので、俺も手を出して握手を交わした。
「グレン! 来ると思ったわ!」
俺が椅子に座ると、リディアが声を掛けてきた。フレディがげんなりした顔で「こっちは大変だったんだぞ」と話している。そうだよな。ディールと同じように学徒団に組み入れられて、一日中鍛錬を強いられたんだからな。フレディもディールがクラートから話を聞いていたように、リディアから俺の事を色々聞いていたようだ。
「襲われた時には意識不明だったらしいのに、よく戻ってこられたな」
「まぁ、運が良かったって事だ」
アイリの神聖力のお陰だなんて言えないので「運」だと言っておいた。そうでも言わなきゃ、話が通らなくなってしまう。
「私が最初に見た時には、動けなかったものね」
「よく見舞いに来てくれたな」
「お父さんが「行くか?」と言ってくれたからよ」
俺の姿を見て号泣したリディアを思い出す。あの時屋敷に戻って、まさかリディアに書類整理を頼む事になろうとは考えもしなかった。聞けばガーベル卿はかなり忙しいらしく、貴族会議が終わってから後、全く家に帰っていないのだという。恐らくは、ウィリアム殿下が動かれた事による後処理に追われているのだろう。俺達が話していると、教室に教官が入ってきた。
さぁ、これから仮眠を取るか。久々に仮眠を取ろうと思ったところ、教官から連絡事項があるという。生徒達は今度は何事かと、みんな身構えている。特に男子生徒が身構えているようだ。多分こんな感じで「今日から大盾訓練だ」とか、「今日から街中巡回だ」とか言われたのだろう。ならば今日は何を言うつもりなのだろうか?
「明日このサルンアフィア学園へ、
は? 国王陛下が学園へ来るのか? 教官曰く、先の暴動で奮戦した学徒団を激励する為にやってくるらしい。
「これは学園にとっても、生徒諸君にとっても最高の栄誉である。明日は心して御出迎えに当たるように」
教官の言葉に生徒達は顔を見合わせている。信じられぬといった感じだ。前の方の生徒達、上級貴族子弟ですらそうなのだから、国王が学園へやってくるなんて、これまであまり無かった事なのだろう。ただ最前列の上位席に座るクリスは微動だにしていない。事前にこの話を聞いていた可能性もある。後でトーマスを通じて確認してみよう。
「ようやく帰ってきたようだな」
昼休み。久しぶりに学食『ロタスティ』で海鮮ピラフを食べていると、厚切りステーキを乗せたトレイを持つ男子生徒。そんなヤツは一人しかいないのだが、アーサーが俺の向かいに座ってきた。俺は「お陰さんで戻ってこれたよ」と返すと、良かった良かったと言いつつ、バクバクとステーキを食べ始めた。この光景、一年以上全く変わっていないぞ。
「陛下が学園へ行幸遊ばされるって事で、親父も大騒動なんだよ」
「ボルトン伯がか?」
「ああ。三日前だったかな。王宮から侍従がお見えになって、伝えられたのだってよ」
三日前・・・・・ 俺達が宰相府へ行った次の日か。何があったのかは知らないが、新たなる動きがあったのだろうか。早くも厚切りステーキを食べ終わったアーサーは溜息混じりに話す。
「俺に生徒代表で挨拶しろって、無茶な事言うんだよ、親父が」
「アーサーがか!」
「そうなんだよ。時間が無いからお前がやれって・・・・・」
アーサーが頭を抱えていた。学園が休みだったのと行幸が急に決まったが為、急ぎ用意をしなければならないからと、学園長代行であるボルトン伯に指名されてしまったらしいのだ。親父は次から次へと無理難題を被せてくると、アーサーが嘆いている。しかしこのパターンをずっと続けているな、ボルトン家も。俺達話しているとカインがやってきた。
「グレン。やっと学園に顔を出せるようになったんだな」
「ああ。これ付きだけどな」
俺は持っている杖を高く掲げる。補助付きだという事を示したかったのだが、カインには「どうして?」と聞かれた。流石はカイン。一応、杖なしでも歩けるのを俺の歩行から見抜いたのである。なので歩いているとたまにフラつく時があるから、杖を突いているんだと答えた。時々起こるこのフラつき。本当に治らないので、杖が未だに手放せない。
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