561 顛末
『常在戦場』の事務総長であるディーキンから聞く歓楽街の被害は、俺が目の当たりにした以上のものだった。歓楽街の中心であり、象徴であるカジノは完全に焼け落ち、フェレットが経営する二つの高級ホテル『エウロパ』も『カリスト』も全焼。周辺にあった娼館も残ったのは僅か二軒のみで、全て焼けてしまったという。
「今は鎮火しましたが、カジノ周辺も燃えてしまいました」
話を聞くに、歓楽街はかなり広範囲にわたって燃えたようである。という事は、カジノに程近い場所にある『貴族ファンド』が入っていた建物はどうだったのか? 俺は個室バー『ルビーナ』の状況について聞いてみた。すると魔装具から、ディーキンの困惑した声が聞こえてくる。
「そこまでは・・・・・ 私も把握できてません。個別の状況までは、こちらに入ってきていない状態なので」
鎮火はしたものの、火が消えたのは朝方。なので歓楽街の被害状況について全く把握できていないという。分かっているのは歓楽街の象徴であるカジノなどが、全て焼け落ちたという事。ディーキンの話っぷりから察するに、各店の状態といった個別の話など、手が回らないといった感じである。その代わりフェレット商会の状況ついて教えてくれた。
「カジノ裏にあったフェレット総本店も焼け落ちたようです」
「領導はどうなった!」
思わず聞いてしまった。佳奈そっくりのフェレットの若き女領導ミルケナージ・フェレット。カジノで遭遇してからというものの、フェレットと聞けば、いつも佳奈の顔を思い出してしまう。カジノや高級ホテルの『エウロパ』と『カリスト』に留まらず、フェレット総本店まで焼けてしまったというのなら、あの女領導はどうなったのか。
「私の方には全く・・・・・」
今日の今日で、情報が入ってくるどころの話ではないというのである。確かにそうだ。鎮火してからまだ一時間から二時間しか経っていないのに、知りようがないのは分かる。個室バー『ルビーナ』とミルケナージ・フェレットの件について、分かり次第連絡をしてくれると言ってくれたので、それはディーキンに任せて、歓楽街の被害状況を聞く。
「歓楽街全域が燃えたのか?」
「いえ。北東にある飲み屋街だけは、奇跡的に被害が少ないようです」
そうか・・・・・ コルレッツが働いている『ルイ・ヤトン』は無事だったか。歓楽街全体が燃えたと思ったが、そうじゃないと分かったので、少し安堵した。あれだけの群衆が殺到し、すし詰め状態だった上に火が付けられた状態だったのに、よく飲み屋街だけは無事だったよな。俺が感心していると、ディーキンが意外な真相を語ってくれた。
「実は、群衆を歓楽街に誘導したのです」
「ディーキンがか?」
「ええ」
これまた、大それた事を・・・・・ 話の始まりはアウストラリス公爵邸に殺到する群衆を分散できないかと、グレックナーから持ちかけられた所からだと言う。そこでディーキンは調査本部長のトマールに相談。するとトマールは『週刊トラニアス』の編集長ミケランに掛け合って、「敵は歓楽街にあり!」という早刷りを手に入れたのだという。
「丁度いいという事で、トマールが配下の者に配らせたら、ウケが良くて」
いやいやいや。ウケがいいとか、そういった話じゃないだろ。ディーキンが言うには『週刊トラニアス』の早刷りは効果テキメンで、街で配ると群衆のかなりの部分が歓楽街へ向かっていったという。歓楽街へ繰り出した群衆の狙いはフェレットだったので、皆が日頃出入りしている飲み屋街の方には、誰も手を出さなかったと、ディーキンが分析した。
「馴染みがいるところには誰も手を出しませんって」
「そりゃそうだ。知り合いだもんな」
「しかし、これほどまでやって群衆を割ったのに、実際にはアウストラリス公爵邸の前で勢いを止めるのが精一杯でした」
ディーキンが少し悔しそうに話す。ディーキンの戦略ではフェレットとアウストラリスの二手に群衆を分ければ、アウストラリス側の群衆の方は止められるだろうと思ったらしい。ところが実際には公爵邸前で辛うじて止めることが出来た状態。フェレットの方は周りも含めて全部燃えてしまった。これも全て想定外だったそうである。
「おカシラがどうして暴動を恐れていたか、よく分かりましたよ。これだけ備えてやっとなんですから・・・・・ 何も対策をしていなかったら、大変な事になっていましたよ」
そうなのだ。群衆というもの、人が人を呼んで膨らんでいくので、これを止めるなんて相当な事前準備がなければできない。まして平和あり、警察すらないノルデン王国ならば、その対処は困難を極める。グレックナーやディーキン達が『常在戦場』を急ピッチに整備してくれたお陰で何とかなったのだ。ディーキンが安堵したと言った感じで言う。
「それにしても、あの早刷りが出来ていて良かったですよ」
「なんで、そんなものがあったんだ?」
「おカシラはご存知じゃないのですか?」
へ? なんで俺が知っているんだ? 俺が全く知らない事に気付いたディーキンは、戸惑っているようだ。一体どうしたんだ?
「実は・・・・・ アルフォード商会のロバートさんからのアドバイスだったそうで」
「なにぃ!」
意外過ぎる名前に思わず仰け反ってしまった。お陰で背中が痛くなる。こんな所にまさかのロバート! あいつ、一体何をやってんだ!
「貴族会議がどうなるかは別として、真実は早く伝えたほうがいいと、ロバートさんから言われたそうです」
そこでミケランは号外を作り、早刷りが出来ていたというのである。おい、謎過ぎるぞ、それ! 第一たまたまあったなんて、話が出来過ぎるじゃないか。偶然じゃなく、恣意的。予めこうなることを想定して、号外を作らせているとしか思えない。そんな能があのロバートにあるのか? ちょっと考えられないな。俺にはある人物の名が浮かんだ。
(ザルツ・・・・・)
ザルツならやりかねない。しかし余りにも手際が良すぎるので、一度真正面から聞いてみたい。
「落ち着きましたら団長の方から改めて報告致します」
「ああ、よろしく伝えておいてくれ」
俺は平静を装い、ディーキンとの会話を終わらせて魔装具を切ったが、内心は少しムカついていた。毎度そうなのだが、何で俺には一言も無いんだ? ザルツだけじゃない。リサといい、そしてロバートといい、余りにも挙動不審過ぎるだろ、おい! アルフォード家の謎の動きについて、俺にはサッパリ分からない。
それはそうと、アウストラリス公。意外過ぎる程あっさりした幕引きだったな。何か拍子抜けした気分になる。貴族会議を無理矢理に開くほど、宰相位に執念を燃やしているよう思っていたので、こんな簡単に公爵位を放り出すなんて想像だにしなかった。しかしこの報に対するクリスの反応は一言で言えば淡々。衝撃的な話なのに興味すら無いようだ。
「その話は既に
「ん、なんだ?」
「本当に大丈夫なのですか? 身体の方は」
「大丈夫だ」
これで三度目だ。昨日、俺がヘロヘロの状態で帰ってきて、ロクに喋られなかったものだから、心配で仕方がないのだろう。今日のクリスはアイリや二人の従者、トーマスとシャロンと一緒に屋敷へ来ていた。朝から来ているので、授業をサボっている形。皆、真面目だったのにな・・・・・ そう思うと、何故か笑いがこみ上げてしまった。
「何がおかしいの?」
「いやいや、皆悪い子になってしまったな、って」
「まぁ!」
アイリから聞かれたので、思った事をそのまま口に出してしまったら、誰が悪い子なのだとクリスが怒り出した。そもそも「子」とは何? 「子」って! と「子」という言葉に反応している。多分、子供扱いされたと思ってしまったのだろう。俺が取り繕おうとすると、トーマスがどんな理由で悪い子なのかと聞いてきたので、場繋ぎの為に答える。
「いやぁ、皆授業をサボってって・・・・・」
「グレンが心配だから、皆来てくれているのに!」
これにはアイリが怒り出した。いやいやいや、そんな事は分かっているって。つい出てしまったした一言で、エライ話になってしまったな。アイリとクリスがあれこれと言ってくる。俺が最も苦手とするシチュエーションだ。そこへ普段無口なシャロンまでが俺に食って掛かってきた。
「そうですよ! どうしてそんな事を言うのですか!」
「いやいや、ゲームの話を思い出したんだよ・・・・・」
「ゲーム?」
ゲームの話。その言葉に追及の声が止んだ。ここにいる全員が知っているゲームの話。男性攻略者の好感度を上げるアイテムを買うべく取引ギルドに走ってビート相場で稼ぐのだが、授業をサボって取引するので悪い子扱いとなり、相手の好感度が下がってしまうという悪循環の隙間を突いて攻略する。これが俺の乙女ゲーム『エレノオーレ!』の攻略法。
「俺がアイリでプレイしていたら、朝から授業を抜けて『取引ギルド』に走ってたな。って思ってな」
「アイリスがそんな事をする筈はありませんわ!」
クリスが食って掛かってくる。そんな真剣な顔をしないでくれよ。俺が話しているのはゲームで無課金縛りの中、朝にフケて相場で稼いでいたって話。リアルアイリがそんな子じゃないのは、十分、分かってるって。そんなに本気で怒らないで欲しい。すると今まで黙っていたトーマスが話し始める。
「聞いていたら授業に出ないとか、『取引ギルド』に出入りするとか、相場に手を出すとか・・・・・ 全部グレンのままじゃないか!」
「あああああ!!!!!」
確かにそうだ。ゲームのプレイ内容と、俺の行動が全く同じ。今まで気付かなかったぞ! 流石はトーマス、合点がいった。いくらアイリでプレイしようとも、実際に選択しているのは俺。だからゲームでのヒロインの動きと、この世界で俺がやっている事が全く同じになってしまうのだ。実に分かり易い説明である。俺は思わず頷いてしまった。
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