560 路地裏
歓楽街の象徴であり、中心部に位置するカジノ。『常在戦場』の第五警護隊に所属する隊士ペルートの案内で路地裏を通り、俺達はカジノにほど近い位置にまで到着した。しかし路地裏から路上を見ると、道が群衆で埋め尽くされて角材を振り回している。これを見たペルートや第五警護隊副隊長のパーラメント、それとトーマスが進む事に難色を示した。
「斜め向かいにある閉まっている店。個室バー『ルビーナ』の上が『貴族ファンド』だ。見たところ、まだ襲われていない。今がチャンスだ!」
「どうしても行くんですかい」
「ああ。あそこに行くためにここまで来たんだ」
俺がそう言うと、パーラメントとペルートと顔を向き合わせて頷いた。
「分かりました。行きましょう」
パーラメントはそう言うと、俺の後ろにいる隊士らに、一団で向かいの『ルビーナ』に突っ込むと声を掛けた。皆、気合の入った返事をする。
「グレン、どうしても行くのか」
「ああ。トーマスはここにいて待っていてくれ」
「何言ってんだ! 俺も行くぞ。お嬢様に言われているからな、お前を守れって」
「トーマス・・・・・」
「そんな顔をするな。主の言い付けに従うのが従者の務めだ」
トーマスはニコッと笑った。本音では俺を行かせたくなかったのだろうが、俺がやるというから一緒に行くと言ってくれるトーマス。ゲームキャラと俺の数奇な縁が今の関係を形作っていると考えると、何か感慨深いものがある。パーラメントは自分と同じように襲撃事件を戦い抜いた猛者ブマーストを呼ぶと、絶対に離れるなと俺の脇に付けてくれた。
「おカシラ。ブマーストと従者の方から決して離れず動いて下さい」
「ああ、分かった」
パーラメントは俺が返事をすると、パーミルという隊士を呼んだ。そして自分と一緒に行動するように言い含めると、俺達の後ろに残った二人の隊士には「お前らは階段を守れ!」と指示を飛ばす。方針を決めたパーラメントは群衆の声に負けんとばかり、地鳴りのような大声を張り上げる。
「お前ら、今から向かい側へ行くぞ! おカシラを守り通せ!」
「おおっ!」
その声と共にパーラメントとペルート、それにパーミルの三人が路地裏から道に出た。次にトーマスとブマーストが俺を抱きかかえるようについていく。その後ろにはナケルパシャとムードメンという隊士が続いた。俺達は群衆の海の中、対岸にある個室バー『ルビーナ』が入っている建物に向けて、そのまま一直線に向かっていく。
「フェレットに死を!」
「フェレットを殺せ!」
「アウストラリスに鉄槌を!」
激しい怒声が飛び交う中、群衆の猛烈な圧力を受けて揉みくちゃになりながら、何とか『ルビーナ』の前に到着した。全く鍛錬出来ていないからだろう。これだけでも相当消耗してしまったのが分かる。パーラメントとペルート、パーミルがそのまま『ルビーナ』横の階段を駆け上がり、俺はブマーストに片腕を抱えられながら階段を上った。
「おカシラ、鍵が掛っています!」
「誰もいないようですぜ」
ペルートとパーラメントが俺に聞いてくる。そんなもの言うまでもないだろう。
「叩き潰そう」
「しかしおカシラ。得物が・・・・・」
ここに来る際、武装していると群衆に襲われる可能性があると、兵装を解いて来てしまったので得物がないとパーラメントが言ってきた。俺はそんなパーラメントに声を掛ける。
「心配するな」
俺は【収納】で手斧と大
「グレン・・・・・ 書類だ!」
「ああ。ああ」
俺は急いで棚に置かれている書類を見た。見るとエーレンベルン子爵という貴族の『小麦特別融資』の契約書。別の書類を見るとアーパネット子爵の契約書。また別の書類を見ると、トメラニウス男爵の契約書。倉庫代をはじめとする小麦管理費用の取り決めまで、ディール家で見たものと同じ。ここに並べられている書類全てが証文だ!
「グレン、どうなんだ!」
「借用書だ! 全部借用書だぞ!」
「どうする!」
トーマスが聞いてきたその時、廊下に立っているパーラメントが声を張り上げた。
「おカシラ! 外が危ないでずぜ! 急いで下さい!」
「おう!」
切羽詰まったパーラメントの声が、危険な状況にある事を示していた。俺はトーマスに「全部持っていく」と告げると、時間がないので書類を棚や机ごと【収納】する。その間、約三分。俺達と一緒に押し入ったペルートとブマーストが、それを見て呆気に取られていた。まぁ見たことがないのだろうから、この反応は仕方がない。
「よし、終わったぞ!」
事務所の外にいたパーラメントとパーミルに声を掛けると、俺達は急いで階段を下りた。書類を持ち出した今、ここに一秒もいる理由はない。下りると階段前を守っていたナケルパシャとムードメンが、指を差して「もう限界です!」と叫んだ。何事かとその方向を見ると、なんとカジノにまで燃えているではないか!
「ギャーーーー! 逃げろっ!」
「よーーーーし。ジャブ! ジャブ!」
「燃えてるぞー! ここから離れろ!」
「ジャブ! ジャブ! ジャブ!」
道は火の手が上がっている方向へ向かう者と、逃げようとする者で入り乱れてカオスとなっていた。今は「ジャブ!」の掛け声を上げている連中になんかにツッコむ余裕なんか、全く無い。この期に及んでファンキーになれるエレノ気質が理解不能だ。俺達はそこを来た時と同じようにパーラメントとペルート、パーミルを先頭にして突ききっていく。
すし詰め状態な上に、皆が向かう方向がバラバラな状態の中、俺はトーマスとブマーストに抱えられて必死に前へ進む。俺達の後ろには、来た時と同じようにナケルパシャとムードメンが付いてきている。いつ将棋倒しが発生するのか分からない恐怖の中、揉みくちゃにされつつも、何とか路地裏への入り口に到着した。パーラメントが俺に言う。
「ここから早く離れましょう」
助言に従い、
ペルートは足止めされた場所の近くにあるドアを叩いてそこを通り、別の道に出たのだ。まさか人の家をトンネルに使い、ワープをするなんて思っても見なかった。家の中には路地裏に出るドアを二つ持っているところがあり、そこを通らせてもらえば、通れない場所をパスできるという術には本当に驚かされる。
凄いぞ路地裏状態だったのだが、通してもらった家に礼をしたのは言うまでもない。ただ五〇〇〇〇ラントを家の主人に渡すと、ビックリされてしまった。感謝の気持ちから出したのだが、出しすぎてしまったのか。恐縮している家の主人に申し訳ない。ペルートのお陰で幾つかの小さな危機を乗り切った俺達は、馬車を待たせてある地点へ急いだ。
今回の歓楽街行き。最大の問題は、俺がすぐに
――アウストラリス公、爵位を返上す。
朝一番。俺は驚愕すべき一報に接した。アウストラリス公がなんと公爵位を返上し、所領を返納するというのである。昨日、貴族会議が行われてのこの報。俺はにわかには信じられなかった。アウストラリス派はどうなるのか? 俺はこの話を伝えてくれた『常在戦場』の事務総長タロン・ディーキンに、その情報が正しいのかどうかを再度確認した。
「間違いございません。昨日、アウストラリス公爵邸においてそのように宣されました。揺るぎのない事実です」
ディーキンから間違いないと念を押されてしまった。話としてはこうだ。昨日、貴族会議が終わった直後から、会議の開催を建議したアウストラリス公に糾弾の声が街に広がり、街に繰り出してきた群衆が「御門」と呼ばれるアウストラリス公爵邸へ殺到した。それを近衛騎士団や王都警備隊、『常在戦場』や学徒団が必死に防いだ。
ところが群衆の怒りは大きく、どんどん膨らむ民衆の前に公爵邸を守っていた各隊は徐々に押され、遂には公爵邸の門前にまで群衆が迫ったらしい。勢いを増す群衆の声が地鳴りのように響き渡る中、近衛騎士団や『常在戦場』は懸命の防戦を強いられていた。その時、公爵邸から【
「アウストラリス公爵閣下は、この度の一件に責任を感じられ、公爵位の返上と王国への公爵領の返納を御決断為された。諸君らの声は届いた! 再び告げる。アウストラリス公爵閣下は、公爵位の返上と公爵領の返納を御決断為された。諸君らの声は届いた!」
このドーベルウィン伯から発せられた言葉に群衆は立ち止まり、一瞬の静寂の後に「万歳!」の歓声に包まれた。ドーベルウィン伯が「諸君らの声は届いた! この場より速やかに退去するように!」との声を受け、公爵邸に大挙押し寄せてきた群衆が、まるで波が引くかのように、すっと引いていったというのである。
「団長は「命拾いをした」と言ってました」
「そこまで厳しかったのか!」
昨日グレックナーと連絡を取らなくて良かった。それどころの話じゃないのはディーキンの話を聞いただけでも分かる。俺は昨日、歓楽街へ赴いて『貴族ファンド』の書類を押さえた一件を話す。多くの群衆が歓楽街へ殺到し、高級ホテル『エウロパ』やカジノが燃えていたと状況について伝えると、ディーキンは歓楽街の被害状況について報告を始めた。
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