562 書類の行方
トーマスの指摘。俺が乙女ゲーム『エレノオーレ!』でヒロインを操作してゲームを進める方法と、転生してやって来たリアルエレノでの行動は軌を一にしたものであるという指摘は、実に鋭い分析だった。どちらもやっているのは俺だから芸風は変わらない。今の今まで、全く気付かなかったよ。
「だろ。だから中身がグレンだったら、やっている事は同じなんだよ」
これにはトーマスと俺は二人して笑った。いやはや、トーマスよ。俺の事を本当によく見ているよな。これにはアイリもクリスもシャロンも顔を見合わせて、クスクスと笑っている。俺はカジノに出入りしていても、攻略対象者の高感度は下がるんだぞと真剣に話すと、皆が声を上げて笑いだした。いやいや、本当なんだよ、この話。
ひょんな事から久々に乙女ゲーム『エレノオーレ!』のネタで盛り上がってしまった俺達。アイリとクリス、二人の従者トーマスとシャロンの四人だけが知っている話なのだが、俺達にとってシナリオ最大の関門だった「宰相閣下の失脚」を乗り越えたので、心の中に余裕が出来たのだろう。まぁ、ゲームとリアル。キャラも含めて違っている部分は多い。
「しかしレティなんか、アイリと違ってリアルでカジノ生活だもんな。あれにはビックリしたよ」
「でもカジノは焼け落ちたのよね」
「これからレティシアはどうするのかしら・・・・・」
クリスがそう言うと、アイリがレティの心配を始めた。賭場が焼けた事よりも、レティが賭場に通えなくなる方を心配している辺りが少しズレている。アイリがどこか明後日の方向というか、ぶっ飛んだ感覚があるのはご愛嬌のようなもの。こういった部分も含めて、アイリは可愛らしい。これぞ清く正しいヒロインといった感じだ。
というか、そもそもヒロインがワイン片手にカジノ三昧って事自体がおかしな話。何処のゲームに博打打ちなヒロインなんかがいるというのか! そう言った部分、レティは異次元レベルなのである。そんなレティと比べれば、クリスの方がよっぽどヒロインらしい。クリスにはアイリとはまた違った愛らしさがある。
「グレンが持って帰ってきた書類を見ましょう」
そうだったな。群衆ひしめく歓楽街へ赴き、『貴族ファンド』の事務所からヘロヘロになりながら持ち帰った書類。それを見ようと約束したのだったな。昨日、行きと同じ路地裏のルートを通って道を出た俺達は、そこで待ち続けていたレナケインの誘導で、何とか馬車が待機している所に辿り着いた。そして馬車に乗って帰路についたのである。
その際トーマスから魔装具を預かっていたクリスに連絡したのだが、俺が燃え尽きてしまって話が出来ない状態になったので、代わりにトーマスが状況を伝えてくれた。そのおかげで屋敷に帰った際、出迎えていたアイリやクリスが俺を見て取り乱す事は無かったが、何せ俺の体力がなくなってしまい話が出来ない。
なので俺が持ち帰った書類を明日、改めて確認しようという話になり、皆学園に戻る事になったのである。俺はその後の記憶がない。気が付いたら自分のベッドで寝ていた。ジルが言うにはトーマスとジルに支えられて、自力で部屋へ上がったらしいのだが、俺には全く憶えがなかった。それぐらい疲れ切っていたのだろう。
だから今日クリス達は屋敷に来ている訳で、それを考えたら無神経にも「授業をサボって来た」「悪い子になった」となどと言った俺に、怒ってくるのも無理はない。昨日『貴族ファンド』の事務所から持って帰ってきた一切を会議室で出すには狭いので、一階の広間に行き【収納】で全てを出した。広間一面に広がる大量の書類に棚、机等々・・・・・
「こんなに・・・・・ あるの!」
「お金を借りた貴族がこれだけいたのよ!」
アイリとクリスが驚きの声を上げた。アイリは純粋に物量を見て、クリスは量から考えられる貴族の数を想像しての驚きだろう。俺も急いで【収納】したものだから、これ程の量だとは思わなかった。ふとシャロンを見ると固まっている。単に無口だったから無反応だった訳ではなく、驚きから沈黙していたのだろう。トーマスが言ってきた。
「持ってきたこれ・・・・・ どうするつもりだ?」
「いや、実は・・・・・ 何も考えてないんだ」
「えっ!」
トーマスが絶句している。いや、俺は
「本当に、これをどうするのか考えていないのですか?」
「ああ。あったら持ってくる事しか考えてなかった」
そう答えると、クリスが何かを考えている。この書類を何か活用するつもりなのか? 俺にとって重要なのは、小麦相場に入れ込んだ貴族達の借金をチャラにしない事。間違っても踏み倒しをさせてはいけないのだ。そんな事をすれば、連中がまた調子に乗るのが目に見えている。だからチャラにさせなければ別に『貴族ファンド』へ書類を返してもいい。
「でしたら、書類を整理しましょう」
「えっ」
「これをですか?」
「どのように?」
唐突に聞こえたからだろう、アイリやシャロン、トーマスが戸惑っている。俺は整理自体には賛成だ。書類をこのまま雑然と置いているだけでは、無意味な紙の塊でしかない。書類を返すにしろ、全てを把握しておけば、何かと役に立つだろう。それはそれとして、クリスが整理した書類をどう使うのかには興味がある。
「使い方はその後に考えましょう」
クリスはサラリと言うと、皆がギョッとした。後で考えるの? といった感じである。いやはや、俺とクリスは合う。どうすればいいか分からない時には、やってから考えればいいのだ。何もしなければ、いざやる段になって、何も出来ていない事になるからな。分からないから様子見ではなく、分からない時こそすべきなのだ。
「では、書類を全て出して分類しましょう」
まず、会議室に持ち込めるようにしましょうというクリスの意見に従って、俺達は机や棚にある書類を引っ張り出し、書類の分類を始めた。とは言っても書類の数が膨大で、全て並べるだけでも一苦労。一応、分類らしきものまではしたものの、それだけで午前中を潰してしまったのである。ニーナが作ってくれた昼食を皆で食べていた時、クリスが話した。
「この書類を整理するには援軍が必要ですわ」
「援軍って、何処から・・・・・」
「学園から調達してくればいいのです!」
待てい! 内容が内容だぞ。誰にも見せていいもんじゃない。俺が考え込んでいると、アイリが話す。
「レティシアにお願いしましょう」
「ええ。アイリスの言う通りね。レティシアならやってくれるわ」
おいおいおい。レティは今、子爵領へ戻って戦うミカエルの事で頭がいっぱいだろう。そんな余裕はない筈。しかし、そんな俺の思いとは裏腹に、アイリとクリスは、レティが来ることを前提に二人で盛り上がっている。しかしこの三人、いつの間に仲良くなったんだ? アルフォード家もそうだが、俺の周りには謎が多すぎる。
そのような事情で昼食を食べ終わったアイリとクリスは、シャロンと共に機嫌よく昼休みの学園へと向かっていった。トーマスは俺と一緒にお留守番。というのも学園の男子生徒は皆、市中巡回と教練に駆り出される為、学園に顔を出せないのだ。だからトーマスは今日も俺の世話をするという形で側にいるのである。
「援軍を連れて来ましたわ」
俺とトーマスと二人、会議室で書類の整理をしていると、クリス達が帰ってきた。おっ、レティが来たのか。ミカエルの一件で塞ぎ込んでいないかなと思って見ると、援軍はレティだけではなかったので驚いた。クラートにリディア、そしてコレットまで連れてこられていたからである。
「皆さん、協力してくれる事になったの!」
アイリが嬉しそうに話す。俺は思わず立ち上がった。すると、少しよろめいたので慌てて杖で身体を支える。松葉杖から杖に変わったものの、まだ身体が万全だとは言えない。皆、心配そうに俺を見てきたので、これでも大分良くなったんだぞと、トーマスに同意を求めた。すぐさまトーマスがうんと応じてくれたので、その場は収まった。
レティは思ったよりも元気そうだった。ミカエルの事で頭がいっぱいで参っているかと思っていたが、そうでもないようである。俺とトーマスのやり取りを見てか、「回復したわね」と合わせてくれるぐらいの余裕があったので、内心ホッとした。クラートは俺に会えると聞いたので、顔を出してくれたらしい。なによりの見舞いの言葉だ。
二人は共に、昨日の貴族会議へ当主の代理人として出席したそうだ。会議は冒頭から小麦対策の不備を指弾する声で溢れ、議場は大荒れだったらしい。そんな空気が一変したのは、ウィリアム殿下がいきなり議場に入ってから。俺達が魔装具越しに聞いた頃から、貴族会議の雰囲気は変わったようである。
「グレンのお父さんが殿下に付いて入ってきたからビックリしたわ」
「俺もだよ。いきなり魔装具が光ったと思ったら、貴族会議の議場の模様だった。ここで全部聞いたよ」
「ええっ!」
俺の話を聞いて、レティとクラートが顔を見合わせている。じゃあ、殿下が議場に入られる話を知っていたのかと聞かれたので、俺は首を横に振った。ザルツやジェドラ父、若旦那ファーナスまでが議場に入るなんて全く知らなかったのに、殿下が議場に入られるなんて知っているどころか、想像すらしてしていなかったぞ。
「俺もザルツに直接聞きたいぐらいだよ」
「グレンが知らないなら、誰も知らないわね・・・・・」
「きっと私達が知らない所で、色々動いているのだわ」
レティとクラートは俺の話を聞いて、何かの見えざる力が働いていると感じたようである。しかし横にいたクリスは、今分かるのは貴族会議で小麦を五ラントで販売するように定める勅令が出される事だけだと指摘した。要は分からないのにあれこれ想像しても仕方がない、と言いたかったのである。こうした辺り、流石はクリス。本当にリアリストだ。
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