第四十一章 存亡の秋

553 貴族会議

 貴族会議当日。運命の日とも言える今日、俺はアイリとクリス、そして二人の従者トーマスとシャロンと共に、朝から会議室に詰めていた。貴族会議の結果を待つ為に黒屋根の屋敷へ集まったのだが、当然ながら皆、授業をすっぽかして集まったのである。無論、クリス達にとったら家の存亡がかかっているので、それどころの話ではないのだが。


「貴族会議の結果を皆で待ちましょう」


 昨日、クリスが食事会で言ったその一言で皆が集まったのだが、誰も挨拶以外の言葉を発さない。勿論、俺もなのだが、正直話す心境にすらなれなかった。これは全員同じなのではないかと思う。俺達の手の届かぬ所ですべてが決まってしまうという、何とももどかしい・・・・・状況の中、会議室内は沈黙だけが支配していた。


(九時になったか)


 皆の目が一斉に開いた。体内時計で時間が察知できるからである。エレノ世界の不思議の一つ、体内時計。皆が正確な体内時計を持っているので、時計が要らないという摩訶不思議なこの設定は、エレノ製作者が考えたであろう事は言うまでもないだろう。ただこの設定のお陰で、意識をすれば正確に時間が分かるという便利さはある。


 貴族会議が始まった九時を過ぎると、クリスとシャロンは再び目を瞑った。トーマスは一点を凝視している。アイリは・・・・・ こちらの方は本を読むように机を見ていた。貴族会議が行われているであろう王宮の状況が全く分からない中、時間だけが静かに過ぎていく。九時三十分、十時・・・・・ 一時間半が経っても、連絡はなかった。


 クリスの話によれば貴族会議の終了後、ノルト=クラウディス公爵家の早馬が黒屋根の屋敷にやってくる手筈。その為、俺の警備をしている『常在戦場』のミノサル・パーラメントが、一隊を率いて屋敷に駐在していた。襲撃事件で多くの隊士が怪我を負った、パーラメント指揮の第五警護隊の一隊だが、復帰者や転配で十人規模となっているようだ。


 王宮から公爵邸、公爵邸から学園横にある黒屋根の屋敷に早馬で伝達とならば、二時間程度かかる。俺の計算が正しければ、早馬がやってくるのは二時間のラグがあると見るべきだろう。仮の話として、十一時に会議が終わったとしても、屋敷にその報告が入ってくるのが十三時になる。


 このもどかしさを考えたら、携帯のありがたさと言ったらない。スマホを使って、ラインなりで一報が入れば十分なものであっても、こちらでは早馬が基本。一応、携帯に近いものとして魔装具があるが、持っている人間そのものが少ないので、通知手段としては貧弱なのである。それでも貴重な連絡手段である事には変わりがない。


 一応ザルツからは何かあった場合に備え、魔装具を取れるようにしておけとは言われている。しかしザルツから王宮情報が入ってくるなど、まず考えられない。結局の所、ノルト=クラウディス公爵家の早馬を待つしかないか。俺が思案していると、ガチャっと部屋の扉が開いた。早馬が来たのかと思ったら、ニーナがトレイを持っている。


「さぁ、皆さん。お茶にしましょう」


 この状況下でお茶とは、どういう事なんだ? 俺が思っている間に、それまでの固い空気が一変した。アイリとシャロンが立ち上がり、お茶を持って来たニーナの手伝いを始める。これまでずっと緊張していたからだろう、クリスの表情が和らいだ。それまでの会議室に漂っていた、長く重苦しい沈黙が嘘であるかのように、パッと明るくなった。


「ただ待っているだけでは、息が詰まるわ。お茶でも飲んで一息入れましょう」


 微笑みながら話すニーナに、皆が「はいっ」と返事した。特にクリスの声が弾んでいる。どうもクリスはニーナの事が大好きなようだ。昨日、皆で夕食を食べた際にも、ニーナに懐いていたもんな。アイリが配膳してくれた紅茶を飲みながら、一息入れたところで魔装具が光った。見るとザルツから。一体何故? 皆の視線が俺に集中する。


「ザルツ! どうした?」


 俺は魔装具に出たものの、何度問いかけても、ザルツの声が聞こえない。操作ミスでもしたのか?


「もしもし! もしもし!」


 「もしもし」なんて電話の時の癖が出たが、それしか言いようがないから仕方がない。しかしそれでもザルツからの反応はない。これはスマホでもときどきある、画面が意図せず触れて、勝手に発信されるというあれか。ならば仕方がない、そう思って切ろうとすると、聞き覚えのある声がする。宰相閣下の声? 今、貴族会議の真っ最中じゃないのか? 

 

「・・・・・今は貴族会議の最中。たとえ殿下であろうと、ご自由に発言をなされる権限はございませぬぞ!」


「宰相殿・・・・・ 私めもそれは承知の上!」


 ウ、ウィリアム殿下ではないか! なんだこれは? 宰相閣下と第一王子ウィリアム殿下が、聞くや聞かぬやでやり取りをしている。それと一緒にざわざわとした声が聞こえてきた。この声の主達は誰なのか? 俺が魔装具越しの声を聞き洩らすまいと、耳を澄ましているとアイリが聞いてくる。


「ど、どうしたの・・・・・」


「い、いや・・・・・ 宰相閣下とウィリアム殿下が話をしている」


「えっ!」 


 アイリが俺の説明にビックリしている。クリスが血相を変えて俺に言う。


「私にも聞かせて下さい!」


 えっ? いや、俺が今聞いているんだが。そう思っていたら、一つ思い出した。魔装具には拡声機能、いわゆるスマホのスピーカー機能があったという事を。よく考えれば消音機能とか、グループ会議とか、魔装具にはスマホとよく似た機能が実装されている。エレノ製作者が現実世界の概念を持ち込んでいるからだろう。俺は拡声機能をオンにした。


「未曾有の小麦危機に民は疲弊し、我が王国は開闢かいびゃく以来の危機に立っております。何卒なにとぞ、何卒、お聞き届けくださいませ!」


「殿下。いかに小麦危機が重大であろうとも、この貴族会議の場においては、貴族会議のしきたりというものがございます。それを無視するかの如き振る舞い、如何に殿下のお言葉であろうとも、お聞き入れする訳には参りませぬぞ!」


「宰相殿。今、この時、この瞬間にも民は追い詰められておりまする。特に日頃より食すに困る貧しき者にとっては、待てる状況にございませぬ! どうか、どうか我が提案をお聞き願えますよう、御取り次ぎのほど・・・・・」


 ウィリアム殿下と宰相閣下の緊迫したせめぎ合いが続いている。これは一体、何を話しているのだ?


「これは・・・・・ 貴族会議ですわ」


 クリスがそう指摘した。しかし、そのクリスが首をかしげている。


「この会議にウィリアム殿下が御出席なされる筈がないのですが・・・・・」


 クリスによると、貴族会議の出席者は貴族に限られており、国王陛下以外の王族は出席する事はないのだという。そのような場にウィリアム殿下がおられて、宰相閣下と問答を繰り広げている。「こんな事は考えられない」「これは事件です」とクリスが指摘するぐらいなのだから、大事おおごとなのだろう。アイリが立ち上がり、ニーナに席を譲る。


「お母様もどうぞ」


「え、ええ」


 ニーナも耳を傾けているのを見たアイリが席を譲り、自身はその隣に座った。こういうところがアイリらしい優しさ。しかし、まさかニーナまでが一緒に聞くことになるなんて思いもしなかった。その間、魔装具越しに聞いている貴族会議の話に進展があった。どうやら宰相閣下が折れ、ウィリアム殿下の要望を聞き入れるという方向になった模様だ。


「・・・・・では、一度に御取り次ぎ致します。もし却下なされますれば、お引きなさいますな」


「無論承知の話。了解した。宰相殿、宜しく頼む」


 どうやらウィリアム殿下が言う「提案」を聞くかどうかについて、陛下に直接お尋ねするようである。暫く経って別の声が聞こえてきた。


「陛下より、ウィリアム王子の提案を聞くとのお言葉があった。前に進み出て、その案を申されよ」


「はっ。謹んで申し上げまする。その前に一つ、内府殿には我が願いを御聞き願いたい」


 内府って誰? と思っていたら、内大臣トーレンス侯の事だとクリスが教えてくれた。その解説によれば、宰相閣下がトーレンス侯に具申し、トーレンス侯が国王陛下に御尋ねされて、その返答をウィリアム殿下に伝えているとの事である。同じ会場にいるのに、なんて面倒くさい作業をしてるんだよ。これだから現実世界で貴族社会が廃れたんだろうな。


「我が後ろに控える者も、共に前に進むことお許し願いたい」


「それは・・・・・」


「お許し願いたい」


 再び議場がざわついている。後ろに控えている者とは一体誰なんだ? 


「殿下の後ろに控えておられるのは、アルフォード殿ではありませんか?」


「えっ?」

「えっ?」


 クリスの指摘に、俺とニーナが同時に声を上げた。ザルツが貴族会議の議場にいるというのか? 


「ここから聞こえる声は、アルフォード殿の魔装具からのもの。でしたらアルフォード殿が議場に居なければ説明が付きません」


 確かにそうだ。クリスらしい非常に合理的な意見。これで今までの話が繋がってくる。が、それならば・・・・・ 俺に魔装具を取れるようにしておけと言っていたが、最初からこれ狙いだったのか? だとしたら、ザルツは俺が思っている以上の策士という事になる。アイリの隣に座るニーナの方を見ると、クリスの指摘に当惑しているようである。


「ですが、ウィリアム殿下とアルフォード殿がどのようにして結びつかれておられるのかは、私には分かりかねますが・・・・・」


 俺と殿下とは接点があるが、ザルツと殿下と言われては、正直思い浮かばない。ザルツに殿下を紹介などしていないのだから。暫くして先程の声、内大臣トーレンス侯の声が聞こえた。陛下の特別なる思し召しにより、王子からの要望を聞くという趣旨のもので、ウィリアム殿下の方は「感謝申し上げます」との返事をすると、具申を始めた。

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