549 モンセル気質
アルフォード商会の本店があるノルデン第三の街モンセル。このモンセルの住民は「用心棒代を稼ぐ暇があったら、商売にもしておれ」という面従腹背の気質を持っており、それがモンセルで『常在戦場』の警備隊の編成を阻む大きな要因となっていた。そんなモンセルにある唯一の警備隊ヤヌスが、レジドルナへと単独で向かったというのである。
「ドルレアックから単身出発するとの報を受けました。もう出発している状態じゃ、止めることも出来ませんし・・・・・」
ドルレアックとはモンセル出身の騎士崩れで、ヤヌスの隊長ウィッシュ・ドルレアックの事。しかし本当に気ままなヤツだな。モンセルで隊士なんか集めていたら永遠に来ませんぜと言って、王都で「モンセルに行きたいか!」と呼びかけて要員を連れて行き、ヤヌスを編成した作った男である。だからなのだろうが、好き放題に動くなぁ。
「止めるだけのメリットもないか・・・・・」
グレックナーの話を聞いた俺が呟くと、参謀のルタードエが吹き出してしまった。統制という視点で考えれば絶対に止めなければならないのだろうが、風雲急を告げる中、王都からもっとも離れた一隊。それもモンセルの一隊の為に、労力をかける意味があるのかと考えてしまう。ここは放置プレイが吉だと、グレックナーが考えたのだろう。
何れにせよモンセル唯一の警備隊、ヤヌスはレジドルナに向けて出発したのは事実。これについて、今後どのように影響するのかについては未知数だとルタードエが説明する。話を聞くにレジドルナの件は実質的に、王都に残留しているグレックナー達の手から離れていると見るべきなのだろう。グレックナーがムファスタ方面の部隊について説明する。
「セッタがこちらに寄越してきた報告によりますれば、ドルナを封鎖している冒険者ギルドの連中に対して、ムファスタかそちらに向かっていると事前に通告したらしいです」
セッタとはムファスタに駐在しているタイタンの隊長で、ムファスタの四個警備隊を束ねて指揮を執っている、かつてフレミングの元で副隊長を務めていた古参幹部。現場の指揮に向かない支部長のジワードを支えるべく、故郷ムファスタに赴いて部隊整備に傾注した。ムファスタ支部が四個警備隊を抱えているのは、セッタの力によるところが大きい。
「それは・・・・・ ムファスタから発つ前にか?」
「ええ」
「いいのか、それは?」
「それは何とも言えませんが・・・・・ 冒険者ギルドの連中の意識はムファスタ方面に向くのではと」
ルタードエが肯定も否定もせず、そう予想をした。それを受けてグレックナーが、後はフレミングが元部下のセッタと気脈を合わせる事に期待するのみですと話す。まぁ、第四近衛騎士団を率いてレジドルナに向かっているレアクレーナ卿もフレミングとは旧知の仲。後は彼らが阿吽の呼吸で動けるのかどうかなのだろう。
「先日「名案内コナイ」へ足を踏み入れたのですが、「タコヤキナン?」という名前に変わってました」
「はぁ?」
何だそのフザけた名前は! それにたこ焼きってアンタ・・・・・ それを真顔で話すルタードエもルタードエだ。俺達がレジドルナの冒険者ギルドの連中に襲撃されたのを受けて、『常在戦場』と近衛騎士団、それにノルト=クラウディス公爵家衛士隊の三者が、共同で、根城とされている歓楽街の案内所「名案内コナイ」へ強制捜査を行ったらしい。
ところが店内には物証が全くなく、文字通り案内所としての機能しかなかった。ただ、タダでは帰られないという事で、とりあえず店にいた店員達を連行したそうである。グレックナーが抑えるべきところは抑えたと説明したので、俺は暫くの間、警戒態勢は維持するように求めた。
「グレックナー。来週には貴族会議が開かれる。この日は何が起こるか分からん。最大限警戒をするようにな」
「それは・・・・・ 何か情報でも?」
「スピアリット子爵が言っておられたのを聞いただけだ。貴族会議で何かが決まる。ならば変化は必ず起こるのは間違いない。だから限界に達している民衆の怒りに突然火が付く可能性は否定できないと・・・・・」
「なるほど・・・・・ 流石は剣聖閣下」
「その見立て、十分に考えられますな」
俺の話にグレックナーもルタードエも唸っている。俺じゃなくて、スピアリット子爵だからな、言ってたのは。
「確かに民衆の我慢は限界を超えております。このままでは暮らすどころか、生きていけないと息巻いていますから」
「だから警戒するに越したことはない」
ディーキンがそう言うので、俺は重ねて警戒するようにと皆に伝えた。グレックナーもルタードエもディーキンも頷く。彼らに伝えておけば、『常在戦場』も警戒態勢で貴族会議の日を迎えるだろう。備えられる限りは備えておいた方がいい。
「おカシラ。何かありましたらパーラメントに
別れ際、リンドに念を押されてしまった。俺の護衛を行っていた者達に迷惑をかけた手前、黙って頷く事しか出来なかったのである。
「もしアルフォードが言えなくても、私がしっかりお伝えします」
何も言えなくなってしまった俺に代わり、アイリがそう言った。すると、リンドが「それでしたら確実です」と安堵の表情を浮かべている。皆が「その方が安心だ」「何でもお伝え下さい」「よろしくお願いします」と口々に言い始めた。おいおい、俺がそんなに信用できないのか。グレックナー達は早い回復をと言って、屋敷から去っていった。
――俺が黒屋根の屋敷に戻ってきて以来、アイリは毎日屋敷へ顔を出してくれた。だが、頻繁に来客があるせいで、二人きりで話が出来る時間が少ないのが残念なところ。しかしその代わり、ニーナやジルと仲良くなって、俺達と一緒に夕食を囲むようになった。ザルツとロバートの帰りが遅いので、四人で食べる形となっているのだが。
まさか、このような展開が待っているとは思いもしなかったが、アイリが喜んでいるので良しとしよう。ただ、ザルツとロバートがどうして帰りが遅くなってしまっているのかは分からない。ザルツは毎日帰ってくるが、ロバートに至っては帰ってこない日もある。アルフォード商会の王都商館で寝泊まりをしているようだ。
ところで気になる事が一つある。アイリがレティの話をしたがらないのだ。レティとは、ミカエルやリサ達がリッチェル子爵領へ向けて出発した時以来、会っていない。出発した一行を見送った後、アイリに魔装具と屋敷の鍵を渡したのだが、レティにも渡そうとした。しかし「アイリスと一緒に来るから」とやんわり断られてしまった。
レティはアイリと一緒に来ると言いながら、一度も顔を出していない。滴愛する弟ミカエルが子爵領に旅立ってしまい元気がないだろうに、どうしているのかが気になっているのだ。ところがアイリは「分からないの」とそっけない。一瞬、レティと仲違いでもしたのだろうかと思ったが、どうもそうではなく、単にレティの事に触れて欲しくないような感じである。
アイリが嫌がるのに積極的に聞き出すなんて出来ない。結果としてレティの話を避けざる得なかった。凄く気になるのだが仕方がない。ここは封書を
「・・・・・動かん」
一週間以上、ピアノを弾いていなかったので、すっかり弾けなくなってしまっている。それに怪我が完治していないからか、背中から肩にかけてジンジンと痛い。足が踏ん張れないので、力が入らないのだ。ピアノを弾くのに全身を使っているのだと改めて実感した。動かない指に四苦八苦している俺を見て、アイリが心配そうな表情を浮かべている。
「グレン・・・・・」
「大丈夫だ・・・・・」
「大丈夫そうには見えないわ。今日はやめて・・・・・」
「いや。少しずつ弾けばいい。弾かないと、より弾けなくなる」
そうなのだ。普段でも三日弾かなかったら感覚が鈍ってしまう。その上怪我までしているのだから、余計に弾けなくなるのは目に見えている。しかし・・・・・ ピアノでこれなら、鍛錬の方はどうなってしまうのだろうか? ノルト=クラウディス公爵領に行った後や、リッチェル子爵領とドシラド村へ行った後の惨状を思い出してしまった。
(今日はこれでも弾いて慣らすか)
アイリもいるので、少しは曲らしい曲を弾かなければと思い、「さくらさくら」をゆっくりと弾いた。アイリがこの曲は? と聞いてきたので、春になったら咲く桜という木の曲だと話したら、どんな木なのだろうと不思議そうな顔をしている。このエレノ世界。どういう訳か桜がなく、梅もないのだ。代わりにチューリップとバラがその役割を担っている。
「どんな花なの?」
「薄いピンクの花だ。花が木が全て薄いピンクで染まるんだ」
「一度でいいから見てみたいなぁ」
桜を想像しながらだろう。アイリがにこやかに言った。アイリはゲーム世界の住人。桜は現実世界の木。アイリがいくら桜を見るのを望んでも、その願いを叶うことはないだろう。これというのもエレノ製作者が、桜を描かなかった事に原因がある。知性というか、教養に欠けるから、桜や梅をエレノ世界に植えなかったのだ。
どうせゲームで世界観を作るなら、その辺りもっと身に付けて描けよと言いたい。転生憑依させられた身なので、そういったものが必要なのだと痛感させられる。そんな事を気にするなんて以前であれば考えられないのだが、こちらの世界での様々な体験を経て、心の底からそう思う。俺がピアノを弾いていると魔装具が光った。トーマスからである。
一週間振りに聞くトーマスの声。身体の調子はどうだと聞かれたので、まだ松葉杖はついているが、なんとかピアノを弾くところまではやってるぞと返すと、それは良かったと喜んでくれている。トーマスは用件を伝えてきた。「明日、学園に戻ることになったよ」と。そうか、クリスが帰ってくるのか! その話に俺のテンションは一気に高ぶった。
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