547 桔梗や始末記

 ワロス親子から聞く異世界転生の果ての再会話。現実世界からエレノ世界へやってきた俺とは違って、仮想室町時代からエレノ世界という空想世界から空想世界へと転生するという、ある意味俺よりもキツイであろう体験した二人に俺は心底同情した。特にワロスの場合、中の人を介しての転生。ハッキリ言ってやり過ぎなのだ。


「ああ、これで私も最後だわって思っていたら、全く知らない世界に姿が違うお父様がいたの。仏様はお見捨てになられなかったと心から感謝したわ」


「この世界には仏様はおられぬが、不思議なことに姿が違っても、娘だとすぐに分かったからのう」


「ええ。お父様が逝かれた後、身代が傾いてお詫びのしようもないと悔やんでおりました。ですがお父様とこうしてお会い出来ましたので、仏様には感謝しかございません」


 そりゃ親なのだからワロスが先に逝くのは当たり前。話から察するに、どうやらマーチは婿を取らなかったようだ。しかしあの性格では、婿になってくれる人もいないのではないか。多分、娘一代限りで店の暖簾を下ろしてしまったのだろう。しかし紆余曲折があったにせよ、再会出来た二人が羨ましい。どんな形でもいいから、俺も佳奈と会いたい。


「ところで新右衛門さんの子孫をご存知だとか」


「ああ。直接会った事はないがな」


 ワロスが突然尋ねてきた。娘から聞いたというワロスだが、思い出せば新右衛門さんとの絡みが結構多かったもんな。確かに新右衛門さんに子孫が居るという話は知っているが、それはテレビで見ただけで、実際に会った訳では無い。俺も子孫が格闘家をやっていたなんて、それまでは知らなかったし。


「新右衛門さんの家では代々、新右衛門さんと名乗っていたらしいがな」 


「えっ! 新右衛門さんが何人も?」


「それは初耳でございますな」


 マーチとワロスが俺の話を食い入るように聞いている。やはりあの時代がワロス親子を強く結び付けているのだろう。新右衛門さんの家の人が代々新右衛門さんを名乗っていたというのも、テレビの番組の情報だ。しかし二人にとって、新右衛門さん話は思い出深い、良い時代の話なのだろう。


 ひとしきり新右衛門さん話を話した後は足利将軍家が滅んじゃったという一件や、淫欲坊主の未来などで大いに盛り上がった。特に淫欲坊主に関しては、その人生の最後。八十八歳まで生きた癖に「まだ死にとうない」とのたまった・・・・・ってあの世に逝ったという話には、親子揃って呆れ返っていた。


「全く・・・・・ 最後の最後まで」


「そんな年まで生きていたなんて・・・・・ でも、らしいわね。本当に」


 二人とも苦笑しながらそう言った。苦笑はしていても楽しそうなので、さんざんやり込められた筈の淫欲坊主との関わりはいい思い出だったようである。ワロスが見舞いに来た筈なのに、何かこちらの方が励まされたような気分だと喜んでいる。マーチが言うには、今日ワロスについて来て良かったと話した。


 まぁ、俺も期せずしてエレノ外の話が出来て、気分がほぐれたのは間違いない。最近ずっと小麦問題や貴族会議の事ばかりだった上に襲撃されるわ、抑え込んだはずの貴族会議の開催建議をひっくり返されるわ、本当に散々だったからな。気が滅入っていたのには違いない。そんな気持ちを軽くしてくれた、ワロス親子に感謝である。


 ――アイリが夕方『週刊トラニアス』を持ってきてくれた。屋敷の中に引き籠もった状態である今の俺には、こうした雑誌も手許にない。誰も俺のところに持ってこないのだ。おそらくは見せたくないのだろうと思う。現に『週刊トラニアス』の記事も貴族会議の開催や、レジドルナの冒険者ギルドへの追討令、そして襲撃犯の事が書かれているのだから。


「貴族会議、来週にも開催。小麦問題の討議が行われる見通し」


「仕組まれた陰謀! 襲撃犯、目的は王都の混乱」


「賊徒を討伐へ。レジドルナの冒険者ギルドへ追討令発せられる!」


 貴族会議の話については、アウストラリス公による建議が成立した為、約一ヶ月後に開催される予定の貴族会議が来週に開催されると伝えられている。宰相ノルト=クラウディス公の提案により、小麦問題という喫緊の問題に対処する為に前倒しされたと書かれていた。開催日は来週の平日四日目が濃厚だとの事で、つまりは後一週間に開催される。


 見舞いに来てくれた剣聖スピアリット子爵から、貴族会議の開催が早まったという話は聞いていたが、実際にこうして具体的な日付が提示されるといよいよ貴族会議が始まるのだと実感する。子爵が言っていたように、貴族達が出した委任状の真贋を確認する期間を「不要」とした事で、開催日が大幅に前倒しされたのだ。


「運命の日まであと一週間か・・・・・」


「それは・・・・・ あの話・・・・・」


「ああ。前から話している通りだ」


 貴族会議の場で宰相閣下の解任動議が出されて、これが通る。これがそのままノルト=クラウディス公爵家の没落へと繋がり、悪役令嬢クリスは二人の従者トーマスとシャロンと共に北へと落ち延びていくという乙女ゲーム『エレノオーレ!』のシナリオ。その諸端となる貴族会議が開かれる訳で、これを運命の日と言わずしてなんと言おうか。


「・・・・・グレンが前から話している通りに・・・・・ なるの?」


「アイリも見ただろう。貴族会議の開催がもう不可能だと言われている状態からひっくり返されたのを」


「でも・・・・・」


「『世のことわり』は何があろうとも変えることはできない」


 本当にそうなのだ。今回の逆転劇でそれを痛感した。エレノ製作者が考えた馬鹿げたシナリオ。その「都合」に合わせるために、あり得ないと思われる状態が現出したのだから。このエレノ世界では常識が通用しない。あるのはエレノ製作者のご都合主義のみ。これを打ち破れなかった今だからこそ、ハッキリと断言できる。


「・・・・・まだ分からないじゃない。グレンの話と違うところもあるのだし・・・・・」


「確かに違うところもある。しかし、大きな流れは変わらない」


「でも・・・・・ でも・・・・・ 学園長代行閣下は、話と全く違うでしょ・・・・・」


 学園長代行閣下。すなわちボルトン伯はゲームのシナリオの中で、中間派の纏め役として最終的に宰相の解任動議に賛成し、宰相の解任を決定付けた。ところがこちらのボルトン伯は中間派を纏めはしたが、ゲームのボルトン伯と違って宰相側に付き、貴族会議の開催に反対する立場を取ったのである。つまりゲームとリアルで全く違う動きをしたのだ。


「アイリの言う通りだな・・・・・」


「だから諦めちゃいけないと思うの」


 アイリが力強く言う。全くその通りだな。まだ、開かれてもいないのに、結果の事だけを考えて諦めたら、そこで全てが終わってしまう。それに貴族会議が開催される事が決まったのは決まったが、貴族派の三分の一はアウストラリス公に同調せず、代わりに国王派第一派閥のウェストウィック公が貴族会議開催の建議に賛成した。


 ゲームの状況とリアルの状態が大きく異なる訳で、全てが決まったとは言い難いのは事実。アイリが言っているのは慰めでもなんでもなく、回避の可能性について指摘しているのだ。いつも思うが、アイリは不思議な子である。ボケボケモードかと思ったら、こういう時にはキッパリと言って、しっかりと指し示してくれるのだから。


「ああ。本当にそうだ。まだ決まったという話じゃないからな」


「ええっ。希望を持って待ちましょう」


 アイリがニッコリと微笑んだ。おそらくは俺を励ますための作り笑いなのだろうが、安心感を与えてくれているのは間違いない。アイリの不思議さはこういうところにある。記事を読み進めると襲撃犯は、王都の混乱を誘発する為に車列を攻撃したと自供したらしい。その身柄は近々、ノルト=クラウディス公爵邸から統帥府に移される予定との事。


 気になったのは「王都の混乱を誘発する為に車列を攻撃した」という自供。王都の混乱を誘発しようとした、つまり暴動を起こそうとしたのは事実。俺達の車列を攻撃したのもまた事実。しかし、王都の混乱を狙って俺達の車列を攻撃したのではない。微妙に論点がずらされているのは何故だ? アイリが、複雑そうな表情を俺に向けてくる。


「グレン達を襲った犯人の目的が王都の混乱だったなんて・・・・・」


「アイリ・・・・・ 違うんだ・・・・・」


「えっ?」


 俺はアイリにだけは事実を話す事にした。やはり嘘は言えないからな。


「記事の書き方がおかしいんだよ。犯人の目的は俺だったんだ」


「・・・・・」


 アイリが信じ難いという表情をして固まっている。なのでもう一度言った。


「襲撃犯の狙いは俺だった。記事には書かれていないがな」


「えっ、えっ・・・・・ どうして!」


「最初、暴動を起こすつもりだったが、それが叶わず俺に照準を絞ったらしい」


 そう言うと、アイリの表情が曇った。どうして俺なのか? アイリが抗議をするように聞いてきた。そんなに突っかかられても俺が困る。俺を襲うように考えたのは俺じゃなくて、襲ってきた連中だから。


「小麦相場の暴騰の黒幕が俺だと考えての行動だったようだ。事実そうなんだが・・・・・」


「でも・・・・・ 記事には書いてないよ」


「宰相閣下が犯人達の狙いは俺だったと話されたんだ。どちらを信じる?」


 俺の言葉にアイリが絶句している。そう言われては、記事よりも俺の事を信じるしかないだろう。俺が小麦相場に手を出した理由。貴族に小麦を買うカネを貸している『貴族ファンド』のカネを干上がらせる為、仕手戦を仕掛けるに至った一連の流れについて話した。全ては貴族会議の開催を阻止する為だと。アイリは黙って俺の聞いている。


「確かに『貴族ファンド』のカネは尽きた。尽きたけど・・・・・ 貴族会議の開催を阻止する事ができないばかりか、クリスとレティを危険に晒してしまったんだ・・・・・」


「グレン・・・・・」


 アイリは俺の名を呟くだけで精一杯だった。恐らくは、どう声を掛けたらいいのか分からないのだろう。理由はどうあれ、俺達の思惑は大きく外れた事実に変わりはない。俺が仕掛けた結果、思わぬ形で俺達は大きな打撃を受けた格好となってしまった。

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