546 債権ギルド
貴族達にカネを貸している一部の貸金業者が危ない。『貴族ファンド』から小麦特別融資を受け、小麦相場に手を出している貴族達にカネを貸している業者がいるというのである。小麦特別融資で何本ものカネを借りている上に、貸金屋からまでカネを借りて小麦相場にカネを注ぎ込む。もはや狂乱では済まない事態。狂気の沙汰と言っても支障はない。
「貴族にカネを貸すのは注意するように書面で何度も送ったのだがな・・・・・ 「これだけの小麦を持っている」って貴族の話に、まんまと乗ったヤツが予想以上に多かったのだ」
「小麦を持っている貴族達が皆、『貴族ファンド』からたんまりカネを借りているのが明らかなのに、それを承知で貸すのかと」
シアーズもピエスリキッドも呆れ返っている。話を聞くに、どうやら貸金業者達が小麦が更に上がると見込んで、小麦特別融資を受けている貴族達にカネを貸したというのだ。ところが今の小麦価格は最高値の三分の一となってしまい、貴族達は高値掴みをしてしまっている状態。それ故、このままでは返済出来ず、焦げ付いてしまうというのである。
「小麦特別融資を受けている貴族は『貴族ファンド』から多額のカネを借りているから、事態が急変したら債務超過に陥るとあれほど警告をしたものを・・・・」
『金融ギルド』に加盟する全国の貸金業者へ、ラムセスタ・シアーズ名で出した「警告文」。これまで小麦相場に入れ込む貴族への融資に注意するよう、三度に亘り警鐘を鳴らす文書を送付したというのだが、それを無視して小麦に入れ込む貴族へ融資を行ったというのだからタチが悪い。そして状況が悪くなったら救いを求める。本当にどうしようもない連中だな。
「自分達で火遊びをしておきながら、返済を猶予してくれって、いくら何でも虫が良すぎる」
「いつもの事ながら「大丈夫」「心配ない」「何とかなるさ」で、突っ込んだんでしょう。こちらの仕込みなのが、値を見ても分かる筈なのに」
ピエスリキッドが呆れかえるシアーズの言葉にそう返した。悪質なインサイダー取引なくらい、誰が見ても明らかだろうと言いたげだ。だが、そんな事は考えず突っ込んでいくのがエレノの真骨頂。小麦を高値掴みしてアホルダー化している貴族達と同じ手合の者達だ。まぁ、これでエレノ社会が回っているのだから、言いようがないのだが。
「だから再三警告したのに、欲に目が眩んでしまいよって・・・・・」
「そう言われながらも対策をお立てになるのですから、流石は貸金業界の大立者ですよ」
「何を言っているか、ピエスリキッド」
シアーズが苦笑している。貸金業界で起ころうかという対貴族融資の焦げ付き問題。何か妙案でもあるというのだろうか。俺はその辺りについて、二人に聞いてみた。
「実は、焦げ付いた融資を買い取るようにしてはどうかな、と」
「債権処理ですか?」
「まぁ、そんなところだ。回収ができない融資なんてのは、ものの役にも立たぬが、回収できん貸金業者から買い取ってやるんだ」
不良債権の処理をするというのか。しかし焦げ付いた融資、しかも貴族への融資って言ったら、昔っから踏み倒しと相場が決まっている。今は「踏み倒し防止政令」があるが、現在の所それに該当する事例がなく、何処までそれが履行されるのかは全くの未知数。そんな中で明らかな不良債権を掴んでも良いものなのだろうか?
「ピエスリキッドは確か、以前は取り立て屋をやっていたとか言っていたな」
「はい。焦げ付いた証文を買い取って、取り立てをしてました」
「どうして辞めたんだ?」
「労がかかるからですよ」
ピエスリキッドが言うには、踏み倒された証文を買い取って満額回収するのは中々大変な事らしい。そもそもカネが無いから踏み倒している訳で、無いところから搾り取るのも一苦労だったそうである。そりゃそうだ。現実世界だったら、そんな仕事は・・・・・ ヤバい連中の仕事と相場が決まっている。だから足を洗って『金融ギルド』へ入ったと。
「その経験を生かして、『債権ギルド』を作って貰おうかと」
「『債権ギルド』!」
シアーズの話に思わず声が出てしまった。『債権ギルド』って、もしかして不良債権をかき集めるところなのか? 俺がそう聞くと「不良債権! いい言葉ですね」と喜んだピエスリキッドが、大正解ですよと褒めてくれた。
「おいおい、それじゃ、足を洗った意味がないじゃないか!」
「いえいえ。内容が違いますよ。貸金業者が損切りした債権を引き取るのが仕事です。そうする事で業者の不良債権を切らせて、『金融ギルド』への返済を行わせると」
「不良債権を買い取るから、返済しろという事なんだな」
俺が聞くと「そうです」とピエスリキッドが頷く。ならば、どれぐらいでその不良債権というのを引き取るつもりなんだと聞いた。
「大体、五分でと・・・・・」
「五分!」
おいおい、五分って、額面の五%だぞ。それで引き取ってくれと貸金屋の連中が言うなんて、にわかには信じられない。だって九割五分、つまり九十五%の損になるじゃないか。カネに聡い貸金屋が首を縦に振る訳がないだろう。
「五分で十分ですよ。こちらが引き取らなければゼロですからね」
「それに『債権ギルド』で引き取ったら『金融ギルド』の返済猶予を付けるとの条件を付与すれば、喜んで差し出してくる」
ピエスリキッドの後にシアーズがフォローした。いやいやいや、それって助けるフリをした、完全な嵌め込みじゃないか。身ぐるみ剥がして、借金そのままみたいな悪質さを感じ取れる。しかし、新しいビジネスだと言わんばかりに盛り上がっているシアーズとピエスリキッドを見ると、これ以上モノを言えるような雰囲気ではない。
近々『債権ギルド』を立ち上げるという、シアーズとピエスリキッドのプラン。早ければ来週には立ち上げるのだという。実に素早い動きだ。『債権ギルド』は、『金融ギルド』やワロスの『投資ギルド』の入っている建物の一室をオフィスとし、責任者は言うまでもなくピエスリキッド。『金融ギルド』の参与と兼ねての就任となるという。
一連のこの話。ワロスは知っているのかと聞いたら、シアーズからは「もちろんだ」との回答を得た。ワロスとピエスリキッドの仲がイマイチのように見えたので、わざわざ聞いたのだが、大丈夫だったのか。まぁ、キチンと話をしているならば、意思の疎通が出来ている訳で問題はない。単に俺の心配が杞憂だったのだろう。
一方、シアーズやピエスリキッドと一緒に来なかったワロスだが、代わりに『信用のワロス』を引き継いだ、娘のマーチ・ワロスを連れてきた。マーチは俺を元気づけようと、わざわざワロスに付いて来てくれたらしい。その手土産は、資金難になっていた学園生徒達を支援する「緊急支援貸付」が全て精算された事の報告だった。
「最盛期には一億三〇〇〇万ラントの貸付が行われましたが、最後の生徒が返済を終えましたので、ご報告を申し上げます」
「信用のワロス」が預かったカネは約束通り来月に返済しますと、マーチは話した。対ドーベルウィン戦の時、決闘賭博に入れ込んだ多くの生徒がスッカラカンとなってしまった為、その穴埋めとして一時的に無利子融資をワロスに依頼。その貸付原資は俺の資金で、それを一年の約束でワロスに預けたのだ。その業務をマーチが引き継いでいたのである。
「一年近くかかりましたが、ようやく終わりました」
「あれからもう一年になるのか・・・・・」
入学早々、寮の隣の部屋にいるクルト・ウインズにドーベルウィンが絡んでいるところを俺が割って入ったら、何故か決闘させられる羽目になったのだが、時の流れは速いものだ。クルトは今は生徒会に所属し、ドーベルウィンは父ドーベルウィン伯の元で研鑽を積み、聖騎士として目覚めかけている。あの時、そんな事が想像出来ただろうか。
「わざわざ屋敷まで足を運んでの報告の報告。ありがとう」
「いえいえ。いい報告をしたのですから、早く元気になって下さいね」
マーチ・ワロスは、まるで活を入れるかように言ってきた。俺を心配しての激なのだろう。有り難い限りだ。それに対して父親であるワロスの方は、開口一番「いい人ではなかったのですな」と言ってきたので、面食らってしまった。過去に俺の命を狙った事があるからって、それはないだろ。何てことを言うんだと思ったら、ワロスが続けた。
「昔、船長が言ってたんですよ。「いい人は長生きしない」って」
せ、船長! それって、話の途中で暗殺された、間抜けの幼なじみだった野郎か。とならば、いい人って・・・・。
「もしや、赤髭野郎に乗っていたヤツの事か?」
「流石はアルフォード殿。よくご存知で。アルフォード殿がいい人じゃなくて良かったなと」
そう言って笑うワロスに唖然とした。どうやらワロスは俺が生きていて良かったと言いたかったのだろうが、その喩えはあり得ないだろ。使い方が間違ってるぞ! 中の人を介して重層的に転生を繰り返しているからか、ワロスのズレっぷりにドン引きする時がある。本人は励ましのつもりなのだろうが、元ネタが分からなければ発狂ものだろう。
「何のお話をされているのですか?」
「新右衛門さんの話をしているようなものだ」
「えっ!」
呆気にとられるマーチとは対照的に、ワロスの方は大笑いをしている。新右衛門さんは二人に分かると思って出した比喩なのだが、ワロスがすぐに分かっても、マーチの方はピンと来なかったようである。これは人生経験というか、転生経験の差が出たと言っていいかもしれない。ワロスの
そのワロスが、娘とは
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