545 親の心
統帥府軍監のドーベルウィン伯や学年差配役のスピアリット子爵、『常在戦場』の団長であるグレックナー達の動きによって、ゲームシナリオに描かれていた暴動の芽は摘み取られいる。俺はこれまでそう思っていたのだが、貴族会議が終わった後にも暴動が起こる可能性があると言われれば話は別。その部分の想定なぞ、全くしていない。
よくよく考えてみれば、貴族会議の開催阻止が確実だったものが、直前でウェストウィック公によってひっくり返された例もある。完全に閉じられていた、貴族会議開催という扉を無理矢理こじ開けてきた『世の
いずれにせよ皆のスクラムで暴動を封じ込めていようと、エレノ製作者の身勝手な趣味で構築されたシナリオから完全に逃れる術なぞ、このエレノ世界に存在しない。これまでは暴動の流血事態の回避や、その封じ込めについて考えてきたが、これからは起こった暴動をどのように沈静化させるのかについても考えなければならないようだ。
「しかし暴動が起こったとして、どのようにすれば暴徒が収まるのだろうか・・・・・」
俺と同じような事をドーベルウィンが考えていて、思わず笑ってしまった。
「何だグレン!」
「いやいや、すまん、すまん」
俺の反応が不愉快だったようで、ドーベルウィンに謝った。その時、ふと決闘の事を思い出してしまったのである。そうだ。以前から聞きたかった事があった。平民の俺にいきなり挑戦状を叩きつけてきたドーベルウィン。一体何を望んで決闘なんかしようと思ったのか。些細な事かも知れないが、俺にとっては一つの謎だったのである。
「なっ、いきなり何を聞くんだよ。そんなもの、俺に打ち負かされるに決まっているじゃないか」
ドーベルウィンは当たり前じゃないかといった感じで、そう答えた。とにかく俺を打ち負かす事が目的だったのか。それを聞いてなんとなくスッキリした。おそらくは長年の謎が氷解したからだろう。
「打ち負かされたのはジェムズだったけどな」
「お、おい!」
スクロードに突っ込まれて、慌てるドーベルウィン。それを見たカインもスピアリット子爵も笑っている。あの時、俺がドーベルウィンに求められていた事は、俺がドーベルウィンにやられる事。当たり前ったら、当たり前だが、それがドーベルウィンの望みだった訳だ。俺はそれがイヤだったので、戦って買った。それがあの時の決闘の構図。
「で、もし俺を打ち負かしたら、ドーベルウィンは納得できたか」
「もちろんだよ。それが出来なかったから大恥をかいたんだからな」
「そしてドレッドにシゴかれたと」
「か、閣下!」
スピアリット子爵が親友の子息を茶化した。こういった部分、何処が剣「聖」だと思うのだ。これじゃ剣
「だったら、暴徒も望みが叶えば大人しくなるのかな」
「・・・・・分からぬな。それに暴徒の願いを聞き入れるなどと、言語道断!」
「申し訳ございません」
剣聖からの叱責に、スクロードは思わず謝罪した。確か子爵の言う通りである。ノルデン王国では、暴徒となっている時点で重罪人。その望みを叶えるなど、不埒な発想だと指弾されても仕方がない。
「いや、謝る程の事ではないぞ。相手が何を考えて行動しているのか、何を望んでいるのかを考えるのは非常に重要だ。しかし望みを叶えるなどと、決して思ってはならぬぞ」
なるほど。相手の心理について考えるのは良いが、相手に妥協をするなと言いたいのだな。
「父上。では望むもの、求めるものを把握するのは・・・・・」
「結構な話ではないか。「敵を知り己を知れば百戦
「では・・・・・暴徒達が何を求めているのかを考える事は・・・・・」
「構わぬ。大いに考えれば良い。街中での歩行訓練を行っている間に見えるもの、聞こえるものからでも何かを感じ取る努力をせよ。感性を研ぎ澄ませるのだ。そうすれば見えてくるものもある」
「閣下。御教示頂き、ありがとうございます」
質問に答えてもらったドーベルウィンは頭を下げた。それに合わせてカインとスクロードも頭を下げる。よくよく考えたら剣聖と呼ばれるスピアリット子爵から直々に教えを受けるというのは、それだけ光栄な事なんだよなぁ。俺はそのスピアリット子爵から、早く身体を治して学園に復帰するようにと、有り難い言葉を掛けられた。
――身体が満足に動けないから仕方がないのだが、黒屋根の屋敷での引きこもり生活が続いていた。体力が付いてきたのか少しずつ良くはなっているものの、自力で立ち上がろうとしたらへなへなと地べたについてしまうので、松葉杖が手放せず全快とは程遠い。何が原因か、何処が悪いのかが分からない状態でリハビリに取り組むのは中々ツライ。
家から出ないので誰とも合わずと思ったら、さに在らず。見舞いという事で相手側からやってきた。ジェドラ親子にシアーズとピエスリキッドが、相次いで足を運んでくれたのである。先日のスピアリット子爵らの見舞いといい、俺もすっかり
ジェドラ親子との会話はありきたりなものだったが、ザルツや若旦那ファーナスから事情を聞いて、こちらに来ても大丈夫だなと気遣ってくれているのが凄く分かって嬉しかった。例のリシャールの話をしたジェドラ父が、ウィルゴットを引き合いに出して「よくもまぁ、大それた事を」と呆れたような、心配しているかのような、複雑な胸中を語った。
「ファーナスさんも利発な息子がいて心配だな。その点、ワシは助かった」
「親父。それはどういう意味だ?」
「お前が危険な事に挑戦すると言い出さなくて良かったなと思ったのだ。こちらの方が肝を冷やす」
「親父・・・・・」
ウィルゴットが愚鈍だと言いたかったのではない。リシャール達のように、親が不安になるような事をやらなくて良かったと喜んでいるのだ。親からしたら世に出て活躍するよりも、平穏無事を願うものというジェドラ父の話を聞いて、俺は親なのに本当に何も考えていないなと恥ずかしくなってくる。
何故なら裕介や愛羅がどうなっているのかなんて、これまであまり考えたことが無かったからである。「まぁ、元気でやってるんだろう」程度にしか思っていないという事実をジェドラ父の話を聞いて実感してしまったのだから始末が悪い。まぁ表面的な親心みたいな話と、現実には大きなズレというか、ギャップがあるのだから仕方がない話だ。
そんなジェドラ親子との情緒的な話と比べれば、『金融ギルド』のシアーズと参与のピエスリキッドとの会話は実務一本に絞っている。「命拾いをして何よりだ」と笑いながら言ったシアーズは、早速『貴族会議』の話を始める。俺の身体の事なんかは一切無視かと思っていたら、「大丈夫だから今、会っているんだろ」と即座に棚上げされてしまった。
シアーズはザルツに勝るとも劣らない合理主義者。なので俺と会って話した時点で問題ないと判断したと言う。事実そうなのだが、ジェドラ親子に比べて少し味気がなさ過ぎではないか。少しぐらい、いたわりの心があってもいい筈だ。だがシアーズはそんな俺の事などガン無視して、貴族会議の開催が決まった件について所感を述べる。
貴族会議の開催を阻止できなかったのは残念だが、なおも全貴族の六割以上の支持を得ており、宰相閣下の優位は揺るぎないと胸を張った。貴族じゃないのに、その自信は何処から来るのだろうか。ある意味、宰相以上に自信があるのではと思う。シアーズは権力に人は寄って来るものだから、ノルト=クラウディス公が宰相である限り不変だと力説した。
「だが、貴族会議で解任動議が出された場合どうする」
「そもそも動議を出す理由、そのものがないではないか。これほどまでに小麦対策と暴動対策に手を尽くしておられるというのに、この上何をしろというのだ?」
全くその通りだ。宰相閣下は俺達と気脈を合わせ、様々な対策を行ってきた。効果が上がっているかどうかについては、受け手によって異なるものの、積極的に取り組んできたのは間違いない。しかし解任動議が出された場合、出席した貴族の過半数が賛成すれば、問答無用で宰相位から引きずり降ろされる。その辺りの事、どのように考えているのか?
「賛成する貴族達を民衆達が許すと思うか?」
「公爵令嬢の父君ですからな」
「そうだ。民衆はラトアン広場の事を忘れてはいない。他の貴族が見向きもしないものを公爵令嬢はご覧になり、手当をなされた」
「宰相閣下と共にラトアン広場へ参られ、閣下に直接、民の生活再建を訴えられておられました」
「閣下は公爵令嬢のお話を聞き入れられ、すぐに実行なされたのだ。民衆は皆、それを知っておる!」
「民がしっかりと見ておる中、解任動議を出せるとは・・・・・」
「そもそも解任動議なぞ出せる筈もなかろう」
シアーズとピエスリキッドは宰相閣下に民衆からの強い支持があるとして、貴族も容易には手が出せまいと、解任動議について否定的だった。気持ちは分かる。気持ちが分かるが、ここはエレノ世界であって、現実世界ではない。いかに大衆からの圧倒的な支持があろうと、最終的にはそれが力になり得ないのだ。最終的に決めるのは貴族だけなのだから。
貴族会議の見解について、ピエスリキッドとあれこれ話したシアーズは話題を切り替え、今度は直近の貸金業界の状況について説明を始めた。それによると、一部の貸金業者が焦げ付く可能性があるという。例の『貴族ファンド』から小麦特別融資を借りている貴族達に、カネを貸している業者が結構いるらしい。その業者が危ないらしいのだ。
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