543 剣聖閣下の真意
俺がディフェルナルに買い戻すよう頼んでおいた『詠唱の杖』。乙女ゲーム『エレノオーレ』の攻略対象者である天才魔道士ブラッドのアイテムなのだが、あろうことかコルレッツが売っぱらってしまっていた。その『詠唱の杖』を手に入れてくれたディフェルナルだが、事情を聞くと顔色が冴えない。俺が再度説明を求めると、溜息をついた。
「売ってくれと言ったら、値を
「だろうな」
ディフェルナルのような業界では知られているであろう武器商人が、わざわざ買い取らせてくれと言うぐらいなのだから、高値を提示しても売れると踏んだのだろう。そんな事なんて、言われなくても分かる。俺だってそう思うぐらいなのだから、骨董商なら尚更だろう。
『詠唱の杖』を持っていた骨董の露天商は、俺の予想通り、チャンスとばかりに息巻いたというのである。そのような状況下、ディフェルナルは甲斐甲斐しく交渉をしたが、強気の相手は中々首を縦に振らない。結局は相手の言い値を飲まなければならなくなってしまった。
「で、いくらだ?」
「・・・・・三〇万ラントに」
うっひょー! 丸儲けだな。ディフェルナルによると骨董の露天商は、数百ラント程度で買った筈との事で、出物を掘り当てたようなもの。日本円で九〇〇万円、爆益で良かったじゃないか。話を聞いた俺は『収納』でテーブルに四〇万ラントを出して、代金だとディフェルナルに渡す。一〇万ラントは手数料のようなものである。
「いや、こんなにも・・・・・」
「タダでとはいかんからな」
「・・・・・分かりました。では・・・・・」
ディフェルナルは意図を理解してくれたようで、そのまま受け取ってくれた。要は俺がディフェルナルから『詠唱の杖』を買い取ったのである。ディフェルナルは三〇万ラントで『詠唱の杖』を仕入れて、それを四〇万ラントで売り、結果一〇万ラントの利益を得たという形。それを隣で見ていたカインが、妙に感心したように俺に言ってきた。
「お前、いつもこうやって取引をしているのか!」
「まぁな。商人だから」
「よくもまぁ、こんな大金をポンと・・・・・」
呆れたというよりは、驚きの方が大きいのかもしれない。よく考えたらカイン、交渉の場なんかに立ったことはないだろうからな。
「カイン。『オリハルコンの大盾』の時には、もっと大きなカネが動いたぞ」
「えっ?」
「いくらだったかな・・・・・」
「ざっと一五〇〇億ラントぐらいではないかと」
「!!!!!」
日本円にして四兆五〇〇〇億円。ディフェルナルの説明に、カインは固まってしまった。これはもう理解の外だろうな。スピアリット子爵は呟く。
「まぁ、だから襲われたとも言えるのだろうが・・・・・」
「父上!」
「そう怒るな。事実なのだから。なっ」
息子をなだめつつ、俺に視線を向けてくるスピアリット子爵。まぁ、その通りなんだから仕方がない。
「現在ノルト=クラウディス公爵家で囚われる襲撃犯も、私が狙いだったと供述しているそうです」
「やはりな・・・・・」
スピアリット子爵の声のトーンが一段下がる。子爵は今回の襲撃事件の獲物は俺だと、最初から睨んでいたようだ。
「実はな。レジドルナの残党が事を起こすと見て、巡回を強化していたのだ。事実、連中は全く動く事が出来なかった」
先程までの軽妙な物言いから一転、剣を握り締めるが如く厳しい表情で話す剣聖閣下。スピアリット子爵が言うには、軍監ドーベルウィン伯と『常在戦場』団長のグレックナーの三人で協議をした際、レジドルナの残党達の行動を未然に防ぐため、市中巡回を強化する事で一致。頻繁に巡回を行う事で、連中の動きを封じたという。
「学院と学園の生徒達を昼間に巡回させ、朝と夜を近衛騎士団と王都警備隊、そして『常在戦場』が回る。これで彼奴らは民衆を焚きつける事が出来なくなったのだよ」
「父上! それでは我々が街中で歩行訓練を行っているのは・・・・・」
「暴動の未然防止の為だ」
「!!!」
スピアリット子爵はカインに言い切った。その辺りの事情を説明するスピアリット子爵の話を聞くに、生徒らが昼間に市中を巡回するのはリスクが少ないとの判断からのようである。子爵は子爵なりに生徒達が被害を受けないように考えているようだ。その話を聞いて疑問に思ったのか、ドーベルウィンが子爵に聞く。
「しかし、それでしたらどうして生徒達に説明をなされないのですか?」
「言ってもメリットはなく、デメリットしかないからだ」
「それは・・・・・」
ドーベルウィンはスピアリット子爵の真意を測りかねているようだ。なので俺が補足する事にした。
「もし全てを話したら、生徒の中で怯える者が出てくるだろう。第一、巡回している事由を相手に知られたら、脅しにすらならない」
「全く以てその通り」
スピアリット子爵は俺の分析に同意してくれた。だから閣下は真の目的を生徒達に一切話さず、剣技を専攻している者達を午前から夕方まで、ひたすら歩行訓練という名の巡回を行わせている。その上で、こちら側には更なる備えがあるように見せるようにする為、他の男子生徒達にも教練を課し、歩行訓練の増員が出来る準備をしているのだろう。
「・・・・・閣下! 閣下はそこまでお考えだったのですね」
スクロードが感心している。まぁ、子爵は学生差配役として学園、学院の生徒達、特に男子生徒の責任を持つ立場。学生という、ある意味限られた戦力の安全性を確保しつつ、どう活用するのかが求められている中で、昼間に生徒を街中で歩かせるというプランを立てたのだろう。スピアリット子爵は皆に話す。
「そもそも、我が方には暴動の備えそのものがない。そんな中でこちらは準備万端、いつでも来いとする為には人員が要るのだ。だから『常在戦場』の隊士や、学園や学院の生徒を合して、それを行っておる」
これが本心である事は間違いないだろう。話から剣聖と呼ばれた男は、如何なる状況でも勝つという剣の極意をその采配の中で生かしているのが分かる。無き力を戦力化して、これと対峙するというのは、正しく兵法家のやり方だと言えよう。皆、スピアリット子爵の話を聞き漏らすまいと顔を引き締めている。
「結局の所、いくら精鋭であろうとも数に勝るものはない。自己の鍛錬はもちろん大切だが、それ以上に重要なのは数。決して
「はい!」
カインとドーベルウィン、そしてスクロードの三人が、声を揃えた。真剣な眼差しでスピアリット子爵を見ている。その子爵は、おもむろに嫡嗣カインに尋ねた。
「カインよ。もっとも強い剣とは何か?」
「はい。戦わぬ剣でございます」
「そうだ。抜かぬ剣がもっとも強い。抜かずして勝つならば、それは無敵の剣」
流石は剣聖閣下。その言葉には、説得力がある。先程から話を聞いているが、本当にそう思う。親友であるドーベルウィン伯と比べ、どちらかと言えば軟派なイメージがあるスピアリット子爵だが、こと兵法となると別人のように目つきが変わるな。しかし「抜かぬ剣」か・・・・・ 俺はふと思った事を口に出した。
「私なぞ剣を抜いたから、こんな羽目になったのですよ」
「・・・・・アルフォード殿。そのようなつもりで申したのではないぞ」
「いえ閣下。閣下の申される通りなのです。私が安易に外へ出ていなければ、襲撃を回避する事ができました。襲撃事件を起こさぬようにする方法があったのです」
「そのように申せばそうなのだろうが、明確にそなたを襲うとは誰も思っていなかったのだぞ。第一、襲撃そのものが合理的ではない」
「思えば『常在戦場』のリンドなるものが私の事を心配し、万が一に備えるとして警護を申し出た時点で、襲撃について考えていなければならなかったのです。それを煩わしいと思って考えないようにした。その結果がこの状況」
話していく内に情けなくなってきて、つい笑いが出てしまった。あの時、遠巻きに警備の事を話してくれたリンドやルタードエに、もっと詳しく事情を聞くべきだったのだ。彼らは俺が
「いやいや、暴動を起こそうとするところから襲撃に転換するなど、想像するのも至難の業。常人ではあり得ぬ発想。それに万全を図ったとしても、相手は思わぬ方向で動く事だってある。現に彼奴らは予想を超える動きをしておる」
スピアリット子爵が慰めに近い事を言ってくれたが、仮にそうであったとしても、考えるチャンスを逃した事が悔やまれてならない。俺がきちんと思案していればクリスもレティも巻き込まれずに済んだし、『常在戦場』の隊士達やクリス護衛の衛士達が大怪我を負うこともなかった。やはり俺はリーダーとか長には向いていない。
「とは申せ、未然に防ぐことが出来たかと思うと・・・・・」
「そう言うな。悪い事ばかりではないぞ。彼奴らが動いたお陰で、レジドルナを討つ名分が出来たのだから」
「えっ?」
「襲われた被害者の前なのに不謹慎で済まぬがな」
口では詫びているが、表情からは全くその気配を感じられない。実にスピアリット子爵らしい振る舞いに、俺は思わず笑いそうになってしまった。子爵は小躍りするかのように言った。
「枢密院でレジドルナへの近衛騎士団の派遣が決まったぞ」
「父上。それは!」
「これでレジドルナの冒険者ギルドの連中は「朝敵」となったのだ。心置きなくレジドルナを討伐できるぞ!」
朝敵。レジドルナの冒険者ギルドは
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