第四十章 貴族会議

537 公爵邸を後にして

 ノルト=クラウディス公爵邸を立ち去るに当たり、俺はトーマスとシャロン、それに執事長のベスパータルト子爵、トス執権のアウザール伯や騎士団長のスフォード子爵とディグレ男爵。それに多数の騎士や衛士達の見送りを受けたのだが、その中にクリスの姿がなかった。体調が悪いらしいので仕方がないのだが、寂しかったのは事実。


 せめて一言ぐらいは言葉を交わしたかったというのが本音だったが、こればかりは仕方がない。かく言う俺も、松葉杖をつきながらやっとの事で玄関を降りた身。トーマスが支えてくれたので、何とか降りる事が出来たのである。そのトーマスに何かあったら魔装具で連絡するように伝えると、ザルツが乗ってきた馬車に俺は乗り込み、公爵邸を去った。


 黒屋根の屋敷への帰途に就いた俺はその車上、公爵邸では遠慮して使わないようにしていた魔装具を『収納』で取り出す。使うなとは言われなかったが、なんとなく気が引けて、遠慮していた。まず連絡したのは『常在戦場』の団長グレックナー。あれこれ話していると、グレックナーの方は既に知っていたのであれっと思い、その理由について聞いてみる。


「公爵令嬢の従者の方から逐一伝えて頂いてたので、こちらの方は安心しておりました」


 そうだったのか・・・・・ 魔装具を手にしたトーマスは、グレックナーに都度都度連絡を取り、俺の経過を知らせていたのである。なのでグレックナーは俺の事について、何ら心配をしなかったと話した。しかし、何から何まで世話になりっぱなしで、トーマスには本当に気を使わせたな。これは何かの形で借りを返さなきゃいけないと思った。


 一方グレックナーは、俺の回復を素直に喜んでくれている。俺と一緒に襲撃犯と戦ってくれた第五警護隊の面々も、公爵邸を引き払って自宅療養を行っていると伝えてくれた。軽傷だった副隊長リキッド・シュメール以下三人の隊士は、新たに配属される隊士らと学園に赴き、明日から警備の任に当たるという。次、顔を合わせたら詫びなきゃいけないな。


 現在、レジドルナへ警備団を派遣すべく準備を進めており、落ち着き次第説明に上がるので、その時にとグレックナーは話した。グレックナーの方も何かと忙しいようだ。俺はグレックナーに続いて、『金融ギルド』のシアーズや『投資ギルド』のワロス、『取引請負ギルド』のエッペル親爺にも連絡を入れていく。


 それぞれザルツから逐次連絡を受けていたらしく、俺が話さなくても状況を把握しており、近々見舞いに行くと俺の回復を喜んでくれた。こちらの方はザルツがトーマスの役割を担ってくれていたようである。ジェドラ商会のウィルゴットにも連絡を入れると、俺の回復を大いに喜んでくれた。


 皆一様に俺の回復を喜んでくれたのは、正直嬉しかった。同時に俺が無事だったのを喜ぶ声を聞いて、大いに励まされたのである。この安心感というもの、以前だったらあまり感じなかった。それだけこの世界に俺も馴染んだのか。ところが若旦那ファーナスに連絡を取った時、思わぬ話を耳にして、そんな気持ちが吹き飛んでしまったのである。


「リシャールがリッチェル子爵領へ向かう?」


「ああ。俺もマルツーンさんから聞いてビックリしているところなんだ」


 若旦那ファーナスによると、リシャールの弟分であるセバスティアン・マルツーンが、リッチェル子爵領行きの許可を求めたらしい。理由を尋ねた親に、セバスティアンが子爵領へ戻るリッチェル子爵に同行すると説明をしたという。親が更に問い詰めると、領地に帰って道を封じるミカエルの手伝いをしたいと言うので、慌てて引き止めたと。


そりゃ引き止めるわ。どうやらミカエルは所領へ戻って、領内を南北に貫いているレジへの迂回路を封鎖しようと考えているようだ。以前からレジドルナの冒険者ギルドの連中が領内を通るのを嫌がっていたからな。今回、レティも同乗していた馬車が襲撃された一件が、ミカエルに道の封鎖を決意させてしまった可能性が高い。


「それで、リシャールは?」


「帰ってきていない。多分、学園なのだろう」


 そう話す若旦那ファーナス。リシャールのもう一人の弟分、カシーラ・セルモンティの実家、セルモンティ商会にも連絡を取ったが、リシャールと同じく家には帰っていないらしい。リシャールを何とか引き止めてくれと、俺に頼んでくるファーナス。そりゃ、戦地みたいな所へ行こうとしている息子を止めようとするのは、親として当たり前。


 話を聞いてみないと分からないが、出来る限りの手立てはすると言って魔装具を切った。これはエライ事になってしまったな。向かいに座っていたザルツは俺の説明を聞くと、すぐにリサへ連絡し、出先から帰ってくるように指示を出した。しかしレティは、この事態をどう思っているのだろうか。弟思いのレティの事が心配でたまらなくなってくる。


 屋敷へ到着すると、ニーナとジルが待っていてくれた。俺の姿を見たニーナは、涙を流して俺の右手を取る。俺が松葉杖をついているので、両手を握る事ができなかったのだ。今日、ニーナが差し入れてくれた服を着て、屋敷に戻ってきたのは良かったと思った。これ程までに俺を心配してくれているのだから。


 俺が帰ってきた事を喜んでくれたニーナを見ると、帰ってきて良かったと素直に思う。俺は名実共にアルフォード家の一員になったのだと実感した。これでは帰り辛くなるなと思いながらも、屋敷に戻ってきて、自分の家へ帰ってきたような気がしたのは事実である。ジルの補助を受けながら屋敷の階段を上って、俺の執務室横にある会議室に入った。


「グレン! 帰ってきたのね!」


 俺が座って間もなく、リサが執務室に飛び込んできた。俺に駆け寄ってきたリサは、どこがどうなったのかああなったのかと、あれこれ聞いてくる。俺はとにかく全身がまだ痛いと言うだけにしておいた。細かな所をいちいち言っていては、キリがないからである。そんなリサにザルツは鋭く指令を出す。リシャール達を連れてこいと。


「リサ。すまんがレティとミカエルも頼む」


 ザルツに便乗してリサに頼んだ。リサを待っている間、俺はニーナが淹れてくれた紅茶を飲みながら、宰相閣下との話をザルツに伝える。するとザルツがこれからが本番だなというので、今までのは一体何だったのかと聞くと、前哨戦のようなものだというので唖然としてしまった。俺は前哨戦でへばっていたと思うと、もう仰け反るしかないだろう。


「皆さんをお連れしてきたわ」


 リサが帰ってきた。ミカエル、リシャール、カシーラ、そしてレティ。流石はリサ。俺とザルツが頼んだ四人全員を連れてきてくれたのである。全員、ここに呼ばれた理由は分かっているようだが、ミカエル、リシャール、カシーラが俺に聞いてくるのに対し、レティは何も言わなかった。心配していた通り、かなり憔悴しているようだ。


「今まであれこれ心配させてすまなかったな。万全じゃないが、何とか身体を動かせるところまでは回復したよ」


 俺が言うと、三人が安堵の表情を見せた。ミカエルが話し始める。


「ですが、これ以上レジドルナの冒険者ギルドを放置する訳には参りません。つきましては早々に我が領へ戻り、領内を貫く支線を封鎖して、冒険者ギルドの者の行き交いを完全に遮断する事を決意しました」


 出来れば明日にでも子爵領に向けて出発したいとミカエルは言う。ということは、まだ準備は出来ていないのだな。そう思いながらレティの方を見ると、先程と変わらず、ずっと俯いたまま。以前からレジドルナの冒険者ギルドについて、レティは見てみぬ振りを通せと言っていたレティが、ミカエルの行動について良しとしている筈がない。


「私も子爵閣下に随行し、微力ながら閣下をお支えしたいと思います」


 ミカエルの表明に合わせ、リシャールがつかさず言ってきた。先にリッチェル子爵領へ赴く決意を表明してきたのである。カシーラもこれに続く。


「私も同行し、少しでもお役に立ちたいと考えました」


「万が一、レジドルナの冒険者ギルドが襲いかかってきたらどうするというのだ? グレンも瀕死の重傷を負ったのだぞ」


 ザルツの言葉に三人が沈黙した。ミカエルはいい。ミカエルは騎士属性なので、高い戦闘力を持っているのだから。しかしリシャールやカシーラは俺と同じ商人属性。で、俺より技量が上かどうかと言えば、下なのは明らか。俺を襲撃して瀕死に追い込んだ、冒険者ギルドの登録者が襲ってきたらどうするのかと聞いているのだから、黙るのは当たり前。


「下手をすれば子爵閣下の足手まといになってしまうのではないのか?」


 ザルツからの問いかけに、リシャールもカシーラも何も言えず、目を伏してしまった。ザルツは物言いすら許さぬ言葉を駆使して、二人を追い込んでしまったのである。昔からそうだがこういった辺り、子供だろうとザルツは容赦がない。そこへミカエルが割って入った。


「失礼ながら、決して我々だけで対処をする訳ではございません。我が家と主従を交わしてきた者達に号令し、共に行動します」


 地主兵ラディーラの事だな。リッチェル子爵領には、かつて子爵家の元で戦った兵たちが、土地を与えられて土着している。それが地主兵ラディーラ。彼らは子爵領の支配階層を構成しており、その筆頭は陪臣のダンチェアード男爵家。号令を発したという事は、今頃「いざ、リッチェル!」と皆、城へと駆け込んでいるのではないか。


「閣下だけではないと・・・・・」


「はい。領内に散らばる者達は、いざ事が起こりますれば、皆喜んで馳せ参じます。相手もこちらが多勢であれば、安易に手出しは出来ぬ筈。それにファーナス君やセルモンティ君、今はいませんがマルツーン君の共に行動しようと声を掛けてくれた意気、領地に戻る私にとって大変心強い」


 これにはザルツも腕組みをして、困った顔をしている。ザルツは子爵であるミカエルを外しつつ、リシャールとカシーラという二人の商人子弟に仕掛け、沈黙させた。ところが、これを見たミカエルがザルツの前に立ち塞がり、自分とザルツの話に変えてしまったのである。こうなると貴族対商人の図式となり、ザルツの分が悪い。ミカエルはやはり賢いな。

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