534 宰相との面会
俺の見舞いに訪れたガーベル卿から、襲撃に至る経緯について尋ねられたので、俺の知る限りの話を伝えた。その内容は昨日見舞いに来てくれたボルトン伯への説明と同じもので、レジドルナの冒険者ギルド登録者の話。ガーベル卿の表情を見るに、どうやら全く事情を知らなかったようである。
「では・・・・・ 昨今の貴族会議の話と、密接に関わっていると」
「そう見ておりますが、確証を掴んだ訳ではございません」
俺は捜査機関じゃないのだから、証拠なんて掴みようがない。大体で都合よく「影」なんかが持ってくる展開自体があり得ない話。世の中、そんな都合の良い事なんて先ず無いのだから。するとザルツが俺の話は憶測だが、これまで起こった断片的な事実がそれを指し示しているとフォローしてくれた。この辺り、俺なんかよりも数段上手い。
「この件といい、小麦の異常な値上がりといい、殿下は大変心を痛めておられます。特に小麦の問題に関しては、またアルフォード殿の話を聞きたいと申され・・・・・」
ガーベル卿の話に、ザルツが俺の方を向いて目を大きく見開いた。どうして言わなかったのだという顔をしている。いやいや、俺とウィリアム殿下がお忍びで会っているなんて、誰にも言える話じゃないだろ。
「我が父ザルツはサルジニア公国を始め、ディルスデニア、ラスカルトの両王国に直接赴き輸入小麦を取り扱う等、小麦問題に関しまして、相応の見識がございます。今の私は、残念ながらこのような身体。代わりと申しましては失礼ですが、何かございましたら我が父にお申し付け頂けましたら」
「おお、そうでしたか!」
ガーベル卿が安心した表情を見せた。多分、ウィリアム殿下から会見をせっつかれていたのだろう。いずれにせよ、俺が不自由な状態である以上、ザルツに負ってもらうしかない。ガーベル卿があれこれ聞いたが、ザルツがどの話も的確に答えているので感心している。二人の話しぶりから、お互い意気投合したようだ。
「グレン、学園に戻ってきてね。必ずよ!」
去り際、リディアに約束させられた。学園に来なくて何しているのよと言われたのだが、小麦相場に全力投球とは言えず、家業の手伝いをしなければいけなかったと言って誤魔化したらザルツに笑っている。本当に酷い! 小麦相場を操作しろといったのザルツじゃないか。そのザルツは見送りの為、ガーベル卿らと一緒に部屋を出ていった。
――自力で食事も食べられるようになった事で、格段に回復したのを実感した俺は、屋敷へ戻る事を決めた。いつまでも公爵邸で世話になる訳にはいかないし、何より気が引けるからである。松葉杖を使って部屋を動き回る事も出来るようになり、ある程度は自由に動けるようになった事を考えても、丁度いいタイミングだと思う。
ただ心配なのが、微熱が収まらず静養しているクリスの事だ。ここは公爵邸なので、こちらからクリスの部屋へ出向くことなんて出来ない。なので、見舞う事すら叶わないのである。しかしクリスが回復してこの部屋まで来るのを待つという訳にもいかない。ここを引き払う手配をトーマスに頼んだのだが、浮かない顔をしている。
「もう行くのか?」
「いつまでも閣下のお世話になる訳にはいかないからな」
そう言ったのだが、トーマスが乗り気でないようだ。公爵邸でも黒屋根の屋敷でも静養するのには変わりがないと話したのだが、トーマスの方は俺が無理をしているのではないかと言うのである。それは否定はしない。俺が負った怪我なんか、現実世界だったら何ヶ月かかるか分からないような怪我だろう。もしかすると後遺症があるかもしれない。
しかしこちらはエレノ世界。現実世界のような先端医療技術はないが、アイリの神聖力のような、現実世界では考えられない謎の力がある。俺が短期間に松葉杖をついて歩くところまで回復できたのは、その力のお陰。トーマスの気遣いは嬉しいが、理由はどうあれ回復した以上、俺はここにいる理由はない。俺はトーマスに改めて手配を頼んだ。
俺がここを引き払う段取りをトーマスがする為、代わりにシャロンがやってきた。シャロンに世話になったなと声を掛けると、助けていただけましたからと頭を下げてくる。あの時「襲撃だ!」と聞いて頭が真っ白になってしまったと、シャロンが言った。普通はそうだ。俺だってそうだったと話すと、シャロンがその後の事に起こった事を話してくれた。
「公爵邸に入るとお嬢様は「騎士団を向かわせて!」と声を張り上げて、すぐに騎士団が現場に向かいました。そして二時間程経って、グレンが・・・・・」
瀕死の俺が担ぎ込まれたのだな。その時の事を思い出したのか、シャロンが涙を流している。
「医者がグレンを診たのですが、難しいと話すとお嬢様が取り乱されてしまって、片時もグレンの側から離れず・・・・・ 私達にはどうしようもありませんでした」
泣きながら、当時の状況について静かに話すシャロン。翌日になっても俺の容体は全く変わらなかったので、クリスがアイリを連れてくるようにと、トーマスに指示を出した。もしかすると、俺がもうダメかもしれないとクリスは思ったのかもしれない。クリスの命を受けたトーマスは学園に向かい、アイリを公爵邸に連れてきた。
「部屋に入ってきたアイリスさんがいきなり叫んだのです。そのとき部屋が真っ白に光りました」
「その後に俺が起き上がった、と」
シャロンが頷いた。おそらくアイリはベッドに横たわる俺の姿を見て、ショックのあまり叫んでしまったのだろう。結果としてアイリの神聖力が発露した事で、俺だけでなく公爵邸に担ぎ込まれた怪我人までも回復させたのだ。一連の話を聞いて、襲撃現場で気を失ってから、公爵邸のベッドで目覚めるまでの話をようやく知ることが出来たのである。
「神聖力の話を誰にも知られてはいけないな」
「はい、もし知られたら大変な事になります。グレンから教えてもらっていなければ、私も人に話していたかも知れません」
そうなのだ。ゲーム設定でアイリとレティにのみ授けられた聖属性。邪気を払ったりするだけでも目を白黒されるのに、聖属性の本当の威力。神聖力が広く知られでもしたら、アイリとレティがあちこちに引きずり回されるに決まっている。まして今回発現したアイリの場合、全くの無自覚。レティに至ってはまだ発現すらしていないのだ。
「グレンから聞いてましたが、まさかあそこまでの力だなんて・・・・・」
「俺も衝撃的だったよ。ゲームの比じゃない」
『
「だから秘密にしなればいけないと思いました」
「俺達の秘密だな」
「ええ。私達の秘密です」
俺とシャロン、クリスとトーマス。そしてアイリとレティ。あの日の事は六人の間だけの秘密だ。シャロンと俺とが誓い合っていたら、ドアをノックする音が聞こえた。シャロンがドアに近づいて開けると、そこには父フィーゼラー、宰相閣下の従者であるレナード・フィーゼラーが立っている。その後ろにいたのは・・・・・ 宰相閣下だった。
俺は座っていたベッドから慌てて立ち上がる。が、立ち上がった瞬間、へなへなと膝が床についてしまった。まだ、自力で立つことが出来なかったのだ。シャロンが俺の名を呼んだのだが、どうにもならない。代わりに父フィーゼラーが慌てて駆け寄ってきて抱えてくれたので、再びベッドに腰掛ける事になってしまった。
「構わぬ。構わぬぞ、アルフォード。そのままでよい」
「このような姿でお会いする事、お許し下さい」
「今日、家に帰ると聞いたが、本当に回復したのか? 今の状態を見ると、かなり無理をしているように見えるが・・・・・」
「はい。自力では立つことができませんが、松葉杖をついてなら歩くことが出来るまでに回復しました。動くことができますのに、ご厄介になる訳にも参りませぬ」
「そうか・・・・・」
俺が言うと、宰相閣下は頷いた。従者である父グレゴールが動かしてきた椅子に宰相閣下が座る。宰相閣下が目配せをすると、父グレゴールとシャロンが一礼をして、静かに退室した。どうやら宰相閣下は俺とサシで話がしたいらしい。考えられることは五つ。襲撃事件、貴族会議、小麦問題、俺、そしてクリスだ。さて、どれが来るのか。
「アルフォードよ。本当に今日、帰るのか?」
「はい。この身体を直すのは、
「そのような事であったか。ならば、早く回復ができるように静養せねばな」
「有り難きお言葉、痛み入ります」
一つ間を置いて宰相閣下が言った。
「此度は我が娘を守るが為、一命を賭けて戦ってくれた事、親として感謝しておるぞ」
やはりこれが来たか。宰相閣下の性格を考えれば、これを言わなければ気が収まらないのは分かる。だが、クリスは襲撃事件の時に怪我こそ負わなかったが、大きなショックを受けた筈。それに加えて貴族会議の開催が決まってしまった事も、大きな打撃になっている。だから今も微熱が収まらない訳で、守り通せたとは言い難い。
「現在、襲撃してきた者達の取り調べが進んでおる。狙いはお前であったと
そうか・・・・・ 俺は背筋が凍るのを感じた。自分の生命が襲撃犯の連中に脅かされたから凍ったのではない。俺が馬車で一緒に行動した為に、クリスとレティの二人を危地に置いてしまっていたという事実を知ったからである。俺の存在そのものがクリスレティを脅かしていたのだ。これは詫びて済むような話ではない。
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