526 襲撃

 俺達の車列が襲撃を受けている。ノルト=クラウディス公爵家の衛士長ダイラールの言葉に、俺の背中は凍りついた。こんな所で襲われるのか・・・・・ 俺は一体どうなるんだ・・・・・ これでも現実世界へ帰られるのか・・・・・ 佳奈と会えるのか・・・・・俺の脳内から様々な思いが湧き出してきて、頭が混乱している。


「今、最前列で不埒ふらちやからと『常在戦場』や我が衛士が睨み合いをしておるところ」


 相手は奇襲を仕掛けていないのか。まだ睨み合いの段階だ。そう思うと、少しだけ冷静になれた。ならば今やらなければいけない事はただ一つ。


「馬車を衛士が警備している。ここを脱出するんだ!」


「し、しかし・・・・・」


「ここは何とかする。令嬢をお守りしろ!」


「は、ははっ!」


 戸惑うダイラールが慌てて馬を走らせる。俺はすぐに魔装具を取り出すと、グレックナーを呼び出した。


「今、不埒な輩から襲撃を受けている」


「お、おカシラ!」


「魔装具で位置を調べてくれ! 頼むぞ!」


 俺は魔装具を切らずに路上へ投げ捨てると、【装着】で商人刀とオリハルコンの防具で武装した。俺を見て驚いている隊士達に檄を飛ばす。


「今から最前列にいる連中の応援に行くぞ!」


「おおっ!」


 俺は五人の隊士と共に、車列の最前列に向かって駆け出した。ここまで来ればやるしかない。商人特殊技能【防御陣地ディフェンシブ】を唱えた俺は、抜いた『隼』を大上段に構えながら前のめりに走り込む。すると、カンカンという金属音が聞こえてきた。おそらく衝突が始まっているのだろう。最早待ったなし。俺は全力疾走で斬り込んでいく。


「でぃやぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 最前列に到着すると、はやり戦いは始まっていた。襲撃してきた敵と『常在戦場』の隊士と公爵家の衛士が入り乱れて戦っている。夜なのに朧げながら見える理由がよく分からないが、見るところ相手側の数が多そうだ。それよりも、とにかくこいつらをやっつけて、クリス達を逃さなければ! 俺は一番近いところにいる、剣を構えていたヤツに切りかかった。


「キィヤァァァァァ!!!!!」


 標的を定めた俺は、一心不乱に大上段から斬り下ろす。


「ぎゃあああああ!」


 俺が切りつけた瞬間、鮮血が舞った。なんだこれは! ガチじゃねえか。相手の血飛沫を見て、これが試合などではないのを実感する。ターン制で動くリングの上と違って、現実世界と同じリアルタイム。すぐにやらなきゃ、確実にやられる。相手をなんとしても仕留めなければ! 俺は再び大上段に構え、二撃目を食らわす。


「キィィィィヤァァァァ!!!!!」


 相手が転がりながらのたうち回る。ヤバい! ヤバいぞ、これ! ゲーム世界なのにリアル過ぎる戦闘。いや正しくリアルなのだ。明らかにヤバい! 本当のガチ戦だ。俺の左右には一緒に斬り込んでくれた『常在戦場』の隊士達が戦っている。俺は右手側で戦っていたスペルミスに加勢して、二対一の状況を作り上げ、相手を追い詰める。


「お前ら! おカシラに続け!」


「おおっ!」


 第五警護隊副隊長のミノサル・パーラメントの声に、「おおっ!」という野太い声が応じた。激しくぶつかる金属音が鳴り響く中、相手側からは「やれっ! やるんだ!」との激が飛んでいる。「お嬢様をお守りしろっ!」という声はノルト=クラウディス公爵家の衛士だろう。そんな中、けたたましい馬車が駆ける音が聞こえた。


「どけぇ! どけどけどけ!!!!!」


「ええい! どかぬか!」


 二頭の馬に乗る衛士が剣を振り回して叫びながら突っ込んできた。その声に敵も味方も驚いて回避しようとする。そこへ馬車が猛然と走り込んでくる。


「どけぃ! どけぃ!」


 馬車に乗り込んでいる衛士達が大声で喚いた。その馬車の後ろに、ピタリと別の馬車がくっついている。クリスやレティが乗っている馬車だ。それを見たからなのか、道路脇に立ち止まっていた馬車達が続々とそれに続く。御者達の「ハイヤッ!」という声と馬の蹄と車輪の音が響く中、六台の馬車が瞬く間に立ち去っていった。


(なんとか脱出できたか・・・・・)


 内心、ホッとした。これでクリスやレティが襲撃される事はないだろう。ふと見ると、相手の人数がまた増えているような気がする。先程からそうなのだが、真っ暗な筈なのに何故かボヤッと見えるのだ。相手の顔までは見えないが、人影はハッキリと分かる。俺がどうして見えるのかと呟いたら、【蛍の光】という魔法なのだという。


(だから見えるのか・・・・・)


 明るくはないが、薄暗く見える。支援魔法【蛍の光】。こんな修羅場の中にまでご都合主義を持ち込まないで欲しいところ。しかしそんな事を思っている場合じゃない。相手の人数が更に増えた訳で、相手側の方が多いのは確実。こちらにとってはより不利だ。だからグレックナーが来るまで、相手の攻勢をなんとしてでも食い止めなきゃいけない。


「敵の増援がやってくるぞ! それまでに片付けろ!」


「おおっ!」


 相手側が剣を持ってこちらに襲いかかってくる。


「もうすく団長が警備団を引き連れて来られるぞ! それまで頑張れ!」


 俺の隣にいた隊士が叫ぶと、皆が大声を上げて、不埒な輩に向かって突っ込んでいく。激しい金属音と、聞いたこともないような叫び声が場を覆う。これが戦いというヤツなのか! 俺は『隼』を大上段に構えて、気が狂ったように喚きながら振り下ろす。どうして叫びながら斬り込むのか、ようやく分かった。そうしなきゃ、気がおかしくなるからだ!


 いくら夜とはいえ、路上で人が斬り合うなんて尋常な事ではない。異常事態だ。そんな異常事態で平静なんていられる訳がないじゃないか。だから叫ぶのか。これまで俺は馬力を出すために叫ぶのだと思っていたのだが、それは誤りだったようである。今やらなきゃいけないのは、とにかく目の前にいる相手を倒すこと。俺は必死に刀を振り回した。


 しかし一撃目や二撃目と違って刀が決まりにくい。斬り合いをしている中で、こちらの方が押されているのを実感する。やはり騎士属性の相手と力勝負をするのは商人属性の俺にとっては不利。そこで制御魔法【遅延】を唱えたのだが、相手に効いてるようには感じられなかった。やはりリングの外に出ている状態では、魔法の威力が大きく落ちるのか。


 以前教官が言っていた通りだ。魔法はリングの中で大きな効果を生み出すと。それはリングの外に出れば、魔法の威力が大きく減退する事を意味する。だが乱闘で振りかざされている剣の中には、帯電して稲妻が走っていたり青白く凍ったりしているものあるので、使える人間がいるのは間違いない。だってアイリやレティも使えるのだから。


 まぁ二人はこの世界のヒロインだから別格として、魔塔に集う魔道士だって常時魔法を使っている。ただ今そんな事を考えても仕方がない。やれる方法で戦うしかないのだ。その点で言うなら、商人特殊技能【防御陣地ディフェンシブ】の方は効果が感じられた。斬り合いの中で三度やられたが、今のところ軽微な打撃で済んでいる。


 これは俺が身に纏っているオリハルコンで作られた兜、鎧、籠手こて臑当すねあて等の具足によるところも大きいだろう。しかし特殊技能は制約なく使えるのに、魔法が全く使えない。この状況下、訳の分からん設定を考えたエレノ製作者に怒りがこみ上げてきた。その怒りを刀に転化して、大上段で振りかざして奇声を発し、相手を切り倒す。


 相手を何とか倒したが、見ると味方の方も倒れている。時代劇のようにこちらは無傷、相手は全滅なんて都合の良い話、起こる気配なぞ微塵もなかった。ご都合主義のゲーム世界を作った癖に、こんな所全くご都合じゃないという部分には、もう殺意しか浮かばない。剣と剣がかち合う金属音と、戦う者達の叫び声だけが、辺りに響く。 


 俺は四人を倒している筈なのだが、まだ敵が眼前にいる。こちらよりも相手の方が多い情勢の中、ジリジリと押されているのが感じられた。そんな中、第五警護隊副隊長のミノサル・パーラメントが、複数の相手を向こうに回して大立ち回りを演じている。まさに獅子奮迅の大奮闘。肩で息をしている俺とは大違いだ。


 相手との斬り合いにも身体がよたり始めた。日頃から鍛錬しているのにこうなのは、やはり騎士や戦士と商人との属性の違いよるもの。長く戦えば、力量の差がハッキリと出てくる。それ以上に恐ろしいのは俺のライフがハッキリと見えている事だ。いくらハイパーエリクサーを飲んでも、飲んだ側から打撃を受けているので、回復自体がガバガバな状態。


 何しろ一度の打撃で体力の三分の一が奪われるのだ。全身オリハルコンで防御していてこれなのだから、装備していなければ戦いにすらなっていないだろう。なのでいくら全く回復している気にならない。俺は何とか奮い立たせようと奇声を発するが、その声が徐々に小さくなっていっているのが自分でもよく分かる。


(グレックナー・・・・・ 頼む。早く来てくれ!)


 渾身の力で刀を振り下ろしながら、グレックナー達の到着を願う。もうこれ以上は持たない。その時、背後に受けたこともない衝撃が走った。


「ぐほっ」


 目の前が真っ暗になる。なんだこれは! すると今度は胸から脇にかけて衝撃が来た。俺が・・・・・ 斬られたのか? 刀を握りしめながら、その場を離れる事だけを考える。頼む、グレックナーよ・・・・・ 早く・・・・・


「こ、こんな所で・・・・・」


 そんなのアリか! このまま佳奈に会えずに終わるのか、俺は・・・・・ 戦いたくて戦ってるんじゃないんだぞ。こんな理不尽、あり得ないだろ! ゲーム世界なんだから、何とかしろや! 佳奈に会えないじゃないか! こら、エレノ製作者! 一体どうやって責任を取ってくれるんだよ! 必死に逃げているところへ、再び背中に激痛が貫く。


(や、やられた・・・・・)


 無様に地面へ倒れ込む中、それだけはハッキリと自覚できた。


「ア、アイ・・・・・リ。ゴメンな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る