527 神聖力

 ここは何処だ・・・・・ 俺の目に見たことがない高い天井が飛び込んで来た。あれっ? 外じゃない。俺達の車列を襲撃してきた連中と戦っていた筈なのに、何故? やけに背中が柔らかいな。ベッドの上にいるのか? 誰かが俺の手を握りしめている。開いた薄目をゆっくりと動かすと、そこには・・・・・ クリスがいた。


(無事だったのか・・・・・)


 薄っすらと見えるクリスを見て安堵した。良かった・・・・・ これで宰相閣下に顔向けができるな。しかし俺の手を握りしめていたのは、クリスだったのか。視線を移すと、クリスが両手で俺の手を握りしめていた。亜麻色の目が赤く腫れ上がっている。俺の事を心配してくれたんだ。しかし体が痛い。痛すぎる。何だ、この痛さは・・・・・


「グ、グレン! お、起きたの? グレン!」


 俺が痛さのあまりピクリとしたので、起きたと思ったのだろう。俺の手を握りしめたまま、必死に語りかけてくるクリス。その声に起き上がろうとしたが、身体を動かそうとするも全身に激痛が走って、全く身動きが取れない。今までで体験した事がない感覚だ。どうして身体の自由が利かないのか・・・・・ クリスが俺の名を呼び続ける。


「グレン、グレンが! アイリス、グレンが!」


「アイリス!!」


 クリスが後ろを振り向いた瞬間、レティの叫び声が聞こえた。何事と思って見ようとするのだが、身体に激痛が走って身動きが取れない。なのでゆっくりと頭を動かしつつ、視線を移動させていく。レティの「アイリス!」という叫び声と、クリスの「アイリス!」と叫ぶ声が聞こえた先に、アイリが倒れていた。一体、どうしたんだ!


「しっかりして、アイリス!」


 レティが血相を変えて駆け寄っている。シャロンもだ。二人共無事だったか。それより、何でアイリが倒れているんだ。俺は自分が置かれている状況について、全く把握出来なかった。とにかく体が痛い。帰りに襲撃されて警護の者達と応戦して、クリスとレティらが逃げたのを確認して・・・・・ 斬られたところまでは覚えている。その後の記憶がない。


「誰か! 部屋の用意を!」


 トーマスが部屋の外に向かって叫んでいる。レティとシャロンがアイリの名を呼び続けているが、全く反応がない。振り向いてアイリスを見ているクリスの両手が俺の手を介して震えているのが伝わってきた。こちらを見てきたクリスが何かを言おうとした時、侍女と思しき者が二人部屋に入ってきて、どうぞこちらへと案内している。


「直ぐにアイリスを休ませて!」


 クリスの指示を受けたトーマスがアイリを抱きかかえると、侍女たちと一緒に部屋を出ていった。シャロンとレティも一緒について行く。俺は訳が分からない中、アイリ達を見送るしか無かった。とにかく体が痛い。俺が気を失っている間に、一体何が起こったのか? 二人っきりとなった部屋で、目を真っ赤にしているクリスに尋ねた。


「襲撃されて公爵邸ここに運び込まれたのよ!」


 そうか・・・・・ 襲われて戦っている最中に、俺は斬られたのだな。その後、俺はノルト=クラウディス公爵邸に運び込まれたという訳か。ぼんやりとだが、今の状況について理解できてきた。クリスによると、公爵邸へ運び込まれた際、俺は瀕死の状態だったらしい。だから全身が痛いのか。


「本当にもうダメじゃないかって・・・・・」


 俺は泣きながら話すクリスの両手を握り返した。クリスが両手で俺の手を握り返してくる。これだけでもクリスの気持ちが伝わってきた。しかし俺は瀕死の状態から生きて帰ってきたのか・・・・・ 一歩間違えれば、もう目覚める事もなかったのかもしれない。しかし・・・・・ アイリは何故倒れていたんだ?


「部屋に入るなり、グレンを見て叫んたの」


 クリスが言うには、アイリに事情を伝えて公爵邸ここに連れてくるようにと、トーマスを学園へ遣わせた。そして公爵邸へやってきたアイリが、ベッドに横たわっている俺を見るなり叫んだのだという。今の時間が十四時過ぎなので、トーマスが午前中に学園へ向かい、昼休み辺りでアイリを馬車に乗せて公爵邸に到着したのが逆算から分かる。


「グレンの目は開いたけど、今度はアイリスが倒れてしまったの」


 泣きながら必死に説明してくるクリス。普段は気丈に振る舞っているクリスだが、今の弱々しさを見ると相当堪えているな。クリスの話を纏めると、アイリが叫んだ後、白い光に包まれて俺が目覚めたというもの。その直後にアイリが倒れてしまった。白い光とアイリが倒れたのが直接繋がるな。あれ? これって、もしかして・・・・・


「神聖力だ!」


「し、神聖力?」


「多分、神聖力を発したせいで倒れたんだ! 魔力を使い果たしたのと同じだ!」


 そうだ。昔『実技対抗戦』でクリスと戦った時、クリスが魔力を使いすぎて倒れた事があった。魔力が枯れると命が危ない。それはこの世界の常識。いや、それならば、アイリがマズイ! 神聖力が枯れると大変な事になる。その時ふと思い出した。クリスが倒れた時、アイリがやってきて、魔力を回復すれば大丈夫だと言っていたな。


「ハイパーエリクサーだ!」


 俺は『収納』でハイパーエリクサーを取り出すと、それをクリスに渡した。


「クリス。すぐにアイリに飲ませてくれ」


「えっ?」


「『実技対抗戦』の時、俺がクリスにこれを飲ませただろ。あれと同じ状況なんだ」


「あ、あの時の私・・・・・」


 闘技場の一件を思い出したのか、クリスの顔が真っ赤になってしまった。あの時、俺との戦いで【炎の大滝ファイヤーフォール】という炎属性の魔法を唱え続けた為、クリスは魔力を使い果たし倒れたのである。その俺がハイパーエリクサーを飲ませて助けたが、目が覚めたクリスは凄く恥ずかしがっていた。その時の事を思い出したようである。


 そんなに照れないでくれとクリスに言いたいが、今はそれどころじゃない。アイリがもし神聖力を使い果たしているとすれば、これは魔力を失った時のクリスと同じく大変な事態。アイリにハイパーエリクサーを飲ませるように頼むと、クリスが慌てて部屋を出ていく。すると入れ替わりに執事長のべスパータルト子爵が白衣を来た者を伴って入ってきた。


「アルフォード殿。よくお目覚めに」


「ベスパータルト子爵。迷惑をかけて済まない」


 様子を見に行くと、馬車から降りたものの、公爵邸へ担ぎ込まれる羽目になってしまった。役立たずで申し訳ない気持ちになる。医者を連れて来たので診察をとベスパータルト子爵に勧められたので、白衣を着た医者に診てもらう事にした。この世界の医者は、医者と言いながら魔道士。なので診察と言いながら、俺の体の上から手をかざすだけである。


「こ、これは・・・・・」


「どうしたのだ!」


「き、奇跡だ・・・・・ 創傷が塞がっている!」


 ベスパータルト子爵から聞かれた医者が驚いている。医者が言うには、俺の刀傷や刺傷が塞がっているのだという。内心もう無理だと思っていた部位が塞がっていると言うので、やはり俺は致命傷を負っていたようだ。それが助かったのは、間違いなくアイリの神聖力のおかげ。アイリが俺を死の淵から救い上げてくれたのだ。


 ただ傷口が塞がったとはいえ、全身に激しい痛みが走る。医者は治療と称して、自分の両手を俺の身体にかざしたが、さして痛みは緩和されなかった。俺の身体に相当な打撃があるのは間違いない。医者からは暫くの間、静養が必要ですと言われた。結局の所、自然治癒しかないのだろう。医者が立ち去った後、俺はベスパータルト子爵に改めて詫びる。


「何をおっしゃいますか。よくぞお嬢様をお守りいただきました。臣下として感謝致しますぞ」


 ベスパータルト子爵は俺に頭を下げてきた。いやいやいや、俺が出来た事はクリスとレティを逃せた事ぐらい。それも『常在戦場』と公爵家の警護の者がいたからこそ出来た話。あの時一緒に戦った者達は今、どうなっているのだろうか。ベスパータルト子爵は俺が担ぎ込まれた時の状況について、詳細を説明してくれた。


 それによると公爵邸に駆け込んだクリスが血相を変えて襲撃者から逃れていた事を話し、これを受けて公爵家の衛士や騎士団が一斉に現場、つまり俺達が戦っている場所へ急行。先に到着していた『常在戦場』の隊士らと協力し、襲撃者を包囲してその場で捕らえた。俺を初めとした怪我人は皆、公爵邸へ運ばれ、手当を受けたとの事である。


 また捕らえられた襲撃者も全員、公爵邸へ連行され、現在尋問中であるという。この事態に公爵閣下は立腹し、徹底した調査を行うよう指示を出したそうである。ベスパータルト子爵の口ぶりから、かなり緊迫した状況だというのが伝わってくる。公爵邸に担ぎ込まれた俺は、虫の息だったそうだ。


「あの状態から、よくぞ回復されましたな。流石はアルフォード殿。昨日医者が「手の施しようが・・・・」と申した時にはどうなるかと」


 俺はそれ程悪い状態だったのか。この世界では医師も魔道士。医療技術という点では貧弱である。襲撃者に斬られた俺は、この世界の技術では生き残れなかったのだろう。それをアイリの神聖力で一命は取り留めたというのが、今の状況といったところか。そんな話をしていると、クリスとレティが部屋へと戻ってきた。


「アイリスの意識は回復しました」


「本当にどうなるかと思ったわ」


 クリスとレティの話によると、アイリにハイパーエリクサーを飲ませたら、無事意識が戻ったという。念の為、今はベッドの上で安静にしているという事で、現在シャロンが横に付いているそうである。良かった・・・・・ 取り敢えずは一安心だ。ベスパータルト子爵は気を使い、頭を下げて退室したのと入れ替わるように、トーマスが入って来る。


「それよりグレン、本当に大丈夫なの?」


「さっき医者が来たら、奇跡だと言ってたよ」


「えっ!」


 俺が横になっているベッドの側にある椅子に座ったクリスがビックリしている。驚くのも無理はないか。昨日の段階では「正直難しい」と言っていた医者が、今は「奇跡」だと言っているのだから。まぁ、アイリが起こした「奇跡」なのだが・・・・・ 俺はアイリの神聖力に救われたのだ。

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