505 名案内コナイ

 俺が面会が行われている最中であるにも関わらず、魔装具を使ったので、結果として場の緊張感はほぐれた。先程まで緊張しながら話をしていたルタードエも、ホッとした表情をしている。ただ、クリスを見ると目を瞑っているので、まだ緊張感を解いてはいないと見れば良いだろう。そろそろいいだろうという感じで、トマールが俺に話しかけてきた。


「おカシラ。先日お話がありました「ロデム」の件ですが・・・・・」


「何か分かったのか?」


 トラニアス祭の暴動の責任を問われて王都を追放されたダファーライ。そのダファーライが経営していた店が閉められる中、三つのしもべの一つとされる「ロデム」だけが営業しているという話。その「ロデム」で何かあったのか?


「それが・・・・・ 「ロデム」自体は閉店しておりまして・・・・・」


「はぁ?」


 「ロデム」が閉店しているだと! しかし、コルレッツの封書には「ロデム」だけは営業していると書いていたぞ。トマールが話を続ける。


「正確には、最近まで営業をしておりました。ところが店の女の子がいなくなってしまったので、止む無く閉店したらしいです」


 店の女の子がいない・・・・・ そういえば、コルレッツが働く店に流れてきた『バビル三世』で働いていたという女の子も、「ロデム」への移籍を断ってやってきたとか書いてあったな。結局、接客する女の子がいなくなってしまったから、閉店せざる得なくなったという訳だな。おそらくは暴動の悪評に耐えられなかったのだろう。


「しかし、話はそれだけではないのです」


「何かあるのか?」


「実は「ロデム」がお店の案内所として、衣替えをしたのです」


「衣替えだと!」


「はい。「名案内コナイ」とかいう名前で」


 はあぁぁぁ? なんだそのバチモノ臭い名前は! そもそも何の案内をするんだよ! 行った先々で殺人事件が毎週のように起こる、死神みたいなヤツの名ををパクったような名前なんかをよく店に付けたよなぁ。大体「コナイ」って何だよ。というかその漫画、エレノ世界で発売なんかされてないじゃないか! これは絶対にエレノ製作者の犯行だ!


「案内所といいつつ、案内している素振りすらなく、決まった面々だけが店に出入りしています」


「ナンデスか?」


「ナンデスはもちろんのこと、複数のレジドルナ出身者の出入りを確認しました」


「数は?」


「現段階で十八人です」


 十八人! そんなに潜り込んでいたのか。トラニアス祭の暴動に連座して、主だった者はダファーライと一緒にトラニアス所払いに処せられたと思っていたのだが、俺のその考えは甘かったようだ。クリスが俺とトマールの話を聞いて何事かと問うてきたので、一連の流れを説明すると、クリスは大きく溜息を付いた。


「では、あのトラニアス祭の一件は終わっていないのですね」


「ああ。首がダファーライという人物から、ナンデスという人物に変わっただけかもしれない」


「その者達は、何を企んでいるのですか?」


「恐らくは、前回と同じく暴動を画策しておるのではと・・・・・」


「!!!!!」


 トマールの言葉にクリスが絶句した。これにはトーマスもシャロンもアイリも驚いている。みんな初めて聞く話だろうからな。皆が沈黙する中、第五警護隊長のリンドが口を開く。


「僭越ながら申し上げます。参謀殿の仰るように暴動の企みは十分に考えられますが、そうではない可能性もあります」


「そうではないとは?」


「暴動を起こそうにも、人数が少ないのではないかと」


 俺が聞くと、リンドはそう指摘した。確かにそれは言える。確かトラニアス祭の暴動の際には、主導した者としてダファーライら三十名余りが重罪人として扱われた。しかし「名案内コナイ」とかいうフザけた名前の店に出入りしている人間は僅か十八人だという。これでは同じように暴動を仕掛けようと思っても、かなり難しいのではないか。


「ですが、徒党を組むのは可能な数。警戒するに越した事はありません」


 リンドの言葉には説得力があった。ただ、相手が何をやろうとしているのか、その目的が分からない。目的が分からなければ、何を警戒すれば良いのかどうかも分からないという事である。リンドがファリオさんに目配せした後、俺の方を見た。


「ですので、おカシラの警護の為、一隊を付けたいと考えております」


「えっ!」


 俺に警護? そんな事なんて考えたこともなかった。ルタードエは俺が要人だと言い始めたので、戸惑いしかない。


「おカシラは『常在戦場』のオーナーです。我々にとっては要人」


 トマールの言葉に、クリスが頷いた。


「そもそも出資しているグレンがいなければ、『常在戦場』そのものが成り立ちません。ですので要人になります」


「公爵令嬢の申されます通りですぞ、おカシラ」


 ルタードエがクリスの言葉を肯定しながら、俺が要人である事を認めるよう暗に伝えてきた。そうは言われても、自覚がないものをどう認めろというのか。


「私も父上から学園の外に出る際には警備の者を付けるようにと申し渡されています。ですので、昨今の状況を考えるのであれば、グレンも受け入れるべきだと思います」


「私もクリスティーナの意見に賛成です。皆様がグレンの事を心配なされておられるのです。クリスティーナの言うように、受け入れるべきです」


 真向かいに座るアイリまでが受け入れるように迫ってきた。俺が困っている中、リンドが俺に話してくる。


「現在、第四警護隊は学園や学院の生徒を指導するのに手一杯。ですので、第五警護隊より一隊を学園に常駐させ、おカシラとこちらの屋敷を警護したいと考えております」


「なんだって!」


「既にアルフォード商会の当主殿の了解は頂いております」


「こちらの方はスピアリット子爵閣下を介し、学園長閣下より御了承を得ております」


 ルタードエとファリオさんがそれぞれ事情を説明する。なんと俺の知らぬ間に、全ての話が決まってしまっていたようだ。結局、話し合いによって第五警護隊の一隊の警護を受け入れる事になった。実際には協議というより、一方的な通告のような形だったが、皆から飲むようにという無言の圧力がかかって、応諾したのがその実態。


 第五警護隊からは副隊長のミノサル・パーラメントと十数人の隊士が派遣され、学園に第四警護隊の詰所に配される。常習している第四警護隊長のファリオさんが預かる形との話で、パーラメント隊の警護を俺とアルフォード家、そして黒屋根の屋敷は受ける事になった。今後、何か窮屈になりそうな予感がしたが、俺は受け入れるしかなかったのである。

  

「失礼します」


 話し合いが一段落ついたところで、ニーナがお茶を持ってきた。先日のアルフォンス卿との会見と同じような間合いで入ってきたので、推し量った上での事なのだろう。二度目ということもあってアイリとシャロンがサッと立ち上がり、ニーナの手伝いをする。この光景に驚いている『常在戦場』の面々。対照的なのがクリスで、何か凄くうれしそうだ。


「ニーナ様。ありがとうございます」


「勿体ないお言葉、痛み入ります」


 ニーナがクリスに微笑みながら頭を下げている。どうしてそうなのかはよく分からないが、この二人の雰囲気から考えて相性は良さそうだ。安堵しているルタードエやトマールらの表情を見ると、今日の話は概ね終わったようである。ニーナのお陰もあって、和やかな雰囲気の中、クリスとルタードエの面会は無事に終わった。


 ――『常在戦場』の面々が終わった後、アルフォンス卿との会見の時と同じように、アイリやクリス達と屋敷のピアノ部屋に入った。ただ先週とは趣が大きく異なっている。今回はアイリから言い始めたのではなく、クリスからの要望だった事。それを聞いたアイリが大いに喜んで「行こう行こう」と、皆を先導したのである。

 

 今日のアイリは積極的だった。あの曲が聴きたい、この曲がいいと指定してきたのだ。余程機嫌が良いのか「ライディーン」「カノン」「華龍進軍」「アラベスク」など、ジャンルを問わずに指定してきたのである。普段なら間違えるのはイヤだなという方が先に来るのだが、今日はどう言う訳か、間違えてもいいかという気持ちで弾くことができた。


「クリスティーナ。今日はねぇ、一曲歌うわ」


 俺が全てのリクエストに応え、演奏を終えた後、アイリがとんでもない事を口走った。いや、アイリよ、ちょっと待て! それはマズイ。あのヤバヤバな音程を皆に晒すつもりか。


「ア、アイリ・・・・・ いきなり歌うと言ったって・・・・・」


「だって、この前の時には歌えなかったでしょ。次は絶対に歌うって決めていたの」


 アイリの決意がやたら固い。するとクリスがうれしそうに言う。


「次は聴かせてくれるって約束していましたものね」


 なんてこった! アイリよ、何故そんな約束をしたのだ。無謀極まりないじゃないか。


「グレン。「この愛を永遠に」をお願いね」


 ヅカ曲か・・・・・ アイリが大好きなレパートリー。その中でも特にお気に入りが「この愛を永遠に」だ。しかし、あの音程を人に歌を披露していまう日が来てしまうなんて。楽しみにしているような感じのクリスやシャロンを見ていると、何か罪悪感にとらわれてしまう。アイリが早く早くとせっついてきたので、俺は仕方なく伴奏を始めた。


「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」


 演奏しながら三人をチラ見すると、全員が硬直してしまっている。一人楽しそうに歌うアイリとは対照的に、どう反応すればよいのか困っているのが伝わってきて、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。ふと、ジャイアンが音痴だったことを思い出した。もしかするとエレノ製作者が誤って、アイリにジャイアン的な何かを投影してしまったのかもしれない。


 エレノ世界では歌を歌うという習慣はないのだが、アイリの音程が外れているのは、三人共理解が出来ているようだ。歌い終わって、満面の笑みを浮かべるアイリ。対してクリスと二人の従者トーマスとシャロンが固まってしまっているのが、限りなくシュールである。しかし、このギャップをどう埋めればいいのだ? 俺には皆目見当がつかなかった。

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