504 献策
『常在戦場』の参謀アルフェン・ディムロス・ルタードエが以前から求めていたクリスとの面会。お互いのスケジュールが合ったのは、平日初日の放課後の事だった。場所が黒屋根の屋敷の会議室となったのは、先週のアルフォンス卿との会見と同様で、クリスの動きを生徒達に目撃されないようにする為である。
別に貴族生徒を疑う訳ではないのだが、アウストラリス公を支持する貴族が多い状況下、その貴族の子弟の中でクリスの動きを逐一報告する者がいてもおかしくはない。ましてクリスは『明日の小麦問題を考える御苑の集い』を主催する立場であるのだから、その動向が注視されるのは当然な訳で、警戒心を持つに越したことはない。
出席者はクリスと二人の従者、トーマスとシャロン。そして行儀見習いとしてアイリも加わっている。ただ、レティは席を外していた。今日もエルベール派貴族の切り崩しに向かったとの事で、連日に渡って動いているらしい。これは俺の勝手な見解だが、宰相派の貴族よりもレティの方が動きが良いのではないか。
一方『常在戦場』の側は、ルタードエの他に調査本部長のトマールが出席。後、第四警護隊長のファリオさんと第五警護隊長のリンドが加わるという、非常に珍しい組み合わせ。団長のグレックナーや事務総長のディーキン、そして第一警備団長のフレミングという三幹部がいないというのも初めてならば、この四人の組み合わせというのは初めてである。
このメンバーで会合を開くのかと思ったところ、ちょっとしたハプニングが起こった。面会の冒頭、ルタードエが唐突に、アイリを今日の『常在戦場』の代表者としたいと言い出したのである。そう言われたアイリの方を見れば、戸惑っているのは明らか。おそらくはどう反応すればよいのか、分からないからだろう。
このルタードエの発言に対し、トマールも賛同し、更にリンドまでもが加勢したので、クリスが何事なのかと説明を求めてきた。なので『常在戦場』の屯所で行われる会合へいつもアイリを連れて行ったら、いつの間にか俺の横に座って会合に出席するようになっていたと事情を話す。
「それで今、アイリスは『常在戦場』どのような役割を?」
「『常在戦場』の象徴のようなお立場です」
どう答えたらよいのか困っているアイリに代わり、そうルタードエが答えた。するとトマールも『常在戦場』の軸だと説明する。一体、どうしてそこまでアイリを崇め奉るのかは不明だが、これもまたヒロインパワーの為せる業なのだろう。ルタードエとトマール、そしてアイリの方を交互に見たクリスは、「成る程」と納得した表情をした。
「でしたら、今日の代表者はアイリスになりますね」
「わ、私が・・・・・」
「ええ。皆様から求められていますもの。ご期待に添うべきですわ」
戸惑うアイリにクリスがそう諭した。結局、クリスが要望を受け入れる形で座席が決まった。上座にクリスが座り、クリスの右側に俺、俺の対面にアイリがそれぞれ上手に座る。俺の列にはシャロンとトーマス、アイリの列にはルタードエ、トマール、ファリオさん、リンドの順にそれぞれが座るという形で落ち着き、ようやく面会が始まったのである。
今回の面会はルタードエたっての申し入れということで、前半部はルタードエの話で埋められた。例の貴族話法、どうでもいい話から入った後に本題に入るというアレである。その習わしを行うルタードエと、無条件に受け入れるクリス。いくら儀礼であるとはいえ、毎度毎度これをやっているエレノ貴族は律儀なのか、ヒマなのかがよく分からない。
「畏れ多くも宰相閣下に臣従をお誓い申しましたる、我が『常在戦場』。この御恩に報いるべく、今こそ動かねばならぬと隊士一同、決意を行いたる所存」
ルタードエの言葉がいつにも増して固い。普段公の場で、こんな言葉を貴族達は交わしているのか。着席している皆が表情を消しているので、どう思っているのかは分からないが、おそらくは退屈極まりない筈。しかしそのような事もお構いなく、ルタードエの話は続く。
「しかるに多くの諸侯が御列席なされる御苑の集いにおいて、御参加される全て貴族家が等しく宰相閣下の支持を決意なされるよう、公爵令嬢に私アルフェンが策を献じたく思いました次第。お聞き願えればこれ幸い存じまする」
「して、その策とは如何なるものか?」
「はっ。我が『常在戦場』の隊士が、御苑内において
「錦旗とな!」
錦旗? なんだそれは? 初めて聞く名前だ。クリスが驚いているのを見ると、それが何なのかを知っているようだが、トーマスやトマールの方に視線を移すと「?」状態。おそらく、この場で錦旗なるものを知っているのは、ルタードエとクリスの二人だけのようだ。
「錦旗を高々と掲げ、以て王国の威勢を示す好機であると存じ上げます」
ルタードエの意味不明の言葉にクリスが何かを考えている。錦旗というものを掲げれば王国の威勢を示すことが出来るなどという意味が、俺にはサッパリ分からない。ただ錦旗とやらが貴族達に対し、大きな威力を持っているモノであるというのは、話の流れから言って確実だろう。
「して、ルタードエ。
クリスの口から「ぬし」なる言葉が出たのが衝撃的だった。これに近い表現を聞いたのはエルザ王女とカテリーナからだ。二人共、男言葉を発していたが、クリスから聞いたのは初めて。今まで意識をしたことが無かったが、やはり公爵令嬢。クリスもまた、貴族中の貴族なのだと思った。
「恐れながら・・・・・
意味は分からないが、ルタードエが先程までの滑らかな口調が消え去って、かなり言いにくそうに話している。それを聞いているクリスの表情が険しい。何かルタードエの献策に余程の問題があるのだろうか? ルタードエがなおも話す。
「諸侯御列席の中、満天下に大義が何処にあるやを示す好機・・・・・」
「ルタードエ。ぬしの言わん事、相分かった。その策、有り難く受け取るぞ」
「公爵令嬢!」
ルタードエは呆気に取られている。ルタードエの話を半ばで遮ったクリスが、その策を素早く聞き入れたからである。まさかクリスがすぐに返事をするとは予想外だったのだろう。だが、クリスはこうと決めたら決断は早い。元から腹を括っているので、やるかやらないかの判断だけに精神を集中させているからこそ、できる芸当。
それに次兄アルフォンス卿に向かって、暗に腹を括るように迫るぐらいの胆力もある。クリスとルタードエとのやり取りを聞くに、錦旗やら主上やらの文言がイマイチ分からないものの、実現するのは難しいが実現すれば効果が高いのだというのは、話の流れから理解できる。だからこそクリスは採用する決断をしたのだろう。
しかし何が難しいのかについて、俺は全く分からない。トーマスやらトマールまでもが分からないようなので、後で二人に確認しても無意味だろう。かと言って、クリスやルタードエに聞けるような雰囲気でもない。言葉遣いを聞くに王室にまつわる事のようだが、一体なんなのだろうか? 俺がそんな事を考えていると、クリスがルタードエに聞いた。
「して、ルタードエ。『常在戦場』の行進。如何なる規模を考えておる」
「はっ。現在王都内には、およそ千の隊士が控えております。皆が行進を望みまするものの、参加なされる諸侯や近衛騎士団、王都内の治安等々を考慮致しますれば、その半数が妥当かと」
「五百か。分かった。左様に手筈を整えよ」
「ははっ!」
本来ならばクリスを囲む人間関係とは、こうしたものなのかもしれない。まるでクリスが主君、ルタードエが配下といった感じに見える。しかし、錦旗とかいうブツというか、モノ。なにやら問題ありげなようだが、クリスが何とかするのだろうか? 慣れぬ言葉ばかりで意味が分からぬ中、ルタードエにクリスが尋ねた。
「して、行進の楽曲はもう決まっておるのか」
「恐れながら、これから選定する手筈となるかと」
「グレン。いい曲がありますか?」
えっ? 俺か? クリスからのいきなりの指名に困惑した。というのも、音楽というもの一日にして成らずだからである。今言って、明日できるような甘いもんじゃないからな。『常在戦場』の鼓笛隊長であるニュース・ラインとは封書でのやり取りをする中で、楽譜を送ったりはしているが、練習しているのかは聞いてみないと分からない。
「どうですか?」
「一度、鼓笛隊長と相談したいと思います」
再度、クリスに聞かれたので、俺はそう答えるしかなかった。これまで演奏した事がない曲で、かつ御苑で演奏するに相応しい曲。なんという難しい課題だ。以前ニュース・ラインに送ったドラクエやファイナルファンタジーのオープニングは使えないよな。そんなものを御苑で演奏するのは、いくらなんでもやりすぎだ。
となると、他に送った曲の中から選ばなきゃいけないが「錨を上げて」やら「軍艦マーチ」なんかは、ちょっと濃すぎて使えないだろう。それというのも、ニュース・ラインが軍楽めいた曲が大好きなので、覚えていた曲を送ったのだ。ああいう曲が好きなのはニュース・ラインの軍楽隊的な体質だろうと思う。
「宜しくお願いしますね」
「分かった」
クリスにお願いされた以上、そう返事をするしかなかった。しかし御苑の集いまで十日程度、急ぎ相応しい曲を選定し、曲を仕上げなければならないな。俺はすぐさま魔装具を取り出し、事務総長のディーキンと連絡を取った。ディーキンにニュース・ラインと魔装具で話せないかと相談したのである。するとディーキンは意外な答えを返してきた。
「至急、営舎に予備の魔装具を送ります」
おお、そうか。予備の魔装具なんて持っていたのだな。手筈を整えるのに少し時間がかかりますがと聞いてきたので、それは構わないから明日の朝にでも連絡をくれと話をした。というのも、明日も小麦相場に張り付く予定なので、授業に出る予定自体が無かったからである。だから魔装具で打ち合わせをする時間を取ることが出来るのである。
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