501 戦いの活路

 『貴族ファンド』の事務所が、カジノにほど近い、個室バー『ルビーナ』が入っている建物の上にある事について、シアーズとワロスの二人は強い不満を抱いているようだった。何が不満なのかは、俺には分からない。一体どうしたのかと思っていると、ジェドラ父が口を開いた。


「周りの者が商館内に置くことを許さなかったのだな。カジノでさえも置けぬのだ。当然といえば当然」


「貸金に商会が直接手を染めるなんて。まして天下のフェレットがやっているとならば、恥ですからな」


 ワロスの言葉に皆が頷く。厳しいカースト社会であるエレノ世界では、商人の中にも明確なカーストがあった。つまり商会が上で、貸金屋が下という階級意識。その観点から見れば、フェレットが商館に『貴族ファンド』を置くことなどあり得ない話。貴族が商売をするなどあり得ないと思う感覚と軌を一にするものである。


 俺の話の中でフェレットのそうした感覚、差別的な感覚があからさまに見えたので、シアーズもワロスも反発したのだ。確かに、外に置いた『貴族ファンド』の事務所の看板を掲げる事すら避けたという一点を見るだけでも、貸金を営むことを恥だと考えているのが丸わかりであり、業を営む者としては、それだけでも屈辱と受け止めるのは当然。


「そうした古い意識の中で、フェレットがやっているという訳だ。いくら外装を変えても中身は同じよ」


 シアーズは見限るように言った。そもそもシアーズは、低い地位にある貸金屋の地位向上を目指し、『金融ギルド』に身を投じたのだ。そんなシアーズから見れば、フェレットの『貴族ファンド』へのコソコソした対応は、大変不快なものだろう。俺が聞いた情報一つで、こんな事が分かるなんて思ってもみなかった。俺に続いてリサが報告を行う。


「アウストラリス派内では態度を決めかねている貴族に、小麦特別融資の斡旋話を持ちかけて、積極的に働きかけられているそうです。『週刊トラニアス』の編集長ミケランによれば、アウストラリス派の幹部貴族がエルベール派や中間派の貴族にも斡旋話を持ちかけているという話も入って来ていると」


 やはり中間派だけではなく、貴族派第二派閥のエルベール派にもその手を伸ばしていたか。先日、アルフォンス卿からアウストラリス派の貴族が動いていると聞いていたので予想はされた事なのだが、実際にそのような話が確認されたと聞くと、やはり心が落ち着かない。リサの話を聞いて、皆が真剣な表情をしている。ザルツがリサに確認した。


「ではアルフォンス卿の話が裏付けられたのだな」


「はい。寧ろアルフォンス卿が掴んでおられる状況よりも、状況は深刻だと思います」


 ニコニコ顔ではないリサから言われると、余計に深刻な話であるかのように聞こえる。眉間にシワを寄せたジェドラ父が話す。


「アウストラリス公が一度貴族会議を開くと言った以上、引っ込みは付かない。つまりは手段は選ばぬと言うことだな」


「だから『貴族ファンド』のカネをふんだんに突っ込んでくるという話だな。そのカネを小麦相場へ突っ込ませて、値を釣り上げる。結果、誰もが得にしかならんという話。損をするのは何も知らぬ庶民という事よ」


 シアーズが珍しく眉をひそめている。おそらくはアウストラリス公やフェレットのやり口に腹を据えかねているのだろう。そういうやり方が合わない連中が、この三商会連合につどっているのだから、シアーズがこの場にいるのはある意味自然な事かもしれない。


「しかし『貴族ファンド』のカネを使って支持を取り付けるとは、本当に手段を選ばぬやり方だ」


「なにせ三〇〇〇億ラントもあるんだ。軍資金は無尽蔵にあると言っていい」


 若旦那ファーナスが嘆息している側で、ジェドラ父がそう分析する。その分析は正しい。軍資金は無尽蔵。単純計算、一家籠絡するのに一億ラントはゆうに使えるのだから。ピエスリキッドが呆れたように話した。


「ただ単にカネを渡すのではなく、小麦融資の斡旋というのが曲者ですな。腹を痛めずに票が得られる」


「しかも斡旋を受けて融資を受けた方は、小麦相場が上がれば上がる程、カネが増えますからな。兄貴が言うように、誰も損はしない」


 ワロスの指摘に溜息が漏れた。軍資金は無尽蔵で腹が傷まず、誰も損はしない。これではアウストラリス公の側が有利なのは、誰が考えても分かる話。皆が腕組みして考え込む中、シアーズがザルツに視線を向ける。


「しかしそうなると、アウストラリス公が建議している貴族会議の招集が現実味を増してくる。アルフォード殿。もし、招集が実現すればどうなるのだ?」


「宰相閣下の失脚」


「失脚!」


 ザルツの指摘にシアーズが絶句した。言葉は少ないが実に的確。アウストラリス公の意図をザルツは分かっていたのだ。ジェドラ父が身を乗り出す。


「アルフォード殿。いきなりそれとは・・・・・」


「貴族が小麦問題を考える如きで、巨額の資金を動かしてまで事を起こすとお思いですかな? 宰相位の簒奪さんだつ以外、ありえますまい」


「確かにその通りですが、一足飛びでは・・・・・」


「そもそも貴族会議の建議そのものが自体が飛躍したもの。それを起こしたのですから、狙いも相応なものである筈。我ら三商会が、何を得んが為に結束しているかとその点は同じなのでは?」


 ザルツの言葉に反応した若旦那ファーナスは、ザルツの喩えを聞いて沈黙してしまった。三商会が結束してガリバー・フェレットと対抗する。それは従来考えられなかった図式。アウストラリス公が一世紀以上開かれていなかった貴族会議を持ち出し、勝負を賭けているのと同じ話だという指摘には説得力があった。ファーナスの隣にいるジェドラ父が呟く。


「打倒ガリバー・・・・・ 打倒宰相閣下と同じということか・・・・・」


「相手のやり方は我らと違って杜撰ですが、意図はさして変わらぬと言うことです」


「逆に言えば、アウストラリス公の心理は読みやすいとも言えるのではないかと・・・・・」


 ザルツの説明を聞いたワロスはそう考えたようだ。ワロスはアウストラリス公がどうやっても宰相家を動かせぬが故、謀略と資金によってひっくり返そうとしているのだろうと分析している。


「宰相閣下が退かなくては、いつまで経っても自分が宰相にはなれませんからな」


 ワロスの言葉に皆が頷いた。アウストラリス公の宰相位への野心は明白。軍資金はフェレット商会らが出資する『貴族ファンド』の潤沢な資金がある。しかもその資金を渡すのではなく、貸し出すだけなので資金は目減りしない。融資を受けた側は小麦相場の上昇で、資産は雪だるま式に増える。そして誰も腹は傷まない。考えてみれば恐ろしいシステムだ。


「アウストラリス公の意図を挫くには貴族会議の阻止しかない。だがそれは『貴族ファンド』が持つ、豊富な軍資金のせいで阻めぬということか」


 ジェドラ父の指摘は正しい。『貴族ファンド』が持つ潤沢な資金を使った切り崩し工作を行って、貴族会議開催に必要な、全貴族の三分の一の賛成を得ようというところにまで来ているのだから。ワロスが問いかける。


「軍資金が枯渇すればどうなりますかな?」


「それはアウストラリス派が飛び道具を失うから、切り崩し工作が難しくなる。だが、無尽蔵に近い『貴族ファンド』の資金が無くなる事など考えにくい」


 ザルツが疑問に対し、そう指摘した。三〇〇〇億ラント、九兆円のカネが雲散霧消するなんて、まず考えられないからな。ウィルゴットが溜息混じりに言う。


「ああ。カネを貸せば貸す程、小麦相場が上がっていくのか・・・・・ カネを出せば出すだけカネが増える。しかし、同じ額で買える小麦の量はどんどん減っていく」


「小麦の額が倍になれば、同じ量の小麦を買うには金額も倍になっていまいますからね。当然ですが、同じ量の小麦を買うにしても、借りる額も倍になりますよ」


 ウィルゴットの言葉を受けて、若旦那ファーナスの次男リシャールがそう話した。単純な話、そうなるんだよな。相場値が倍になれば、借りて買うカネも倍額となる。当たり前と言えば、当たり前。


「借りる額が倍・・・・・」


 ピエスリキッドが呟いた。何か問題でもあるのか?


「借りる額が倍ということは・・・・・ カネの価値は下がる・・・・・」


 腕組みしながらピエスリキッドが独り言を言っている。そのピエスリキッドがシアーズに問いかけた。


「仮に小麦価が今の倍となった場合、貸し出すカネも倍にならないと、同じ量の小麦は買えませんよね」


「言うまでもない、当然の話だ」


「借り手の側から見た時、倍のカネを借りないと借り手が同じ量の小麦が手に入らないことになる。では貸し手から見ればどのように見えますか?」


 ピエスリキッドの謎掛けみたいな話に暫く考えていたシアーズだが、思い出すかのように二、三回頷いた後に口を開く。


「倍のカネを貸さなきゃいかんから、倍の担保を取らなきゃいかん。しかし借りる人間が買える小麦は同じ量・・・・・」


 元貸金業者らしく、担保の話をするシアーズ。貸すカネが倍になれば、倍の担保を取るのは普通だよな。シアーズが話を続ける。


「カネではなく、小麦から見たならば、小麦が倍ならカネの価値は半減する・・・・・ 待て!」


 シアーズがハッとした顔をした。


「いくら潤沢な資金であろうとも、価値が下がれば半減する。小麦相場が今の倍になれば、三〇〇〇億ラントも今の半分、一五〇〇億ラントの価値にしかならん!」


「はい。それならば『貴族ファンド』の潤沢な資金も威力半減」


 そうか! 小麦に特化した融資だから、同じ小麦量を買わせようとしたら今の相場値で出す倍の融資を行わなければならないのか。小麦の量は変わらないが、カネの価値。即ち金額は変わる。小麦価が倍となれば、カネの価値は半分。つまりカネの威力は、相場が倍になることで半減してしまうという訳か。よく分かったな、ピエスリキッド。

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