496 困った主従

 武器商人ディフェルナルによる魔剣解説。持つ人間の能力が高かろうと低かろうと使えるには使えるが、剣に自我があるのでレベルが低いと呑まれるという話は、俺の実体験から正しいとハッキリ言える。何せ『エレクトラの剣』という魔剣と、対峙させられる羽目になってしまったのだから。


「そういえば、ドレッドの息子も魔剣を振りかざして大変な事をやらかしていたな」


 ニヤリと笑いながらスピアリット子爵が言う。アンタ、事情を知っていて言ってるだろ! この邪悪っぷりは、本当にタチが悪い。


「魔剣持ち相手に決闘で勝つ商人の話を聞いて驚いたがな」


「それは私の事ですよ」


「おお、そうだったか!」


 分かっているのにトボケるスピアリット子爵。そのボケ芸はボルトン伯に遠く及ばないが、そのボケぶりは逆にファリオさんやディフェルナルにとって、非常に分かりやすかったようで、二人共大いに笑っている。


「まぁ、剣にせよ、杖にせよ、能力相応のモノを使わなければならぬ。モノに人が合わせるのか、逆に人が合ったモノを持つのか。どちらを選ぶかは別としてな」


 先程までのふざけた感じとは一変して、シリアスな表情で語るスピアリット子爵。まさにその通りで、キチンとどちらかを選ぶようにしなければ、齟齬が生じる。こういう話が語れる辺り、流石剣聖だと思う。ディフェルナルが売りに出された『詠唱の杖』の杖を探してくれると言ってくれたので、俺は杖を買い戻してくれるように頼んだ。


 ――休日初日の昼下がり。俺は平民服を纏って学園の馬車溜まりにいた。ウィリアム殿下との会見に臨むため、ガーベル卿の乗る馬車を待っていたのである。リディアを介した、ガーベル卿との封書のやり取りで今日の日取りが決まったのだが、時期が時期だけに殿下との話題の方が気にかかる。俺が立っていると、生徒と思しき女の子から声を掛けられた。


「そんな服で、どこかお出かけ?」


「はい。馬車を待っているのです」


 赤毛の髪を持つ女の子が俺に聞いてくる。おじさんである俺の目から見れば少女なのだが、今の俺は十六歳。なので俺の学年よりも上だというのは分かる。人の顔ぐらい一回見たら覚えているので、同学年で見たことがないから上か下。しかし幼そうではないので、上だという判断だ。しかし赤毛の髪というのが、どうにも引っかかる。


「私はロザリー。ロザリー・ガーベルよ。よろしくね」


「あああっ!!!」


 俺は思わず声を上げた。リディアの姉ちゃんじゃないか! だから赤毛なんだ。ガーベル家は母親の リディア、そして姉のロザリーに至るまで、女は全員赤毛なのか。そのロザリーがわざとらしく「貴方は?」と聞いてくる。どう考えても俺の事を知っていて声を掛けて来ている。これは新たなやり手の登場のようだ。


「グレン・アルフォードです。リディアさんにはお世話になっております」


「お母さんから聞きましたよ」


 リディアからではない、というアピールである。しかし、俺だと分かっていて声を掛けてきてたじゃないか! このロザリーという人物に、俺はリサやレティと違う悪質さを感じていた。ちょうどそのタイミングでガーベル卿の載せた馬車が入ってきたので、俺は迎えが来ましたのでと話題を切ろうとすると、ロザリーが言ってきた。


「まぁ、奇遇ですね。私もあの馬車に乗るの」


 奇遇じゃないだろ! 心にも思っていないのが丸わかりな、このロザリーの言葉に心の中で毒付いた。リディアが常々、姉を苦手だと言っていたが、その気持ちがなんとなく分かるような気がする。ガーベル卿とリディアの長兄スタンが乗っている馬車が止まると、俺とロザリーが乗り込み、そのまま馬車は出発した。


「急遽王女殿下も同席なされることになりまして・・・・・」


 ガーベル卿は恐縮しながら言った。王女殿下とはエルザ王女のこと。ノルデン王国では現在、王女はエルザ殿下一人の為、王女と言えばエルザ、エルザと言えば王女の事を指す。公爵令嬢がクリスしかいないので、公爵令嬢がクリスの事を指すのと同じである。会見の話を知った王女が、是非にも同席したいと、兄ウィリアム殿下に頼んだらしい。


「王女殿下が、我が娘ロザリーの立ち会いを求められまして、それで・・・・・」


 ロザリーがこの馬車に乗り込んでいるという訳か。ガーベル卿の説明を慎ましやかに聞いているロザリー。明らかに猫を被っているのが分かる。そういえばリディアも、いつもはキャッキャしているのに、ガーベル卿の前ではしおらしくしていたな。リディアの場合は父への恐れからそうしているのに対し、ロザリーの場合は打算である事は明らか。


「お父様。本日は宜しくお願いします」


 父に向かって控え目に挨拶するロザリーを見ると、そのあざとさが光る。いやいや、これはこれは。ロザリーが仕えているというエルザ王女も、かなりのツワモノだと思っておかないといけないようだ。馬車は前回、前々回と同じく御苑の中に入っていく。以前と違って、迎賓館の辺りを通ると、かなりの人がいる。


「お父様、あれは・・・・・」


「再来週に行われる、公爵令嬢が主催なされるパーティーの準備だ」


 いよいよ再来週か。時間が経つのはあっという間。クリスが開く『明日の小麦問題を考える御苑の集い』の準備の為、かなりの人が動いているようである。馬車が離れに到着すると、ガーベル卿の案内でウィリアム殿下とエルザ王女が待つ、応接室へと向かう。俺の後ろにリディアの長兄スタンと姉のロザリーが付いて歩いているのは不思議な感覚だ。


「アルフォードよ。よくぞ来たな」


 応接室に入ると、ウィリアム殿下が立ち上がって声を掛けてきた。その横に座っていた人物、エルザ王女が静かに立つ。


「そちがアルフォードか」


「はっ。グレン・アルフォードと申します」


「弟の封書より常々その名を見ておるぞよ」


「恐縮至極に存じます」


 初めて会うエルザ王女。その堅苦しい挨拶に、思わず調子を合わせてしまった。スタンがウィリアム殿下の、ロザリーがエルザ王女の後ろにそれぞれが付く。以前話に聞いたように二人共、正式な従者ではないが、お付の者となっているようである。ガーベル卿は非公式ながら、二人の我が子を王族に差し出した形であり、本当に忠臣であると言えよう。


「弟はお前を買っておる。真に学びのある者だとな。わらわもこの目でしかと見たいと思うた」


 正嫡殿下は姉に一体何を伝えたのか。一抹の不安がよぎる。


「貴族と決闘して負かしたとか、教官と決闘して倒したとか、楽しそうな事を書いておったものでな」


 あちゃー! 殿下はわざわざ遠くサルジニアにまで、そんな封書を送ったのか。


「いつも退屈そうにしていたアルフレッドが、さも楽しそうに書いてきておったのを読んでな。帰ったら、これは会わなくてはと思うたら、暴動が起こってそれどころではなくなってしもうた」


「エルザよ。アルフレッドは、近況を伝えたかったのだ」


 遠巻きにたしなめるウィリアム殿下。それに対し「分かっておりますわよ」と拗ねるエルザ王女。二人の関係性と、正嫡殿下に対する話しぶりをみると、王家の三兄弟は本当に仲が良いようだ。以前ウィリアム殿下が話していた「兄弟とは頻繁に封書のやり取りをする仲」という話が正しい事を改めて示している。


「再来週に御苑で公爵令嬢が主催する集いが開かれるのでな。それまでに一度、そちの話を聞きたいと思ったのだ」


 ウィリアム殿下は、再来週に行われるクリス主催の『明日の小麦問題を考える御苑の集い』の為、暫くの期間、御苑には立ち入る事ができないというのである。貴族界で懸案が発生している中、御苑に多数の貴族も来訪するという事で不測の事態を避ける為、ここは王族の側から遠慮をしなければならないと殿下は話した。


「私はそのような必要はないと思うがな」


 そう言ったのはエルザ王女。王女は兄の話に反駁するかのように言う。


「この広い御苑。貴族の集いが行われるのは迎賓館だけではありませんか。何故、王族であるわらわ等が離れに立ち入る事を遠慮しなければならぬのじゃ」


「取り決めで決まったのだ。そのように申すでない」


 怒った感じではないが、不満そうに話すエルザ王女をたしなめるウィリアム殿下。ガーベル卿と長兄スタンが困った表情をしている。一方、長姉ロザリーはといえば、こちらの方は面白そうだといった感じで見ているのとは対照的。いやはや、仕えている者と主、以心伝心と言ったところか。俺は面倒くさい主従だな、と思ってしまった。


「陛下から御苑をお借りになった公爵令嬢は、ここで何をやられるつもりなのじゃ」


「貴族達と共に小麦問題を考えられるとの事にございます」


「それは単なる方便に過ぎぬ。それが見抜けぬわらわかと思うてか!」


 ガーベル卿の説明にも毒付くエルザ王女。しかしエルザ王女が怒っている訳ではなさそうだし、ガーベル卿が別に恐縮しているといった感じもないので、これが日頃からのやり取りなのだろう。しかし実兄であるウィリアム殿下や義弟にあたる正嫡殿下と違って、どこかひねくれている感じだな、エルザ王女は。ウィリアム殿下が妹を諌める。


「公爵令嬢が貴族達を集め、小麦問題を考えるとの事ではないか。素直にそう考えて差し支えはないだろう」


「いいえ。意図無くば御苑でそのような集いなど開きませぬのじゃ。のう、アルフォードとやら」


 なんで俺に振ってくるんだ! いきなりの被弾に俺はたじろいだ。


「聞くところによれば、そちは公爵令嬢と同じクラスであるらしいのぅ。ロザリー」


「はい。そのようにございます。噂によりますと、大変仲がよろしいとか」


「ほう。して、どのようによろしいのじゃ?」


「お互い愛称で呼び合うぐらい、親密であると聞き及びました」


「なんと! 高位家の令嬢と平民がか!」


 なんだなんだ、この主従。二人の顔を見ると、芝居がかっているのが一目瞭然。君等、息を合わせて漫才でもしているのか。エルザ王女とロザリーの笑えぬ三文芝居に、俺はどう反応したら良いのか分からない。エルザ王女とロザリーが俺に何を求めているのか、サッパリだ。実に扱いに困るコンビだ。

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