495 スクープ合戦

 国王派第二派閥のトーレンス派が幹部会合を開き、派閥領袖であるトーレンス侯に貴族会議の判断を一任した。トーレンス候は内大臣という宮廷の実力者なのでニュースといえばニュースなのだが、ランドレス伯が貴族会議開催を支持したという表明に比べれば、パンチ力に欠けるのは否めない。


 なのでこれは記事の出し方というか、間合いというか、タイミング次第でスクープがスクープにならない場合がある。『週刊トラニアス』と『翻訳蒟蒻こんにゃく』の二誌のスクープ合戦がまさにそれだ。ランドレス伯の貴族会議開催支持よりも、『御苑の集い』に人々の関心が集まっているのは、『週刊トラニアス』の減り具合を見ても明らか。


 駆け引きとは相手あってのものなので、相手がどんなモノを持っているかを推測しながら出さないといけない。今回の二誌の場合、号外を出して仕掛けたのは『翻訳蒟蒻』だったが、『週刊トラニアス』側が持っていたスクープを読みきれなかったのが敗因である。もし知っていたならば、ランドレス伯の支持表明をぶち当てたりはしなかっただろう。


 この辺り『翻訳蒟蒻』の編集部というより、『翻訳蒟蒻』を発行している、ノルデン報知結社のオーナーであるイゼーナ伯爵家の意向。あるいはイゼーナ伯爵家が所属する、アウストラリス派からの強い要望が働いていたのではないかと思われる。ランドレス伯の支持表明を早く出して、機先を制したいという思惑があったのだろう。


 が、『週刊トラニアス』が出してきた『御苑の集い』の記事によって、その目論見は外れた。リサによって思惑が潰されたと言えるのだが、一方で疑問が残る部分がある。クリスはアウストラリス派の貴族にも招待状を出しているのに、アウストラリス派に深く食い込んでいる筈の『翻訳蒟蒻』が、どうして御苑の集いを掴めなかったのか、という点だ。


 俺は御苑の集いの招待状が、アウストラリス派に属する貴族の誰に送り、誰に送っていないのかという詳細を全く知らない。俺が分かっているのは、リサがディール子爵夫人シモーネを通じ、アンドリュース侯やクリスと相談して事を進めているところまで。実は俺が知らない事の方が多いのだ。具体的な話はリサかクリスに直接聞いてみるしかない。


 ――学園に武器商人のディフェルナルがやって来るというので、俺は第四警護隊の控室へと足を運んだ。俺がディフェルナルと会わなければならない理由は、コルレッツが売っぱらってしまったという天才魔道士ブラッドのキャラクターアイテムである「詠唱の杖」の杖を探し出し、買い戻して欲しいという依頼をする為である。


 実はコルレッツの便箋を読んでいた時、ふと頭に浮かんだのだ。武器といえばディフェルナル。ディフェルナルといえば武器だと。封書の中でコルレッツはキャラクターアイテム自体は見つけたので、イベントクリアは出来ている筈と指摘していた。それは分かるが、アイテムを見つけたのに本人が持っていないなんてのは、気持ち悪いではないか。


 だから「詠唱の杖」を探し出してもらって買い戻し、それを本来の持ち主であるブラッドに渡そうと思ったのだ。俺が現実世界に帰る為、より確実に手は売っておきたい。それが俺の心境である。ただ依頼をするディフェルナルは魔装具を持っていないので、連絡方法は直接出向くか、封書でやり取りするしかない。


 なので『オリハルコンの大盾』を納品する時に合わせて会おうと思ったのである。ところが、俺と同じような事を考えて待ち構えていた人間がいた。学生差配役のスピアリット子爵である。俺が控室に入ると既に子爵が陣取っていた。聞けばスピアリット子爵は、武器商人のディフェルナルがやってくる度に、このようにして控室で待っているのだという。


「ディフェルナルの話は面白いからだ」


 その理由を述べながら笑うスピアリット子爵。ディフェルナルが来ると、いつも第四警護隊長のファリオさんと共に武器談義に花を咲かせるらしい。すっかり好事家達の集いになっているではないか。今日はどうして来たのかと聞かれたので、『詠唱の杖』という杖を探してもらって買い戻してもらう依頼をする為だと話すと、子爵が意外な事を言い出した。


「俺は演習の話をする為かと思ったぞ」


「演習?」


 子爵の言葉を聞いて、一瞬何の事を言っているのか分からなかった。俺の反応を見て、暫く考えていたスピアリット子爵が俺に言ってくる。


「実はな。来週、近衛騎士団と学園学院の生徒、それと『常在戦場』の隊士らと、暴動対策の演習を行うことになっているのだ」


「えっ!」


 話によると暴動を確実に防ぐため、来週に市街演習を行う予定なのだという。歓楽街で暴動が起こったという設定で皆が動くことになっているというのだから、かなり本格的な演習のようで、これから王都の街にも告知していくそうである。話を聞いて驚いたが、スピアリット子爵の方は俺が知らなかった事について驚いていた。


「アルフォード殿は何でも知っていると思ったのだが・・・・・」


「いえいえ。閣下、私は一学園生徒。個々の案件について、細かく知る立場にはありません」


「そんな事はないだろう。君は三商会の窓口でもあり、『常在戦場』の実質的な支配者。一生徒では通らんよ。第一、情報は全て集まる立場ではないか」


 子爵が俺に指摘してきたので、実情を話した。俺はアルフォード商会の経営や商売に一切タッチしておらず、『常在戦場』の方針についても事後承諾であると。この説明に「本当なのか?」と子爵が疑念を払拭できないといった感じで聞いてきたので、俺は今回の演習について、全く知らないのだが何よりの証左ではありませんですかと話す。


「そうだな。確かにそうだ」


 そう言って頷いたスピアリット子爵が改めて聞いてきた。


「君はそれでいいのか? 手も労も君が掛けているではないか?」


「私以上に手や労を掛けてますからね、やっている人は。こちらは必要だから頼んだだけですし」


「全く。君ってヤツは」


 予想外の答えだったのか、スピアリット子爵は笑う。そこへディフェルナルとファリオさんがやってきたので、そこで俺とスピアリット子爵との話は途切れてしまった。まぁ俺が預かり知らぬところで、どんどん話が進んでしまっている事に関しては、気にならないといえば嘘になる。しかし、俺が把握できる範囲なんて限られているのでしょうがない。


 スピアリット子爵がファリオさんに、俺が演習の話を知らなかったぞと話すと、ファリオさんがビックリしている。ファリオさんは俺に連絡が行くのは当然過ぎる話で、気にもならなかったと恐縮しながら話している。まぁ人というもの、俺と同じで全てを適切に把握なんてできる訳じゃない。ファリオさんが謝ってきたので、気にしないように言った。


「今回の演習は公爵令嬢が主催される『御苑の集い』に合わせ、急遽決まったものだからな」


「急遽ですか?」


「ああ。『御苑の集い』の最中に、良からぬ動きをされぬようにな」


 意味ありげにスピアリット子爵が言う。もしかすると『御苑の集い』に合わせて、良からぬ事、即ち暴動の予兆があるのかもしれない。トラニアス祭の暴動が起こった後、小麦価は更に一〇〇〇ラント上がっている。民衆の不満がいつ爆発してもおかしくない状況にあるのは間違いはない。一触即発と言って差し支えはないだろう。


 一方、ディフェルナルが『オリハルコンの大盾』の納品状況について話してくれた。現在、旧型の『オリハルコンの大盾』は、全て新型に置き換わり、二二〇〇帖が納品済みで、今日の納品するのが二〇〇帖。加えて後四〇〇帖が近々納品される予定であるとの事。俺がその数量について、スピアリット子爵に確認した。


「ああ。概ね計画通りだ。近衛騎士団にも王都警備隊にも学園学院の生徒にも行き渡る量だ」


「ムファスタ支部の大盾も全て更新しましたし、モンセルやセシメルの警備隊にも大盾は支給済みです。王都の各警備団も全て配備が終わっております」


「後は暴動が起こるだけだな」


 ファリオさんが『常在戦場』の配備状況について話すと、スピアリット子爵が冗談めかして言ったので、俺を含めて全員が固まってしまった。いやいや、それは冗談じゃ済まないだろ。俺達を見たスピアリット子爵は、それぐらいの準備はもう出来ているという意味だとフォローをしたが、真に受ける者なぞ誰もいない。


 やはりスピアリット子爵は剣に生きる男なのだ。剣聖と称えられる能力の高さとその胆力から考えて、平時よりも乱世が好みなのだろう。一通りの話が終わった後、俺はディフェルナルに『詠唱の杖』の杖について頼んだ。何ですかそれはと聞かれたので、魔道士が持つと魔力が向上する杖だと話すと、「魔杖まじょうですな」と呟いた。


「しかしどうしてそのようなものを?」


「いや、実は本来の持つべきものを差し置いて、その杖を売り払ったヤツがいてな。だから買い取って、本来の持ち主に返してやりたいんだよ」


 俺はコルレッツが『詠唱の杖』を売り払った経緯について話す。高い能力が引き出せる杖だから、さぞや高く売れるだろうと道具屋に持っていったら、目論見が外れて六〇〇〇ラントにしかならなかったと嘆いていた、あの話をである。それを聞いたディフェルナルが唖然としている。


「確かに魔力は上がりますが、そもそもが上がる人を選ぶ杖。魔力が上がらない人にとっては無用の長物ですぞ。しかも道具屋なんぞ持っていっても、まともな鑑定なんぞ出来る筈がありません」


 ディフェルナルが言うには、魔杖は杖によって能力が上がる人とそうでない人の差が激しい為、売り物としては向かないらしい。一方で魔剣は、持つ人の能力とは無関係に使えるので高値で取引されるとの事。ただ、魔杖の方は使い手が飲まれることはないが、魔剣の方はレベルが低ければ飲まれるので注意が必要だと、ディフェルナルが話した。

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