493 『ロデム』
レジドルナの冒険者ギルド登録者のナンデスが、かつてダファーライの経営していた店の一つ『ロデム』を開けて、店に出入りしている。コルレッツからの便箋に書かれていた件について、俺はすぐさま魔装具を取り出し、『常在戦場』の調査本部長トマールへ伝えた。
「え? 『ロデム』にですか?」
俺の話を聞いたトマールがビックリしている。そもそも『ロデム』という名前も問題だ。形のないスライム状の生命体。要は掴み所がない。閉めたはずの店が開いているなんて状況、まさにそれだ。しかし、対するトマールからの情報も、聞き捨てならないものだった。レジドルナの冒険者ギルドの登録者が、歓楽街に入っているというのである。
「今、確認しているのは四人です。もっといるかもしれません」
「それ以上か・・・・・ しかしどうやって冒険者ギルドの登録者だと分かったのだ?」
「ブローチですよ、ブローチ」
「ああっ。ブローチか」
ブローチ。このエレノ世界では平民階級の身分証明書に当たるものだ。俺もアルフォードの紋章の入ったブローチを持っている。このブローチで半ばその人間の氏素性が分かる仕組みになっているのだから驚く。俺のブローチで分かるのはモンセル出身者であることや、商人階級という出身成分。
そしてアルフォード家の者であるということである。そもそもブローチを持っている事自体、全員が平民であることを示している訳で、半ば個人情報を晒しているようなもの。結局、そのブローチによって確認された四人が、全員レジドルナの冒険者ギルドの登録者であることが明らかになったのだ。
「ですが連絡場所が何処なのかが、分かりませんでして・・・・・」
トラニアス祭の時までは、ダファーライが経営する飲み屋『バビル三世』が集合場所として機能していたのだろうが、今は閉店してしまっているので集まるどころか入ることはできない状態。レジドルナ出身者であったり、冒険者ギルド登録者であったりするところまでは分かっても、彼らの間の繋がりというものが見えなかったというのである。
「しかし、連中は地下潜行した形だな」
「おカシラ。地下なんかに潜ったら、あの世行きですぜ」
トマールが俺の言葉に反応した。そういえばそうだったな。このエレノ世界に地下は存在しない。正確には地下室というものがないのだが、これには深い訳がある。刑罰の一つに
「確かにそうだな」
俺は笑って誤魔化した。しかしこういった部分で、未だにエレノ世界との文化ギャップを感じる。警察も司法もない平和な世界である筈なのに、刑罰が異様に残酷なのだ。一体どうしてそんな事になってしまったのか、理解に苦しむ部分である。もしかするとエレノ製作者の安易な設定がそれをさせているのかもしれないが、だとすれば非常に罪深い。
「『貴族ファンド』については、まだ目ぼしい情報は掴んでおりません」
トマールが俺が調べるように頼んでおいた『貴族ファンド』の事について話を始める。目ぼしい情報は掴んではいないといいながら、『貴族ファンド』の運営については調べてくれていたので、流石は調査本部長だなと感心した。『貴族ファンド』の本部は歓楽街の一角、カジノの脇にある建物の中にあるのだという。
「その建物は一階が個室バーでして、二階、三階に入っています」
「えっ」
思わず声が出てしまった。トマールが「どうしたんですかい?」と、魔装具越しに聞いてくる。それはもしかして・・・・・
「まさか店の名前が『ルビーナ』とか・・・・・」
「おカシラ! よくご存知で」
やはりあそこか。以前レティとカジノでばったり会った時に入った個室バー。あの上が『貴族ファンド』なのか!
「おカシラも若いのに、盛んですなぁ」
「そんな訳ないだろ!」
囃し立ててくるトマールに向かって、咄嗟に反応してしまった。勢いのあまり、俺はレティと何もないと言いかけてしまったではないか。トマールは「いやいや、申し訳ない」と笑いながら言ってきたが、俺は君より年上だと心の中でそう思った。直接言えないのは残念だが、これも俺の定めだと思い、割り切って受け入れるしかないだろう。
流石にこのままではマズイと思ったのか、トマールが報告を続けるように軌道修正してきた。例の個室バーの上にある『貴族ファンド』は十数人の事務員で運営されているということで、その責任者は以前フェレット商会にいたミヤネヤという中年の人物であるらしい。フェレット商会では勘定方を務めていたという事で、実務者を責任者に据えたようだ。
今現在、トマールが分かっているのはここまでの部分。話し終わったトマールが、急ぎ『ロデム』を調べますと言うと、魔装具が切れた。おそらくは手がかりを得たので、すぐに調べたかったのだろう。話が終わったので、コルレッツが送ってくれた便箋の続きを読んだ俺は、その内容に愕然とした。なんと『詠唱の杖』を売り払ったというのである。
「なんて事をしやがるんだ!」
それを見た俺は思わず声を上げてしまった。コルレッツが書くところによれば、ブラッドと『詠唱の杖』を見つけた後、「これ欲しい」とねだるとブラッドがその場で渡してくれたのだという。『詠唱の杖』はエレノ世界のキャラクターアイテムだから、さぞや高値が付くだろうと武器ギルドに持ち込んだら、僅か六〇〇〇ラントしか値がつかなかった。
安いなとは思ったがそれでも無いよりはマシだと思い、『詠唱の杖』を売ってしまったのだと、お詫びの文言と共に書かれている。あああ、なんてこった! こんな展開誰が予測したのだろうか? 最後にコルレッツが、キャラクターアイテム自体は見つけたので、イベントクリアは出来ている筈とフォローにもならない話を書いてくるのが泣けてくる。
全く・・・・・ ここらがコルレッツの真骨頂なのだろう。本当にやらかしてしまうよな。しかし、巻き込まれる方はたまったもんじゃないぞ。確かにイベントクリアは出来ているのだろうが、キャラクターアイテムを売っぱらったのが気にかかる。何とかしなければ。俺は殿下から貰った、右手薬指に嵌めている『勇者の指輪』を眺めながらそう思った。
――朝の鍛錬に毎日出てきているミカエル。平民階級の者しか顔を出さない朝の鍛錬に貴族の、それもリッチェル子爵家の当主であるミカエルが毎朝鍛錬している事は、それだけで驚くべき話。何故なら、エレノ貴族は一般的に朝が弱いからである。姉とは正反対の、この品行方正を絵に描いたようなリッチェル子爵が、俺に声を掛けてきた。
「姉からお聞きになりましたか?」
「レジドルナの件か?」
ミカエルが頷いた。顔を見るに何やら不満そうである。もしや当主の自分よりもレティの方に連絡が先に入った事が気に入らないのか? だとするならば、どう言えばいいのか。
「ダンチェアード男爵によると、ドルナに通ずる道を封鎖している者が、我が領内を通っているといいます」
「物資も子爵領内の道を使っているな」
「ええ。これを黙って見ておいて良いのかと思いまして」」
どうやらレジ側の冒険者ギルドの連中が、子爵領を通って道を封鎖している事が気に入らないらしい。しかし本当にレティの方に連絡が入った件については大丈夫なのだろうか? 少し不安である。
「レティは、道を封鎖するのは得策ではないと言っていた」
「はい。ですが我が領の道は支線。何者もが自由に往来できる道ではございません」
幹線と支線。ノルデン王国において、その違いは重要である。何故なら幹線は国が管理を行うのに対して、支線は各貴族が維持するもの。だから道によっては、通行料を徴収したりする権利がある。リッチェル子爵領を貫く南北の道はレジとモンセル、王都トラニアスとドルナを結ぶ二つの幹線を繋ぐ、抜け道的な役割を果たしていると、以前リサが言っていた。
「しかし相手にはレジドルナ行政府が付いている。それに行政府の後ろには・・・・・」
アウストラリス公がいる。どう考えてもリッチェル子爵家では対抗できない。だから、レティは黙認する判断をしている。
「分かっています。分かっていますが、何もせぬと言うのは困っているドルナ住民を見殺しにするのと同じこと」
全くその通り。しかも軽薄な者が多い貴族の中で、その発想に立つというのか。いやはや、ミカエルの知性は際立っている。まさに品行方正を絵に描いたような貴公子だ。
「しかしリッチェル子爵家に、彼らを支えきれる力はないぞ」
「ですが・・・・・」
「レティは領民や
ミカエルは沈黙してしまった。しかし表情を見ると不満であるのが丸わかりなので、当たり前の話だが納得はしていない。
「なぁ、ミカエル。どうしてレティが今、一生懸命動いているのか分かるか?」
「・・・・・公爵令嬢にお返しする為でしょうか?」
「それもあるだろうが、それだけじゃない」
「えっ」
若きリッチェル子爵家の当主は驚いている。他の理由は何ですかと聞いてきたので、俺はハッキリと言ってやった。
「貴族会議が開かれなければ、レジの後ろ盾の力が弱まるからだ」
「!!!」
「レティはレティなりに方策を考えているんだ。直接的にはやりあえなくても、身を守りながら間接的に戦う方法だってある」
「では姉はそれを考えた上で・・・・・」
俺は首を縦に振った。レティはリッチェル子爵家を安全圏に置きつつ、アウストラリス公の権威失墜を狙っている。ハッキリとは口に出さないが、それはレティの態度にハッキリと出ているので明白だ。確かにアウストラリス公の勢力が弱まれば、公爵領の近隣にあるリッチェル子爵領も、公爵家と要らぬ摩擦を生じるリスクが少なくなるのは事実である。
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