492 続・コルレッツからの手紙

 俺宛に送られたコルレッツ兄妹からの封書。まず双子の兄であるジャックの便箋を読んだ後、妹であるジャンヌの便箋を読む。ジャンヌ・コルレッツからの便箋は十枚に及び、結構な分量だ。封書がやたら分厚かったのはこの為である。先ず文頭には、コルレッツの近況から書かれていた。


 暴動以来、客足が途絶えていた歓楽街だったが、最近になって元に戻ったらしい。そのきっかけとなったのが、宰相府が出した緊急融資支援であるという。この融資を受け取った人々が歓楽街でカネを落としているそうだ。いやいや。そのカネ、小麦を買うお金だろ。そう思ったが、それで客足が戻ったとの事。


 融資を受けた者の中には家に持って帰らず、そのカネを握りしめて歓楽街に向かう者もいるという訳だ。しかし、救いようがない話だよな。融資なんだからいずれ返さなければならないカネなのだが、天から降ってきたあぶく銭だと思い、パアっと使っている者がいるのだろう。ただ、そのお陰で歓楽街が持ち直すというのだから、本当に皮肉なもの。


 歓楽街で店を開く者にとって小麦購入に係る緊急融資支援は、救いの一手だったのだろう。それは店主だけではなく働く者にとっても同様の話で、現にコルレッツも借金を返す事ができると安堵しているのが文面からも伝わってくる。とにかく補助金とかいう類のカネは、往々としてその狙いとは異なる所が潤うもの。


 緊急融資支援もそこから逃れる事は出来なかったようだ。しかし小麦を買う前に歓楽街へ走ってしまう心理は、一体どこから湧き上がってくるのか。俺には全く想像ができない。続いて俺が送った、イベントのチェックシートへの返事が書かれている。コルレッツの分析では、イベントは軒並みクリア出来ており、残るイベントは僅か五つ。


 それは「宰相の失脚」「ノルト=クラウディス公爵家の没落」「悪役令嬢クリスティーナの追放」「アイリスの出自」「正嫡殿下の婚約」であると書かれていた。この便箋、クリスには絶対に見せられないなと思いつつ、今後の展開に関するコルレッツの考察に目を通していく。


 コルレッツは、トラニアス祭の暴動が「暴動イベント」ではないかと見ているようだ。今、ちまたで話題になっている貴族会議招集の話も、直接的にはトラニアス祭の暴動に起因しているのではないかというのが、コルレッツの見立て。貴族会議が招集されて宰相が失脚し、ノルト=クラウディス家が没落して、クリスが学園より追放される。


 分かってはいる事だが、文章でハッキリこうハッキリと書かれたモノを読むのは、正直キツイ。宰相閣下と暗に結んだような関係となった上に、クリスとは近すぎるぐらい親密になってしまっている。いくらゲーム上ではそうなる定めになるからといって、感情的にそのまま受け入れる事など、今の俺には出来なくなっているのだ。


 それにクリスやレティが日々、その定めを回避するよう懸命にやっているのに『世のことわり』を動かせぬのかと思うと、不憫でならない。しかし俺は、この見立てに少々異論がある。それは「悪役令嬢クリスティーナの追放」の部分。乙女ゲーム『エレノオーレ!』では、クリスが正嫡殿下より学園親睦会の席上で婚約破棄を言い渡される筈。


 いわゆる『断罪イベント』なのだが、これはクリスが言い渡されたものではなく、もう一人の悪役令嬢であるアンドリュース侯爵令嬢であるカテリーナが、婚約者であるウェストウィック公の嫡嗣モーリスから告げられた。そしてカテリーナは、そのままサルジニア公国へ留学という形で旅立っていったのである。


 つまり「悪役令嬢クリスティーナの追放」ではなく、「悪役令嬢カテリーナの追放」という形で成立したと考えるべきだと、俺の方は思っている。しかし一方で、俺が見落としていた部分があった。「正嫡殿下の婚約」という部分。よくよく考えたら、殿下のルートを選ばなくても、非プレイのヒロインが殿下と婚約していた。


 アイリでプレイして、アイリがカインと結ばれても、殿下はレティと結ばれていた。逆にレティでプレイして殿下を攻略した場合、アイリは出てくる事はない。しかしアイリの出自については明らかにはなる。実によく考えられた、自然な流れで展開するシステムだ。いつもボロクソに評価しているエレノ製作者だが、そこだけは褒めてやってもいい。


 しかし、コルレッツの分析を読んで悩みは深まったかもしれない。「宰相の失脚」と「ノルト=クラウディス公爵家の没落」が必然として語られている事。同じく「アイリの出自」と「正嫡殿下の婚約」も必然であるという、この世界の流れをハッキリと突きつけているからである。これは設定なので、逃れる事など不可能と言う事なのか。


 しかし「婚約イベント」も「断罪イベント」も、登場人物がモーリスとカテリーナに差し替わった。ゲームでは対立していた筈のアイリやレティと、クリスの仲は非常に良い。レティはクリスの為に、リッチェル子爵家が属するエルベール派の切り崩しを日々行っているし、アイリはクリスを励ます為に抱きし合って泣いていた。


 俺は「アイリの出自」や「正嫡殿下の婚約」は揺らがないと見ているが、「宰相の失脚」と「ノルト=クラウディス公爵家の没落」については変わる可能性があると見ている。というのも前者は既に決まっている事。元から事実があるのだが、後者の場合は現段階において、事実になるものがないからである。萌芽はあっても、確定したものではないのだ。


 アイリがスチュワート公の孫である事や、次期国王と目される正嫡殿下の婚約は揺るぎなき事実であり、変えようがない過去の話。対して「宰相の失脚」や「ノルト=クラウディス公爵家の没落」は、今はまだ確定していない未来の話。事実としてあるのは、ノルト=クラウディス家が公爵家である事と、公爵が宰相の地位にいることのみ。


 確定していない未来の話だからこそ変えられるし、変わりうる。現に正嫡殿下とクリスの婚約はなくなったのだから変わる事が出来る筈。婚約話がモーリスとカテリーナに差し替わったように、宰相の失脚とノルト=クラウディス公爵家の没落が、他の誰かに差し替わる可能性だって十分にあるのだ。


 気が付けば俺は伝信室にあるペンを取り、それを備え付けの便箋に書いていた。自分に大丈夫だと言い聞かせるだけでは止められず、誰かに言わなければやってられない心境になっている事に、この時初めて気付いたのである。俺は一通り便箋に書いて心を落ち着かせると、コルレッツからの便箋の続き、七枚目に目を通した。


 コルレッツの封書は全て日本語で書かれているので、いつものペースでの速読ができない。普通だったら一気に読んでから考えるのだが、コルレッツからの封書は読んでいる最中に止まってしまうのだ。元々、日本語で身に付けた速読術なのだから早く読めないとおかしいのだが、感情移入が激しくなって、立ち止まりながら読んでしまうからである。


 そのコルレッツの便箋には、俺が依頼したダファーライが経営する『バビル三世』の今について書かれている。トラニアス祭での暴動の罪に問われたダファーライは釈放後、そのまま馬車でレジドルナへと落ち延びていった。経営していた飲み屋『バビル三世』はそのまま閉店。


 店で働いていた店員は他の店に移籍したそうで、コルレッツが働く店『ルイ・ヤトン』にも流れてきたらしい。その移ってきた女性から、詳しい話が聞けたという。それによるとトラニアス祭の神輿を担ぐ担ぎ手達が、毎夜店を訪ねて怪気炎を上げていたのだが、誰も勘定をしなかったというのである。


 勘定とは精算の事。おそらくはオーナーであるダファーライが、店に出入りする者達のツケを持っていたのだろう。普通客のツケをオーナーが持つ事はない。しかしオーナーがツケ持つのだから、関係の深さが裏付けられた形である。はこれは『常在戦場』の調査本部長であるトマールからの情報を補完する内容。だが、次に見逃せない話が書かれていた。


「『ロデム』だけが営業をしている・・・・・」


 『ロデム』。ダファーライが経営していた『バビル三世』グループの店の内の一つ。トラニアス祭の暴動でオーナーであるダファーライが拘束された事で閉店を余儀なくされた『バビル三世』や『ロプロス』『ポセイドン』の各店と違って、『ロデム』だけは店を開いているらしいというのである。一体どうしてなのか?


 コルレッツの封書にはその辺りの事情が、『バビル三世』から移籍した女性から聞いた話として詳しく書かれている。この『バビル三世』で働いていた女性は店の閉店後、店の関係者から『ロデム』への移籍を勧められたのだという。問題はそれを勧めた関係者で、それがナンデスという名だというのだから驚いた。


「ナンデス・・・・・ あのナンデスなのか?」


 ナンデス。ダファーライ達レジドルナ出身者が釈放された後、ケルメス大聖堂のニベルーテル枢機卿から、王都所払いを命じられた彼らの為に馬車を用意した人物。レジドルナの冒険者ギルドに登録しているという人物の名が、まさかのコルレッツの封書から出てきたのである。ナンデスと飲み屋『ロデム』が繋がるなんて全く予想外の話。


 女性はこのナンデスという人物が、イマイチ信用できなかったのでその話を上手に断り、コルレッツが務めるお店『ルイ・ヤトン』に移る事にしたというのである。上手く断れたのは、仕事上、男をあしらうのが上手かっただろう。しかし、コルレッツが働いている『ルイ・ヤトン』って店の名前、まるでバチモンみたいじゃないか?


 そんな事を考えていたら、あのロゴ。LとVが重なったロゴを思い出して、思わず吹き出してしまった。LとVなら『ルイ・ヴィトン』だが、LとYなら『ルイ・ヤトン』じゃねえか! 大体、『バビル三世』だってバチモン臭い名前。グループ店舗の名前だって三つのしもべだ。絶望的なエレノ世界のネーミングセンスに、俺は心底呆れてしまった。

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