第三十七章 構図と転換

486 貴族の動向

 休日に『常在戦場』の屯所で行われた会合で、参謀であるルタードエから貴族会議開催の賛否について、重要なのは委任状集めである事を聞かされた。あのお陰で、この記事に書かれている意味が理解できる。アンドリュース侯は出席者が直接派閥に属する貴族と顔を合わせ、各人が委任状を集めることを提案して了承されたという話なのだ。


 つまりアウストラリス派は領袖と高位家、そして派閥幹事が各々で委任状を集め、迅速に票固めを行おうとしているのである。だからこれを提案したアンドリュース侯は手強いのだ。先に票固めが出来ていれば、次は他派への働きかけも素早くできるというもの。宰相派もうかうかしていると、貴族会議開催への扉を開かれかねない。


 今はクリスが御苑で主催する『明日の小麦問題を考える集い』という、大きなファクターがあるので、今は静観出来ているが、それがなければ俺も苛立っている筈。それぐらい今の宰相派の動きは、見えづらい状態にある。この辺りの話はクリスより、クリスの次兄で宰相補佐官のアルフォンス卿に聞いたほうが早いだろう。


 宰相派とアウストラリス派。相対する事になる二派以外の動きはどうなっているのか。それについては『無限トランク』が詳しく伝えている。「ウェストウィック派、近く方針を決定」との見出しで伝えているところによれば、国王派第一派閥のウェストウィック派は、近く領袖であるウェストウィック公の屋敷で派閥会合を開く見通しであるとの事。


 マティルダ王妃の実家でもある、ウェストウィック公爵家が領袖である事から王妃派とも称されるウェストウィック派は、規模としては宰相派、アウストラリス派、そして貴族派第二派閥のエルベール派に次ぐ、四番目の規模の派閥。国王派の一角である事から、宰相派と歩調を合わせると思われているが、その動向については注目される。


 国王派といえば貴族派閥中、最小派閥である国王派第三派閥スチュアート派にも動きがあった。派閥幹部会合を開く為に準備会合を開いたというのである。会合を行うための会合を開くというのも妙な話なのだが、記事にはそう書かれているのだから、そのまま受け入れるしかない。すり合わせ協議と言われているそうだ。


 スチュアート派は名目上の派閥領袖であるスチュアート公がお隠れ・・・である中、ルボターナ高位伯爵家であるステッセン伯が、代表幹事として実質的に派閥の取り纏め役を担っていた。そのような形態であるが為に、会合を行うための準備会合が必要なのだろう。この準備会合で、今週末に派閥幹部会合を行うことが決まったとの事。


 また「ランドレス派で派閥幹部会合。ランドレス伯に一任」という記事によれば、先週末に開かれたランドレス派の派閥幹部会合で、今後の貴族会議開催の是非について派閥領袖であるランドレス伯に一任する事を決めた。これでバーデット派、ドナート派に続いて、ランドレス派も領袖に判断を一任する形になった。


 しかし記事を見て思うのだが、「最高幹部会合」とか「派閥幹部会合」とか「準備会合」とか、どうやったらそんな文言を考え出せるのか、実に不思議である。その違いも分かりにくいし、第一イメージが付かない。また文を読んでも貴族達がそう呼んでいるのか、記者が名付けているのかも不明。本当に奇妙な表現だなと感じてしまう。


 それは別として、アウストラリス公が内大臣府に貴族会議開催を建議して一週間。各派の動きが徐々に見え始めてきた。しかしながら内大臣のトーレンス公が率いる国王派第二派閥のトーレンス派や、貴族会議開催の成否を最終的に決めると思われる貴族派第二派閥のエルベール派、そしてボルトン伯らがいる中間派の動静については書かれていない。


 特にルタードエの系譜であるルタードエ男爵家や、レティの実家であるリッチェル子爵家が属する、全派閥中三番目の規模であるエルベール派の動向が気にかかる。このエルベール派を宰相派が引き込めば勝負が決まるのだが、「美味しいところだけを取りに行こうとする」と言われるエルベール公が、そう簡単には態度を明らかにはしないだろう。


 貴族会議を是が非でも開催しなければならないアウストラリス派と、貴族会議の開催を何としても阻止しなければならない宰相派。どちらにくみした方が得なのかを考える筈。貴族派の一角としてアウストラリス派に味方する事によって恩を売るか、宰相派を支持してアウストラリス派を沈め、貴族派内での存在感を高めるか。


 あの軽いノリのエルベール公が、どちらを選ぶのかは全く分からない。ミカエルの襲爵式の際で見た限りそう思う。ただあの時、クリスにおだてられたこともあって、『常在戦場』の臣従儀礼を積極的に支持した事から話が動いた。そういう経緯もあり、クリスとは相性が良さそうなので、ここに期待を掛けるしかない。


 ところで三誌を読み比べて分かった事だが、『小箱の放置』は宰相派、『翻訳蒟蒻』はアウストラリス派に大きくシフトした記事を書いている。一方『無限トランク』はそれを見越したかのように、他派の動向を伝えて棲み分けしているのが面白い。これは雑誌間で話し合われたものではなく、恐らくは阿吽の呼吸で行われていると思われる。


 所謂「場感」というやつだ。考えてみれば『小箱の放置』のオーナーがアルフォード家。対して『翻訳蒟蒻』はアウストラリス派に属する貴族、イゼーナ伯爵家がオーナー。それぞれのオーナーのカラーで、その雑誌の立ち位置が決まってしまうのは仕方がないところ。何故ならばカネやオーナーの権限だけではなく、人脈等も一緒に付いて来るからだ。


 結局の所、人は繋がりからは逃れられない。それは貴族界だろうが、商人界だろうが、メディア界であろうが同じこと。これは現実世界であっても、エレノ世界であっても変わることなどある筈もなく、だから各誌の伝え方に色濃く反映されるだろう。それは『週刊トラニアス』や『蝦蟇がま口財布』にも適用されるのは、言うまでもない。


 ――いつものように教室の一番後ろの端にある俺の席に座ると、リディアが封書を差し出してきた。それを見たフレディが一瞬ギョッとしていたが、「私からじゃないわよ!」というリディアの一言で、下を向いてしまった。要は何を疑っていると言いたいのだろう。確かにその通りで、リディアがわざわざフレディのいる前で封書なんか渡さない。


 リディアが父から預かってきたというので、俺は封書の意味をすぐに理解した。極端な話、封書を開けなくても分かる。リディアの父ガーベル卿と長兄スタンが仕えるウィリアム王子と俺との会見の話だろう。話の内容はスタンが王子付きとして配属された件と、貴族会議の話。そして止まらぬ小麦高騰についての話なのは確実。


 昼休みにガーベル卿からの封書を開くと、やはり俺が予想した通り、誘い・・であった。今週末の休日にと書かれているのを見るだけで、察するようにという意味合いが直ぐに分かってしまう。しかし文面を見ると、何気ない表現の中にウィリアム殿下の危機感というものが伝わってくる。「喫緊にお会いしたい」という辺りがそれだ。


 現在、ウィリアム殿下は何ら権限を有さない。成人した第一王子であるにも関わらず、何ら役割を与えられていないからである。いかに直系王族であろうとも、権限がなければ動きようがない。この点においては第二王子である正嫡殿下アルフレッドも全く同じで、これといった権限や役割といったものはない。


 だが正嫡殿下には実母であるマティルダ王妃と王妃の実家であるウェストウィック公爵家、そしてウェストウィック公が領袖を務めているウェストウィック派が付いているが、ウィリアム王子にはそういったものが全く無い。母マルレーネ夫人は既に他界し、母の実家であるアズナプール子爵家はエルベール派に属しているものの、門閥というには程遠い。


 だが俺と同級である正嫡殿下アルフレッドより歳上である事もあって、国内の諸問題に通じ、それを強く憂いていた。特に小麦の凶作に端を発する小麦問題に関しては並々ならぬ関心を持ち、平民の窮状について、強い憂慮を示される辺りは好感が持てる。一部では青臭いと思われるのかもしれないが、何も思わない者とは天と地程の差であろう。


 ガーベル卿はそんなウィリアム殿下の事を誇らしく感じているようで、平民の宮廷騎士という制約の中、色々と手を尽くしていた。殿下の在学中、長子スタンを従者であるかのように付き従わせたのはその一環だと言える。もっともその延長線上に、リディアの姉ロザリーを殿下の実妹、エルザ殿下に仕えさせる事になったのだろうが。


 ただ、スタンもロザリーも公式の従者ではなく、あくまで自発的に仕えている者。二人の存在そのものが、ガーベル家が滅私奉公している証だとも言えよう。他の者が正室であるマティルダ王妃の威光を前に尻込みする中、我が子を差し出す事も厭わないガーベル卿は真の忠臣である。


 俺は了解の返事を書くと、直ぐに早馬を飛ばした。ガーベル卿に一刻も早く知らせ、安心してもらう為である。俺が受付で手続きを終えた直後、魔装具が光った。貴族関連記事を読み下せるように教えてくれた『常在戦場』の参謀ルタードエが、連絡を取ってきたのである。


 グレックナーからの通知だったので、一体誰だと思ったのだが、ルタードエがグレックナーの魔装具を借りての連絡だった。ハンナの時もそうだが、グレックナーの魔装具は、持っていない人間の連絡ツールと化しているようである。そこまでしてルタードエが連絡を取りたがったのは、公爵令嬢との面会依頼。


 曰く「公爵令嬢に一策献じたい」という。しかしながら、その策を聞いても「令嬢に直接お伝えしたい」として、教えては貰えなかった。ただ団長であるグレックナーや事務総長のディーキンからは了承を得ているというので、俺は手筈を整えた上、追って連絡する事を約束したのである。この話は廊下にいたトーマスを捕まえて投げておいた。

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