485 断言するアイリ

 アイリと共に出席した『常在戦場』の会合。いつものように屯所で行われた会合の中で話題となったのは、アウストラリス公が建議した貴族会議の開催。その可否についてだった。宰相府に対し臣従儀礼を行ったこともあって『常在戦場』の幹部達は、貴族会議の一件を傍観者として見る事が出来なかったのである。


 ただ、平民出身者しかいない『常在戦場』の中で、貴族界について詳しいものは皆無で、専ら貴族出身の参謀アルフェン・ディムロス・ルタードエの話に頼らざる得ないのが現状だった。そのルタードエが話す貴族会議の情勢は、会議が開催されるだろうという宰相にとって不利だという見立てで、皆を落胆させるものだった。


「やはり難しいのだな」


 ルタードエの話を聞いたディーキンは溜息をついた。『常在戦場』の事務方トップとして辣腕をふるい、市井の街では縦横に動くディーキンであろうとも、貴族社会の話となると手も足も出ないといったところか。ルタードエは更に話を続ける。


「アウストラリス公が、小麦問題について貴族会議で話し合おうという名分を掲げておられるのです。これをそう簡単には否定できますまい」


 ルタードエの見立ては至極真っ当で、異論を差し挟む余地はなかった。アウストラリス公の論法は、それ自体、広く受け入れられるものであるのは事実なのだから。『常在戦場』側として、何も対処が出来ないということが明らかとなった事で、重苦しい空気が屯所内の会議室に漂っている。その時、ソプラノの声が響いた。


「いえ、貴族会議は開かれません!」


 皆がギョッとした顔でアイリを見る。当然だ。貴族階級出身のルタードエが貴族会議の開催阻止は難しいと解説しているのに、いきなり貴族会議が開かれないと断言するのだから無理もない。


「クリスティーナ・・・・・ いえ、公爵令嬢が必ずや阻止します」


 おいおいおい。そこまではさすがに・・・・・ アイリの言葉に思わず仰け反ってしまった。もしもクリスがこの場にいたら、大いに困るだろう。会合の出席者、グレックナー達もアイリのこの言葉にどう反応していいのか分からないようだ。そんな中、参謀のルタードエがアイリに尋ねる。


「失礼ですが、如何なる方法で・・・・・」


「御苑で貴族の皆様をお集めになり、小麦問題を考える集いを開かれます」


「ぎょ、ぎょ、御苑でですか!」


「はい」


 アイリの口から出た御苑という言葉に、ルタードエが驚愕している。


「ど、どうして公爵令嬢が御苑を・・・・・」


「陛下からお借りする事ができたそうだ」


「なんですと!」


 俺が話すと、ルタードエが前のめりになった。ルタードエが更に詳しい情報を知りたがったので、クリスが国王フリッツ三世に謁見し、『ラトアンの紛擾ふんじょう』について報告を行った件について詳しく話す。その中で陛下から何かを渡したいとの申し出あり、クリスが御苑の賃借を所望した事によって、借りることができたと説明した。


「それにしても御苑なぞ、よく・・・・・」


 ルタードエは、唖然とした表情でそう話した。リッチェル子爵夫人という地位にあるレティでさえも驚いていたからな。貴族出身とはいいながら、傍流子弟のルタードエが驚くのも無理はない。アイリが状況を話す為に口を開く。


「もう貴族の皆様に招待状も送られております」


「・・・・・それはどの辺りの貴族にまで」


「アウストラリス派やバーデット派に属する貴族までだ」


「バーデット派までもが・・・・・」


 アイリの代わりの俺が話すと、ルタードエが絶句している。どうしてなのかと思っていたら、俺と同じ疑問を持ったのか、グレックナーがルタードエに尋ねる。


「バーデット派になにか問題でもあるのか?」


「はい・・・・・ 最も閉じられた派閥だと言われていますので・・・・・」


「閉じられた派閥?」


「はい。他派閥の貴族との行き交いが少ないところですから」


 なるほど。だから黒屋根の屋敷での会合で、レティやハンナが驚いていたのか。貴族派第三派閥バーデット派。辺境部の貴族が多いとされるこの派閥。小麦相場において、アウストラリス派の貴族に負けず劣らずの激しい購買力で、小麦を買い漁っていたのは記憶に新しい。しかし、最も閉鎖的な派閥だったとはな。


「ところで、どうやってバーデット派に食い込まれたのでしょうか?」


「ドナート侯の紹介らしい。ドナート侯がバーデット侯を公爵令嬢に紹介し、バーデット侯を通じて派内の貴族に招待状が送られたそうだ」


「ドナート侯ですと! しかしドナート侯とはどのように?」


 ルタードエが目を丸くしながら聞いてきたので、ケルメス大聖堂に出入りしているガウダー男爵を通じてドナート侯と出会い、ドナート侯とクリスを繋げた件を話すと、ルタードエが呆れ返ったように言ってくる。


「しかしおカシラ。おカシラの人脈、私など想像にも及びませぬ」


「いやいやいや。たまたまだぞ、たまたま。ケルメス大聖堂に行ったら声を掛けられたんだ。お互い顔は知っている仲だったのだが、ラシーナ枢機卿に改めて紹介されて、その足でドナート侯の屋敷に行く羽目になったんだ」


「ドナート侯の屋敷にですか?」


「ああ」


 俺はドナートの屋敷を思い出した。邸宅が古くなったのに修繕費用が出せないということで、平屋を立ててその中で暮らすという、大貴族とは思えない生活を送っているドナート侯。あれは今考えても衝撃的だった。ただそれでもドナート侯が住む平屋は、現実世界にある俺の家や、リディアの実家であるガーベル邸よりかは一回り大きい。


 まぁ平屋で動きが少なくて合理的だという、ドナート侯の理屈も納得はできる。屋敷の上がり下がりは大変だというドナート侯の話は、黒屋根の屋敷に居れば何となく分かる。もしも現実世界で黒屋根の屋敷に住むとすれば、間違いなくエレベーターを付けなければいけないだろう。費用爆上げになるのは間違いないが。


 しかしノルト=クラウディス公やアンドリュース侯といった大貴族と同じ高位家であるドナート侯が、平民並の平屋で住んでいる話は流石に言えない。現にドナート候も屋敷の外装だけは修繕をして、体裁だけは保っておくようにはしていると言ってたからな。俺がドナート侯の屋敷での事を考えていると、ルタードエが恐縮したという感じで言ってくる。


「恐れ入りました。先程の私の見立てなど、全くアテにならぬものです」


「いやいや。先入観のない見立てだったと思う。貴重な話だった」


 貴族人脈のない俺にとってルタードエの話は参考になることが多かった。見立てだって貴族界では一般的な認識の筈で、それが知ることができたのも大きい。特に委任状の話。レティやクリスにとって、そんな話は常識過ぎて話をするまでもなかったのだろう。もしルタードエから聞いていなかったら、分からずじまいだった可能性もある。


「ですので皆さん。貴族会議は開かれません」


 アイリがニッコリしながら言うと、皆が頭を下げた。微笑みだけで皆を平伏させる。こんな場面を見ると、やはりアイリはヒロインなのだと実感する。乙女ゲーム『エレノオーレ!』では、レティとアイリのダブルヒロインとなっているのだが、アイリの方が正ヒロインなのだろう。和やかな雰囲気の中で会合は終わった。


 ――アイリとの仲は落ち着いたのだが、貴族会議の話の方は活発に動いているようである。『小箱の放置ホイポイカプセル』では、「宰相派、派閥拡大会合で結束を確認」との見出しを付け、貴族会議開催に向けた動きを伝えていた。記事によると、宰相派は幹部と一門陪臣に加え、王都内にいる派閥に属する貴族を集めて会合を開いたとのこと。


 主な出席者は高位伯爵家ルボターナであるシェアドーラ伯をはじめ、派閥幹事で宰相閣下の親友であるキリヤート伯、一門の長老格であるクラウディス=ディオール伯。シュピッツワーナ伯やパルテア=ノイド伯、陪臣のボーゼル子爵など、初めて見る名前も散見される。よくよく考えれば、宰相派は最大派閥だったのだな。


 派閥拡大会合だなんて大仰な表現だなと思いつつも、記事を読み進める。その派閥拡大会合の中で、派閥領袖である宰相ノルト=クラウディス公に今回の貴族会議の開催可否について判断を一任することや、委任状の一括管理を行うことで一致。宰相派に属する直臣とそれぞれの陪臣に徹底する方針を打ち出したと書かれていた。


 また派閥幹事のキリヤート伯が取材に応じ、宰相派の結束に自信を見せると同時に、他派にも積極的に働きかけを行っていくことを明らかにしたと伝えている。貴族が直接記者の取材に応じるなんて、エレノ世界では前代未聞の話ではないのか。逆に言えば、それほど宰相派が強い危機感を持っているとも言えよう。


 考えてみればそれは当たり前の話で、宰相派が最大派閥と言うものの全貴族の二割程度に過ぎず、単独で貴族会議の開催を阻止する事はできない。他派との提携や支持がなければ、貴族会議の開催を止めるなどまず不可能。宰相派の今後の課題は、いかにして他派の協力を取り付ける派閥外交を展開していくかである。


 一方、貴族会議の開催を建議したアウストラリス派も派閥最高幹部会合を開いたと『翻訳蒟蒻こんにゃく』の号外が伝えている。「アウストラリス派、結束を確認」と題された記事によると、出席者は派閥領袖のアウストラリス公や副領袖のアンドリュース候、レグニアーレ侯、ゴデル=ハルゼイ侯。派閥幹事のタルミール伯とダ・セーラ伯の七人。


 この席でアウストラリス公が貴族会議の開催に強い決意を改めて表明。これを受け、会合では派閥内の結束と意思統一を確認した。その中で副領袖であるアンドリュース侯が、各人が直接派閥貴族に働きかけて支持固めを行うべきだと提案。アンドリュース侯の案に特段の異論が上がることもなく、了承されたとの事である。


 流石はアンドリュース侯。たとえ派閥に不満があろうとも、閥の問題となればそれには目を瞑り、積極的に行動を起こすということか。普通であれば不満があればサボタージュをしそうなものだが、頑固者と言われるアンドリュース侯にはそういった発想はないようである。それがアンドリュース侯の美徳なのだろうが、実に手強い。

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