481 バーデット派

 アウストラリス公の貴族会議招集宣言を受けての各派の動向。その点については『蝦蟇がま口財布』と『小箱の放置ホイポイカプセル』の二誌が、事細かに伝えている。記事に書かれている話を纏めると、宰相派をはじめ、ウェストウィック派とトーレンス派の国王派の二派は、共に派閥幹部会合を開いて派内の結束を確認。


 事あらば直臣陪臣問わず、一糸乱れぬ行動を取ることで一致した。一方、貴族派第三派閥のバーデット派と第五派閥のドナート派は、派閥の行動について領袖に一任する事を決定。両派はそれぞれ、領袖であるバーデット侯とドナート候の判断に委ねる事になったのである。


 それに対して、貴族派第二派閥のエルベール派、同じく貴族派の第四派閥ランドレス派、そして国王派第三派閥のスチュアート派の三派は、それぞれ幹部会合を行うことで調整中であるとのこと。近々開かれる幹部会合が開催され次第、派閥の方針を決定する模様であるとの事。


 一方で、貴族派第一派閥のアウストラリス派と中間派の動向について、両誌には全く書かれていなかった。前者の場合、既に領袖が方針を打ち出しているので、続報が不要なのだろう。後者に関しては取り纏め役がボルトン伯であるとはいえボルトン伯は領袖ですらなく、派閥幹部らしき人物もいないので、その動きを掴みようがないのだと思われる。


 いずれにせよ賽は投げられた。俺がクリスとの約束、ノルト=クラウディス公爵家を守るには、この貴族会議の開催を阻止するしかない。同時にそれはザルツの言う通り、三商会陣営の勢力の守ることに繋がっている。クリスとの約束と、ザルツの指令は軌を一にしているのだ。俺の立ち位置から考えて、このラインから逃れる術はない。


 ――リサの口から黒屋根の屋敷で会合を開くことが伝えられたのは、朝の鍛錬場での話。レティやクリス達と封書のやり取りをする中、日程が決定したらしい。この会合にはグレックナーの妻室ハンナも来る事になっているという。ロバートも会合に顔を出すそうだ。俺が知らぬ間に皆が色々と動いているのが、リサの話だけでもよく分かった。


 しかし渦中にいる筈なのに蚊帳の外という、俺のポジショニングが絶妙だ。このエレノ世界における俺の位置付け、モブですらない、モブ外という位置がこれ程出ているものはないだろう。結局の所ゲームの登場人物達、次いでリアルエレノにおける実力順、そして最後に俺という、この世界の序列だけがハッキリ可視化されてしまったような感じだ。


 結局、昨日もアイリが図書館にやってくる事が無かった。これで四日連続来なかった事になる。アイリと図書館で遭遇しない連続日数が、また一日更新されてしまった。アイリが来ない以上、ただその状況を受け入れるしかない。仕方がないので、俺は黒屋根の屋敷にあるピアノ室に籠もり、一人寂しくピアノを弾くしかなかったのである。


 放課後、俺の執務室の隣にある会議室に入ると、既にロバートとハンナが席に座って話していた。二人が話しているのを初めて見たが、リサを通じて以前より面識があるとの事。暫くすると、リサやレティが部屋に入った。そしてクリスと二人の従者トーマスとシャロンも部屋に入って来る。その光景を見て、俺は思わず立ち上がった。


「アイリ!」


 なんとアイリが入ってきたのだ。しかしアイリは俺を無視して、シャロンの隣に座る。一体、どうしてアイリがここに来たのか。俺がいるのが分かっていながら、どうしてこの会合に来ているのか? そして俺を無視してまで参加しなければならない理由が何なのか? その辺り、俺にはサッパリ分からない。取り敢えず今は会合の話だけに集中しよう。


 そんな俺の気持ちをよそに会合が始まった。まずリサが挨拶をすると、ディールの母、ディール子爵夫人シモーネの助力で、アウストラリス派の副領袖であるアンドリュース候の協力を得られた事を話す。リサによればアウストラリス公を含む、全アウストラリス派の直臣貴族に御苑への招待状を送る事ができたという話で、想像以上に動いている。


 続いてレティがボルトン伯の協力を受けて、中間派貴族に招待状を送る事が出来たことを報告。貴族派第二派閥のエルベール派に属する直臣貴族への招待状も全て送ったそうである。一方、ハンナは実家であるブラント子爵家を通じて貴族派第四派閥ランドレス派の貴族に招待状を送ったとの事で、三人合わせて、四派に御苑への招待状が撒かれた。


 そしてクリスが説明する。まず宰相派と国王派の三派、第一派閥のウェストウィック派、第二派閥のトーレンス派、そして第三派閥のスチュワート派の各派に招待状を送付済みであることを話した。クラウディス=ディオール伯ら親族の協力と、宰相派のシェアドーラ伯ら、幹部貴族達の助勢を得て行われたとの事である。


 また、俺が封書で紹介した、貴族派第五派閥ドナート派の領袖である「DIY貴族」ドナート侯を通じて、ドナート派の貴族と貴族派第三派閥のバーデット派の貴族にも送付する手筈となっていると話した。どうやらドナート侯とうまくやり取りが出来たようだ。これを聞いたレティとハンナが驚きの声を上げた。


「どうやってバーデット派に招待状を配ることが出来たの?」


「私もバーデット派の貴族の方とは接点がないもので、どのようにすれば良いのか悩んでいましたのに」


 二人の話を聞くに、バーデット派への足掛かりを掴むのは、中々大変な事のようである。ケルメス大聖堂でガウダー男爵に誘われてドナート侯に会ったのは予想以上に大きかったのだと思った。ビックリしているレティとハンナに、ドナート侯がバーデット侯と同級生からだよと言いたかったが、二人の疑問にクリスが話し始めたので俺は黙っておく。


 クリスはドナート候と封書のやり取りをする中で、招待状を他派の貴族に送りたいと相談を持ちかけた。するとドナート侯が自分とバーデット侯とは同級生で顔見知り。なので私の方からバーデット候にお話しましょう、との返書が来たというのである。その経緯を説明した上で、クリスはバーデット侯から届いた封書の中身について語った。


「「御苑の中に入る。このような機会、そうそうございません。バーデット派の者だけ・・が見逃すような事態、断じて避けなくてはなりますまい」と、お返事を頂きました」


「えっ!」

「まぁ」


 レティとハンナは驚いている。二人が驚くくらい、バーデット派にはリーチが届きにくいのか。クリスによると、ドナート侯がバーデット侯爵邸に直接向かい、この件で直談判をしたのだという。直接赴いたドナート侯の手前か、御苑の誘惑に負けたのか、バーデット侯自身が自派の貴族に招待状を送ることを了承したとの事である。


 しかし、なんという交渉力なのか、ドナート侯。クリスから更に詳しく話を聞くと、ドナート侯はバーデット侯に対し、バーデット派の貴族だけが御苑の中に入ることが叶わぬのは可哀相だという論法を駆使して説得したようだ。それでバーデット侯はクリスに、自分の派閥の者だけが見逃すなど有ってはならぬ事などという返事を出したのか。


 おまけにドナート侯は、自分も自派の貴族に招待状を送るので、バーデット侯も同じように招待状を送ればいいだろうと話を持ちかけたのだという。要は全てドナート候が一人で描ききった絵と言うことになる。何だ、その俺もやるから貴方もやろうみたいな、訳の分からぬバーターは。絡まれた形となったバーデット侯が何故か気の毒になってきた。


 ドナート侯からの直接の誘いを受けたバーデット侯は、最終的にクリスの招待状を受けることを了解した。ドナート侯とのやり取りの結果、クリスの側でドナート侯とバーデット侯それぞれに招待状を送り、その中で派閥の貴族も合わせて招待する旨の案内を出す形となったそうである。


 クリスが話した封書の中身はクリスが送った招待状に対する、バーデット候の返礼の文章だった。しかしバーデット侯という人物、意外と律儀なのだと思う。逆にバーデット侯の同級生だという、ドナート侯の傍若無人ぶりばかりが目立つ話。やはり単なるDIY貴族ではない。それまで話を聞いていたハンナが尋ねた。


「しかし、それではクリスティーナさんからの招待ではなく、ドナート侯やバーデット侯からの招待になります。それでも宜しいのでしょうか」


「はい、構いません。それで貴族の皆さんを招待できるのであれば、私は喜んでそうさせていただきます」


 クリスはキッパリと答えた。是が非でも自身の招待でなければいけない訳ではなく、どういうやり方であれ、全貴族を招待できればいいという、クリスの考えを示したのである。結果の前には手段に拘らないという事だ。手段に拘ったが為、結果が伴わないのであれば、全く意味を為さないのだから。すると今度は、レティが口を開く。


「これでバーデット侯の面子も立つという訳ね。ドナート侯って、相当な策士だわ」


 全くその通り。目が笑っていないのだから。ただ侯爵邸だとは思えぬような小ぢんまりした家の中、貴族派第五派閥という少派閥であるとはいえ、派閥を率いる領袖として振る舞うのは容易ではないだろう。実際会ったので分かっているが、そうしたハンデをドナート侯が個人の力量と才覚で乗り越えている事は間違いない。ハンナが安堵の声を上げる。


「これで全ての派閥の貴族に招待状を送る事が出来ますわ」


「『明日の小麦問題を考える御苑の集い』もこれで形になりましたね」


 はっ? なんだその『明日の小麦問題を考える御苑の集い』ってのは! 第一「明日」って何だよ、「明日」って。そもそも御苑で開かれるのは、貴族の慰労会だった筈。それがどうして『明日のなんちゃら』なんて名前に変わっているんだ? 第一、「集い」って派閥パーティーじゃん。リサの口から出た集会の名前に、目が点となってしまった。

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