463 一門の長(おさ)

 アンドリュース侯爵家の家宰ブロンテット男爵から聞く、アンドリュース侯の姻戚関係の話。エレノ世界では、この血縁の濃さによって騒動となる事が多い。因みにアルフォード家の場合、代々子供が男子一人だったが為にこれまで枝がない。枝とは家を継ぐ嫡嗣ではなく、別家に嫁いだり、独立したり、婿になったりする兄弟姉妹の事を指す。


 今のアルフォード家の当主であるザルツの場合、後を次ぐロバートの他に、俺とジルそしてリサが生まれたので、この三人が枝ということ。アルフォード家の場合、初代当主が独立して以降初めての枝なのだが、俺がこの世界を去ってしまうので正確にはジルとリサの二人がアルフォードの枝となるのである。


 アンドリュース侯爵邸に到着すると、ブロンテット男爵の先導で広間に入る。初めてアンドリュース邸を訪れた際に入った、天井の高いあの広間だ。そこには一段高い位置に置かれている二脚の椅子に、左側にアンドリュース侯が右側に嫡嗣のアルツールが座り、向かって右側に貴族服を着た四人の青年貴族達が並んでいた。


「アルフォード、よくぞ来られた」


 険しい表情で労ってくるアンドリュース侯。一列になって並んでいる、青年貴族達の強張っている表情を見るに、侯爵が相当な剣幕で捲し立てた事が想像できる。その侯爵が、俺に声を掛ける。


「来てもらったのは他でもない。実はこの者達が『貴族ファンド』の小麦融資を受けて、小麦を買い漁っておったのじゃ!」


 青年貴族達と向かいあわせになるように立っている家宰ブロンテット男爵の説明通り、青年貴族達が『貴族ファンド』を使って小麦を買い漁っていた事に対し、相当立腹しているようだ。


「領地封土で小麦が足りぬというならいざ知らず、小麦を担保として小麦を買うとは如何なる目的ぞ!」


 怒鳴るアンドリュース侯の声に合わせて、四人の青年貴族達の肩がピクピクと反応する。これは俺が来るまでにかなり怒鳴りつけたようだ。


「バルトース! お前はそれをおかしい事であるとは思わなんだのか!」


「・・・・・そ、それは・・・・・」


「おかしいと思っておったのか!」


「・・・・・は、はい・・・・・」


「思っておって、小麦を担保として小麦を買ったのだな!」


「・・・・・」


 侯爵とやり取りをしていた、一番上座に立っている青年貴族は黙って頷いた。このバルトースという人物、立ち位置から考えてアンドリュース=ドルト子爵であろう。俺にあれこれ説明してくれたブロンテット男爵が真っ先に名を上げたのが、アンドリュース=ドルト子爵。名字から考えても、アンドリュース侯に最も近い人物であることは明らか。


うぬら、おかしいと思いながら小麦を買った理由は何か? 今ここで言ってみよ!」


「・・・・・」


 青年貴族達を激しく問い詰めるアンドリュース侯。だが、ある者は下を向き、ある者は視線を逸し、ある者は目を瞑っている。共通しているのは、侯爵からの問いかけに誰も答えようとはしないこと。これではアンドリュース侯の苛立ちが収まるはずもない。そこで代わりに俺が答えることにした。


「大きな利益が得られると思ったからです」


 俺がいきなり答えたので、アンドリュース候も青年貴族達も驚いている。商人子弟が貴族話に割って入ってくるとは思わなかったのだろう。「直情径行が玉に瑕」というアンドリュース侯爵家の嫡嗣アルツールも、俺のこの振る舞いにはビックリしたようだ。暫く考え込んでいたアンドリュース侯が、俺に聞いてくる。


「どうして大きな利益が得られるのだ?」


「三〇〇〇ラントという高値で買っておいても、今の小麦価は四〇〇〇ラント。今の小麦不足を見るに、借りたカネで四〇〇〇ラントの小麦を買っても、五〇〇〇ラントとなるのは誰が見ても明らか」


「うむ・・・・・」


「儲かるのが目に見えて明らかならば、借りるだけ借りて小麦を目一杯買わんとするのは、人の性にございます」


「しかし貴族として・・・・・」


「利に聡いのは商人だけではございません。人は誰しも利に聡いもの。その尺度が商人のものとは違うに過ぎませぬ」


 そう言うと、アンドリュース侯は絶句した。貴族と商人は違うと言いたかったアンドリュース候に対し、それは違うと否定したことで困ってしまったのだろう。確実な儲け話だと思って入れ込んだ、青年貴族達の考えをただ客観的に解説しただけなのだが、貴族としてのプライドが高いアンドリュース侯にとって、それは最も言われたくない言葉の筈。


「それは確かにアルフォードの申す通り。その商人の尺度とは一体何か?」


 意外な事にアンドリュース侯は俺の意見を肯定した上で、今度は商人の尺度について聞いてきた。貴族の矜持について話すものだと思っていたので、不意を突かれた感じとなったのだが、侯爵の質問そのものは簡単。何故なら今の俺は商人だからである。


「損をしないことにございます」


「損じゃと?」


「はっ、いかなる場合においても損をしないように手立てを打つことにございます」


「具体的に申してみよ」


「ははっ」


 アンドリュース侯の意図。それは青年貴族達に小麦融資の危険性を説く為だ。そう察した俺は、小麦融資の手数料について話を始める。『貴族ファンド』の小麦融資は、小麦を管理する手数料や金利をカネではなく、小麦という現物で支払うような契約になっている件を指摘した。俺の話を聞いた侯爵は、首をかしげながら訊ねてくる。


「損をしないようにする為には、金銭で行うべきではないのか?」


 アンドリュース侯の指摘通りである。上がったり下がったりと相場で価値が変動する小麦に対し、そのような変動がないカネを受け取った方が安全である筈。リスクがないのだから、損がないということなのだから。ところが『貴族ファンド』、いやフェレット商会の考えは、それとは全く異なるものなのだ。


「普通ならばそうなのでしょうが、小麦融資の場合は違います」


「どこが違うのだ?」


「小麦融資の金利や手数料を現物で受け取る事によって、融資を受けた相手に対して換金を行わせぬ策が巡らされておりまする」


「なんと!」


 驚くアンドリュース侯。青年貴族達もお互い顔を合わせヒソヒソと話している。それをアンドリュース候が一睨みしたので、四人はすぐに話を止めた。侯爵が「その策とは?」と尋ねてきたので、俺は答える。


「モノで金利や手数料を支払うのですから、換金は不要。融資を受けて小麦を買った者は、釣り上がった数字だけを追い続ける事に執着させて、小麦を売る動機そのものを奪いとっているのです」


「決して数字ばかりを見てはおじゃらぬぞ!」

「売るときになったら、いつでも売るでおじゃる」

「小麦が必要で買ったのでおじゃる!」

「人に言われてうたのではおじゃらぬ!」


 俺の話を聞いて色めき立つ青年貴族達。今度はヒソヒソ話では済まなかったようだ。ただ、本当の事を言われてギクリとしたような感じではない。自分達の置かれた状況がまるで操られているかのようだと、俺が指摘したように感じているようで、それを問題視しているようだ。しかし何という斜め上の反応なのか・・・・・


「騒ぐな!」


 その青年貴族達をアンドリュース侯が一喝した。侯爵の剣幕にたじろいだ青年貴族達は再び沈黙する。だったら騒ぐなよと思うのだが、自分達がやっている事が火遊びであるという自覚がないので、このような反応となるのは仕方がないだろう。溜息をついた侯爵は、俺に改めて聞いてきた。


「どうして『貴族ファンド』は、買った小麦を売らせないようにするのだ?」


「相場というもの買い手が多くいれば上がり、売り手が多くおれば下がるものでございます。これを今の小麦相場に当てはめますと、買い手が多い故に値が上がっている状態。値が下がらないようにする為には、売り手が少なく買い手が多い状態を保持することが大切」


「売り手がいなければ、値が上がるしかないという訳だな」


「左様にございます。『貴族ファンド』は小麦融資を受けた者に、買った小麦を売らないよう、他にも様々な仕掛けを用意しております」


「例えばどのような?」


「容易に融資を解約できぬよう違約金規定を設け、月単位で違約金を現物で払うように定めております。現物負担というものはカネと違って動くものですので、上がり相場の場合には中々大変な事なのではと」


 俺の説明に四人の青年貴族達は驚きの表情を浮かべながら、お互いの顔を向き合わせている。おそらくは小麦融資の細かな規定を全く読んでいないのであろう。第一、値が上がるところしか見ていないので、手数料の事などハナっから考えていないのは明らか。そんな脳天気な青年貴族達を無視するように、アンドリュース侯が更に尋ねてくる。


「もし仮に相場が下がった場合にはどうなるのじゃ」


「その場合、買い手市場となりますので、今保有している小麦が売れるかどうかすら、定かではございません。仮に売ったとしても元本割れの状態であれば、儲かるどころか借金を抱えてしまう状態。借金を恐れて小麦を握りしめている間、更に値を下げ最終的には小麦を買う為に行った、その借金さえも払えぬような状況に追い込まれるでしょう」


「・・・・・そ、それは言い過ぎではおじゃらぬか?」


 声を震わせながら言ってきたのは四人の青年貴族の上座に立ち、アンドリュースの名を冠しているアンドリュース=ドルト子爵バルトース。バルトースは俺に対し、上がり続けている小麦価が借金払いさえ行えない程、値が下がる事は考えにくいと「おじゃる」口調で話している。それを受けてバルトースの隣に立つ貴族が、俺に向かって質してきた。


「貴公は、その根拠をお示しできるのでおじゃるか?」


 バルトースの隣、上手から二番目という立ち位置から考えて、オースルマルダ子爵であろう人物は、俺の説明の正しさを証明しろと言ってきたのである。ここで言うか言わまいか。俺が考えていたところ、一番下手に位置する貴族が何やら話し掛けてきた。

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