462 学徒動員

 統帥府より学生差配役に任じられたノルデン王国剣術師範のスピアリット子爵。この剣聖と呼ばれる人物をその役に就けたのは、スピアリット子爵の親友にして盟友と言ってもいい軍監ドーベルウィン伯。どちらの案かは分からないが、彼らは学園と学院にいる生徒達を組織する策を考えたようである。


「当然だ。学園と学院でそれぞれ学徒団を作り、その指揮を私が執る形だ」


 学園と学院の剣術専攻者を集めれば数百にはなる。数だけでいえば、近衛騎士団と同規模。特に学院の剣術選考者は数が多く、しかも腕が立つ物が多い。これがドーベルウィン伯とスピアリット子爵が考えた、対暴動対策の補強策か。


「第四警護隊も学院に分駐する予定です」


 ファリオさんがそう言ったので、こちらの方も驚いた。昨日、グレックナーはそんなこと言ってなかったじゃないか。ただ第四警護隊の人員を増やすとしか聞いていなかったので、何か不意打ちをされたような気分だ。


「まだ『常在戦場』のグレックナーに相談していない段階だがな。警護隊の人員を増やして欲しいと頼んだだけで」


「近衛騎士団の方の配属に合わせてお話をなされるとの事でしたから」


 スピアリット子爵とファリオさんの話を聞いて安心した。どうやら現場サイドの話で、まだグレックナーのところには上がっていない事が分かったからである。急速に拡大を続ける組織というもの、連絡が疎かになり、指揮系統が乱れがちとなりやすい。そこから崩れていくというのはよくある話なので、一瞬危惧したのである。


「学院側の受け入れ体制はどうなのですか?」


「既に宰相府の了解は取ってある。部屋も確保しているから、後はペシャールの配属と、『常在戦場』からの了承を待つだけだ」


 どうやら周辺部の話は、全て纏めてあるようだ。『常在戦場』の了解を遅らせたのは、人員増強が終わってから話をしようと、スピアリット子爵とファリオさんとの間で確認があったようである。人員を増強した後、第四警護隊を再編し、そこから分駐の了解を得てから選抜を行う。几帳面なファリオさんらしいやり方だ。


「騎士監達と第四警護隊の面々で生徒達を教練する。これで近衛騎士団や『常在戦場』と遜色なき部隊を構築する事ができる」


 自信に満ちた表情のスピアリット子爵。剣聖と謳われる壮年剣士にこんな顔で指導されると、大抵の生徒はイチコロではないかと思う。しかし、近衛騎士団から配属されるという二人の騎士監。それと正嫡殿下の脇に付いていた近衛騎士団から出向しているボイラー。何か関係があるのだろうか? 俺はスピアリット子爵に聞いてみた。


「学園内での殿下の警護を行う為だ。エルザ殿下にはボイラーが付いている」


「え? いつから・・・・・」


「新学期が始まってからだ。ウィリアム殿下の元にガーベル卿の子息を配属した手前、殿下のご兄弟等しく警備するために、付いておるのだ」


「あっ!」


 思わず声が出てしまった。俺がドーベルウィン伯に頼んだ、スタン・ガーベルのウィリアム殿下付きの話。ウィリアム殿下だけ近衛騎士団の団員を付ける訳にはいかないということで、学園に出向していたボイラーとソルトの二人が、それぞれアルフレッド殿下とエルザ殿下の警護に付くことになったというのである。


「「昨今の情勢を鑑みて、王族警護の為に近衛騎士団の者を派する」というのが名目だ」


 なるほど。最近の暴動などの情勢から、王子や王女に等しく護衛を付けるという形にしたのか。それではウィリアム殿下にスタンを付けた事を責められずに済むという事になる。言い訳が出来るよう、色々考えるものだ。役所とか官吏とか役人といったものは、往々にして責任回避、追及回避を念頭に置く生き物。リスクヘッジが第一なのが官僚しぐさ。 


 どうしてそうなるのかといえば、自らの行いに一片の瑕疵かしもあってはならないからである。公僕、すなわち法の遂行者である以上、間違いがあってはならない。これが基本線。だから何かを問われるような状況が生まれるリスクがあるならば、回避しようとあれこれ考える。だから三人の王子、王女それぞれに人を配備しますなんて名分を考案したのだ。


 よく役人が「事なかれ主義」と言われたり叩かれたりするのは、法の遂行者としてそれを逸脱する行為に対し、異様に敏感だからである。もし逸脱したものを遂行したとするならば、法の遂行者でなくなるからに他ならない。役人とはある意味、瑕疵を恐れるのが行動原理であると言えよう。「事なかれ主義」の原動力はここにある。


 今回の場合、近衛騎士団が五十人の隊士を得る代わり、スタン・ガーベルという一人の近衛騎士団員を冷遇された側室の子である、第一王子の元に派遣するというバーターの話。それを軍監であるドーベルウィン伯が高度な政治的判断で受け入れた形。一歩間違えれば、王妃殿下に睨まれかねない高いリスクをどう回避するべきか。


 この課題について、近衛騎士団の青年将校達が夜な夜な会合を開き、そのヘッジをどう行うのかを協議したはずである。その結果、導き出された答えが「三人の王子王女の元に近衛騎士団員を均等に派遣する」という方法だった。おそらくは「疑義はない」と言わんが為に、膨大なエネルギーが費やされたのであろう。スピアリット子爵は付け加える。


「もっとも内廷警備の方は断られたので、学園内におられる間の警備ということだがな」


 内廷警備が断られたというのは、正嫡殿下とエルザ王女が宮殿内におられる場合は、宮廷騎士が警備を行うので不要であるという事らしい。それは表向きの理由で本当は近衛騎士団、いや力を持った統帥府の容喙ようかいを回避しようという内廷側の意向が強く働いていると、スピアリット子爵が解説してくれた。


 官僚組織の性というか、己の領域を侵される事を極端に嫌がる気質に、貴族世界の力関係までが加わって、何やら思惑が渦巻いていそうな雰囲気だ。そのプレーヤーの中に、軍監ドーベルウィン伯や目の前にいるスピアリット子爵がいることは言うまでもないだろう。ファリオさんやディフェルナルが困った表情を浮かべている。


 二人共、迂闊にモノが言えぬといった感じなのだろう。両者平民、貴族社会の事柄にあれこれ言える身分でもないのだから当然の反応だと言える。スピアリット子爵もそれを察したようで、「今の話、ここで言うような話ではないな」と笑いながら、話題の手仕舞いを行う。この辺り、明敏なスピアリット子爵らしいやり方である。会合はそのまま散開した。


 ――クリスが学園に登校してきたのは謁見の日の翌々日のこと。話はしていないが、顔をチラ見すると平常運転だったので、国王陛下との謁見は滞りなく終わったと思われる。状況については、また後でトーマスから聞こう。そう思いながらロタスティで一人昼飯を食っていると、アンドリュース侯爵家の家宰ブロンテット男爵から呼び出された。


 ビーフドリアを食べていた俺のところに事務局処長ラジェスタがやって来て、ブロンテット男爵の来園を耳打ちしてきたのだ。アーサーがボルトン邸で行われるという「ドーベルウィン伯を応援する集い」の準備の為、屋敷に帰っているので一人ビーフドリアを食べていたところ、ラジェスタに補足されてしまったという感じである。


 ラジェスタから事情を聞いた俺は、すぐさまブロンテット男爵の待機しているという貴賓室に向かった。ブロンテット男爵は一体、何用があって俺を呼び出したのだろうか? 皆目見当が付かない中、貴賓室の前室で待っていたブロンテット男爵と対面すると、血相を変えたブロンテット男爵が俺に駆け寄ってきた。


「アルフォード殿。至急、話が主の元に同行願いたい」


「一体どうなされたのですか?」


「主がアルフォード殿を早急にお連れするよう、申されております」


「ですから、何があったのですか?」


 俺が聞くと、ブロンテット男爵は言いにくそうにしながらも、事情を話し始めた。『貴族ファンド』より小麦を担保に入れた小麦融資を受けていた者が、アンドリュース一門の中でいた事が今日になって明らかとなり、説明が違うとアンドリュース侯が烈火の如く怒っているらしい。どうやら小麦融資を受けていた一門の者が話を隠していたようである。


 事の詳細を聞き出したアンドリュース侯は家宰ブロンテット男爵に向かって、即座に俺を連れてくるように指示を出し、それを受けて今ここにブロンテット男爵がいるという次第。おそらくは侯爵の激昂に慌てて屋敷を出たのだろう。全ての事情を話したブロンテット男爵は、俺に改めてアンドリュース侯爵邸への同行を求めてきた。


「アルフォード殿。そのような事情ですから是非」


「分かりました」


 事情を聞いた俺はすぐに同意をすると、二人でアンドリュース侯爵家の馬車に乗り込んだ。その際驚いたのは、馬車溜まりに衛士を乗せた馬車が二台もあったことである。ブロンテット男爵が乗った馬車を護衛するために、二台の馬車と八名の衛士が配されていたのだ。斥候が先発する中、カテリーナが「しきたりが多い家」だと言ったのを思い出す。


 馬車の中でブロンテット男爵から様々な情報を仕入れることができた。『貴族ファンド』から小麦融資、いわゆる「小麦無限回転」の融資を受けていたのは、アンドリュース=ドルト子爵、オースルマルダ子爵、バルトー男爵、アイスルアーラ男爵の四名。いずれも二十代から三十代の若手貴族で、アンドリュース侯の血縁者。


 アンドリュース=ドルト子爵家は、その名の通りアンドリュースの血を濃く引き継ぐ家で、アンドリュース侯の高祖父の弟という家柄。オースルマルダ子爵家は、アンドリュース侯の大伯母の嫁ぎ先で大伯母の孫。バルトー男爵は侯爵夫人の伯母の子。そしてアイスルアーラ男爵は侯爵の再従姉妹はとこの子。


(相変わらず濃すぎるぜ)


 ブロンテット男爵からの説明を聞いて内心苦笑した。とにかくこのエレノ世界、姻戚関係については、半端なくうるさいのである。貴族ならば尚更の話。現実世界でも血縁問題は何かと言われているが、こちらではそれに輪をかけてなのである。

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