461 学生差配役
スピアリット子爵に呼び出された俺は放課後、第四警護隊の詰所になっている控室に向かっていると、正嫡殿下から呼び止められた。群青色の紙の毛を持つ殿下の両脇には正嫡従者フリッツと、女従者エディスが控えている。が、いつもと違うのはもう一人、黒い軍服を来た騎士が付き従っているという点。近衛騎士団のボイラーが控えていたのだ。
「おお、アルフォード。久しいな」
「殿下もお変わりないようで」
正嫡殿下アルフレッドは頷いた。
「アンドリュース侯爵令嬢の件、よくやってくれた。令嬢からも感謝の封書を頂いた。礼を申すぞ」
「ありがとうございます」
殿下は俺にカテリーナの件の礼を言う為に声を掛けてくれたのだ。カテリーナも殿下やクリスに封書で礼状を送っていたのだな。殿下からの話を聞き、色々なやりとりについてようやく把握できた。殿下は『学園親睦会』の騒動が、まかりなりにも纏まったことを喜び、それに協力してくれたとして、俺に改めて礼を述べてきた。
「こうした問題を自身で解決できぬというのはもどかしいが、アルフォードの協力で事を収めることが出来た。手を煩わせて済まぬ」
わざわざ詫びてきた殿下。この世界の常識ではあり得ない事態に、俺は恐縮してしまった。殿下が率直にそうなされるのは生来の気質からだと思われる。
「今回の一件、私だけではなく同級生であるディール子爵家の三男クリフトフ、クラート子爵家の息女シャルロット両名の助力なしには成し得なかったものにございます。この場にて殿下に御報告申し上げます」
「そうか。よく心得ておこう」
そう言うと正嫡殿下アルフレッドは二人の従者、そして近衛騎士団から学園に出向していたボイラーを従えて、優雅に去っていく。俺は殿下の労いの言葉受け、何か報われた心境になった。一つの仕事をやり遂げたという達成感から来るものだろうが、実に不思議が気分である。この世界の主要人物だから持っている、不思議な力なのだろう。
第四警護隊の控室に入るとスピアリット子爵、第四警護隊長のファリオさん、そして武器商人ディフェルナルが話をしていた。そこに俺が混じる形。話題はもちろん『オリハルコンの大盾』であることは言うまでもない。ラトアンの
「旧型の盾を全て新型に置き換えたいのだが、構わないだろうか?」
学生差配役に任じられたスピアリット子爵が俺に聞いてきた。どうやら更なる改良ではなく、新型の盾の整備拡充を行いたいという話のようである。『オリハルコンの大盾』の旧型から新型への入れ替えの件は、以前からあった話。俺がもちろんと快諾すると、今度はディフェルナルが聞いてきた。
「閣下より大盾を五百帖加えて欲しいと言われたのですが、アルフォード殿の方はいかがでしょうか?」
「その千帖というのは、旧型の大盾を置き換えた分も含めてですか?」
俺が聞くと、スピアリット子爵がこちらを見てくる。
「いや、それとは別だ」
「一体どれくらいの数に?」
「およそ千二百帖になるかと」
新型大盾の発注数について、『オリハルコンの大盾』の管理責任者でもあるファリオさんがそう答えた。ファリオさんによると『常在戦場』ムファスタ支部にあった旧型の大盾は全て新型に置き換えられ、現在は学園の倉庫に収められているという。あと『常在戦場』の王都駐在の各隊や近衛騎士団に、合わせて五百帖程度あるそうだ。
「旧型の大盾が全部で七百帖残っておりますので、先ずこれを新型に作り変え、新たに千帖納入させていただく形になります」
ディフェルナルが順序立てて説明をしてくれた。旧型の大盾は全部で千三百帖納入されていたが、そのうち八百帖は新型に作り変える為にディフェルナルが引き取っており、そのうち半分が新型の大盾に作り変えられて納入済み。後の半数も今月中には作り変えて納入できるようにする。これで旧型の大盾は全て新型に置き換わる計算。
一方新型の大盾は作り変えたものを含めて千三百帖納入されており、現在『常在戦場』の各警備隊、近衛騎士団の全部隊に行き渡っているという。その上で新型の大盾を新たに千二百帖用意するようにと、スピアリット子爵が要望されているとの事。しかしそれでは、王都警備隊に大盾を供給するとしても、相当量が残るのではないか?
「学生に持たせる分を確保したい」
スピアリット子爵が言ってきた。やはり学生に持たせるつもりか。『学生差配役』という役職に就いた剣聖閣下が、学生に大盾を持たせない筈がない。そんな事はシャープな切れ味を持つ、スピアリット子爵の気質や性格から考えても明らかなのだが、それにしてもかなりストレートなもの言いである。
「アルフォード殿。俺は軍監閣下より学生差配役に任じられた。この学生差配役というのは、学園と学院にいる剣術を専攻している生徒達を纏める役」
「閣下。それは暴動対策に学園と学院の生徒を組み込むという事にございますか」
「まさにその通り。その生徒達が持つ大盾が必要なのだ」
学徒動員、これが軍監ドーベルウィン伯と学生差配役となったスピアリット子爵の戦略か。平和なエレノ世界、ノルデン王国の中にあって、比較的鍛錬を行っている学生達を動員して暴動に対応する。確かに切迫した事情があるのかもしれないが、あれだけ『常在戦場』を増強し、近衛騎士団を補強しても足りぬと言うのか。
「足りぬ。全く足りぬのだ」
テレパシーか! スピアリット子爵が俺の疑念に対し、答えるかのように言うので、一瞬そう思った。もしかすると疑念が顔に出ていたのかもしれない。
「次起こる暴動は、ラトアンやトラニアス祭と規模の違うものになるだろう。対応できる人員が多ければ多いほどいい。剣術を専攻している学生は、その即戦力になる」
スピアリット子爵は断言した。剣聖閣下の言葉からは、強い危機感が滲み出ている。俺はドーベルウィン伯と魔装具で話をした時の話を思い出した。「トラニアス祭は偶発的に起こったものではない」というあれだ。おそらくスピアリット子爵は、ドーベルウィン伯より詳しく聞いているのだろう。だったら、けしかけてみたらどうだろう。
「閣下、より大きな暴動が起こる確信とは一体何処から?」
「それは、起こりうると考えてのこと」
「聞けば一流の剣士とは、予断のみで太刀を見ぬとか。相手の動き、体の動かし方や筋肉の動き等を見て筋を読むそうで」
「アルフォード殿、何が言いたいのだ」
俺の話を聞いて、スピアリット子爵がギロッと見た。少し苛立っているようである。一緒にいたファリオさんもディフェルナルも顔をこわばらせた。スピアリット子爵が短気なことは、ドーベルウィン伯の軍監就任祝賀会の際に十分理解している。カインの顔を見てそれが分かった。だからそこを突いて仕掛けよう、そう思ったのである。
「閣下のような使い手が、予断のみで大備えをなされているとは思えませぬ。何か確信があっての事では」
「まさにその通りだ。だが、その理由は言えぬぞ」
「レジドルナでございますか?」
「なにっ!」
レジドルナという言葉にスピアリット子爵は絶句している。最早、レジドルナという文言は災いのスペルであるかのような感じだ。
「噂によればダファーライなる人物が・・・・・」
「何処で聞いたのだ!」
剣聖閣下は俺の話を遮るように聞いてきた。やはり重罪人としてマスリアス聖堂に囚われているダファーライが、今回の暴動と大きな繋がりがあるというのだろうか? トマールが調査中の為、ダファーライの情報が少ない。だが、スピアリット子爵にその名を出して良かった。間違いなく、ダファーライという歓楽街の顔役に何かがある。
「アルフォード殿。貴殿は何処で知ったのだと聞いておる!」
「最近ありました『常在戦場』の会合で知りました。歓楽街の顔役が囚われていると。本来であれば『常在戦場』の強みはそういった所の情報ですから」
「ほう、なるほど」
スピアリット子爵は頷いた。俺の説明に合点がいったようである。しかし、スピアリット子爵はダファーライの事を知っていた。これは何かあるなと思い、ダファーライについて、更に話す。
「話によるとこのダファーライはレジドルナの出身とか。重罪人の中にはレジドルナの者が多数おるとの話も」
「そうだ。レジドルナだ。だから確実に起こる。そう思わぬか?」
「もしレジドルナが関わっているとならば、その司令塔は・・・・・」
俺がそう言うと、スピアリット子爵が二度頷く。ダファーライの話からレジドルナの話へ、あっという間にすり替えられてしまった。ファリオさんやディフェルナルがいるという事情もあるのだろう、スピアリット子爵の目がこれ以上言うなとアイコンタクトを送ってくる。おそらくダファーライは単なる重罪人ではなさそうだ。
でなければ、ダファーライの話をしているのに、それを無視してレジドルナの話だけをする筈がない。敢えてそうした訳で、スピアリット子爵の
「近衛騎士団より、ワルシャワーナとペシャール。二人の騎士監が配属されてくる」
ペシャールの方は知っている。ドーベルウィン伯の実弟レアクレーナ卿が団長を務める、第四近衛騎士団の騎士監だった人物。以前学園に集団盾術を見にやってきた、血気盛んな青年将校の一人である。ワルシャワーナという人物の方はよく分からない。スピアリット子爵によれば第三近衛騎士団の騎士監らしい。
「学園にワルシャワーナ、学院にペシャールがそれぞれ学徒団長となり、学生達を指導下に置く」
「が、学院もですか?」
俺はビックリした。学生差配役という仕事は学園の生徒の話とばかり思っていたものだから、学院の生徒も組み込まれるなんて全く想像していなかったのだ。これはもう立派な学徒動員ではないか。俺は平和だけが取り柄のエレノ世界が、非常時に入りつつあることを改めて実感した。
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