460 王都商館

 屯所を離れた俺とアイリは、アルフォード商会の王都商館に顔を出した。『金融ギルド』や『投資ギルド』の入っている建物から程近い場所にある王都商館は、中庭をぐるりと取り囲む建築となっており、その中庭には馬車溜まりが設けられている。これはジェドラ商会やファーナス商会の商館と同じ構造で、王都の商家の伝統的な構造だ。


 日本の町家造りである「うなぎの寝床」と同様、トラニアスの町家の伝統的な造りである。因みにモンセル商館にはこんな中庭はない。王都商館に入るとロバートとナスラ、そして手代のウッドとスライが出迎えてくれた。どうして手代の二人がここにいるのか? 確かウッドはディルスデニア王国に、スライはラスカルト王国に出向いている筈。


「バイドと交代しまして」


「私はブラウと」


 ウッドとスライは、それぞれ言った。バイドもブラウもウチの手代。両王国への現地駐在の仕事を手代同士で引き継いだようである。俺がアイリを紹介すると、スライが王都にはこんな別嬪べっぴんさんがいるんだ、と羨ましがられた。ウッドもスライも二十代。独身だし俺に近いから、綺麗なアイリを見て何も思わない訳がないか。


 そんな事を言われて、恥ずかしげに頭を下げるアイリ。二番番頭のナスラが、俺の事を頼みますよと意味ありげに言うものだから、アイリが余計に恥ずかしがってしまった。とはいっても、アイリの方も嫌だという感じではなかったので、場が凍りついたりはしていない。ロバートが今後の二人の事について話し始めた。


「ウッドはモンセルに帰って、スライは王都に残るんだ」


 ディルスデニア、ラスカルトの両国でそれぞれ出先を担ったウッドとスライは、副番頭という新しい役職に就くことになったという。


「ウチも大きくなっているんだ。二人の助けがなければやっていけないよ」


 そんな事を言うロバートの話に、ウッドとスライが照れている。しかしロバートの言っている事は事実。王都一点で商売しているジェドラ、ファーナスと違い、モンセル、セシメル、ムファスタなどの地方都市や、クラウディアやジニアといった首府に分散する形で拠点を持っているアルフォードでは、人材にかかるウェイトが異なる。


 一点集中であれば強いリーダーシップのみでやれるが、拠点分散されている場合、拠点の責任者の能力によって業績が大きく左右される。ウチの場合、競争は少ないが、商いも少ない地方のあがり・・・をかき集めて、商会の体裁を取っているような状態。なので、人が欠けたら本当に困る。因みにあがり・・・とは売上のこと。


「正直言いますと、王都に残りたかった・・・・・」


 ウッドが俺にいきなり嘆く。やはり華やかな王都の方がいいんだな、と思っていたら、意外な言葉が返ってきた。


「魔装具が使えませんので・・・・・」


「魔装具!」


「だって便利じゃないですか。あんなの初めて見ました。けれども、モンセルじゃ使えない」


 まさかの答えに思わず笑ってしまった。王都では魔塔が介在して魔装具の通信が行えるが、魔塔なんかないモンセルでは魔装具を持っていても使えない。要はアンテナが立っているか、立っていないかを嘆いているのだ。


「スライ。お前が羨ましいよ」


「そんなことを言われても・・・・・」


 同僚のスライが、そう言われて困り果てている。ウッドは純粋に魔装具の事が気になって仕方がないようで、それは昔ポケベルや携帯電話が珍しがられていたのと同じような目だ。


「俺だって持てる訳じゃないかな、魔装具。高いというし。だから、お前が残っても持てないぞ」


「そうなんだよなぁ・・・・・」


 スライに言われて納得するウッド。魔装具の維持費は月に五万ラントからだった筈なので、日本円にすればおよそ一五〇万円。手代の所得では先ず持てない。副番頭になっても難しいだろう。二番番頭のナスラが、もっと魔法技術が発達すればノルデン全体で魔装具を使うことが出来るようになる筈だと、ウッドを慰めた。


「皆が使えるようになるといいですね。遠い所からでも話せますもの」


「そうですよ。早くそんな時代が来て欲しい!」


 アイリの話にウッドが同意した。場はどういう訳か魔装具の話で盛り上がる。話を聞いて分かった事だが、情報に対する渇望がひしひしと伝わってくる。昔の俺達もおそらくは、こうだったんだろうな。皆があれやこれやというものだから、王都商館を離れてアイリと『ミアサドーラ』で食べている時にも話題が魔装具の話になってしまった。


「皆が持つようになると、それを使って商売をするようになるんだよ」


「どんな商売なの?」


「こんなモノを買いませんか、みたいなセールスとか、配られているカタログを見て魔装具で注文とか」


「カタログ?」


 アイリが前のめりになった。『週刊トラニアス』のように無料で配る商品一覧だと話すと、グイグイと俺にあれこれ聞いてくる。写真で掲載されている数百、数千の商品の中から商品に付けられている番号を連絡すると、商品が届くという説明をすると更にテンションが上がった。


「凄く便利なのね。家にいながら買い物ができるなんて! 魔法みたいだわ!」


 こちらから見れば、それが魔法なのか! アイリの反応は新鮮だった。俺は注文を受注した後、物流センターから注文先の配達まで数日内で完了すると話したら、アイリが驚いている。


「グレン、詳しいのね」


「いや、佳奈が働いてたんだ」


「・・・・・奥様が・・・・・」


 アイリの目が点になっている。しまった! 頭で思っている事が、ついつい言葉に出てしまった。アイリの前で佳奈の話をするのは禁句だと思って、これまで避けてきたのに、こんな形で話してしまうとは・・・・・ しかし、佳奈の名前を聞いたアイリの反応は、全く予想外のものだった。


「どんなお仕事をされてたの!」


 目を輝かせて聞いてきたのだ。えええ、とビックリしたが、聞かれた以上はしょうがない。俺は佳奈の仕事について話し始める。佳奈は通販のオペレーターの仕事をしていた。カタログを見た客からの注文を電話で受け付けるという仕事。役職はマネージャーで、バイトからの昇進だった。マネージャーと言えば聞こえがいいが、要は穴埋め要員。


「それから、それから」


 話を聞いているアイリが楽しそうに急かしてくる。こんな話なのに、楽しくてしょうがないらしい。


「カニを注文してきた客に、「エビも一緒にどうですか?」って勧めるんだ」


「カニを頼んでいるのにですか?」


「そうそう。エビも一緒に買って貰うようにして、一客の単価を上げるんだよ。すると一回の成約につき三ラントの報酬が出る」


「えええええ!」


「それが佳奈の小遣いになっていたんだよ」


 一回の成約が一〇〇円。月百客の成約があって一〇〇〇〇円。それが小遣いだ! とエビを売るのに傾注していたのが佳奈だった。ネット通販とは違い、電話応対なのでセールストークができるという訳だ。基本的に価格勝負しかできないネットと、客と交渉して売上の嵩増しが狙える電話注文との差。


「カニを買うつもりだったのに、エビも買ってしまうなんて不思議な話ですね」


 感心するのは、そこなんだと笑ってしまった。確かにそうだ。カニを買う筈なのに、エビまで買っている。あれだ、一〇〇円ショップに入ったのに、三〇〇円の物を買って出てくるあれと同じだ。これぞ商売の秘訣よ、とか言われかねないよな、これ。詐欺ではないし、客が満足しているのは間違いないのだから。


「まぁ、客を集めているやり方も影響があると思う」


「やり方?」


「ああ。若いヤツはネットで注文するが、年齢のいった者はカタログやテレビ、ラジオなんてアナログな物を見て注文するからな」


「ネット? テレビ?」


 アイリがちんぷんかんぷんのようだ。そりゃそうだな。これまでアイリには、ネットやテレビについて、断片的に話しただけだった。俺はネットとテレビ、ラジオの違いについて、丁寧に説明した。アイリの目がさっきから輝いている。新しい世界の話であるように、俺の話を熱心に聞き続けた。


「一日中行われているお芝居を途中から見るのがテレビやラジオで、お芝居を自分が見たいと思った時に最初から見ることができるのがネットなのですね」


 そうそう。アイリの飲み込みは早い。受動的なのがテレビやラジオ。能動的なのがネットだ。自分が知らない情報を知る機会があるのがテレビとラジオで、自分が知りたい情報しか知ることが出来ないのがネットでもあるのだが。テレビやラジオの通販を選ぶ高齢者の割合が若い者よりも高いのは、純粋に慣れの問題だろう。


 ただ通販業者の方も心得たもので、人口が多いのは高齢者だから、そこをターゲット層と考えて勝負をしている面がある。その為の電話対応な訳で、ネット決済メール対応では不安がる層をそこですくい取るのだ。電話で注文してくるぐらいなのだから、モノを買うぐらいのカネは持っている。だからエビをついでに売りつける事ができるという訳である。


 また、この電話応対方式には売りつける以外にもメリットがあって、決済方法も振り込みや代引きのように、手数料を客側に負担させるように誘導することも可能なのである。ネットの場合はクレカなので、業者側が負担しなければならない。三%強を占める手数料もバカにはならない。客に持たせればその分、利益率は上がるというもの。


「コウイチさんの世界ってそんな世界だったのですね」


「こちらに比べたら、せわしい世界だけどな」


 アイリはただただ感心している。いつもそうなのだが、エレノ世界と現実世界とのあまりの違いに、呆気にとられていた。しかし逆に、現実世界からこちらの世界を見ても驚きのあまり絶句してしまう事だってある。それが起こったのは『ミアサドーラ』での精算のときの話。前回利用した時と比べ、なんと八倍の料金になっていたのである。


「すごく高くなっていますね・・・・・」


 帰りの馬車の中で、心配そうに言うアイリ。本当にそうだ。これで不満が爆発しない方がおかしいというもの。牛丼ならば四〇〇円が、いきなり三二〇〇円になっているようなものだから。最早、一触即発なんて言葉ではいい表せまい。これでは確実に事が起こるな。俺は暴動が起こる危険性をひしひしと感じながら学園に戻った。

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