459 改変と増強

 部隊改変等の報告を行うための『常在戦場』の会合。話は警備隊の増設だけではなく、三つある警護隊の人員増強にまで及んだ。その中で女性部隊である第三警護隊の話となった際、隊員の採用権限をダダーンが持っている事について、ルタードエがつかさずフォローを入れたのである。


 通常、隊員の採用や配置等の権限は団長であるグレックナーが持っているのだが、三つの警護隊のみは、部隊の成り立ちや役割から各隊長が持っている。つまり警備隊長、今日の会合に出席している二番警備隊長のルカナンスや四番警備隊長のオラトニアは、人事権を持っていない。


 そこをルタードエは「女性部隊だからアスティンに任せておくべき」と言って、人事というデリケートな問題をオブラートに包み、感情の火種を鎮めたのである。ルタードエがこうした配慮ができる人物だからこそ、グレックナーは参謀役である参軍に任命したのだろう。そんな中、話題を変えるかのように、第五警護隊長のリンドが発言を求めた。


「現在欠番となっております第一、第二警護隊の方も編成するべきではないかと思っております」


 リンドは力説した。元々第一、第二警護隊は『金融ギルド』や『取引請負ギルド』の警備を専門に行っていたこともあって、『常在戦場』の中で隊の存在が意識されにくい部隊だった。しかし部隊再編時に業務が『ギルド警護団』に移っており、『常在戦場』の拡大が行われている今、再び第一、第二警護隊を編成するべき時ではないかと言うのである。


「リンドの言わんとすること、よく分かるぞ」


 グレックナーは若いリンドの意見に頷いた。


「ただ、警護隊を指導する者を育成しなくてはならぬ。ヒロムイダは十五番警備隊長に就き、シャムアジャーニがギルド警護団を預かっており、ルタードエが参軍。副隊長クラスも軒並み移動している。今は警護隊一隊を率いる者を見定める事が肝要だと思う」


「私めが浅はかでございました。全く団長の申される通り」


「いやいや、リンドの意見は重要だ。十人程度でも警護隊を編成しておくのも一法。隊長に相応しい人物を見つけなければならぬな」


 恐縮して頭を下げるリンドに、グレックナーはそう言った。まさにグレックナーの指摘通りで、急速に伸長していく常在戦場には、指導者育成が急務という状態。その状態で隊がボコボコ出来てしまっては、配置すべき指導者にも困るだろう。隊長業務はむさ苦しい連中を統御する力量がなければならない。おいそれと隊長する訳にはいかないのである。


 リンドがグレックナーの話を聞いて引き下がると、今度はディーキンより『常在戦場』から『近衛騎士団』へ移籍した、隊士達の話が報告された。先月、団内応募者二百十四名の中から選考試験の結果、五十名が近衛騎士団に入団。今月に第二陣が予定されていたが、こちらの方は見合わせとなったと説明してきた。


「どうして見合わせになったんだ?」


「近衛騎士団に即戦力が確保できたからです」


 ディーキンが統帥府参謀のアラン卿から聞いた話を教えてくれた。トラニアス祭の暴動の報に接した、かつて近衛騎士団を退団した団員達が、複団を希望してきたというのである。経験のある退団者は即戦力ということで、一部問題がある者を除いて複団の手続きを取ったとの事である。その為、近衛騎士団の各団は団員が充足できたらしい。


「ですので、中止した十六番警備隊の編成を再開し、新たに十九番警備隊の編成に着手しようかと考えたのです」


 グレックナーの話を聞いて合点がいった。以前ドーベルウィン伯と約束していた、『常在戦場』の隊士の近衛騎士団への移籍話。その第二弾がお流れとなった為に、残る予定の隊員達を軸に二個警備隊を編成しようという事なのだろう。しかし警備隊がどんどん編成されていくので、何か空恐ろしいものを感じてしまう。


 現有戦力について質すと、現在警備隊数が十六個でおよそ千二百名。警護隊と各ギルトや商会警備を行っている「」合わせて約二百名。聞いた限りでおよそ千四百名の隊士がいる。これに教育隊や編成中の者二百名余を入れると千六百人超えとなり、近衛騎士団や王都警護隊の規模を遥かに上回る一大軍事組織だ。


 そりゃ、空恐ろしくもなる。俺は珍しく、自分の直感に感心した。続いてグレックナーが指揮系統の再編について話を始めた。現在、コーガンド兵営地に置かれている、フレミング指揮の警備団を第一警備団と改称。屯所に駐留する三個警備隊を以て第二警備団とし、その団長代理にエンケラドゥスを率いるルカナンスが兼任。


 カリプソ、プロメテウスの各警備隊を傘下に入れる。団長代理という役職なのは、『常在戦場』の本部が屯所であることから団長のグレックナーがいる為で、名目的な第二警備団長がグレックナーだからである。営舎の三個警備隊も同様に第三警備団となり、この団長はディオネを率いるオラトニアが兼任。ヘレネ、アトラスを指揮下に入れる。


「営舎で編成予定の十六、十九警備隊はどうなるんだ?」


「それは未定です」


 俺が聞くとルタードエがキッパリと言った。まずは現段階の指揮系統を整え、いつ起こるか分からぬ暴動に備えるべきでしょうという、ルタードエの話には頷かざる得なかった。流石は論理派ルタードエ、本当にソツがない。今、『常在戦場』に集まってくる多くの情報は、このルタードエの元に集まっているのだろう。


 もしかすると、ルタードエなら何かを知っているかもしれない。ドーベルウィン伯の言葉が脳裏に過ぎた。「トラニアス祭の暴動は意図的なもの」というあれだ。偶発的なものではない。軍監ドーベルウィン伯はハッキリとそう言った。しかし軍監閣下は、俺にそれ以上の事を教えてはくれなかったのである。いや聞かせなかったと言うべきか。


「トラニアス祭の暴動には何かあると耳に挟んだが、何か聞いているか?」


「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」


 俺が聞くと、ルタードエはもちろんのこと、グレックナーもフレミングも沈黙してしまう。何かを知っていて黙っているのか、知らないから黙ってしまったのか、どちらなのか判然としない。なので俺はもう一度聞く。


「あの暴動が偶発的ではないのではないかとも聞いたのだが、何か知っているか?」


「偶発的ではなければ、計画的ですぞ!」


 ルタードエが前のめりになって言ってきた。


「そのような話、初めて聞きますが・・・・・」


 グレックナーが戸惑った顔をしている。皆が顔を見合わせているようなので、どうやらドーベルウィン伯が言っていた話は、『常在戦場』の側には流れてきていないようだ。フレミングが俺に聞いてくる。


「それは事実なのですか?」


「そのような話を聞いたから、本当かどうか確認しているのだ」


 俺はフレミングからの問いをはぐらかした。情報を知らないのに、こちらがドーベルウィン伯から聞いた断片的な話を教えたところで混乱するだけだろう。


「・・・・・そちらの方は存じ上げませんが・・・・・」


 ルカナンスが恐る恐るといった感じで言ってきた。ルカナンスは言葉を続ける。


「拘束された暴漢にレジドルナ出身者が多いという話が・・・・・」


 レ、レジドルナだと! ルカナンスから出たその地名について、俺は聞き逃すことが出来なかった。


「レジドルナ・・・・・ それは事実か?」


「重罪人とされている者の半数がレジドルナの者・・・・・」


 俺がルカナンスに聞くと、参軍のルタードエが噛みしめるように答えた。ルタードエがその事実を知ったとき、トラニアスの祭なのにどうしてレジドルナの出の者が多いのだろうかと、不思議に思ったそうだ。確かにルタードエの言う通り。皆が顔を向き合わせて首をかしげている中、調査本部長のトマールが言う。


「捕まっている重罪人にダファーライという人物がおりますがこの者、歓楽街の顔役の一人でレジドルナの出。このダファーライを通じてレジドルナ出身者が祭りに加わっておると思っておりましたが・・・・・」


 流石情報屋。トマールは話してもよいのか戸惑いながらも、自分が知っている情報を教えてくれた。


「そういえばムファスタ支部の増強は、レジドルナ対策という面があるのでしたな」


 思い出したという感じでルカナンスが話した。まさにその通り。レジドルナの冒険者ギルドがムファスタの冒険者ギルドにちょっかいを出しているという話から、ムファスタの冒険者ギルドごとレンタルしたことが、ムファスタ支部の始まりだ。その仲介をやったのが、現在ムファスタ支部長であるロスナイ・ジワード。


 ドルナの商人ドラフィルの側面支援を兼ね、小麦搬入の警備等を行うために警備隊の増強を続けた結果、現在の三個警備隊体制となっている。そして今日の会合で四つ目の警備隊を編成するという話が出たのだが、その後に今のような話が出てくるというのは、偶然であろうが何か恣意的なものを感じてしまう。ルカナンスの横に座るオラトニアが言う。


「もしかすると、そのダファーライなる者がヒントかもしれませんなぁ。あの暴動が計画的であるというのであれば」


「確かにオラトニアが言うに一理ある。トマールよ、ダファーライ周辺を調べられるか」


 グレックナーからの言葉に、トマールは頷いた。


「早急に調べ、出来得る限りの情報を集めるよう手筈致します」


 ある一定の情報が纏まり次第報告するとの話に、俺も了解した。今の話、ダファーライの一件がドーベルウィン伯の話と同じ、あるいは繋がるものであるのかどうかは全く分からない。その理由はドーベルウィン伯の話が断片的過ぎるからで、同じか類似する話かを照合させるさせるには、情報量が余りにも少ない。


 しかしレジドルナ出身者というダファーライの身辺を洗うのは決して無駄にはならないだろう。繁華街の顔役が今回の暴動の中心人物という点で怪しいのだから。それだけで「偶発的」だと思っていたものが、ルタードエの言う「計画的」に見えてくる。今日の会合における、全ての議案の協議を終え、会合は散会した。

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