458 モーリスの今

 リッチェル子爵位を継承した、レティの弟ミカエルの入園歓迎を兼ねた食事会。クリスの謁見の話やアウストラリス派が派閥パーティーを行う話などが話題になっていたのだが、アンドリュース侯爵令嬢カテリーナの話になったとき、突然アイリが口を開いた。


「モーリス様のお姿が見えないのですが・・・・・」


 えっ? いきなりモーリスの話を言い始めたのでビックリした。どうしてモーリスの話なんだ? というか、どうしてアイリがモーリスの動向を知っているの? 


「あんな事したら、学園に顔を出せないでしょ」


「雑誌に大きく載りましたから、ウェストウィック家の方が自粛なされておられるのでは?」


 レティとクリスが言う。確かに二人の言う通り。あれだけ大々的に本当の事を書かれたら、流石のモーリスでも歩けないだろう。そのモーリス、アイリの話によると、始業当日から今まで一度もクラスに顔を出していないらしい。聞くと、アイリとモーリスは同じクラスとのこと。だからアイリはモーリスの事情を知っていたのか。


「ポーランジェ男爵の御息女様が毎日お訪ねされているのですけれど・・・・・」


「エレーヌが!」


 アイリの言葉にレティが反応した。「いつかはクラウン」ならぬ「いつかは子爵」で、断罪イベントの緊張感を台無しにした張本人だ。


息女か・・・・・」


「なんだそれは?」


「いや、雑誌で某息女って書かれていたものでな。それ、「」の意味ないじゃんって」


「学園の人間が見たら誰でも分かるだろ! 匿名じゃないよ、これ!」


 トーマスにポ男爵息女について聞かれたので答えると、トーマスが唖然とした後、笑いだした。それにつられたのか皆が笑う。しかし一番笑っていたのが、普段はクールなシャロンだった。大ウケにウケたらしく、笑いが止まらない。


「シャロン、大丈夫か?」


「え、ええ。だって、だって・・・・・ 某息女って・・・・・」


「匿名じゃないよ、これ。だもんな」


「そうですよ」


 一人笑い続けるシャロン。こんなところがあったんだな、シャロン。いつも大人しくて冷静なのに。一度ツボに嵌まると抜け出せないタイプだったんだな、シャロンは。こんなところを見ると、シャロンが可愛らしく見える。あまりに笑ってしまい、咳き込んでしまったシャロンの背中をトーマスがさすっている。君等、いい夫婦になれるよ。


「匿名としながら、誰でも分かる書き方をするなんて、雑誌の記者というのは本当に恐ろしいですね」


 クリスはそう話した。記者の手法を嫌悪しているのかと思ったが、微笑みながら言っているので、不快ではないのだろう。しかしそれがメディアのやり方な訳で、警戒するに越したことはない。メディアを多用して仕掛けるのも考えものである。一方、クリスとは対照的だったのがレティ。


「エレーヌ。ホントに恥も外聞もない女ね」


 レティは上から目線で吐き捨てた。ああいう女には滅法強いレティ。本当に無双だよな。レティの隣でミカエルがドギマギしている。家で見るレティよりもパワーアップして見えるのかもしれない。品行方正なミカエルから見た姉は頼り甲斐があり過ぎて、少し引いているのだろう。モーリスとエレーヌの話で盛り上がった食事会はお開きになった。


 ――俺とアイリは馬車で屯所に向かっていた。『常在戦場』の部隊改編についての報告と決裁を行って欲しいとの事で、出向くことになったのである。トラニアス祭でリディアと一緒に来て以降、初めての繁華街だ。馬車越しに見る繁華街に特段の変化は見られなかった。少なくとも今見る限り、暴動の影響は感じられない。


 人が行き交う、いつもと変わらぬ光景。アイリも俺と一緒に外を見ているが、その点については何も言わなかったので、街に特段の異変はないと思う。屯所に到着した俺達は、早速会議室に入った。会議室に入ると、既に今日の会合の出席者達が参集していた。団長のダグラス・グレックナーをはじめ、警備団長のフォーブス・フレミング。


 そして事務総長のタロン・ディーキンという三幹部をはじめ、事務長のシャルド・スロベニアルトや調査本部長のチェリス・トマールというディーキンを支える事務方。参軍となったアルフェン・ディムロス・ルタードエや、二番警備隊長フォンデ・ルカナンスと四番警備隊長のマッシ・オラトニアという実働部隊の幹部もいる。


 今日はグレックナー直属の第三警護隊長のダダーンことシャーリー・アスティンや、第五警護隊長のナイジェル・リンドの顔も見える。数えて十名、それが今回の会合の出席者。俺は皆に挨拶すると、椅子に座ろうとしたのだが、いつもと違う。一つしかない筈の椅子が二つあるのだ。ん? と思ったら、グレックナーが言った。


「ローラン様の椅子で」


 は? アイリの椅子? 俺の隣にアイリが座れというのか。俺は戸惑った。見るとアイリも同じようである。いつも俺が座る後ろの方にアイリが座っているのだが、それは俺の秘書役という立ち位置から来るもの。それが横に座るという事になると、秘書役ではなく、次席という扱いになってしまう。が、アイリには何の肩書もない。


「おカシラが最も信頼されているお方でありましょう」


 ディーキンがそう言う。確かにアイリを信頼しているのは当然だけど、「最も」なんていう最上級を使われると、俺の方が困ってしまう。それはアイリも同様だ。俺とアイリが立ったまま顔を向き合わせていると、下手の方から野太い女声が聞こえてくる。


「坊や。お嬢さんをお座りさせてあげなさいよ! 男なんでしょ」


 ダダーンの声にせっつかれ、慌ててアイリを椅子に座らせた。人に言われてからアイリに何かをするなんて、ちょっと恥ずかしい。本当はダダーンに指摘される前にしなければいけないこと。アイリが向かって左側に座らせたので、俺は右側に座った。するとダダーンが再び野太い女声を上げた。


「私が言った通り、お似合いでしょ」


 その言葉に、皆がニヤニヤしている。おいおい、なんだその顔は、君等! 横を見ると、アイリが顔を真っ赤にしている。こんな可憐な少女相手に、大の大人が好奇の視線を向けてどうするのだ! 言っておくがアイリはこの世界のヒロインなんだぞ、と心の中で叫ぶ。


「ローラン様は、我が『常在戦場』の女神様のようなものですからな」


 フレミングが言うには、隊士達からは俺の側から片時も離れない女神様と、人気が高いのだという。カネを出していることで、隊士達の実質的な雇用者という形になっている俺。その俺の側にいて、俺を支えていることで、今の『常在戦場』が保たれている。つまり自分達の雇用が維持されていると考えているらしい。


 だからアイリの事を女神様だと呼んでいるというのである。確かにプラチナブロンドに大きな青い瞳に、透き通った白い頬だもんな。普段、大ボケをかますことはあるが、本当に神々しく見えるときがあるもんな。その点を考えれば、女神であることは間違いない。アイリは自然と認められた感じで、俺の隣に座った形になった。


 俺とアイリが座ったところで、会合が始まった。先ずグレックナーから報告があり、セシメルで以前から話のあった十七番警備隊が編成され、予定通りパンドラの愛称が与えられたとのこと。また近衛騎士団への移籍話によって一旦止まっていたパンの愛称が与えられる事になっている、十六番警備隊の編成が営舎で再開。


 ムファスタでもう一隊を編成できる人員がいるとの報告があり、新たに十八番警備隊を編成してムファスタ支部の元に組み込む予定であることや、営舎で十六番警備隊に次ぐ、十九番警備隊の編成を行うことを検討しているなどの話を聞いた。しかし近衛騎士団に五十名を移籍させた上に、二つも警備隊を新編成できるのか?


「トラニアス祭の暴動以来、応募者が増えたのですよ」


 俺の疑問に警備団長のフレミングが答えてくれた。曰く『常在戦場』のみならず、近衛騎士団にも入団希望者が殺到しているのだという。なので近衛騎士団への集団移籍第二弾の話も、自然立ち消えになってしまったという。厳しい試験に残った者を入団させ、教育隊で訓練を行っており、人的なクオリティーは高いと、フレミングは自画自賛していた。


「ですので、第三、第四、第五の各警護隊も人員を増強することにしました」


 第四警護隊は現在学園に常駐しており、今回の人員増強はファリオさんの要望によるものであるとのこと。現在グレックナー麾下に置かれているのはダダーンことアスティン率いる女性部隊の第三警護隊と、リンドの第五警備隊の二隊。リンドの第五警備隊の人員も、第四警備隊と同じく五十名程度まで引き上げると、グレックナーは説明する。


「ただ第三警護隊は女性志願者の数の事情で、人員補強が少し遅れるかもしれません」


「今は何名いるのだ?」


 そう話すグレックナーに俺は聞いた。するとダダーンが声を上げる。


「現在、私を含め三十六名です。数が埋まらないからといって、女性志願者を無条件には受け入れません。任に堪えうる者、あるいは任に堪えうる可能性のある者に限定して入隊させます」


 ダダーンはキッパリと言う。しかし「任に堪えうる可能性・・・のある者」という表現がいい。審査段階では任に堪えうるかどうかは判断が付かないが、動機や気質を見て「耐えられる可能性がある」と見なした者は受け入れるというのだから。ダダーンが現実世界にいれば、できるキャリアウーマンになっているのは間違いない。


「女性部隊である第三警護隊は、アスティン殿にお任せするのが一番でございます」


 元同僚で現在は参軍となっているルタードエが話した。言うまでもないだろう。事情について分かっている筈のルタードエが、あえて言ったのはルカナンスやオラトニアに対する配慮であろう。隊員の採用の可否まで権限を持っていない二人に対し、女性部隊という特別な事情があるとはいえ、ダダーンの方は持っているからである。

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