457 ミカエルの歓迎

 クリスが食事会を開いてくれたのは週末の話。封書のやり取りから、学園が始まったらすぐに開いてくれると思っていたのだが、音沙汰が無かったので正直やきもきしていた。食事会の参加者はクリスと二人の従者トーマスとシャロン、俺とアイリ、レティ。そしてレティの弟ミカエル。ミカエルの入学祝いが、今回の食事会の名目だった。


「私の為にこのような祝いを行っていただき、本当にありがとうございます」


 クリスからの紹介を受けて、礼儀正しく挨拶するミカエル。品行方正を絵に描いたような貴公子だ。アイリがミカエルに暖かい眼差しを向けている。クリスやアイリにとって、ミカエルとの対面はケルメス大聖堂の襲爵式以来。おそらく挨拶を交わしたのは、今回が初めてだろう。二人はミカエルのことが気にかかるようで、あれこれ聞いている。


「ご立派ね」


「しっかりされているわ」


 クリスとアイリがミカエルの事で盛り上がっている。こんな素敵な弟がいるなんて、とレティに振ったりしているので、逆にレティの方が戸惑っている。いつもなら「ミカエル命」のレティなのだが、クリスやアイリがこれ程ミカエルを気に入るなんて思っても見なかったのだろう。二人の波状攻勢にレティもミカエルもタジタジだ。


「今日、私が堂々と学園に入ることができたのも、アルフォードさんのおかげです」


 ミカエルはクリスに説明した。俺が強く襲爵を勧めてきたので覚悟が決まったのだと。レティでさえもそこまで言わなかった、ミカエルがそう話したのは意外だった。俺はレティが襲爵について、あれこれ言っていると思っていたので、あれ?っと思ったのである。あの強気のレティであっても、弟ミカエルとなるとモノが言えないのか。


 まぁ俺が見てもレティのミカエルに対する視線は、一般的な「弟」に対する視線を越えている。最早、溺愛とか母性愛とかそういうレベルのもの。ミカエルが居なくては生きていけないぐらいの強さだ。レティにとってミカエルは生き甲斐なのである。話を聞いていたアイリが、だからあの襲爵式になったのですねと言ったので、つかさず俺は訂正した。


「そこでまさかの邪魔が入ったんだ」


 アイリが「あっ!」という顔をした。あの時のことを思い出したのである。茫然とした顔で学園図書館にやってきたレティの事を。陪臣のダンチェアード男爵から、襲爵式を執り行うネルキミス教会のディアマンデス主教が倒れたので、日程が組めないと封書が来たんだよな。あれでレティが参ってしまったんだよ。


「そうなのよ! もうあの時は目の前が真っ暗になったわ」


「グレンに抱かれて泣いてましたものね」


 レティの話を聞いたアイリが言った。クリスがえっ!という表情を見せる。そうだったな。あの時レティが人目も憚らず、おいおいと泣き始めたので、これはマズイと思って抱き寄せたのだな。アイリの言葉で思い出したのか、レティが顔を真っ赤にした。


「あ、あれは・・・・・ ど、動揺していたからよ・・・・・」


「グレンに慰めてもらって落ち着きましたのね」


「・・・・・」 


 クリスの指摘にレティが沈黙した。こんなレティを初めて見る。イケイケのレティが一方的に押されて、為す術もないといった感じだ。何も言い返せないレティの代わりに、俺が反論することにした。


「襲爵式そのものを妨げにかかってくるなんて、普通は思いもしないよ。しかも父親だからな、それをやっているのが。日程ギリギリのところを突いてやれないようにするなんて最低だろ。レティが参るのも無理はない」


 そう話すと、クリスもアイリも頷いた。誰が考えても悪いのは父親、前子爵のエアリスではないか。表向き爵位を譲るのに同意しながら、裏では襲爵できないようにと主教に仮病を使わせるという子供騙しのような工作を行ったエアリス。嫌だったら堂々と言えばいいものをそれが言えないが為に、表と裏を使い分けようとしたその性根に問題があるのだ。


 第一、それほどまでして爵位を譲るのが嫌なのであれば、自分がやらかした問題を含め、全て己が片付ければよいのである。そこから逃避して人に片付けさせながら、己の地位だけは守りたい。そんな保身を誰が許すというのか。そんな毒親相手と十四、五歳の姉弟が対峙しなければならない状態の方がおかしいのである。ミカエルが礼を言ってきた。


「アルフォードさん。姉をお助けいただきありがとうございます」


「いや、襲爵を強く勧めたのは俺だ。結果としてレティにも無理をかけてしまった」


「あの強い押しがあったお陰でミカエルが襲爵できたの。グレンには感謝しているわ」


 レディが俺に頭を下げてきた。そう言ってもらえると、俺の方も気が楽だ。ずっと気になっていた事だったので、正直ホッっとした。アイリもクリスも俺がそんなことを考えていたなんて思っても見なかったらしく、「狙ってやっていたと思っていた」「自信があったと思っていた」などと、それぞれが言っている。


「こんな事を言っちゃなんだけど、行き当たりばったりだから」


「そこがグレンらしいよね」


 俺が本音を漏らすと、トーマスがつかさず言ってきた。まさにそうなんだよな。我ながら、まったくいい加減なものだよ。トーマスのその言葉で、一斉に笑いが起こった。まぁ、それが事実なんだからしょうがない。この話の流れを見てか、真面目なミカエルが目を白黒させている。クリスが俺に言ってきた。


「話は変わりますが、アンドリュース侯爵令嬢の件、ありがとうございます。改めてお礼を申し上げます」


「私からも改めてお礼を言うわ。急な話を受けてくれてありがとう」


 レティがクリスに続いて言ってきた。クリスからは手紙で、レティからは入学式前日にそれぞれ礼をしてもらっていたが、改めて言われると何か照れてしまう。しかしよく考えたら、『学園親睦会』で事件が発生した次の日に呼び出されて、いきなり頼まれたんだもんなぁ。あの時は、カテリーナの助けに入らなかった後ろめたさもあって、受けてしまったが。


「アンドリュース侯に納得頂けたのよね」


「ああ。最初は中々大変だったんだけど、ディールやクラートの助力もあって了解頂けた。アンドリュース侯は頑固だが、義理堅い人物のようだ」


 レティが聞いてきたので、ありのままに答えた。レティが感心しながらも、義理堅いという部分は何処だと聞いてきたので、ディール家とクラート家の事情。当主が倒れたのでディール家ではディールの次兄ジャマールが、クラート家ではクラートがそれぞれ采配権を受領した一件と、アンドリュース候が二人の後ろ盾となる約束した事を話した。


「そこまでおやりに」


 俺の話を聞いてクリスが驚いている。おそらくはクリスが思っていた以上の動きなのだろう。クリスが思っていた以上ということは、貴族階級という世界から見て、アンドリュース侯が貸し借りだけで二家の若き采配権者の後ろ盾になるというのは異例なのは間違いない。同時にそれは俺の見立て通り、アンドリュース侯が義理堅い事の証明になる。


「アンドリュース候もディール家もクラート家もみんなアウストラリス派だ。リッチェル家とエルダース伯爵夫人との関係を見て思ったが、同じ派閥の人が後見人になった方が良いと思ってな」


「グレンの言う通りよね。采配権を持っていたって、エルダース伯爵夫人がいなかったら大変だったもの」


 経験者は語ると言ったところか。実際に体験しているのだから、レティの言葉は心が籠もっていた。


「ディールの母上からも礼状が届いたし、カテリーナも無事にサルジニア公国に着いた。モーリスの婚約破棄の一件は解決だ」


「そうですわね」


「ええ」


 クリスとレティが同意してくれた。公爵令嬢と子爵夫人が言うのだから間違いないだろう。クリスが俺に聞いて来る。


「グレン、どうしてアンドリュース候に後見をお願いしたの?」


「いや、実はアウストラリス派の派閥パーティーがあるとかで、クラートが采配権を受領しているから挨拶をしなきゃいけないけど、どうしようって困っていてな」


「派閥パーティー?」


 レティとクリスが顔を見合わせた。二人が「今の時期?」「どうしてこんな時に?」と話しながら首をかしげている。そういえばディールとクラートもそんな事を言っていたし、アーサーだって「ドーベルウィン伯を支える集い」について、季節外れだと嘆いていたからな。


「アンドリュース侯が、お礼をしたいと言ってくれたので、思い切ってディール兄貴とクラート後見をお願いしたんだ。そうしたら、最初は驚いておられてけど、事情を話すと快く引き受けて下さった」


「そんな事情だったんだ」


 話を聞いたレティが感心している。クリスもそれだったら安心よね、と頷いた。そのクリスに俺は話を振った。クリスが聞いてきたのに答えたので、今度は俺が気になっていたことを聞くことにしたのだ。その内容は、以前クリスが送ってくれた封書に書かれていた謁見についてである。


「来週に謁見することになっております。ですので学園もお休みします」


 明日屋敷に帰った後、来週の平日初日に宰相閣下同伴の上で、陛下との謁見に臨むという事だそうだ。この話にアイリやレティ、ミカエルが驚いている。


「どうして陛下と謁見を?」


「ラトアン広場のお話について陛下が直々にお尋ねなされたいと」


「ラトアンの話を!」


 レティが声を上げた。レティにとっては意外過ぎる話だったのだろう。クリスは民衆が置かれている状況について、自分の分かる限りの話をして陛下に伝える旨を話した。それを聞いたアイリが言う。


「クリスティーナでしかできない事だわ。お願いしますね、クリスティーナ」


「うん」


 アイリに向かって力強く頷くクリス。この二人、本当に仲が良いな。まぁ、アイリの身分が明らかになれば、完全に釣り合いが取れるもんなぁ。そんな事を考えていたら、何処か寂しくなってしまった。いずれ去らなければならない身なのに、本当に自分勝手な俺だな、と一人自己嫌悪に陥ってしまった。

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