464 穀潰し

 『貴族ファンド』から小麦融資を受け、小麦を買い漁っていたアンドリュース侯爵家とゆかりのある四人の青年貴族達。俺は侯爵に促され、この小麦融資の危険性について話したのだが、指摘されて面白くない青年貴族達があれこれ言ってくる。その中の一人、侯爵の再従姉妹はとこの子であるアイスルアーラ男爵が嫌味っぽく話してくる。


「もしや、想像でお話されておられるのではおじゃらぬのか?」


 日本であれば、烏帽子に扇子を持って「マロは」と御歯黒で染めた歯を見せて話す、お公家さん的な雰囲気のアイスルアーラ男爵が「フォフォフォ」と笑った。それに釣られてか、三人の青年貴族達も同じような感じで「フォフォフォ」と笑い始める。ボルトン伯も似たような笑いをするので、どうやらエレノ貴族の笑い方は「フォフォフォ」のようだ。


 緊張感も危機感も皆無の青年貴族達に、俺は内心呆れ果てた。おまけに「おじゃる」といったマロ・・口調がそれを加速させている。どうすればこんなバカ貴族を量産する事ができるのか。学園のバカ貴族の面々を思い出さざる得なかった。おそらくはドーベルウィンもディールもあのまま気付かずに成長したら、こうなっていたに違いない。


「今の話、笑えるような話か!」


 アンドリュース侯の隣に座っている嫡嗣アルツールがいきなり激昂した。対して、父である侯爵の方は目を伏して黙している状態。おそらくは今回の件をどのようにすべきであるのか、思案をしているのだろう。静かな侯爵に代わって怒気を増しているアルツールが、

四人の青年貴族達を睨みつけたので、笑いが瞬時に静まり、皆が下を向いてしまった。


「その方ら、閣下の怒りの因を忘れたか!」 


 妹カテリーナから「直情径行が玉に瑕」と評された兄アルツール。だが今回の場合、自分達が火遊びをしているという自覚皆無の青年貴族達を黙らせるには、その一発着火は有効に働いたようである。


「アルフォード! お前の言、相応の理由があろう。それを話せ!」


 俺を叱咤するように嫡嗣アルツールが言ってきた。トーンは激しいが、俺への叱責でないのは感じ取られる。むしろ連中にハッキリと言ってやれという感じだ。俺はアルツールの後押しもあって、言うか言わまいか考えていた事を話す事にした。


「秋には収穫が行われます。仮に平年通りの収穫だった場合、小麦価は平価である七〇ラントに戻るのは確実。そうなれば数千ラントの小麦を借金して購入された方は、七〇ラントで売り払わなくてはなりません。その七〇ラントで、数千ラントの借金を支払えるのでしょうか?」


「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」


 先程まで息巻いて、俺を嘲笑していた四人の青年貴族達は沈黙してしまった。顔を見ると皆青ざめている。その貴族達に嫡嗣アルツールの声が飛んだ。


「アルフォードの言うような事態が発生したならば、お主等はどうするつもりだ!」


 語気を強めて迫るアルツールに、上手に立つアンドリュース=ドルト子爵バルトースが辿々しく答える。


「・・・・・それ以前に・・・・・ 小麦を売れば・・・・・」


「容易に売れぬような契約であるのに、うぬはどのようにして売ろうというのか!」


 怯えながら答えたバルトースに向かって、アンドリュース侯が一喝した。侯爵からの厳しい指弾の前に、最早バルトースは言葉さえ発する事ができない。


「アルフォードはこの歳にして、商人の中の商人と言われる男。その者が想像でモノを申すはずがなかろう。それを汝等うぬは、笑って逃避しようとしておる。今置かれた状況も理解できぬ、この穀潰し共が!」


 怒りのあまりであろう、アンドリュース侯は椅子から立ち上がってしまった。しかし俺、「商人の中の商人」なんて言われたことなんて一度もないぞ! 何処からそんな話が湧いて出たんだ? 俺の疑問など無視するように、アンドリュース侯はまくし立てる。


「父祖伝来の封土や、爵位をなんと心得ておるのだ! 繋ぐ責任を軽んじ、民の糧である小麦を弄んで遊興にふけるとは言語道断!」


 一門の長であるアンドリュース侯の断罪に、四人の青年貴族達は言葉を発するどころか、その存在すら消えてしまいそうになっていた。侯爵は今にも倒れそうになっている四人に向かって低い声で質す。


「一度だけ機会をやろう。容易に売れぬような契約がなされている小麦を汝等はどうやって売るのだ!」


 四人の青年貴族達は、侯爵からの問いかけに全く反応しなかった。アンドリュース侯からの激しい追及を前にして、反応できかなったというより反応する気力さえ失われていると表現した方がいいだろう。暫く経っても答える者が誰もいなかったので、侯爵は溜息をついた。


「もうよい。暫くの間、我が屋敷に留まり、何人たりとの接触も断つように」


 気力が抜けたのか、へたり込むように侯爵は座った。すると、四人の青年貴族達は「お許しを」とか「反省致します故」などと言い出して、アンドリュース侯に許しを請い始めた。この辺りの展開がまさにエレノ世界。しかしこの問題、許す許さぬの問題ではなく、自覚があるや否やの問題。その点、四人の青年貴族達は全く問題点を分かっていない。


「お主等、断は下されたのだ! 今更何を申しておるのだ!」


 嫡嗣アルツールが立ち上がった。アルツールが立ち上がったのは、まさに「直情径行が玉に瑕」という言葉通りである。しかし四人の青年貴族達は、そのアルツールに対しても慈悲を請い、許しを求めた。これを見たアンドリュース侯は、長男に向かって指示を出す。


「アルツール。全員を連れ、屋敷へ逗留するように手配せよ!」


「はい!」


 力強く返事をしたアルツールは弱々しく抵抗する青年貴族達に指示を出し、彼らと共に広間の外に出ていった。扉を閉められ、広間が俺と侯爵のみとなったところで、侯爵が頭を下げてきた。


「お見苦しいところをお見せしたこと、申し訳ない」


 顔を上げた侯爵は、苦虫を噛み砕いたような表情をしている。


「一門の中で、よもやあのような取引をするような者はおらぬと思っておったのだが、それは余が、単に盲目であっただけの話であった」


 自嘲気味に話すアンドリュース侯。ディール子爵邸に挨拶に赴いた際、ディール子爵夫人シモーネより小麦取引の話を聞き、一門にも及んでいるのではと思って調べた。その結果、アンドリュース=ドルト子爵、オースルマルダ子爵、バルトー男爵、アイスルアーラ男爵が小麦融資を受け、「小麦無限回転」に手を染めている事が明らかになったという。


「どうしてお分かりに?」


 アンドリュース侯爵家の家宰ブロンテット男爵が、学園にやってきて事情を話してくれた時からの疑問を思い切ってぶつけてみた。すると意外な答えが返ってきたのである。


「ゴデル=ハルゼイとヴァンデミエールのところに顔を出していた四人を問い詰めたのじゃ。ディール子爵夫人から話を伺えたから、適切に対処できた」


 そうか! 子爵夫人からディール子爵親子がゴデル=ハルゼイ侯とヴァンデミエール伯の会合に出席していた事実を知ったアンドリュース侯が、嫡嗣アルツールや陪臣のマステナヴィッツ子爵らに命じて、一門陪臣の中でその二人の邸宅に出入りをしていた者を調べたのだ。その結果、アンドリュース=ドルト子爵ら四人の一門貴族が浮上したのである。


「あやつら、財力の乏しい者や若い者達をそそのかし、我が利を得んとしておるのだ」


 苦々しいといった感じでアンドリュース侯は言った。話によれはゴデル=ハルゼイ侯は学園の同窓会組織である園友会の会長という地位を足掛かりとして、アウストラリス派の派内で発言力を増しているそうだ。一方、ヴァンデミエール伯は若手貴族のリーダー格として頻繁に会合を開き、出席者との繋がりを強めているのだという。


「以前より気にはかかっておったが、まさか派内の同志を喰い物にするとはのう。流石に思いもしなかった」


 一体どういう事だ? アンドリュース侯の口から出てきた意外過ぎる言葉を聞いて、俺は正直戸惑った。


「失礼ですが閣下。そのように申される根拠はございますのでしょうか?」


「ん? あるぞよ」


 えっ、あるのか! ゴデル=ハルゼイ侯やヴァンデミエール伯といった派閥幹部と目される貴族が、派閥内の貴族達を喰い物にしているという証拠がある。侯爵の口から出てきた、まさかの話にただただ驚くばかりである。


「ムファスタの事は知っておるか?」


「はっ、一度だけですが参った事がございます」


 古都ムファスタ。『常在戦場』の駐屯地を確保するために、ムファスタ支部のジワードと共に動いてホテル『ムファスタ・ジェ・ディロード』を確保したんだったな。そういえばアンドリュース侯もムファスタ近郊が本領だったはず。


「そうか。ならば話が早い。ムファスタ総督府が移転したのは知っておろう」


「はい。以前ムファスタ総督府があった場所が空き地になっていると案内されました」


「あの土地を斡旋したのが、ゴデル=ハルゼイじゃ」


 俺はハッとなった。まさか・・・・・ 確かあの土地を購入したのはフェレットの衛星商会。これまでアウストラリス公の「影」と忌み嫌われる陪臣のモーガン伯と、レジドルナを拠点とするトゥーリッド商会との繋がりばかりに注目していたが、まさかガリバー・フェレットとアウストラリス派の高位家ゴデル=ハルゼイ侯が繋がっているなんて!


「余はそちにこの話を聞いた時から、レブロンだと睨んでおった。するとやはりヤツであった」


 レブロンって誰だと思ったら、ゴデル=ハルゼイ候のファーストネームらしい。ゴデル=ハルゼイ侯爵家は直系男子に代々「レブロン」と「レイモン」を交互に付ける習慣があり、今のゴデル=ハルゼイ候はレブロン十一世であるとのこと。エレノ製作者がこんなとこまで訳の分からぬ、無茶な設定を入れ込んで来るという有様に、俺は心底呆れ果てた。

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