455 「ドーベルウィン伯を支える集い」
ボルトン伯が中間派貴族達を屋敷に招いて開くという「軍監ドーベルウィン伯を支える集い」。ボルトン伯と同じ中間派に属するドーベルウィン伯を皆で支えようという趣旨で開かれるパーティーらしい。そのパーティーの準備に嫡嗣であるアーサーが駆り出される事になったという事である。
「俺、学園休んで用意をしなきゃならないんだぞ。この前のウェストウィック公へのお届けといい、親父は人使いが荒いんだよ」
アーサーは溜息をついた。聞くとボルトン伯が主催するパーティーは来週に開催されるそうで、週末に屋敷に戻ってからその準備を行い、このパーティーが終わるまでは学園に戻って来られないのだという。確か去年、そんなパーティーなんて無かったよな、ボルトン家で。
「俺だってこんな事初めてだよ。大体、ウチの屋敷でパーティーなんか開いたことがないんだぜ。しかも季節外れの」
しかもシーズンじゃないのに、どうしてパーティーなんてするんだと、アーサーが嘆いている。そういえばディールも言っていたな。近々行われるというアウストラリス派のパーティーの事を「季節外れ」だと。ただ、アウストラリス派のパーティーと違ってボルトン伯のパーティーは、ドーベルウィン伯に対する激励会のようなもの。
ボルトン伯を中心にドーベルウィン伯を支えようという機運を盛り上げる為の集まりで、目的に裏表を感じられない。対するアウストラリス派のパーティーはそういったものはない。というのも、学園長代行のボルトン伯や軍監であるドーベルウィン伯と違い、アウストラリス公は官職に就いていないからである。
またボルトン伯のパーティーは中間派貴族を集めるものだが、派閥パーティーではないのに対して、アウストラリス派のそれは派閥パーティー。季節外れの派閥パーティーを開く意図は一体何なのか? メシの値段は五倍になり、パーティーの準備に駆り出される自身の境遇を「踏んだり蹴ったりだ」と嘆く、アーサーの顔を見ながら俺は考えていた。
アーサーが嘆くようにロタスティの学食価格の高騰は、多くの生徒達にとって歓迎されざる変化だった。純粋に負担が五倍になるのだから、文句を言わない生徒の方が珍しいだろう。しかし学園内での環境の変化は、学食だけには留まらなかった。剣術の授業を受けている生徒達の指導体系とカリキュラムが変わったのである。
学園指南だったスピアリット子爵が、新設された「学生差配役」という役職に任じられたのだ。スピアリット子爵がその役職に就任するという話は耳にしたのだが、それで何が変わるのかについて全く分からなかった。おぼろげながらそれが分かったのは、カインに先日行われた祝賀会の話をしている中での話。
「いやぁ、あの祝賀会は衝撃だった」
先日、スピアリット子爵邸で行われたドーベルウィン伯軍監就任の祝賀会。小さな会合ではあったのだが、そこにスピアリット子爵家の嫡嗣として出席したカインは、父やドーベルウィン伯、近衛騎士団の団長や『常在戦場』の面々に対して、臆することなく堂々と話をしている俺を見て、自分の差を痛感したのだという。
「俺もグレンのようにしっかりせなばと思ったよ」
いやいやいや、年齢経験が違うから。俺はおじさん。カイン、君の年齢は普通に十六歳の学生だ。何も気にする必要はない。一瞬、そう言ってやろうと思ったのだが、言っても信じてもらえるかどうか分からないので、黙って聞くしかなかったのである。またカインにとってはドーベルウィン同様、父親の職務というものが重くのしかかっていた。
「学生差配役に就任したからな」
カインが言うには、学生差配役という役職は学園の職ではないらしい。学園にいるのに学園の役ではない、よく分からない話だなと思って聞いていたら、統帥府の役だと聞いてビックリした。学園は確か宮廷の管轄のはず。そこに統帥府の役に任じられたスピアリット子爵がいるという謎。この学生差配役、一体何をする仕事なのだ?
「剣術の授業を取っている学生達を統括する役らしい」
「えっ! 剣聖閣下がか?」
「ああ。統帥府からも人が派遣されるそうだ。近々学園に配属されるはず」
なんだそれは。剣術の授業で教官から聞かされた話によると、王国有事の際に皆が即応できるようにする為であると説明されたのだという。それって、戦時体制とかそういうヤツじゃないのか。王室の剣術師範である剣聖スピアリット子爵を長として、暴動が発生した時には学徒動員を行おうという腹づもりなのか。
「父上からは、これからは今まで以上に心してかかるよう、言われたよ」
「・・・・・」
そう話すカインを見て、暗澹たる気持ちになった。平和なエレノ世界が非常時に変わっていくのが肌身で感じる。小麦の凶作の影響で投機マネーが相場に流れ出し、小麦が手に入りにくくなった平民達が、王都で二度の暴動を引き起こしてしまった。そして今、価格高騰の波が、市中はおろか貴族学園であるサルンアフィア学園に押し寄せてきたのである。
今や小麦価が、国を揺るがしかねない程の懸案として、大きく持ち上がってしまった。スピアリット子爵が任じられたという学生差配役。この学生差配役を通じた学生掌握も、広く見れば小麦価の高騰による影響だと言えるだろう。小麦高騰による暴動を抑えるため、学園の生徒達までも動員できる体制を作ろうというのだから。
「しかし何か大変なことになりそうだな」
俺が言うと、カインは頷いてこの場を後にした。雲行きが怪しい情勢になっていっているのが、誰の目にも明らかになりつつある今、誤魔化して言うしかない。乙女ゲーム『エレノオーレ!』ではサラリと扱われていた暴動話。その裏では小麦の凶作があり、一部の商人と貴族が結託した小麦価の暴騰があった。今、俺はそれを実体験している。
――隔週誌『
紫宸警衛隊長には第一近衛騎士団長のベルストーナ子爵が就任し、王宮の警護を一手に担う事になったと書かれていたので、ものは書きようとはまさにこの事。事情を知らない者が読めば格上げだと思うだろうが、知っている者から見れば切り捨てに等しい。事実は一つであるのに、書き手の腕一つで見方が変わるものである。
一方、モーリスとカテリーナの婚約破棄話の記事もあった。モーリスの父ウェストウィック公がカテリーナの実家であるアンドリュース侯爵家を訪れ、事態について陳謝した上で、婚約解消を申し出たという事実が書かれている。記事はアンドリュース候もこの申し入れを受け入れ、モーリスとカテリーナの婚約は正式に解消したと締めくくられていた。
これで実質的に二人の婚約騒動が終わった。記事の扱いを見ても、最早旬を過ぎている。多くの人々の感心は今や、小麦価と暴動、そして王国がどのような対処を行うかという点に移った。カテリーナにとっては幸いな話だが、同時にそれはモーリスにとっても幸いであるということ。あれだけやらかしておいてとは思うが、高貴な身分だから仕方がない。
一方、マスリアス聖堂で捕らえられている暴漢達二百四十七名の扱い関する記事も掲載されていた。統帥府から暴漢達を引き渡されたケルメス宗派では暴漢達の判決について、協議の結果、長老であるニベルーテル枢機卿に一任する事を決めたとのこと。これではケルメス大聖堂に立ち寄る事など、まだまだ出来なさそうだ。
また近衛騎士団の取り調べによって「暴動を主導した者」とされた二十六人と、他の二百二十一人との扱いを分離するとして、近々その二百二十一人の判決が出されると書かれている。ということは、暴動を主導した者とされた二十六人の判決はまだまだ先ということか。しかし検察も弁護人もいないノルデン王国の裁判って、どんな裁判なんだ?
メガネブタと助手のテクノ・ロイド、そしてその家族も一方的な「宣告」で一発アウトだったし、おそらくは名ばかり裁判なんじゃないかと思う。まぁ、こちらの世界のやり方について、余所者の俺があれこれ考えてもしょうがない。確実なのはトラニアス祭で暴れていた連中が、何らかの罰を受けることになる。この事だけは揺らがないだろう。
それとは別に、気になる話がグレックナーの妻室ハンナからもたらされた。貴族派第三派閥を率いるバーデット侯が、トラニアス祭の際に行われた王都封鎖に強い不満を表明したというのである。封書によると、発言は王都にいるバーデット派貴族が主催するパーティー。その席上での話だったとの事。
ハンナはその話をある貴族のパーティーの席で聞いたというのである。だから急ぎ俺の方に知らせてくれたのか。そのバーデット派貴族のパーティーに参加した貴族の話によると、バーデット候が「暴動一つも抑えられぬのに、道を封鎖するとは何事ぞ」というような発言を行い、集まっていた貴族達から大きな喝采を受けたらしい。
それだけではない。ハンナが参加したパーティーでその話が披露されると、その場に居た貴族の中から、バーデット侯の発言に賛同する声が上がったというのである。それ程までに道路封鎖に対する貴族達の苛立ちは大きいというのか。ハンナの封書を読みながら、俺と貴族との感覚の相違に、ただただ戸惑うのみである。
そういえばディールが言っていたな。アンドリュース侯爵家との日程交渉の際、道路封鎖でアンドリュース候の機嫌が優れないと、家宰ブロンテット男爵が洩らしていたって。王都の封鎖は俺が想像していた以上に、貴族達の反感を買っているようだ。俺はどうしようか一瞬迷ったが、封鎖の指揮を執った軍監ドーベルウィン伯に連絡を取った。
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