452 願いと要望

 アンドリュース候が娘カテリーナが世話になったので、お礼がしたいと申し出られた。これを受けて俺は侯爵邸に来る車中、クラートが話した悩み。采配権を受領した自分が、近々行われる派閥パーティーで当主の代行者として挨拶を行わなければならない事への不安について、クラートへの助力を頼もうと思いついた。


「閣下。一つお願い事がございます」


「ふむ。何か、言ってみよ」


「はっ。聞くところによりますれば近日アウストラリス派の派閥パーティーが開かれますとか」


「おお。余のところにもその話は来ておる」


「実はこちらにおられますクラート子爵息女シャルロット嬢が、当主病臥びょうがにつきクラート子爵家の采配権を委ねられる事に相成り申しました」


「それは大事。お見舞い申すぞ」


 俺の話を聞いたアンドリュース侯は、驚いてクラートに声を掛けた。頭を下げるクラートを見ながら、俺は侯爵に向かって話を続ける。


「シャルロット嬢曰く、若輩者の自分が派閥パーティーで挨拶を行うのが不安であるとのこと。同じアウストラリス派の副領袖、重鎮であられる閣下に御力添えを頂ければ・・・・・」


「閣下、是非にもお願い申し上げます」


 アンドリュース侯はアウストラリス派の副領袖と呼ばれている大物。その大物がクラートと派閥に属する貴族を繋いでくれたら、クラートも臆する必要はないだろう。そんな事を俺が勝手に思いながら進めている話に、クラート自身も乗ってきた。おそらくクラートの方も侯爵の助力を得たほうがいいと思ったのだろう。


「そのような事情であれば、喜んで力となろうぞ。余が皆に紹介するから、皆に頭を下げれば良い」


「ありがとうございます」


 願いを快諾してくれたアンドリュース侯にクラートが頭を下げた。すると今度は、クラートの隣にいたディールが口を開く。


「閣下。その際、我が家の兄ジャマールの紹介もお願いしとう存じます」


「ふむ? それは一体・・・・・」


「実は我が家もクラート家と同様、当主と嫡嗣 が倒れ、我が兄ジャマールが我が家の采配権を委ねられました。兄ジャマールを従兄妹シャルロットと同じく派閥の皆様にご紹介いただければ・・・・・」


「それは良いが、クラート子爵も倒れたと申すのか?」


 アンドリュース侯は派閥パーティーでの紹介の話よりも、ディール子爵やクラート子爵が倒れている事の方が気になっているようだ。両家で合わせて三人が倒れたと聞いて、おかしいと思わない方が「おかしい」だろう。尋ねられたディールは事の仔細を時系列順に並べ、それを伝えた。するとアンドリュース侯は首をかしげた。


「皆が皆、揃いも揃ってディール城で倒れられるとは、尋常なる事ではあるまい。それは如何なる病なのか?」


 侯爵は明らかに疑念を持っているようである。話を聞いたアンドリュース侯の反応に、ディールもクラートも困惑をしている。頼みを聞き入れてもらったのは良いが、事実を話す訳にもいかないという事なのだろう。確かに「全員ダメダメなので城に押し込めました」なんて事実は話せないよな。ディールとクラートにアンドリュース侯が聞く。


「確かディール子爵の妻室とクラート子爵の妻室は御姉妹であった筈よのう。それとは関係があるのか?」


 やはり派閥重鎮。当たり前だが、同じ派閥に属する貴族間の血縁関係に詳しい。どう話して良いか分からず、答えに窮している感じのディールとクラートを見て、これはいけないと思った俺は侯爵に向けて言った。


「小麦病という流行はやり病に罹られたのです」


「小麦病?」


 怪訝な顔をするアンドリュース侯。ディールやクラートが、こちらのを方を見て呆気に取られている。


「上がったり下がったりする相場を眺めておられるうちに、惑乱なされられたのでしょう」


「なんと!」


 アンドリュース侯が前のめりになった。それは如何なる事かと。また今の小麦の価格。その暴騰との関係は? は問うてくると、俺が答えるよりも前にディールが話す。


「閣下。今の話は小麦融資にございます」


「小麦融資? あの『貴族ファンド』のか?」


「はい」


「だが、あれは小麦が足りない者に向けた、別枠の融資である筈。それの何処が問題だと言うのだ?」


 どうやらアンドリュース侯も小麦融資の話自体は聞いているようである。その上で問題がないと考えているという事は、額面通り小麦購入の為の特別融資だから構わないと思っているのか、それとも投機的な手法を用いても良いと考えているか、侯爵はどちらの考えなのだろうか?


 今現在の反応を見るだけでは、それは分からない。そんな事を考えていると、ディールがアイコンタクトを送ってきた。今ここであの話、『貴族ファンド』が行っている「小麦無限回転」の話をしろというのか。俺はディールの後押しもあって、アンドリュース候に小麦融資の一件を話すことにしたのである。


「その融資で買った小麦をしちに入れ、再び小麦融資を受け、その融資で小麦を購入しておられます」


「なんじゃと!」


 俺の話を聞いて、アンドリュース侯が血相を変えた。アンドリュース侯が仕組みや融資方法等をあれこれ聞いてきたので、俺は小麦融資の詳細、小麦を担保とする融資について細かく解説していく。侯爵にとって、どの話も初めて聞く話であったようで、戸惑いながらも怒りの表情を見せた。


「アルフォードよ。それはまことか!」


「閣下、アルフォードの申すこと。全て事実にございまする」


 侯爵が俺に質してきた問いをディールが代わって答えた。ディールは前に進み出て、そのまま言葉を続ける。


「我が家にございました『貴族ファンド』の書面の意味が我が家では読み解けず、アルフォードに読み解くように依頼しましたところ、そのような事実が明らかとなりました」


「なんと! 『貴族ファンド』がそのような形で融資を行っておったとは・・・・・」


 アンドリュース候は絶句した。侯爵は小麦で小麦を買わせるシステム「小麦無限回転」について全く知らなかったのである。ディールは侯爵に訴えた。


「閣下。ディール家ではなく、我がクラートにおきましても同じ話が・・・・・」


「・・・・・この話。そなた等の家に留まる事は・・・・・ 考えられぬな」


 アンドリュース侯はゆっくりと、噛みしめるように言う。


「各家とも小麦が高値となり、手に入りにくくなっておるからということで、小麦を購入する為の枠外融資を行いたいという申し出を『貴族ファンド』から受けた。借金が出来ぬ者も少なからずいる中、別枠での融資は凶作に対応するには有り難い申し出だと思っておったのじゃが・・・・・」


 拳を握りしめたアンドリュース侯は、アームレストに叩きつけた。


「しかしそれは表向きの理由だったとは! おのれたばかりおって! 皆が小麦を買えないのは、小麦を買う融資のせいではないか!」


 アンドリュース侯は吠えた。どうやら侯爵は融資の真の狙いについて聞かされていなかったようである。貴族派第一派閥アウストラリス派の副領袖と呼ばれた大物でさえ知らぬとは。『貴族ファンド』というかフェレット商会、いやフェレットの若き女領導ミルケナージが、いかに狡猾な手腕の持ち主であるかがよく分かる。


「しかし王都に通ずる道路の封鎖といい、この小麦の融資といい、これでは民の不信感が増すばかりじゃ。今にこのノルデンで大事おおごとが起こってしまうぞ!」


 道路封鎖と小麦融資を同様に扱い、国を憂いるアンドリュース侯。頑固親父だが、フェレットと組んでおかしげな動きをしているアウストラリス派の盟主アウストラリス公とは大違いだ。いや、比較することの方が、アンドリュース候に失礼かもしれない。融通が利かないアウストラリス派の副領袖は、実はいたってマトモな人物だった。


「そち達の家がそのような事態に陥ったのも、余が相手の真意を測り損ねた事が一因じゃ」


「閣下、決してそのような事は・・・・・」


 ディールが慌ててアンドリュース侯を諌めた。小麦融資の話を聞いただけでその狙いを知るのは不可能に近いことや、俺のような高度な専門知識を持つ者でなければ見抜けないとして、アンドリュース侯になんら責任がないと結論づけたのである。それを聞いたアンドリュース侯は何度か頷くと、ディールとクラートに言う。


「ディール家とクラート家の事情。相分かった。二人共、何も心配する事はない。このアンドリュース、同じ閥に属する者をしっかりと守ろうぞ。二人共、安心せい」


 力強いアンドリュース侯の言葉に、ディールとクラートは「よろしくお願いします」と一礼した。二人が心の底からお願いしているのが、傍目から見ていてよく分かる。ならば、お願いついでに頼んでも良いのではないか? 俺はモノはついでだと、アンドリュース候におねだりをする事にした。


「閣下、もう一つお願いがあります」


「なんじゃ。まだあるのか?」


 侯爵は少し苦笑気味に言ってきた。この若造、次は何を申すつもりじゃ、という感じなのだろう。しかし頼み事を受けてもらえるというのだから、言わなきゃ損だ。一つが二つなっても罰が当たる事もない筈。だから思い切ってアンドリュース侯に二つ目の願いを頼む事にしたのである。

 

「実はこの度、こちらにおられますクリフトフ・ベルトス・ディール殿とシャルロット・ルイーズ・クラート殿が近々婚約されるとの話を聞き申しました。出来うる事ならば閣下にこの二人の媒酌をお願い致したく」


「お、おいグレン!」


「グ、グレン・・・・・」


「ほう、そうであったか! そのような目出度き話であるならば、喜んで受けようぞ!」


 戸惑うディールとクラートとは対照的に、アンドリュース侯の方は乗り気だった。侯爵はそんな二人に「結構なこと、誠に結構なこと」と上機嫌に声を掛けたので、最初はどうしようという感じだったディールとクラートは安堵したようである。家のゴタゴタで心細い思いをしていた二人に、思わぬ形で強力な後ろ盾が得られたので、俺も一安心した。

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