451 侯爵家再訪
アンドリュース侯爵家が用意した馬車に乗って学園へとやってきたディールとクラート。馬車溜まりでその馬車に乗り込んだのだが、車中は雰囲気が妙な空気が漂っていた。一体どうしたのかと二人に聞いても煮えきらない回答ばかり。喧嘩をした訳でもなさそうなのにどうしてなのかと思ったのだが、どうやらお互い「照れ」があるような感じだ。
いつもなら「ベル」「シャル」と掛け合いをしている二人なのだが、婚約予定ということでお互いを意識してしまったのだろう。従兄妹同士で気兼ねなく話せていたものが、婚約という話でいきなり男女を意識されられるような環境となったのだから、照れてしまうのも無理はないか。しかしお互い、嫌だとは思っていなさそうなので大丈夫だろう。
だから俺はいつものように接することにした。するとディールもクラートもいつもの調子を取り戻し、あれこれと話をし始める。その中でディール子爵領にいる「母様」ラヴィニア夫人が、二人の婚約を了承する封書を送ってきた事も分かった。俺が「おめでとう!」と祝すると、思いっきり照れた二人がとても初々しい。
なんだか知らないが、昔の俺を思い出す。佳奈と付き合い始めた頃も、結婚した頃も今日のディールやクラートのような感じだった事は鮮明に覚えている。それに対して佳奈の方は手慣れているのか、本当に落ち着いて見えた。全く余裕がなかった当時の俺と似ているディールとクラートは、照れながらも俺の祝福に礼を述べたのである。
一方、俺はリシャールやカシーラ、セバスティアンが学園に入学した事を話す。貴族学園に何も学ぶことがない商人が入ってどうするのだと言ったら、お前はどうなるとディールに指摘されてしまい、横で聞いたクラートが笑う。確かにディールの言うことにも一理があるなと思った。クラートからどうして商人が学園で学ぶことがないかと聞いてくる。
俺は商人必須の帳簿術などの授業がなく、剣術の授業は商人剣術とは非なるもので合わず、補助魔法しか使えぬ商人には魔法の授業は無意味だと話した。帳簿術とは簿記や財務諸表の見分け等がブレンドされたもので、エレノ世界で商売をするには必須の知識。リサと俺は、これを独学で取得した。
「という訳で、まさか知り合いの息子が学園に入ってくるなんて思わなかったよ」
「そりゃ、思わないよな。話を聞いて分かったよ、お前が凄いってことが。どうりで学園に商人が入ってこないはずだ」
ディールが頷いた。俺の話を聞いて大いに納得したようだ。横にいるクラートに至ってはそんな理由があったなんてと驚いている。商人にも色々あるんだよなぁ、と俺が話すと、こちらにも色々あるのよとクラートが応じてきた。その反応を見て、何があるのかなと思っていたら、クラートが意外な事を話し始める。
「派閥パーティー?」
「そうなの。時期外れなのにね・・・・・」
当主不在の上、采配権を持っているので、当主の代わりに出席しなければならないらしい。派閥パーティーはいつも夏にあるシーズンの時に行われるから、その時まで準備すればいいと思っていたのに、とクラートが嘆く。確かに言われてみればその通り。去年、この時期に派閥パーティーなんてものはなかった。
「ウチも兄貴が出なくちゃいけないから、挨拶をどうしようって頭を抱えていたよ」
「ジャマール兄様のお気持ちはよく分かるわ。私もどうすれば・・・・・」
「ディールがいるじゃないか」
困った顔をしているクラートにそう声を掛けた。すると二人は「えっ!」と、お互いに顔を向き合わせる。
「婚約予定者なんだろ、ディール。婚約者を支えるのが務めじゃないか」
「いや、それはそう・・・・・」
「モーリスじゃないんだからさぁ」
「!!!!!」
今向かっている、アンドリュース侯爵家の令嬢であるカテリーナと婚約していたウェストウィック公爵嫡嗣のモーリスを引き合いに出し、『学園親睦会』で一方的な婚約破棄を告げるみたいな、あんな醜悪な振る舞いはしないだろうと振ったのである。
「あんな風にやる訳ないじゃないか!」
「だったらクラートを支えるんだな」
「も、もちろんだ!」
少し
「ディール。男に二言はないぞ」
「ああ、分かっている。しっかりと頑張るよ」
覚悟を決めたのか、ディールは力強くそう言った。クラートは恥ずかしそうにしながらも、安心した表情を見せている。ディール子爵邸でひょんな事から二人の婚約を口にしたが、結果としてそれは間違いではなかったようだ。車上ディールとクラートとで色々と話している間に、馬車はアンドリュース侯爵邸に到着したのである。
今回、俺達が通された部屋はアンドリュース侯の執務室らしき部屋。前回、カテリーナと同行した際に通された広間ではなかったので、ホッとした。これならば、何度も経験した対座の方式なので、前の時のような緊張をしなくても済む。部屋には既にアンドリュース侯が応接セットに座っており、俺達はその向かいに座る形となった。
侯爵家の嫡嗣アルツールの姿が今日はない。用があって席を外しているのか、侯爵が意図して外したのかは分からない。しかし「直情径行が玉に瑕」という妹カテリーナの評通りの人物なので、この席にいない方が俺達にとっては幸いな事。アンドリュース侯の話は、カテリーナの事に関する礼から始まったのである。
昨日、留学先であるサルジニア公国の首府ジニアへ無事に到着したという知らせが届いたらしい。侯爵はその知らせを知り、親として安心したと話した。その気持ちは俺にも分かる。まして電話のないエレノ世界。情報伝達が遅いこの世界で、遠い異国に旅立った娘を心配するのは当たり前。
「アルフォードよ。そちの申す通り行ったら、首尾よくいったぞ」
微笑みながらそう言われたので、一瞬何のことなのか皆目分からなかった。アンドリュース侯の話によると、ウェストウィック公が侯爵邸を直接訪問してきて、謝罪を行ったというのである。前回の会見の際、俺が怒りを抑えてメディアに情報を流す策を献じたが、それを行ったら相手から折れてきたとアンドリュース侯は上機嫌で話した。
まず謝罪を行ったウェストウィック公は自身が一方的に通告した婚約破棄の文書を破棄し、公爵家としての謝罪と嫡嗣の不備による婚約解消を改めて申し出たらしい。要は嫡嗣モーリスの振る舞いによる問題である事を率直に認めた。アンドリュース侯はこれを受け入れた事から、モーリスとカテリーナは正式に婚約が解消される事になったのである。
続いてウェストウィック公は、一方的に婚約破棄の文章を送った「行き違い」についての説明を行い、嫡嗣モーリスの言葉を鵜呑みにしたことを認めた。そこから改めて考えるに至ったのは学園長代行のボルトン伯より封書が届き、『学園親睦会』における経緯と学園関係者に雑誌記者らが聞き取りを行っている旨の事情を知った事によるもの。
アーサーがウェストウィック公に持っていったという封書はこれだったのか。ボルトン伯からの報を受けた公爵は嫡嗣モーリスに改めて問い質し、その結果侯爵家に送った文書が誤りであるという結論に達し、急ぎ侯爵邸に訪問したと話したとの事である。嫡嗣モーリスとは違い、父であるウェストウィック公は、どうやら常識家であるようだ。
「娘から相手の家の謝罪を無条件で受け入れるように言われたものでな。ウェストウィック公の謝罪を黙って受け入れたのだ」
カテリーナは旅立ちの前、ウェストウィック公からの謝罪があれば如何なる理由があろうとも受け入れて欲しいと、父である侯爵に懇願したそうである。最初カテリーナの頼みについて「親としてとても聞けぬ」と思ったが、お家の為にお聞き下さいという娘の言葉を受けて、最終的に娘の要望を受け入れたとの事。
「結果として、ウェストウィック公の謝罪を受け入れて良かったと思った」
今の心情を淡々と語る侯爵。普通ならば文句の一つも言いたくなるところ、自家の不明を詫びるウェストウィック公の謝罪を黙って受け入れた事で、
おそらくはアンドリュース侯もそれを分かってはいるのだろうが、口には出さないようにしているのだろう。何故なら、雑誌という平民階級を読者とする媒体に高位家の大貴族、それも王妃家が屈服させられた事を意味しているからに他ならない。身分絶対、厳しいカースト制が敷かれたエレノ世界において、あり得ない事が起こっているのだ。
「このような形で事を収めることが出来たのも、諸君らの働きによるところが大。改めて礼を申すぞ」
その言葉に俺達三人は皆恐縮して、頭を下げるしかなかった。アンドリュース侯は話を続ける。
「そこで君達に礼をしたいのだが、何が良いのか?」
何か礼と言われても・・・・・ 横を見るとディールもクラートも困った表情をしている。そんなことをいきなり言われてたら、困惑するのは当然だ。俺も二人も何かの見返りを求めてカテリーナのお付きをしたのではない。俺は殿下やクリス、レティから頼まれ、ディールとクラートは俺に頼まれたからやったのである。
「今でなくても良い。諸君等に何かあらば、我が家でやれる限りの事を尽くそう」
侯爵が察してくれたので、ホッとした。ディールとクラートも安堵の表情を浮かべている。その顔を見て、ふと思った。アウストラリス派の派閥パーティーの一件を頼んでみたらどうなのだろうか? こういう場合、一度思い立ったら行動すべし。ならばと思い、アンドリュース候にお願いをしてみる事にした。
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