441 貴族達の蠢動

 カテリーナは留学先のサルジニア公国へ旅立っていった。『学園親睦会』での断罪イベントから半月足らずでの慌ただしさ。カテリーナの方も本当に大変であっただろう。と同時にカテリーナの出発は、俺と共に見送ったディールとクラートの二人が、それぞれの屋敷へと帰宅しなければならないことを意味していたのである。


「これから家に帰るよ」


「約束だものね」


 ディールとクラートは諦め顔で言う。二人共、家のいざこざに関わりたくなかったので春休みにも関わらず屋敷に戻らず、カテリーナの世話をすると学園に留まっていた。ところが名分が失われた今、家に帰る以外の選択肢が無くなってしまったのである。俺達が話している間に、ディール家の馬車とクラート家の馬車が馬車溜まりに入ってきた。


「あ、もう来やがった!」


「用意しなきゃ!」


 自分の家の馬車を見た二人は、用意の為に慌てて馬車溜まりから立ち去っていく。カテリーナの見送りも終わって、ボルトン伯を初めとする学園関係者も園舎に入った後だったので、結果として俺とアーサーだけがその場に取り残された形となった。そこでメシでも食おうかという話となって、ロタスティで早い昼食を食べることになったのである。


「侯爵令嬢の一件。大変だったんだな」


 厚切りステーキを食べ終わったアーサーが、改めてカテリーナの話をしてきた。『学園親睦会』の際にアーサーは、あまりの事にどうすれば良いのか分からなかったらしい。屋敷に帰った後、ボルトン伯から詳しい事情を逐一聞いたとの事である。


「昨日なんかウェストウィック公爵邸へ、書簡を届けに行く羽目になったんだぞ」


「書簡?」


「ああ。至急公爵閣下にお届けしろって」


 流石にどんな内容なのかなんて聞けなかった。しかしボルトン伯が嫡嗣アーサーを遣わせて書簡を届けるなんて余程の話だ。一体何が書かれていたのか? アーサーは屋敷の広間に通されて、ウェストウィック公に直接書簡を渡したらしい。どんな顔で受け取ったのかを遠回しに聞くと、神妙な顔をして受け取ったらしい。


 ウェストウィック公とボルトン伯。国王派第一派閥ウェストウィック派の領袖と中間派貴族の取り纏め役という二者が、一体どんなやり取りをしているのか興味深いところではある。当たり前の話だが春休みのため授業がないので、アーサーとロタスティでひとしきり雑談に耽った。俺達は結局、ボルトン伯の執務が終わるまで話し込んだのである。


 ――「ランドレス伯が国債発行に疑念を表明」したという話を知ったのは、グレックナーの妻室ハンナから届いた封書から。ハンナの実父ブラント子爵からの話を俺に知らせてくれたのだ。昨日行われた、ランドレス派のパーティーでの発言だったらしい。アーサーと呑気に話をしていた後に封書を受け取ったので、何か突然現実へと引き戻された感覚になってしまった。


 ハンナの実家ブラント子爵家は、貴族派第四派閥ランドレス派に属していた。その為、ランドレス派の派閥パーティーに参加したのであろう。ランドレス伯はパーティーの席で「これまでノルデン王国が借金をしたことなど一度もなく、それを行うというのは由々しき事態」だとして、暗に宰相ノルト=クラウディス公を批判したのである。


(なるほど「覚悟を決めたぞ」とはこういう事だったのか・・・・・)


 ラトアン広場の視察の帰り、クリスに言った言葉。俺はその意味がようやく理解できた。債権を発行する、すなわち借金をするという事は、国家運営の手腕に疑念を持たれかねないということをである。それを名分として宰相の引き摺り下ろしを図ろうとする意図が、ランドレス伯の言葉からはひしひしと感じ取られた。


 またランドレス伯は小麦が今後更に値が上がるので、借金をしてでも今のうちに買い集めておくべきだと話したというのである。今現在の小麦価は急伸し、暴落前の価格二二〇〇ラントを越えて三〇〇〇ラントに迫る勢い。ランドレス伯の話しぶりを見るに、これに乗じて小麦を買おうと呼びかけていると思われても仕方がない。


 言い方を変えるならば、『貴族ファンド』の小麦融資を使えとランドレス伯が言っているようなものであろう。既に貴族派第一派閥のアウストラリス派と第三派閥のバーデット派が、小麦融資を使った買い上がりを行っている訳で、そこに同じ貴族派である、第四派閥のランドレス派も加わろうとしているように見える。


 もしそうだとするならば反宰相の色彩が強い三派が、小麦の買い上がりを名分として提携を強め、結束しようとしているのではないか、という疑念が浮かび上がってくる。そういった視点から考えるのであれば、ランドレス伯は宰相との本格的な権力闘争への口火を切った、すなわち一番槍をつけたという見方もできよう。


 乙女ゲーム『エレノオーレ!』で描かれる「暴動が起こり運営責任を問われて失脚する」「宰相が失脚したことでノルト=クラウディス公爵家が没落する」話。ゲームの背景的な過ぎない話だったものが、俺の前で限りなく大きな話となって立ちはだかっている感覚に襲われる。ゲームの描写はさわり・・・の話でしかなかったのだ。


 もし「小麦の高騰が暴動を引き起こした」とするならば、暴動が民衆の怒りによる偶発的なものではなく、意図的に引き起こされたものである事になる。何故なら小麦の高騰を引き起こしたのが反宰相派の貴族が仕掛けた買い上がりによるものである以上、偶発的などという言葉で片付けられる筈がないのだから。


 これまでの事実をつなぎ合わせていくと、一本の筋が見えてくる。「権力を奪取すべく、小麦を買い上がって社会不安を引き起こし、民衆暴動を誘発させて、その責任を問うて宰相を失脚させる」という流れだ。これが乙女ゲーム『エレノオーレ!』の底流なのだと、ランドレス伯の発言を知った俺は確信した。


 クリスとの約束「ノルト=クラウディス公爵家を守る」のを果たすには、この流れを作り出す者を打ち破るしかない。相手側が宰相に取って代わろうというのだから、取って代わらせないようにする為には、相手側が失脚して没落するしかないからである。つまり乙女ゲーム『エレノオーレ!』のシナリオとは逆の状態を作らなければならないのだ。


 相手を打ち破る。すなわち貴族派三派を打ち破る為には、相手が仕掛けてくる権力闘争というやつに勝たなければならないのだが、それがどのような戦いなのかは俺には全く分からない。だが相手が仕掛けてくる以上、戦いそのものは必ずあるということ。一つ確実に言えることは、その戦いの日は確実に迫っているという点だろう。


 ――隔週誌『小箱の放置ホイポイカプセル』がモーリスとカテリーナとの一件を「正嫡殿下、ウェストウィック卿とアンドリュース侯爵令嬢を仲裁なされる」と報じた。『学園親睦会』の席でモーリスがカテリーナに婚約破棄を告げたのを殿下が間に入り、モーリスの個人的な事情であると裁定した話であると載せたのである。


 笑ったのはモーリスの相手ポーランジェ男爵息女エレーヌのことを「男爵家の「」息女」という表現。「息女との仲を深められたウェストウィック卿モーリス閣下」なんて書かれていれば、誰もが笑うしかないだろう。大体「息女」なんて見れば、誰のことを指すのか、貴族界の人間なら誰もが分かるはず。俺の中でエレーヌは「ポ息女」だとインプットされてしまった。


 一方、トラニアス伝信結社が出す月刊誌『蝦蟇がま口財布』も二人の婚約破棄話を掲載し、「傷心のアンドリュース侯爵令嬢、サルジニア公国への留学を御決断」との表題を付けて、『学園親睦会』の模様を詳細に伝えた。その記事にはカテリーナがサルジニア公国への留学を決断する過程が、まるで本人に聞いたのかと思うぐらい、詳しく書かれている。


 もしかすると誰かを介してカテリーナが流したものなのかもしれない。だからカテリーナは出発を急いだ可能性もある。しかしこの記事を読んだ女の人は皆カテリーナに同情し、モーリスを指弾するのは間違いないだろう。文字通りモーリスは女の敵になってしまったのである。そしてこのようなネタを『週刊トラニアス』が見逃す筈がない。


 『小箱の放置』と『蝦蟇口財布』が発行された三日後、『週刊トラニアス』もこの一件を大きく取り上げた。「留学に旅立つ侯爵令嬢に更なる仕打ち」という刺激的なタイトルを付け、紙面を大きく割いたのである。その内容は事件後、ウェストウィック公爵家がアンドリュース侯爵家へ送ったとされる、婚約破棄の文書についてのもの。


 記事では「ある消息筋」の話によると、と前置きした上で「侯爵令嬢が不貞を働いていたことを事由として婚約破棄を通告したとの話も洩れ伝わっている」などと書かれていた。これがアンドリュース侯爵家に対し、ウェストウィック公爵家が出した、婚約破棄の通告文の内容である事は間違いない。しかし酷い通告文だよな、これ。


 不貞を働いているのは婚約者がいながら「息女」との仲を深め、カテリーナに対して婚約破棄を告げたモーリスなのに、それを理由としているのは明らかな濡れ衣。おそらくはバツの悪いモーリスが、家に帰って真逆の事を説明したのだろう。そしてモーリスの話を鵜呑みにしたウェストウィック公が、アンドリュース侯爵家へ送ってしまった。


 『学園親睦会』で起こった顛末が『小箱の放置』と『蝦蟇口財布』の二誌に続き、発行部数最大の『週刊トラニアス』でも載ったことで、話が広く世に知られる事となった。俺が予想している通りであるならば、デタラメな事を家に言ってしまったモーリスはどうなってしまうのだろうか? 今後のウェストウィック公の振る舞いを含めて見ものである。

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