440 旅立ち

 ドーベルウィン伯から求められた『常在戦場』隊士の近衛騎士団への移籍話。これまで幾度となく人員の縮減を強いられてきた近衛騎士団の補強を行おうにも、新規募兵では即時増強とは言い難い。そこで、一定鍛錬が行われている『常在戦場』の隊士を受け入れたいと求められたのを俺が容認し、団長のグレックナーも了承したのである。


 こうして『常在戦場』の隊士が近衛騎士団に移籍する話は纏まったのだが、俺はその代わりとして、近衛騎士団に所属する宮廷騎士ガーベル卿の長男で、リディアの兄スタン・ガーベルを第一王子ウィリアム殿下の元に配属するように求めた。これに祝賀会の主催者スピアリット子爵が激しく反応した。


「大体で殿下に近衛騎士団の者なぞを送れば・・・・・」


「分かった」


「ドレット!」


 ドーベルウィン伯の返事に、スピアリット子爵が伯爵のファーストネームを叫んだ。ドーベルウィン伯の了とする判断について、それでいいのかと危惧しているのだ。学園時代からの同級生であるという二人。スピアリット子爵が親友であるドーベルウィン伯を心配し、俺にあれこれ言ってきているのがよく分かる。


「アルフォード殿の要望、しかと承った」


「あ、兄上!」


 第四近衛騎士団長で、ドーベルウィン伯の実弟でもあるレアクレーナ卿も声を上げた。レアクレーナ卿の同僚でもあるドーベルウィン伯の義兄スクロード男爵とシュレーダー男爵が、お互いの顔を見合わせている。明らかに戸惑っている感じであったが、ドーベルウィン伯はそれらを意に介さずに話を続けた。


「我が方の要望を聞いてもらっているのに、相手側の要望を聞かぬ事なぞできまい。アルフォード殿、スタン・ガーベルをウィリアム殿下の御身辺に配そう」


「閣下、失礼ながら申し上げます。近衛騎士団の者をウィリアム王子殿下の元に出仕させるのは、統帥府が意思を表明する・・・・・」


「他意はない!」


 強い口調でドーベルウィン伯がその言葉を遮った。軍監閣下は、参謀であるアラン卿の諌めをドーベルウィン伯は払い除けたのである。不穏な情勢の中、要人警護の強化も統帥府の務めであるとの認識を示した上で、ウィリアム殿下の警護をスタン・カーベルに行わせるという意思を表明したのだ。


「現在、殿下の御身辺には唯一人、ガーベル卿のみが侍られておる。紛擾ふんじょうが発生する情勢下、これでは万が一の事態が発生した際、ガーベル卿お一人では心許ない。故に統帥府は万全を期すためにスタン・ガーベルを配する。そうであろう」


 ドーベルウィンは近衛騎士団の面々に向かって事由を述べると、スピアリット子爵に声をかけた。


「どうだ、剣術師範殿」


「軍監閣下の申されること、何の異論があろうか」


 親友を役職で呼んだスピアリット子爵は、先程までの鋭い剣先を引っ込めた。いつものスピアリット子爵に戻っているのを見ると、ドーベルウィン伯の判断を支持することを決めたと思われる。近衛騎士団の面々達からも意見が出なかったので、スタン・ガーベルのウィリアム王子付きへの出仕という話は事実上、決まったと考えてよいだろう。


 『常在戦場』からの移籍話については、その後の協議の中、第一陣として五十名規模で行われる事が決まった。これは現在王都に駐在している十個警備隊から、各五人を選抜すれば良いのではないかという、俺の提案によるもの。キリのいい数字にされてはと話すと、ドーベルウィン伯が笑いながら同意してくれたのである。


 これには受け入れ側である近衛騎士団の方からも支持が得られた。というのも人員が削減された近衛騎士団の中に多くの人員が一気に入ってきても、すぐには馴染めないのではないのかという危惧が、スクロード男爵ら団長らの中にあったからである。第一弾の受け入れが完了してから、第二弾について協議する事で話は纏まった。


「お前、いつもこんな話をしていたのか・・・・・」


 話し合いが終わった後、上座にいたカインが俺に話しかけてきた。いやいやいや、それは違うから。たまたまだよ、たまたまの話。俺は疑念を払拭する為、カインに「成り行き」だと説明し、こんな事が毎度あったら体が持たない、子供が大人相手に話が出来る訳がないと断言した。


「・・・・・それにしては、居並ぶ方々を相手に手慣れたように見えたけど」


 何を言っているんだ、カイン! 俺達のやり取りを聞いていた皆が笑い始めた。しかしどうして君等が笑うのだ! 事実上、この中で俺が最年長者なのだから、手慣れているのはある意味当然のこと。しかしここの世界では十六歳なんだから、その設定に合わせて自重しているのだぞ。スピアリット子爵が面白そうな顔をして、息子に語りかける。


「カイン。その通りだ。我々とアルフォード殿は、いつもこのような話をしておるのだ。なぁ、ドレッド」


「あ、ああっ」


 こらこら、何を言っているのだ。皆からドッと笑いが起こった。するとグレックナーなフレミング、ディーキンまでもがあれこれ話し始めたので、話題の中心がいつの間にか俺になってしまったのである。この話題には、あまり関わりのない筈である近衛騎士団の面々も加わって、何故か大盛り上がりをしてしまい、思わぬ形で祝賀会はお開きとなった。


 ――学園は春休みだというのに、俺とアーサーはロタスティで昼食を食べていた。俺はシーフードピラフ、アーサーは相変わらずの大切りステーキ。いつもと変わらずモグモグ食べている。違うのは、春休みだから周りに生徒がいないこと。しかしアーサーは気にする素振りも見せず、パクパクとステーキ肉を平らげる。


「いやぁ、ロタスティで食べるのが、一番気を使わないで済む」


 何でも今は伯爵夫人も王都の屋敷にいる為、色々と口うるさいらしい。現実世界で言えば高校生、そりゃ親が鬱陶しいわな。学園で寮生活を満喫していたアーサーにとって、本来ならば所領にいた筈の夫人が王都の屋敷にいるのが想定外だったのだろう。話によれば「弟や妹の模範たれ!」などと母から言われて参っているらしい。


「お前はいいよな。好き勝手に学園に残って」


「俺は最初からそうするつもりで家を出たからな」


 まぁ、俺が四十八歳のおっさんだからそう出来ているのであって、実年齢十六歳のアーサーが同じことなんて先ず無理だ。アーサーがザルツとリサについて聞いてきたので、ザルツがモンセルに帰った事やリサが貴族家に訪問している事など、アルフォードの面々の動きについて話した。


「ウチもリサさんに相当助けられたからな。他所の貴族家が求めない訳がないよな」


 リサの事をアーサーが高く評価した。ボルトン一門の帳簿を全て見て、各家の財政立て直し策を献じたリサに対する信頼感は絶対的なものだった。話は変わるが、春休み中なのにどうしてアーサーが学園にいるのか? サルジニア公国に留学するアンドリュース侯爵令嬢カテリーナが旅立つのを見送る、学園長代行のボルトン伯に同行してきたからである。


 実は今日、カテリーナは学園の馬車溜まりからサルジニア公国に向けて出発した。屋敷にいたカテリーナがわざわざ学園から出たのかというと、留学する生徒が学園から出発するというしきたり・・・・があったからである。どうしてそんな謎儀式があるのかはよく分からない。分からないが、そういうものだと考えないと仕方がないだろう。


 当然ながら俺はカテリーナを見送った。未だ学園にいるディールとクラートも見送りに参加したのは言うまでもない。学園側からは学園長代行のボルトン伯を初め、事務局長ベロスニカ、事務局処長ラジェスタなどといった学園の事務方。教官指導主事のアラベスクや白騎士ド・ゴーモン、魔法術師ヒーラーモールスなどの教官陣が見送りに立ち会った。


 学園の教官は俺達とオルスワードら教官陣との決闘後、三分の一が入れ替わった。教官指導主事だったル・ファールも責任を取る形で辞表を提出し、その代わりとしてアラベスクが任じられた。今日は顔を出していないが、色なし剣士のブランシャール教官は、新設された教官指導副主事の一人となっている。


 この教官指導副主事には三人が任命されており、それぞれ教育、魔法、剣技の責任者として主事を支える指導体制。ボルトン伯は教官入れ替えと同時に、体制をも変えてしまった訳で、騒動を利用して学園を完全掌握した形となった。全く食えない親父である。アーサーはその父によって、カテリーナの見送りの為、何故か屋敷から連れてこられたのだ。


 出発するカテリーナの話によると昨日家を出て学園に戻ってきたそうで、その時に家族と別れの挨拶を済ませたそうだ。晴れやかに話すカテリーナからは、留学に対する強い意志が感じられた。アンドリュース侯爵家からは家宰ブロンテット男爵の他に陪臣マステナヴィッツ子爵、同じくパンズト=ディレーネ子爵が見送りに来ていた。


 サルジニアに向かう馬車は三台。カテリーナが乗り込む馬車に男従者シュラーと女従者シエーナが同乗し、護衛を行う衛士八名が二台の馬車に分乗。カテリーナ達を載せた馬車の前後を走るという、ノルト=クラウディス公爵家と同じような配列である。これはカテリーナを警護するアンドリュース侯爵家の衛士が、国境までしか同行できないからである。


 これは国境線に張られている結界が、武装した人間の越境を許さないからである。話を聞く限りいかに高位の者、王族であろうともこの結界を破る事はできない筈なので、第一王子ウィリアム殿下もエルザ王女もカテリーナと同じく警備は国境までだったのだろう。俺はカテリーナとの別れ際、一通の封書を渡した。


「これはなんじゃ?」


 聞いてきたカテリーナに俺は、サルジニア公国の首府ジニアにあるアルフォード商会の出先、ジニア=アルフォード商会の責任者アールメルト・ロブソンへの紹介文だと説明した。カテリーナ留学の話は既にロブソンの方に封書で伝えている事を話すと、カテリーナは嬉しそうに微笑んだ。


「何から何まで世話をかけるな。礼を申すぞ」


 文言こそ男言葉だが、極めて女性らしいイントネーションで話したカテリーナは、封書を握りしめたまま馬車に乗り込む。カテリーナをサルジニア公国に送るアンドリュース侯爵家の車列が動き出した。こうしてカテリーナは慌ただしくサルジニア公国へと旅立ったのである。

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