439 殻を破る

剣聖スピアリット子爵が、親友であるドーベルウィン伯の軍監就任を祝う祝賀会を開き、俺や『常在戦場』の団長グレックナーを始めとする幹部らが招かれた。本日の主賓ドーベルウィン伯がその席上、縮減を続けた近衛騎士団が人員を増員するという方針について言及すると、俺達の方に身体を向けて話し始めたのである。


「そこでだ。近衛騎士団の団員を『常在戦場』の隊士らから抜擢したいと考えておる」


「えっ!」「な!」「おっ!」


 いきなりの提案にグレックナーもフレミングもディーキンも一様に驚いている。かくいう俺も同じだ。近衛騎士団の人員増を『常在戦場』の隊士で賄おうとは、思ってもみなかった。戸惑いから顔を見合わせている『常在戦場』の三幹部。無理もない。いきなりお前のところの隊士をよこせ、と言われているようなもの。戸惑わない方がおかしい。


「つまり近衛騎士団からの出向者をお戻しになると」


「いや。彼らの意思は尊重したい。そうではなく、近衛騎士団の団員になりたいという『常在戦場』の隊士を受け入れたいのだ」


「なんと!」


 元上官からの言葉にグレックナーは絶句した。おそらくはグレックナーの想定したものとは違った答えが返ってきたからであろう。現在、十人以上いる近衛騎士団からの出向者や退団者。その者達の復帰を求めているのではなく、『常在戦場』の隊士全体から近衛騎士団の団員になりたいという希望者を募りたいというのだ。


「勝手な事を申しているのは重々承知の上。だが、今近衛騎士団が求めておるのは即戦力。一定の訓練が成されておる『常在戦場』の隊士ほどの即戦力はない」


 ドーベルウィン伯は団員の募集を行う予定だが、新人が戦力になるには相応の時間がかかるだろう。それ故『常在戦場』の隊士を採用して、早急に近衛騎士団を強化したいという方針を説明した。この話を向かいに座っている近衛騎士団の団長連は、皆驚いているようだ。唯一、参謀のアラン卿のみが平静を保っている。


 おそらくはこの会。この話をするために企画されたものなのだろう。腕組みをして目を瞑っている祝賀会の主宰者、スピアリット子爵の姿を見てそう確信した。これは俺の予測だが、軍監であるドーベルウィン伯とスピアリット子爵、そして参謀のアラン卿のみが知る案なのだろう。近衛騎士団長達はおそらく知らない。俺はドーベルウィン伯に訊ねた。


「失礼ですが、如何程の人数をお考えで?」


「六十人から八十人を想定している」


 ドーベルウィン伯そう答える。どうやらこれまで減らされた定員を元に戻そうと考えているようだ。おそらくは喫緊の問題である暴動対策の為、すぐに人員を確保したいのであろう。横をチラ見すると、グレックナーが困った表情を浮かべている。その隣にいるフレミングやディーキンも同様だ。どうやら三人では返答が難しいようである。


「グレックナー。確かこの前、一個警備隊を編成中だとか言ってたよなぁ」


「ええ、そうですが・・・・・」


 営舎で編成中であるという、土星の衛星パンという名が与えられた十七番警備隊。俺がその進捗状況を尋ねると、概ね編成が終わっているらしい。


「この際、パンの編成を先送りにして、近衛騎士団の入団希望者を募ってはどうか」


「おカシラ!」


 俺の提案にフレミングが叫んだ。俺は構わず話を続ける。


「フレミングよ。『常在戦場』は、お前の古巣である近衛騎士団から退団者や出向者を受け入れたことで、しっかりと整備が成された。今度は『常在戦場』の希望者が同じように近衛騎士団に入り、伝統ある近衛騎士団を盛り立てていけるようにすべきじゃないのか」


「・・・・・おカシラ」


 フレミングは沈黙した。フレミングからすれば手塩にかけて育てた隊士を取られるかのような感覚になったのだろう。だが一方で『常在戦場』が急速に整備できたのは、近衛騎士団の存在と協力のおかげ。そこを忘れてはいけない。


 それに『常在戦場』の出身者が近衛騎士団で重きを成せば、話が全く変わってくる。そうなってくると近衛騎士団の強化は、結果として『常在戦場』の立場を強める事になるのだ。


「近衛騎士団がその役割をしっかりと果たすためには、古い衣を脱ぎ捨てる必要がある」


「最早従来の貴族主義では騎士団も成り立ちますまい」


 ドーベルウィン伯の決意に、義兄スクロード男爵が応じた。共に貴族将校であり、義兄弟でもある二人から発せられた言葉に、グレックナーやフレミングが戸惑っている。おそらくは、思わぬ話だったのだろう。そこに割って入る形で、シュレーダー男爵が言った。


「我らが殻を破らなければ、伝統とやらも護ることが出来ぬと」


「これまで我が近衛騎士団は、団員の定数を減らされ続けた。伝統や名誉で団を守ることが出来なかったのだ。多くの隊士が集い、急速に伸びる『常在戦場』を見れば、その優劣は明らか」


 ドーベルウィン伯の実弟レアクレーナ卿は、爵位を持つ二人の団長に比べて更に踏み込んだ。それほど近衛騎士団が追い詰められていたという証左である。彼らの中で、ドーベルウィン伯の大胆な提案を拒絶するという選択を取るものはいないようだ。スクロード男爵がグレックナーに話す。


「グレックナーよ。勝手な願いだが、軍監閣下の提案、受けてはもらえぬだろうか」


「閣下・・・・・」


 スクロード男爵の言葉に戸惑うグレックナー。シュレーダー男爵もスクロード男爵に続く。


「私の方からも是非お願いしたい」


「『常在戦場』の協力を頂きたい。兄上に代わりお願い申す」


 レアクレーナ卿も頭を下げたことで、今日の祝賀会に出席した三人の近衛騎士団長全員が、ドーベルウィン伯の提案した「『常在戦場』の隊士を近衛騎士団員に抜擢する」という案を支持した形となった。俺は改めて『常在戦場』の三幹部に問う。


「どうだ。近衛騎士団長のお歴々がたっての希望。ここは我々『常在戦場』も一肌脱ごうじゃないか」


「おカシラ・・・・・」


「どうだ、フレミング!」


 戸惑っているグレックナーではなく、敢えてフレミングに振った。


「・・・・・団長。ここはおカシラの言うように・・・・・」


「・・・・・そうだな」


 フレミングに促されたグレックナーが、一呼吸置いて同意した。おそらくは同意して良いものかを考えたのだろう。責任ある立場にあるグレックナーが、軽々に了解することができないのはよく理解できる。


 しかし『常在戦場』は、近衛騎士団との提携と宰相府の後ろ盾あっての『常在戦場』。ノルデン最大の武装集団となった『常在戦場』が、国家権力から潰されないようにする為には、受け入れられるものは受け入れていく他に道はない。


「グレックナー」


 俺が促すと、グレックナーは隊士の中から団員候補の選抜を依頼してきたドーベルウィン伯に身体を向けた。


「軍監閣下のお申し出。我ら『常在戦場』、御協力致す所存」


「グレックナー!」


 ドーベルウィン伯が身を乗り出す。


「グレックナー。我が方を身勝手な要望、よくぞ受けてくれた。無理を承知での頼み。受けてくれて礼を申すぞ!」


「閣下!」


 かつての上司と部下であるドーベルウィン伯とグレックナー。それが今、方や軍監という近衛騎士団を指揮する立場。方や『常在戦場』という最大の在野集団の団長。この二人の協力体制ある限り『常在戦場』は盤石だろう。その協力体制を維持する為には、『常在戦場』の隊士の移籍に応ずるのは必然であると言える。


「これからは非常時に即応できる体制作りが急務だ。『常在戦場』の献身的な協力を得て構築する。諸君、それを忘れてはならぬ」


 ドーベルウィン伯は三人の近衛騎士団長に向けて、そのように述べた。軍監閣下の言葉に近衛騎士団長である義兄スクロード男爵も、シュレーダー男爵も、実弟レアクレーナ卿も顔を引き締めている。責任者として仕事を果たせて安堵したのか、晴れやかな表情のドーベルウィン伯。そのドーベルウィン伯に、俺は頼み事をすることにした。


「閣下。一つお願いがあるのですが・・・・・」


「おお、アルフォード殿。どのような」


 気分が高揚しているのか、ドーベルウィン伯が軽やかに聞いてきた。謹厳実直なドーベルウィン伯が、そんな返しをしてくるのは珍しい。これがスピアリット子爵ならばジョーク混じりに答えてくるのだが、それだけドーベルウィン伯の緊張がほぐれたのであろう。


「現在、近衛騎士団に配属されておりますスタン・ガーベル殿をウィリアム殿下付きに配属願いたいのですが」


「な!」


 俺の願いにドーベルウィン伯が絶句した。近衛騎士団の団長達がお互い顔を見合わせている。いつもなら興味深そうに話を覗き見ている感じのスピアリット子爵が、珍しく真剣な表情で俺を見てきた。そのスピアリット子爵が聞いてくる。


「アルフォード殿。それは何を意味するところかご存知か?」


「現在、ウィリアム殿下の元でお付きになっておられますガーベル卿の子息を配属願いたいと申しております」


「どうしてなのだ?」


「ガーベル卿の子息スタン・ガーベルが学園時代、従者のおられぬウィリアム殿下の元でお務めを果たされていたと耳に致しまして」


 俺はリディアの事を話した。スタンの妹リディアと同級生であるよしみから、ガーベル一家と知り合い。その辺りの事情を知ったと説明する。御苑に赴き、お忍びで殿下と会見したなどとは言えないので、そう話したのである。だがスピアリット子爵の追及は止まらない。なので俺は留学中のエルザ王女に付き従った、リディアの姉の事までを持ち出す。


「リディアの姉ロザリーはエルザ殿下に従い、サルジニア公国へ留学されていたとのこと。従者はやはり主の元で仕えるべきだろうと思い、スタン殿の配属をお願いしたいと思いました」


「それだけではあるまい!」


 スピアリット子爵が俺の話に語気を強めた。さすが剣聖と言われるだけの事はある。閣下が激昂するのを初めて見たが、俺を圧迫するオーラが半端ない。


「それ以上もそれ以下もございません!」


「いや、殿下の元に近衛騎士団の者の配備するのは、それ以上か、それ以下の行為! そうではないのか!」


 剣聖閣下が矢継ぎ早に捲し立ててくる。カインの方を見ると顔を蒼白とさせているので、どうやらこのモードのスピアリット子爵はヤバいようだ。しかし、こちら側は近衛騎士団に『常在戦場』の隊士を多人数渡す事を容認している。隊士五十人とスタン・ガーベル一人の交換というのなら、安い買い物ではないか。俺はそう思った。

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