438 祝賀会
統帥府軍監に任命されたドーベルウィン伯。その就任を祝おうと『常在戦場』の団長グレックナーを通じて、スピアリット子爵邸に招待を受けた。伯爵の親友、剣聖閣下が主催して軍監就任を祝おうというのである。俺を迎えに来た馬車には団長のグレックナー、警備団長フレミング、そして事務総長のディーキンという、いつもの「三役」が座っていた。
「スピアリット子爵はドーベルウィン伯に度々迫っていたからな」
車上、どうしてスピアリット子爵が祝賀会を行うのかという話となったので、俺はそう話した。ドーベルウィン伯とスピアリット子爵は共に学園で客員指南を務めており、集団盾術や『オリハルコンの大盾』の件で話し合う事が多かった俺と比べ、『常在戦場』の面々はそこまでスピアリット子爵と接点がなかったのだな。
「私も剣聖閣下とは関わりもなかったもので」
グレックナーは言う。確かにグレックナーはドーベルウィン伯らや近衛騎士団の面々と会合を行った際に顔を合わせるのみで、スピアリット子爵とサシで話しているところは見ていない。実際、今回の招待はドーベルウィン伯の義兄、第二近衛騎士団長スクロード男爵を通じてのものらしく、この馬車も男爵が手配したそうである。
スピアリット子爵邸に到着すると、カインの出迎えを受けたので、一瞬ギョッとした。よく考えたらカインはスピアリット子爵家の嫡嗣。出迎えをするのに、なんの違和感も無かったのだな。春休みで実家に帰っているのだから、客人を出迎える役回りをするのも当然だろう。
剣豪騎士カインを見たのは『学園親睦会』のとき、正嫡殿下に従い、正嫡従者フリックと共にモーリスとカテリーナの間を割って入って以来である。あの時のカインは水戸黄門の助さんのポジだった。格さんはもちろんフリックである。カインは俺達に「よく来てくれた」と声を掛けてくれると、屋敷内へと案内してくれた。
「本日はドーベルウィン伯爵閣下の統帥府軍監就任に当たり、祝いを行いたいと思いまして催しますこの
上機嫌に挨拶するスピアリット子爵。剣聖閣下の志が成就したからであろう。が、剣聖閣下が主催する祝宴という割には、出席者が俺達四人と近衛騎士団の団長三人と参謀、そして何故か嫡嗣カインの合わせて八人。会としては非常に小ぢんまりした会であった。上座に座るドーベルウィン伯を中央にして、その左側に陣取っており、右側にはカインが座している。
上座から見て左側の机には上手から順に、第二近衛騎士団長スクロード男爵、第三近衛騎士団団長シュレーダー男爵、第四近衛騎士団団長レアクレーナ卿、そして前の第二近衛騎士団副団長で、ドーベルウィン伯の軍監就任に合わせ、新たに参謀という職に任じられたというヴァイナール・モアーイ・アラン卿が着座。
アラン卿とは以前、統帥府で会ったことがある。そのアラン卿、かつてドーベルウィン伯の元で騎士監を務めていたとの事で、気心の知れた人物を補佐においたのであろう。腹心というやつか。またドーベルウィン伯の義兄スクロード男爵、実弟のレアクレーナ卿とは何度も顔を合わせているが、第三近衛騎士団長のシュレーダー男爵とは初対面である。
シュレーダー男爵は俺が想像していた人物と違い、世代的にはドーベルウィン伯よりも上、宰相閣下やボルトン伯、宮廷騎士のガーベル卿と歳が近そうな白髪中年の人物であった。その近衛騎士団の団長と向かい合わせの机に俺、グレックナー、フレミング、ディーキンの順で座る。上手なので居心地が悪いが、案内されたのがここなのだから仕方がない。
スピアリット子爵曰く「内輪の祝賀会」ということで、このような規模になったのであろう。まぁ、血気盛んな近衛騎士団の『青年将校』達に怪気炎を上げられても困るわな。第一、熱くた過ぎる。しかしそれにしても、この場に第一近衛騎士団長の姿がないというのは、それだけドーベルウィン伯や他の近衛騎士団との溝は大きいということだろう。
宴の方はといえば、乾杯の音頭をなんとカインが取ったというサプライズを除けば大きな波乱もなく、小規模だったこともあって和やかな雰囲気で行われた。カインに聞くと「まさかこんな会に自分も参加することになるなんて」と感じていたようだが、俺がいることもあって少しずつ場の空気に馴染んだようである。
会の話題が軍監就任の経緯に及ぶと、ドーベルウィン伯とスピアリット子爵の話に皆が耳を傾けた。ドーベルウィン伯が宮中に参内し、内大臣トーレンス候に「ラトアンの
これにトーレンス候も合わせて奏上、国王フリッツ三世はその場で裁可を下したというのである。スピアリット子爵が言うには、以前よりトーレンス候へドーベルウィン伯の登用を具申してきたのだが、まさか宰相閣下までが動くとは思ってもみなかったらしい。つまりトーレンス侯から宰相閣下へ働きかけが行われたのであろう。
「いずれにせよ、ドレットが軍監に就任したのは幸いだ。皆も異論はあるまい」
高揚した表情で言う剣聖スピアリット子爵。その言葉に近衛騎士団の面々は頷いた。この場で第一近衛騎士団長がいませんね? などという無神経な事は言えないよな。そんなことを思っていると、スクロード男爵の方から『常在戦場』の現状体制に対する質問を受けた。詳しいことは俺では分からないので、グレックナーが答えてくれた。
「『常在戦場』はしっかりと整備がなされておるようですな。聞きしに勝る話だ」
グレックナーの説明を聞いたシュレーダー男爵は嘆息混じりにそう言った。おそらくは近衛騎士団の有様と比べての言葉なのだろう。
「現在、王都の三ヶ所に合わせて十の隊を配属。ムファスタに三つ、モンセルとセシメルに各一隊が配備されております」
「ムファスタに厚いな」
ドーベルウィン伯の実弟レアクレーナ卿が、グレックナーの補足を聞いて感想を述べた。
「確かに」
「そうだな」
その言葉に参謀のアラン卿や義兄であるスクロード男爵が続く。
「レジドルナに不穏な動きがありまして、その抑えとして配備しておるのです」
「レジドルナ!」
意外過ぎるキーワードだったのだろう。俺の言葉に近衛騎士団の面々だけではなく、ドーベルウィン伯やスピアリット子爵までも驚いている。
「どうしてレジドルナが・・・・・」
シュレーダー男爵が呟いたので、俺は事情を説明した。レジドルナを本拠とするトゥーリッド商会がレジドルナの冒険者ギルドを抱き込んで、ムファスタの冒険者ギルドに手を出していたこと。レジドルナの商人ギルドが、トゥーリッド商会を中心とする川を挟んで北岸のレジ側と、南岸の街ドルナ側に事実上分裂状態にあること等を話した。
「まさかレジドルナで!」
「アルフォード殿。それで現在の状況は?」
レアクレーナ卿の声を遮るようにドーベルウィン伯が聞いてきた。俺はトゥーリッドの意を汲むレジ側の商人が小麦を売っているドルナ側の商人に対し、小麦を売らぬように圧力をかけた事から、両者の対立が深刻になった事情を話す。すると『常在戦場』の面々以外、皆顔を見合わせた。おそらくは、全く予想外の話だったのだろう。
「しかし、そのトゥーリッド商会。それ程の実力があるというのか」
「ノルデン三位の実力を持つ商会ですから」
ドーベルウィン伯の義兄スクロード男爵の問いに俺は答えた。「アルフォード商会は?」というスピアリット子爵に対しては「我が商会は第五位でございますから」と言うと、「いやいや、済まなかった」と気不味そうに返してきたので、剣聖閣下は聞いてはいけないことを聞いてしまったと思ったようである。事実なので気にする必要はないのだが。
「我がアルフォード商会は、そもそもモンセルという地方都市の商会。それが王都ギルドへの加入が認められ、五指の中に入ることが出来ただけでも光栄なこと」
「話を聞くに、トゥーリッド商会もアルフォード商会と同じような成り立ちではないのか?」
「似ております。ただ、トゥーリッド商会が本拠を置くレジドルナと、アルフォード商会が本拠を置くモンセルでは街の規模がまるで違います」
「その差が三位と五位の差であると」
「そのようになります」
俺はシュレーダー男爵の言葉に頷いた。表情を見るに、シュレーダー男爵の方も俺の話に納得できたようだ。スピアリット子爵が聞いてくる。
「レジドルナに直接『常在戦場』の警備隊が置けぬ故、ムファスタに多くの団員を置いているというわけか」
「『常在戦場』の団員の少なからぬ者が冒険者ギルドの登録者。王都やムファスタ、モンセル、セシメルの冒険者ギルドは『常在戦場』に合流しましたので、各都市に『常在戦場』の警備隊がありますが、レジドルナの冒険者ギルドはトゥーリッド傘下。その為、警備隊のコアにはなり得ないのです」
「それほどトゥーリッドの力が強いということなのか・・・・・」
スクロード男爵は、己の胸に刻むかのように言う。トゥーリッドという一商会が直接、冒険者ギルドを押さえているということは、独自の実働部隊を持っているのと同じ事を意味する。そしてそのトゥーリッド商会の後ろには、ガリバーと称されるフェレット商会。そしてレジドルナ近隣に所領があるアウストラリス公がいるが、そこまでの話は言えない。
「今のノルデン王国には、不穏の萌芽がそこかしこにあると言うことだ」
上座の真ん中に座るドーベルウィン伯は、周りを見渡しながらそう話す。
「故に近衛騎士団は、これまで以上に重要な役割を担うことになる」
軍監の言葉に、近衛騎士団の面々の表情は引き締まった。ドーベルウィン伯は続ける。
「故に近衛騎士団はその役割を果たせるだけの人員を揃えなければならぬ。早急にだ」
どうやら軍監に就任したドーベルウィン伯は、これまで縮減一方だった近衛騎士団の人員を増やす方針であるようだ。これまで減らされ続けた中での軍監就任なのだから、増員は最重要課題と言っていいだろう。伯爵は俺達の方に身体を向けた。
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