433 軍監就任
「ドーベルウィン伯に大命下る」「『近衛の黒騎士』軍監に就任」「統帥府の双肩、伯爵閣下が担う」「近衛騎士団の再編必至」「伯爵閣下、王国の憂い絶つ決意」
『週刊トラニアス』に何とも
実は午前中、カテリーナの従者ニルス・シュラーがサルジニア王国に留学予定だった一学年上の生徒、アマル=フラース伯爵嫡嗣ビルケンドの留学辞退が正式に決まったという話を伝えてきた。その件について協議をする為、一緒に昼飯を食おうとディールに声をかけたのである。
その際、ディールが「大変だぞ!」と、『週刊トラニアス』を持ってきたことから、俺が知ることになったという次第。ディールが言うように、これは大変な事態である。先週、宮廷に呼ばれているとは言ってはいたが、まさか軍籍復帰。それも近衛騎士団の上に立つ役職である軍監に任命されるなんて、全く予想外の話にただただ驚くばかり。
ただ、実のところ「軍監」とか「大命」とか意味が分からなかったのだが、ディールが詳しく教えてくれた。軍監とは軍を統べる統帥府の責任者で、大命とは国王陛下直々の命令であると。今の日本じゃ、どちらもないから実感が湧かないよな。ディールはこれまでドーベルウィン伯が学園で指南をしていたが、あれはどうなるのだろうかと心配している。
「もちろん辞職だろう」
「だよな」
学園の大事と、国の大事だったら国の大事が優先されるのは当然の話。しかし突然の軍監就任とは・・・・・ もしかして剣聖スピアリット子爵が事を動かしたのだろうか? ちょっと前から不穏なことを言ってドーベルウィン伯をけしかけていたからな。ディールと俺は『週刊トラニアス』の記事を読み進めた。
・・・・・係る
記事を要約すると宰相閣下と内大臣が国王に推薦した事により、ドーベルウィン伯が軍監に就任したようだ。しかしドーベルウィン伯が近衛騎士団の上に立った事は大きい。今のノルデン王国で暴動に事当たりうる人物は、ドーベルウィン伯を除いていないからである。宰相閣下と内大臣は国王に最適任者を推薦したと言えるだろう。
「しかし、アンドリュース侯爵令嬢の件。決まったのか?」
「ああ。嫡嗣ビルケンドの留学辞退をアマル=フラース伯が承認したそうだ。侯爵令嬢は明日、屋敷に向かわれるそうだ」
「いよいよだな。ところで侯爵閣下はどのように申されておられるのか?」
「その話は出なかった。明日、出発前に令嬢との打ち合わせで確認しよう」
俺がそう答えると、何かディールが言いづらそうにしている。
「・・・・・実は・・・・・」
「ん?」
「・・・・・クラートも参加していいか?」
「クラート?」
「ああ。いや、一人じゃ・・・・・ ちょっとな」
どうやらアンドリュース侯爵邸に赴くのに、一人では不安なようだ。そこで学園に残っている従兄妹にも同行してもらおうと考えているようである。やはり一般の貴族子弟にとって、高位家を訪ねるというのはプレッシャーのようだ。
「クラートの了解はもらっているのか?」
「ああ、一応はもらっている」
「一応?」
聞くとディールはクラートから、「万が一、必要だったら」という条件付きで同行を了解してもらっているらしい。それではクラートに同行してもらう為には、必要な理由を考えなきゃいけないじゃないか! 俺はディールにその理由を考えるように迫った。ううん、と目を瞑って腕組みをするディール。唸っているだけじゃ妙案は浮かばないぞ。
「やっぱり浮かばない・・・・・」
ディールは早くも音を上げてしまった。しかし困ったもんだな。ディールが頼りになりそうもないとはいっても、俺一人で行く方がもっと不安だ。かといって、クラートを連れて行く案を捨てれば、ディールがヘタレてしまいかねない。結果、クラートを連れて行く方法を考えるしかないということ。俺はふと、一つ案が浮かんだので、早速話してみる。
「男女一組で同行しなくちゃいけない、というのはどうだ?」
「男女一組?」
「そうだ。公爵家や侯爵家の子弟は皆男女一組の従者が付くじゃないか。今回の侯爵令嬢の帰宅には男女一組の貴族家子弟の同行が必要だと」
「それだ! それだよ! それで行こう!」
ディールが俄然元気になってきた。反応を見るに、どうやらクラートを説得する材料にはなりそうである。クラートも同行することへの了解をカテリーナ側に取って欲しいと言われたので、俺は快諾した。貴族社会はいちいち事前了解を取らなきゃいけないんだよな。面倒くさい話だと思っていると、ディールが言った。
「これから一日、慌ただしくなるな」
何か仕事を全てやったような顔で言うディールを見て、噴き出しそうになってしまった。何もやっていないうちから、達成したような気分になるなんて幸せなヤツだな。そう思いながら、ディールと別れたのである。
――「一日、慌ただしくなる」。ロタスティでの別れ際にディールが話した予言は的中した。カテリーナの従者ニルス・シュラーとの打ち合わせが続いたからである。このシュラーという男、生気のない人形みたいなヤツで、話していてもリアクションのようなものがまるでない。同じ従者でもトーマスやフリックとは大違いだ。
シュラーと打ち合わせをしていると、まるで壁と話をしているかのような感覚に陥ったのだが、話し合っている内容については要点をしっかり押さえているので能力的に低いという訳ではなさそうだ。ただ感覚が、俗に言う人形やロボット並みにないという
俺とシュラーで学園長代行のボルトン伯の元に訪れ、カテリーナのサルジニア公国への留学に関する概要の説明を受けた。留学予定だったアマル=フラース伯爵嫡嗣ビンセンドの留学辞退が正式に決まり、代わってカテリーナが留学の意思を示していることから、後はアンドリュース侯の了解を得るのみであるとボルトン伯は話した。
それが一番の関門ではと思ったのだが、ボルトン伯とシュラーが醸し出す空気から、それを言うのは憚られる雰囲気だったので口に出すことが出来なかった。ボルトン伯からはアンドリュース侯に封書を送っているので大丈夫であろうと、いつものボルトン節で声をかけてくれたので、逆に不安になってしまったのは言うまでもない。
クラートの同行についてはすんなりと了承された。ディールと同じくアンドリュース侯爵家が属する派閥、アウストラリス派の貴族子弟であったことが要因であるようだ。ディールの方もクラートからの了解を取り付けたので、俺と共にカテリーナの帰宅に同行する事になった。これを受けてディールとクラートとの会合を持ったのである。
話をしていく中で分かったことなのだが、ディールはこのカテリーナへの同行を名分にして、屋敷に帰らぬようにしていた。だから役目、カテリーナの帰宅の同行が終われば、家に帰ってくるようにと封書で子爵夫人から言い含められていたのである。クラートも似たような状況で、だからカテリーナ帰宅の同行は渡りに船だったらしい。
「父上と母上が言い争っている所なんて見たくはないわ」
クラートは顔をプイとしながら言った。どうやらクラート家ではこれまで、そういった事があったようである。俺は親が喧嘩しているのを見たことがなかったし、結婚してから佳奈と
「だからこうなったら、帰らないでおこうと思うの」
ディール邸での慎ましやかな態度とは打って変わって、強気のクラート。そのことについてクラートに質すと、何故か急に照れだした。
「だって、叔母様は歯に衣着せないでしょ。私なんか蛇に睨まれたカエルみたいなものよ」
「シャルはカエルだったのか!」
「なによ、それ!」
ディールのツッコミに声を上げるクラート。要はクラートにとっては、子爵夫人がカミナリおばさんってことか。レティにとってのエルダース伯爵夫人のようなものだ。どうやら強気の貴族娘には、そういった振る舞いに目を光らせる
肝心の話し合いの方はといえば、貴族社会を知っているディールとクラートがそれぞれの役割を決め、皆がそれに基づいて立ち振る舞う事になった。すなわち、カテリーナに侍るお付き一がディール、お付き二がクラート、そしてその下に従う俺という立ち位置。具体的にはディールとクラートが話を受け、俺に振るという図式である。
アンドリュース侯爵邸に出発する前、カテリーナ達と改めて話し合いを持った。カテリーナから家についての話を色々聞いたのだが、一口で言うと「しきたりの多い家」らしい。本人からは嫌そうな素振りが見えなかったのだが、とにかくしきたりには煩いそうである。そして侯爵、カテリーナの父親の方は「頑固者」だという回答。
カテリーナは嫡嗣である兄と弟、妹二人の五人兄弟の二番目で長女との事であった。ゲームではクリスに次ぐ悪役令嬢ポジションだったのだが、家族描写は父親が役職に付いていなかったからか、クリスのそれよりずっと少なかったので貴重な情報である。また今回の婚約話に関しては、当初侯爵があまり乗り気でなかったという話を聞くことができた。
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