430 剣の腕前

 『園院対抗戦』で実質的な大将としての役割を担い、学園を勝利に導いた正嫡殿下アルフレッド。では、兄であるウィリアム殿下の方はどうだったのか?


「私の方は剣技がからっきしだったからな。剣聖閣下には、出来の悪い弟子を持たせてしまった」


 殿下が苦笑気味に話す。『園院対抗戦』における殿下は出場すら成らず、専らスタンの応援であったと自嘲する。それを受けてスタンは頭を下げて謝意を示した。


「殿下の熱心な応援で連続して本選出場を果たせました」


「五回連続だからな。中々出来るものではない」


 どうやらスタンの剣の腕前は相当なものであるようだ。俺がアルフレッド殿下とジャック・コルレッツとの本選最終戦に話が移ると、殿下の戦いぶりに皆が驚嘆した。封書に書かれていたもの以上だと、ウィリアム殿下が激賞している。


「アルフレッドの戦い方は素晴らしいものだったようだが、相手のジャック・コルレッツという者もかなりの使い手であるようだな」


 さすがはウィリアム殿下。実弟アルフレッド王子だけではなく、対戦相手だったジャックへも賛辞を送る。剣技の方はイマイチなのかもしれないが、その姿勢を見るに、人の上に立つ才覚を持っているのではないかと思う。ガーベル卿が口を開いた。


「確かアルフォード殿が連れてきた者でしたな。娘が申しておりました」


「その通りでございます。しかし、王都に来て半年であれほど伸ばすとは。才能があることは存じておりましたが、それ以上の出来で」


 リディアが家でジャックの話をしていたので少し驚いた。よくよく考えれば、フレディの父デビッドソン主教と俺の関わりが強くなった一件だったからな。リディアがこの話に絡めずに拗ねていたのを憶えている。俺はジャックの剣技について聞かれたので「相手を幻影させる剣」だと説明した。相手に半身ずらした位置に打ち込ませる剣だからである。


「当たらぬというのか・・・・・」


「はい。殿下も苦戦されておりました」


「そのような状態でどうして勝てたのだ?」


「戦いの最中、相手の攻撃を凌ぎつつチャンスを窺っていたところ、突然、相手の位置と打ち込みの位置が一致するようになったと、本選に出場した他の生徒にお話されておられた由」


「おおう! アルフレッドは剣の腕を更に上げたのだな。待って凌ぐ。言うのは簡単だが、待つのは難しい事だ。容易な事ではあるまい」


「仰せの通りでございます。剣を持てば攻めるが楽にござりますから」


 長兄スタンが殿下の言葉に同意する。剣は本来、攻撃をするための道具。攻めるが楽というのは、剣士属性であるスタンらしい言葉といえよう。


「何事も守るは難しでございます」


 ガーベル卿がしみじみと話した。確かにそうだ。守るというのは精神的な高揚感もなく消耗するのみ。そんな中で守り通さなければならないのだから、相当な精神力が必要なのである。


「ところで今の小麦の価格、異常に高くはないか。あれでは小麦が手に入れられぬ者、多数の状況ではないかと思う。アルフォードよ。いくら凶作とはいえ、諸外国から輸入までしておるのに、どうして小麦価が下がらぬのか?」


 ウィリアム殿下が話題を変えてきた。呼ばれた時点で何かあるとは思っていたが、本題はやはり小麦のことか。殿下は小麦の輸入を増やしているのに、何故小麦価が上がるのかが理解できないと話した。平価の二十倍や三十倍となってしまっては、小麦を買うのも一苦労なのではないかと、ウィリアム殿下は真剣に話す。


「小麦相場に投機資金が流れておるからです」


「投機資金?」


「小麦を使うために買うのではなく、利ざやを稼ぐために売買を繰り返す資金です」


「!!!!!」


 俺の話を聞いたウィリアム殿下は首を左右に振ってガーベル卿とスタンを見た。だが、二人共言葉の意味が分からないらしく、首を横に振っている。殿下は改めて俺に話を聞いてきた。


「その資金を使って、どのように小麦で稼ぐと言うのだ?」


「小麦を一〇〇〇ラントで購入し相場値が一五〇〇ラントになったところで売ると、元の資金一〇〇〇ラントに加え五〇〇ラントの利益を得ることになります。こうした売買を繰り替えす事で、相場値を引き上げて利益を得ていくのです」


「うぬぬぬ。食料品である小麦で、そのようにして利益を得る者がおるのか。それを百倍、千倍、万倍とすれば莫大な利益となろう」


 ウィリアム殿下は眉をひそめながら言った。おそらくは小麦という現物を使ってカネを稼ぐという、その手法がお気に召さないのだろう。だが飲み込みの速さは相変わらず。概要を話しただけで、すぐに理解が出来たようである。


「しかしどのようにして、その相場値を上げるのか」


「買い上がりという方法を用いて上げております」


「買い上がりとは・・・・・」


 出回っている小麦を高値で片っ端から買い続ける事によって、値を上げているのだとその手法を説明した。話していく中で、ウィリアム殿下やガーベル卿の顔が険しくなっていくのが分かる。途中、ウィリアム殿下が我慢ならなくなったのか、言葉を発した。


「皆が暮らす上で無くてはならぬ小麦を己が利益を得ないが為に買い占めにかかるとは、一体どのような所存か!」


 俺の話を遮ったウィリアム殿下は声を荒らげた。おそらくは話を聞く中で、主食である小麦を投機の対象として値を釣り上げていくその手法が、聞くに堪えないものだったからだろう。殿下の真面目な性格がよく分かる。だが、この辺りの感覚は、俺たち商人達とは全く違う。ドライな感覚の商人に対し、統治について学んでいるウィリアム殿下は、もっとウェットである。


「殿下。殿下のお怒り、よく分かりますが、先ずは事情を知ることが肝要かと思われます」


 ガーベル卿がウィリアム殿下を諌めた。その言葉を聞いたウィリアム殿下は受け入れたのだろう、何度か頷く。「爺や」のポジションであるガーベルの助言は、宮廷に味方が皆無のウィリアム殿下にとって非常に大きなものだというのがよく分かる。その殿下が俺に尋ねてきた。


「難しいとは思うが、小麦価を下げさせる手はないものなのか?」


「残念ながらございません。先日行われました三者協議で小麦の輸入量を増やす協定が結ばれ、これを受けて大量の小麦が売りに出されたことで、半値以下に下がりました小麦ですが、現在は値を戻すどころかそれ以上の価格になっております」


 一時、最高値二二〇〇ラントの半値を割って九〇〇ラント以下にまで暴落した小麦だったが、現在はその最高値を抜いて二四〇〇ラントに達している。つまり自由市場である以上、カネに糸目を付けない買い手が多い市場で、小麦価を一方的に下げさせることなど無理な話なのだ。


「では、ある一定の額。例えば一〇〇〇ラント以上で売ってはならぬと通達を出したとしたらどうなのだ」


「小麦を持っている者が「持っていない」と言って、市場に小麦を出さなければどうなるのでしょうか?」


「・・・・・」


 殿下は絶句した。俺が言わんがする意図を理解できたようである。売る人と買う人がいて、初めて取引が成立する。小麦が買う人がいても、売る人がいなくなれば取引そのものが行えなくなるのだ。いくら強権を行使しようとも、面従腹背をされては話が成立しない。俺と殿下が話していると、「爺や」であるガーベル卿が話を振ってくる。


「ところでアルフォード殿、その買い上がりというものを行っておるのは商人か?」


「もちろん商人も加勢しておると思われますが、それだけではございません」


 確かにカネを持つ商人も買い上がりに加わっているのは事実。また商人以外にも、カネを持つ上級平民達もこの買い上がりに参加していると思われる。だが、今回の小麦の買い上がりはその者達が主役ではない。だからガーベル卿の読みについて否定もしなかったが、積極的に肯定もしなかった。


「では誰が買い上がりを行っておるというのか?」


 ウィリアム殿下からの問いかけに、答えるべきか一瞬躊躇した。しかし本当の事を知りたいからわざわざ俺に聞いておられるのだから、それを答えない選択肢は俺に与えられている筈もない。


「一部の貴族でございます」


「貴族だと!」


 俺の言葉にウィリアム殿下が目を見開いた。そのウィリアム殿下を横目にして、ガーベル卿が訊ねてくる。


「しかしアルフォード殿、多くの貴族は借金に追われておると、以前そのようにお話されていたはず。その貴族が買い上がりに注ぎ込むお金など、何処にもないのでは?」


 ガーベル卿の指摘は鋭い。全くその通りだ。だが、重要な事をガーベル卿は知らない。


「全くその通りでございます。ですので貴族専用の小麦融資を使って、小麦を買い込んでおるのです」


「ま、まさか・・・・・」


 殿下がハッとした表情を見せた。どうやら殿下は分かったようである。


「『貴族ファンド』か!」


「その通りでございます。『貴族ファンド』が小麦購入に限定した枠外融資を行い、その特別融資を受けた貴族達が片っ端から小麦を買い込んでおります」


「何ということだ!」


 俺の説明を聞いた殿下は絶句した。借金苦に苛まされている筈の貴族が、『貴族ファンド』から借りた特別融資を使って、意図的に小麦価を吊り上げている。そんなバカな、と言いたくなるのも分からない訳ではない。ガーベル卿が聞いてきた。


「しかし、枠外の融資と言えども、融資の額に自ずと限界がございましょう」


「これがそうではないのです」


 俺は借り入れたカネで買った小麦を担保としてカネを借り、再び小麦を買い入れるという『小麦無限回転』という方法について説明すると、あまりの話に殿下とガーベル卿が凍りついてしまった。値が上がった分を担保に入れて融資を受けると話していた頃、表情の固まった二人に代わり、比較的冷静だった長兄スタンが訊ねてくる。

 

「それはつまり小麦の値が上がれば上がるほど、融資を得て小麦が買えるという事になりはしませんか?」


「全くその通りです。値が上がらなければ小麦によってカネが無限回転しません」


「・・・・・それでは小麦を購入する融資が延々と繰り返されて、小麦価格が上がり続けるという事ではないか」


 ガーベル卿は気付いたようである。今の状況では融資の額に限界が来ないということを。

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