429 御苑再び

 休日の昼下がり。リディアの父で宮廷騎士を務めているガーベル卿と、近衛騎士団に所属している長兄スタンが、馬車で学園の馬車溜まりにやってきた。かねての約束である第一王子ウィリアム殿下との会見に赴くため、俺を迎えに来てくれたのである。俺は学園服で乗り込むと、馬車は会場となる御苑へと向かった。


 馬車に乗った俺はガーベル卿やスタンと挨拶を交わすと、すぐさま『装着』で三つ揃の平民服に着替えた。学園服を着て馬車に乗り込んだのは擬態。警戒しておくに越したことはないだろうという判断からである。というのも、ガーベル卿はウィリアム王子付きの宮廷騎士。その人物が乗り込む馬車に平民服を着て乗り込んだら、色々と勘ぐられかねない。


 それでなくとも王妃家ウェストウィック公爵家の嫡嗣モーリスが、断罪イベントで盛大にやらかしているのだ。ここにウィリアム王子の弟である正嫡殿下アルフレッド王子と、宰相家ノルト=クラウディス公爵家の令嬢であるクリス。そしてアウストラリス派の重鎮アンドリュース侯爵の令嬢カテリーナが絡んでいるのだ。


 そこに第一王子であるウィリアム殿下までが登場などすれば、何を言われるか分かったものではない。ましてカテリーナの服事を仰せつかってしまっている以上、要らぬ勘繰りが持たれぬように注意しておくのに越したことはないだろう。俺の服が一瞬で変わったので二人には驚かれたが、『装着』が商人特殊技能であることを説明。


 また学園服から平民服に着替えた理由。「いくら何でも学園服は」との思いで平民服を作った理由を話し、二人には納得してもらったのである。この点に関しては、ガーベル卿もスタンも騎士とはいえ平民なので、俺の気持ちを理解してもらうのにさして難しくはなかった。平民服の話が終わると、ガーベル卿の方から話してきた。


「『トラニアス祭』のこと・・・・・」


「成り行きでガーベル嬢と回る事になりまして・・・・・」


「いやいや。宜しく頼みます」


 怒られるかと思ったら、なんと頭を下げられてしまった。意外な展開に展開に少し驚いたが、「娘の我が儘に付き合ってくれて」と話すガーベル卿を見て、何故か愛羅の事が脳裏に浮かぶ。俺も愛羅の事でこんな話があったら、ガーベル卿と同じ振る舞いをしなければと感じたのである。親らしい事とはガーベル卿の振る舞いの事を言うのだろう。


 馬車は一旦、『グラバーラス・ノルデン』に入り、馬車溜まりで停車した後に再び出発した。おそらくは馬車に王室の紋章を付けるためだろう。前回のウィリアム殿下との会見時はガーベル邸からの出発で、その時に紋章を付けていた。付けていないと御苑に馬車が入ることはできないし、付けていたら滅多な場所にはいけない。


 学園の馬車溜まりなんかで王家の紋章付きの馬車に俺が乗り込んでいるところを見られでもしたら大変な事になる。それこそ「平民に王家の馬車を載せた」と、どこからでもなく指弾されることは確実。クリスと同乗するのでさえも神経を使うのだ。王家となれば尚更の話である。俺はスタンに近衛騎士団の状況について訊ねた。


「スタン殿。例の件から近衛騎士団の方も何かと慌ただしいと聞いておりますが・・・・・」


「はい。『常在戦場』との緊密化を図る為、合同訓練を」


 スタンの話からドーベルウィン伯の話が本当なのが分かった。昨日、ファリオさんが率いる第四警護団の控室でドーベルウィン伯らとその話になったのである。実は『オリハルコンの大盾』の改造版の話がどうなったのかを聞くために控室に赴いたのだが、そこにドーベルウィン伯とスピアリット子爵が居合わせていたのだ。


 ドーベルウィン伯が言うには『常在戦場』の警備団が強化されたのに合わせ、近衛騎士団と警備団との合同訓練を行っているのだが、双方慣れずにあたふたして困っているらしい。そもそも合同訓練の発案者がドーベルウィン伯で、やはり考えた人間が率先して指導すべきだと、スピアリット子爵が対処法を提案していた。


 こういう時にドーベルウィン伯が無役である事が響いていると、妙に焚き付けにかかるスピアリット子爵を見て、本当に物騒な人だと苦笑してしまった。ドーベルウィン伯は春休みとなり学園の生徒達の指導も一段落付いたので、近衛騎士団の訓練に自主参加して直接指導に入るとのこと。そう言ってスピアリット子爵をなだめている。


 それでも「甘い、甘いぞ」と悪態をつくスピアリット子爵に、ドーベルウィン伯は来週王宮に参内して内大臣トーレンス候に直接具申すると話していた。なんでも暴動対策の件を聞きたいと、内大臣の側から照会があったらしい。これを受けての参内ということで、宮廷内でも暴動を脅威とみなすようになったのかと思った。


 で、肝心の『オリハルコンの大盾』だが、改造版は順調に納入されており、武器商人ディフェルナルの努力もあって既に六百帖が納入済み。加えて月末までに四百帖が入ってくるとファリオさんが話していたので、ムファスタ支部にある大盾を上手に交換して欲しいと頼んでおいた。ムファスタ支部には旧版の大盾が多数ある為である。


 ムファスタと王都では距離がある為、優先的に交換しておかないと急には対応できない。だから先に手筈を打っておこうと考えたのだ。そもそもムファスタへの大盾配備の優先を考えてくれたのはファリオさんであり、ムファスタには第四警護隊副隊長だったアップルタウンがいるので、調整は二人に任せるのが一番だろう。


 馬車は御苑の門をくぐった。平民どころか貴族でさえも中々入ることができない空間。道の両側にある木々や草花が手入れされているのは言うまでもない。三者協議が行われた離宮を馬車が横切る。前回のルートよりも離宮に近い道を通っており。その建物がハッキリと見えたが、その壮麗さは変わることがなかった。


 牧歌的な自然式庭園の中を進むと、別荘というべき建物が見えてきた。前にウィリアム殿下と会見した建物である。馬車の停車位置も同じ場所であることを考えれば、今回もこの建物の中で会見が行われるようだ。ガーベル卿の先導で建物の中に入ると、赤絨毯の廊下を歩いて奥の部屋へと案内された。前回の会見と同じ応接室である。


「おお、アルフォードよ、久しいな」


 そこには第一王子。正嫡殿下の兄ウィリアム・フレデリック・シェルダー・アルービオ=ノルデン。ウィリアム殿下が立っていた。


「はっ。『常在戦場』の臣従儀礼以来でございます」


 そう答えると、ウィリアム殿下がにこやかに笑いながら、俺に席へと座るように促した。俺が殿下の対面に座ると、向かって右にはガーベル卿、左側には長男スタンがそれぞれ座る。殿下は早速、儀礼についての感想を述べられた


「実に素晴らしい儀礼であったぞ。先日、王都にて発生したという紛擾ふんじょうも抑えたと」


「それは近衛騎士団の力とドーベルウィン伯の指揮があってのことでございます」


 女官が紅茶を運んできたので部屋から立ち去った後、俺はウィリアム殿下の話を訂正しておいた。近衛騎士団に属しているスタンがいる手前、そちらの方をフォローしておかなければマズイと思ったからである。ウィリアム王子が『常在戦場』を持ち上げたという話をスタン経由で耳にして、近衛騎士団の連中がヘソを曲げられたら困るからだ。


 また、そのような事態となれば、立場が強くないと思われるウィリアム殿下にとっても不利。殿下の従者に近い振る舞いをしてきたというスタンが、殿下に害が及ぶと思しき事をするとは考えにくいが、警戒するに越したことない。俺の言葉に殿下は頷くと、今度はドーベルウィン伯の話を訊ねられた。


「うむ、しかし伯がどのようにして指揮を執ったと言うのだ?」


「実は『常在戦場』の団長であるグレックナーと警備団長のフレミングが、かつてドーベルウィン伯が近衛騎士団の団長を務めていた時の部下であった事と、近衛騎士団の団長であるスクロード男爵とレアクレーナ卿が共に親戚だった事で、双方を繋がれておられた為でございます」


「なんと!」


「近衛騎士団と『常在戦場』。ドーベルウィン伯は双方からの信望を得ておられ、それ故皆が閣下の指示に対し速やかに従った事による結果が、あのラトアン広場での出来事を抑えるという結果に結びついております」


「殿下。アルフォード殿の申される通りでございます。現在、我が近衛騎士団と『常在戦場』は前回の結果を踏まえ、関係をより深化させるべく共同訓練を行っておるところ」


 俺の話をスタンがフォローしてくれた。こういう時に事情を知っている者がいると助かる。


「共同で訓練をしているというのか」


「はい。ドーベルウィン伯は、その橋渡しを行われておられます」


 スタンの話を聞いた殿下は大きく頷くと、ドーベルウィン伯の現在の役について訊ねられたので、俺が今は無役であられると答えた。


「無役であると!」


「正確には学園指南として、スピアリット子爵と共に生徒を指導なされておられますが・・・・・」


「おおっ! 剣聖閣下か!」


 ウィリアム殿下は、スピアリット子爵の名を聞いて目を輝かせた。幼少期、剣の指導を受けたのだという。


「厳しい方であったが、熱心な指導を受けた」


 殿下は本人曰く、剣の腕前が今ひとつであるそうだ。


「その点、アルフレッドの剣技は優れておる」


「先日の『園院対抗戦』では学園を勝利に導く大活躍をなされておられました」


「その話は手紙を通じて、アルフレッドより教えてもらった。中々の戦いだったらしいな」


 俺は殿下に『園院対抗戦』の模様を話した。学院側の出場者が猛者揃いであったことや、学園が苦戦続きであったことなどである。俺の話に殿下だけではなく、ガーベル卿やスタンも熱心に耳を傾けた。聞くとガーベル卿もスタンも本選出場者だったそうで、その腕前は中々のものだったらしい。騎士になっているのだから、当然と言えば当然の話ではある。

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