428 留学

 『学園親睦会』においてウェストウィック公爵家の嫡嗣モーリスが、アンドリュース侯爵令嬢カテリーナに対して婚約破棄を告げた件を知ったアンドリュース候が、カテリーナに対して直ぐに屋敷へ戻るようにと、封書を送ってきているらしい。話を聞いていてもアンドリュース候が苛立っているのが分かる。だからすぐに帰れと催促しているのだ。


「モーリス様に関しては、もう気にしてはおらぬ。諦め申した。それよりも父上が、私の話を聞かれぬ可能性がある方が気掛かり」


 カテリーナは大きく溜息をついた。どうやらカテリーナにとっては、モーリスの事よりも父であるアンドリュース侯の対応の方が気掛かりであるらしい。しかし俺も愛羅からこんな感じで溜息をつかれていたのかな。その可能性が高そうなので、それ以上は考えないようにした。


「そこで、アルフォードよ。アンドリュース侯爵令嬢の服事を頼めぬか?」


「ふ、服事をですか・・・・・」


 もしかして、俺を貴賓室に呼んだのはその話なのか? 服事とは家の外の者が付き従う事を指す。例えば先日、クリスがラトアン広場へ宰相閣下と共に視察へと出向いた際、俺が随伴したがあれは服事だ。対してアイリやレティは「行儀見習い」「近侍」という扱いだったので「内の人」となる。「外の人」が付き従うのが服事の意味。


「余もこの立場。それ故、口添えが出来ぬ。まして従兄弟の所業であるから尚更の事」


「ですが・・・・・」


「私の方からもお願いします」


 戸惑う俺にクリスも頼んできた。王妃家であるウェストウィック公とアンドリュース侯との話を宰相家の者が間に入る訳にはいかないというのである。確かにそれはそうだ。クリスの隣にいるレティが口を開く。


「我が家はエルベール派なので、介在するには微妙過ぎるの。だからグレン、お願い!」


 レティが拝み倒してきた。いやいやいや、俺、貴族じゃないから。そんな事、言われたって困る。


「レティシア。グレンなら受けてくれるわ。心配しないで」


「クリスティーナ・・・・・」


「ですわね、グレン」


 クリスとレティが俺の方を見てくる。それはお願いじゃなくて強訴と言うんだ。


「わらわからもお頼み申したい。我の事で公爵令嬢や子爵夫人に頭を下げさせる訳には参らぬ」


 カテリーナが頭を下げてきた。そこへ殿下が改めて言ってくる。


「アルフォードよ。すまぬが服事の事、受けてはくれぬか。これができるのは、ある程度事情を把握しながら貴族ではない、そちにしか出来ぬ。アンドリュース侯爵令嬢の助勢を頼みたい」


 俺には最初から断る方法なぞ無かったのである。カテリーナをどう助ければ良いのかは分からないが、服事の話を受けざる得なかった。


「分かりました、侯爵令嬢。微力ながら御助力申し上げます」


「よろしくお願いしますぞ、アルフォード」


 カテリーナはそう言うと、自身の後ろに控える従者ニルス・シュラーが頭を下げる。カテリーナ遭遇した際に従者として付き従っているので、何度も顔を合わせていたが、シュラーという名前は今初めて知った。留学の話が纏まり次第、このシェラーを通じて俺に知らせる事が決まったので、会合は散開となったのである。


 これから殿下は王宮に、クリスは王都の屋敷に、そしてレティは領地に帰るとの事。俺は昨日からずっと持っている疑問、どうしてカテリーナに助太刀したのかについて、遠巻きに聞いてみた。しかし三人とも、一方的に指弾されているカテリーナを「見ていられなかった」と話すのみで、なかなかその理由について話してくれない。


 それどころか、レティから「春休みが終わる頃にはミカエルを連れてくるからよろしくね」と言われてしまったので、「お、おう」と返事をする始末。結局、誰からも昨日の一件で詳しい話を聞くことはできなかった。三人と従者達が立ち去った後、カテリーナが「よろしく頼みますよ」と言ってきたので、「分かりました」と一礼するしかなかった。


 ――返事はしたものの、何をどうやったら良いのかサッパリ分からないのが、カテリーナの服事のこと。貴族でもない俺がカテリーナの為にやれることは限られている。それにゲーム中のカテリーナの印象は「おじゃま虫」という印象しかないので、ゲーム知識がまるで役に立たない。どうすればいいのか困っていたところに、一つの方法が閃いた。


(ディールに協力してもらおう!)


 ディールには小麦融資の件で貸しがある。それにディール子爵家はアンドリュース侯爵家と同じアウストラリス派。少なくとも商人の俺よりかはずっと近い。宰相派の領袖家ノルト=クラウディス公爵家やエルベール派に属するリッチェル子爵家よりも近いだろう。それにディールは春休みに入っても、暫くは学園に留まると言っていたからな。


「えっ、俺かよ!」


 ロタスティの個室で俺の話を聞いたディールは驚いている。昨日の行われた『学園親睦会』で起こった婚約破棄という事件。その事件の渦中にいるアンドリュース侯爵令嬢カテリーナの話が、まさか自分のところにやってくるとは思わなかったのだろう。ディールは俺に「本気か、お前!」と迫ってきた。


「いくら我が家がアウストラリス派に属しているからといっても一子爵家。侯爵閣下どころか侯爵令嬢とも、おいそれとお話ができる立場じゃない。お前の力になんて、限りなくなれないぞ!」


 ディールは自分じゃ役に立たないと言っているだけで、断りはしなかった。


「それでもいいよ。商人の俺と貴族のお前では立場が全く違う。同行してくれるだけでも有り難い」


「そう言ってもらえると嬉しいが、いいのかそれで?」


「ああ、十分だ」


 だったらいいぞ、とディールは快く協力を約束してくれた。その代わりとばかりディールが聞いてくる。


「なぁ、どうして殿下や公爵令嬢が、侯爵令嬢をお助けされたのだ? それを言ったら、リッチェル子爵夫人がウェストウィック公爵嫡嗣に噛み付いた事自体、謎なんだが・・・・・」


「そうだよなぁ」


「グレンも心当たりはないのか?」


「そうなんだよ」


 俺が頷くと、ディールが「お前でも知らないのか」と驚いている。さっきの貴賓室でもクリスを初めレティも殿下も、モーリスの振る舞いが見ていられなくなったので、出てきたのだと話していた。だからそれ以上、詳しい話を聞くことはできなかったのである。ディールから、クリスとあれだけ仲がいいのにと言われたので、思わず声が出てしまった。


「いやいやいやいや」


「誰がどう見ても仲がいいだろ。公爵令嬢なんかお前しか見てないじゃん!」


 他人からはそう見えているのか! 俺は俺なりに気をつけているつもりなのだが・・・・・


「何か大きな身分差を乗り越えそうだもんな。皆、口には出さないようにしているようだが、多分そう見てるぞ」


「えっ!」


 ディールの言葉に衝撃を受けた。皆がクリスと俺をそう見ているのか・・・・・ 確かにクリスは俺しか見ていないのは分かるし、親密な仲なのは認めざる得ない。しかし、だからといって一線を越えてはいないし、クリスの方も基本的には分別をつけて振る舞っていると思う。たまにやらかしているような気はするが・・・・・


「しかしグレンが何も聞いていないのなら、どんな意図で侯爵令嬢をお助けされたのか分からないよな」


「ああ。いきなりレティがモーリスにフッかけたんでビックリしたよ。二人の間に入ろうかと思ったら、レティが出てきていた」


「凄かったよな、あれ。極めつけは「いつかは子爵」だよ。あれをあそこで言うかって。あまりの事にクラートが仰け反っていたよ」


 笑いながらディールは言った。あの話は『学園親睦会』が終わった後も、貴族子弟が笑いあっていたらしい。どうやらあの「いつかは子爵」で、モーリスの婚約破棄宣言の話は薄まってしまったようだ。もしそれが狙いだったとしたら、レティの深謀遠慮はハンパない事になるのだが・・・・・ 多分、それは大きな勘違いだと思う。


「あれでポーランジェも暫くの間、大人しくなると思うぞ。皆言うからな。「いつかは子爵」って」


 ディールがクラートから聞いた話によると、ポーランジェはモーリスとの関係を大っぴらにし、それを周りにひけらかしていたので、貴族子弟からは総スカンを食らっていたとのこと。当たり前だよな。しかしポーランジェの相手は、王妃家であるウェストウィック公爵家の嫡嗣。モーリスの身分が高すぎて、ポーランジェに手出しができない状態。


 その為、アウストラリス派に属するクラートも言うに言えず、ポーランジェに対して歯噛みをしていたそうだ。あの強気のクラートでさえも言えないのだから、身分制度というヤツは恐ろしい。階級だけで人の口を封じるのだから。この話はアウストラリス派の子弟の間でも問題になっていたが、結局誰もカテリーナに助勢しなかった。


「まぁ公爵嫡嗣に腰が引けてしまって、我が派に属する侯爵令嬢へ加勢できなかったのは、本当に恥ずかしい話だがな」


 ディールは自嘲気味に言う。その上でカテリーナの話、無力でも良ければ協力したいと思ったと、その動機を話してくれた。ディールはディールなりに後ろめたさを解消したいと考えたようである。なるほど、それで快諾してくれたのか。だったら、尚更協力してカテリーナを助けないといけないな。


「何も恥じることはない。間に入ることができなかったのは俺も同じだからな」


「グレン・・・・・」


「やれない事を悔いても仕方がない。俺達はやれる限りの事をやればいいんだ」


「ああ。そう言ってくれると気持ちが楽になったよ。侯爵令嬢が留学なされるまでの間、俺ができる事は何でもやらせてもらうよ。それまで学園にいるからいつでも言ってくれ」


 ディールは改めて協力を表明してくれたので、俺の方も気持ちが楽になった。確かに一人でやるのは気が楽なのだが、よく分からない貴族社会の話を触るのはやはり不安。ましてアウストラリス派という、領袖が三商会陣営と対立関係にあるフェレット=トゥーリッド枢軸と手を結んでいる派閥。その派閥に属すディールの助力表明は、非常に心強かった。

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