424 学園親睦会

 今日は『学園親睦会』の日。これで学年末とあって、皆の顔は晴れやかだった。この懇親会に参加するのは一年生から四年生の在校生。五年生は既に卒業したので、親睦会には参加しない。まぁ、上級生とはいっても、生徒会長のアークケネッシュや副会長のエクスターナ、あと元生徒会長のトーリスぐらいしか知らないのでどうでもいいのだが。


 副会長のクライド・ネスト・エクスターナとは、廊下で会った時など言葉を交わしていた。エクスターナの家は子爵家なのだが、四男なので家はまず継げない。剣技もイマイチなので、宰相府で官吏の道を歩むことにしたと話していた。何処に配属される予定かを聞いたら、兵務部という近衛騎士団や王都警備隊の事務一切を行う部門であるらしい。


 この国の機構というのは何度聞いても分からない部分がある。特に分からないのが、近衛騎士団や王都警備隊といった軍事部門らしきところの話。近衛騎士団の管轄は内廷なのに、采配は宰相府。王都警備隊は軍事部門らしいのに、管轄は内大臣府。なのに事務は宰相府兵務部が行うという、全くデタラメな役割分担に、こちらの頭がおかしくなる。


 ずっとこの世界にいる訳じゃないので、そんな事を考えても仕方がないのだが、こういった部分でエレノ世界という異世界との文化の違いを感じてしまう。話は違うがアークケネッシュも宰相府入りして、官吏部という官吏の給与等を管理する部署への配属が決まったそうである。因みにトーリスの方は、官吏に採用されなかったのは言うまでもない。


 昨日ディールは屋敷を出る際、俺の耳元で囁いた。「暫く屋敷には戻らない」と。どうしてなのかと聞いたら、家の話でお腹いっぱいなので、帰る気が失せたというのである。だから春休み中も、暫くの間は学園にいるという。普通、休みになると王都の屋敷なり領地に帰るのが貴族だろうと聞くと、そうなんだが勉強を理由に寮に留まると、苦笑いしていた。


「兄貴には悪いが、気持ちの整理をしてから戻ってくるよ」


 ディールは春休み、学園にいる間は魔法の勉強に費やすつもりだと俺に話した。よく考えればディール、レティと同じ雷属性魔法の使い手なんだよな。俺が商人属性で本格的な魔法が使えないものだから、魔法関連の話は全く分からない。


「今回の一件でつくづく思ったよ。今のうちから働き口を見つけてなきゃダメだって」


「アテがあるのか?」


「ああ。卒業したら魔塔で働こうかなって」


 ええ! 魔塔で働くのか? 貴族らしからぬ就職先に俺は驚いた。聞くと魔塔の稼ぎは十万ラントからと、なかなかいいらしい。そういえば魔装具の維持費も高いから、働いている者の稼ぎもいいのは当然か。


「貴族ってったって三男じゃん。騎士なんて俺には無理だし、可能性があるのは魔道士かな、って」


 魔術師の方は無理でも、魔道士ならば引っかかりそうだとディールは言う。しかし魔術師と魔道士、同じようなものなのに、名称は別々。どんな違いがあるのだろうか?


「魔術師って研究者や教える側の人間。それに対して魔道士は、術を使って直接稼ぐ人間なんだよ」


「そんな違いがあったのか!」


 ディールに教えてもらって、その違いが理解できた。よくよく考えたらサルンアフィアもオルスワードも研究者であり、教育者の立場。だから魔術師か。対して天才魔道士ブラッドはゲーム上において、魔法使いとして直接カネを稼ぐ事を目標にしていたな。だから魔道士ということか。ようやく全ての疑問が氷解した。


「いくら貴族って言っても三男は三男。兄貴は家を継がなきゃならない立場になったとしても、俺には関係ないからな。だから術師としてのレベルを上げて、働き口を確保しなきゃダメだと実感したよ」


 馬車が屋敷から学園へと向かう準備をする僅かな時間、ディールが俺にそんな事を話したのである。ドーベルウィン戦での決闘賭博で、親に話してカネを無心し、持ち金全てをつぎ込んで全額スッたバカ貴族から、よくぞここまで成長したもんだな。ディールの成長に比べ、伸びしろがないよな俺と思った。まぁ、おじさんだから仕方がないのだが。


 ディールと別れた俺は、一人会場の隅で立っていた。何せ貴族や騎士、地主といった支配階層が圧倒的多数のサルンアフィア学園。当たり前だが、モブ外平民最下層の商人出身である俺に居場所なんてものはない。それでもこの親睦会に参加する理由はただ一つ。『世のことわり』が発動して、断罪イベントが発動するのかという一点である。


 このままいけば、断罪するのは正嫡殿下のポジションにいるウェストウィック公爵嫡嗣モーリス、断罪されるのはクリスのポジションである婚約者、アンドリュース侯爵令嬢カテリーナである。しかし見た所、カテリーナに断罪されるような要素は全く見られない。むしろモーリスに諫言したことを煙たがれているぐらいだ。


 またヒロインのポジションに収まっているポーランジェ男爵息女エレーヌに対しても、嫌がらせをしているようには感じられなかった。もちろん、俺が見ている範囲に限定される話なのだが、少なくともカテリーナに非があるようには見られない。むしろ問題が多いのはモーリスの方で、傲慢で無礼。婚約者の言葉を無視する辺り、度を超していると思う。


 モーリスのポジションにいる正嫡殿下が、乙女ゲーム『エレノオーレ!』でそのような振る舞いが全く描写されていないので、おそらくはモーリスの個人的な気質なのだろう。『学園親睦会』で起こる断罪イベントでは、殿下の婚約者であるクリスがヒロインに対して己の地位を振りかざし、度重なる嫌がらせを行った事に殿下が怒ってイベントが発生する。


 ところがカテリーナが己の家を持ち出して、そのような事をした形跡が皆無なので本当にイベントが発生するのかどうか、俺は疑問視しているのだ。しかし『世のことわり』の強制力というもの、破談となった正嫡殿下とクリスとは別の人物で実現させるなど、半端なく強力なので警戒するに越したことはないのだ。


 話は変わるが『学園親睦会』とは何か? 一口で言えば年末に行われた『学園舞踊会』と同じようなダンスパーティーなのだが、違う部分が二つある。一つ目はドレスコード、二つ目はワインが飲めないという部分。ここで言うドレスコードとは、単に指定された装いではなく、身分に基づいた正装のこと。


 つまり貴族なら貴族服、騎士なら騎士服を着ることを求められているという訳だ。つまり商人身分である俺ならば商人服となるのだが、社畜はスーツを着るものだと、敢えて平民服で参加することにした。サルンアフィア学園には町人や農民、職工といった一般的な平民子弟が通ってないので、平民階級の正装について詳しくは知らない。


 よって身分的な正装について、厳密に意識する必要は無いだろうと思ったのだ。それに既定では「正装、またはそれに準じた・・・服装」と明記されている訳で、準じた服装である平民服でとやかく言われる事はないだろう。ディールではないが、無敵市民バンザイである。


 その『学園親睦会』が始まったようである。どうして他動表現なのかといえば、勝手に始まっていたからである。これがエレノ世界がエレノ世界と言える所以。普通、式典が始まったら挨拶なり宣言なりがあるだろう。ところがどういったものが全くなく、いつの間にか始まっている。このサルンアフィア学園のおかしさを上げればキリがない。


 例えば先輩後輩の交流が殆ど無いという部分もその一つ。だからディールの次兄ジャマールの事も全く知らなかった。確かにロタスティでは上級生は見かけるが、鍛錬場ではあまり見かけない。普段は何処にいるのだろうか? どうにもこうにもサルンアフィア学園、いやエレノ世界の構造というものは未だに分からない部分がある。


 会場の真ん中ではダンスが行われている。『学園舞踊会』と同じ社交ダンスのようだ。ダンスの授業に出ていないので、俺は全く踊れない。だからどうでもいいイベントである。それでも『学園舞踊会』の時はワインが飲めた。しかし今日の『学園親睦会』はそれすら飲めない。退屈な時間をどう過ごすか考えている間に時間が過ぎていった。


「グレン。見ぃつけた!」


 俺の腕をグッと掴んだのはアイリ。会場の端にいる俺をわざわざ見つけてくれたようだ。今日のアイリの服装はネイビーのジャケットにベージュのブラウス、ラベンダーのロングスカート。上下別のツーピースなのは地主騎士の正装である。これが貴族の娘であれば正絹のドレス。意外だったのは服を選んでくれたのはレティだったという。


 非常によく似合っているので、レティのセンスには感心した。一方、服を選んでもらったアイリは上機嫌である。今日は踊らないのかと聞いたら、俺とだったら踊るけれどと嬉しい言葉で返してくれた。だが、アイリが踊りたければ踊ってもいいよと改めて言うと、今日は踊る予定はないの、と言いながら今度は俺に聞いてきた。


「こんなところにどうしているの?」


「いや、終わるのを待っているからさ」


「『学園親睦会』が?」


「そう。何もなく終わるのをな」


 ふ~ん、とアイリが返してきた。今日で学年末。何事もなく終わるように願っていてもおかしくないだろうに、アイリは俺の答えに不満のようだ。


「なんだか早く時間が過ぎて欲しいみたいに聞こえる」


「この会の間はそう思っているよ」


 事実である。この会で特に用事がある訳ではないので、何事もなくさっさと終わって欲しい。


「じゃあ、私と二人の時は?」


「当たり前じゃないか、時間が少しでも遅くなって欲しいよ」


「良かったぁ!」


 アイリが無邪気に喜んでいる。アイリ、こっちの話も事実なんだよ。アイリと二人で過ごす時間が惜しくて仕方がない。俺が帰る時間は刻一刻と近付いている。それを肌で感じているからこそ、少しでも遅くなって欲しいと思うんだ。我儘かもしれないが、イヤな時間は早く過ぎ去り、いい時間は長く続いて欲しい。これは偽らざる本心である。


 そんなやりとりをしていると、会場の真ん中の方が何やら騒がしい。暫く経っても収まらないので、何事かと見るとカテリーナとモーリスが言い争っていた。これはまさか・・・・・ この既視感。乙女ゲームお決まりの、あのイベントが始まったのだ!

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