423 采配権

 ディール子爵家の采配権を渡されたジャマールと俺との話。それがなんとも芝居がかったやり取りなのは、この場にいる全員が分かっているであろう。しかしそうでなければ話が成立しない以上、この三文芝居を行わなければならないのである。ここで子爵夫人が口を開いた。


「聞くところによれば、アルフォード殿の姉殿は貴族家の財務に詳しいとか。もし見ていただけるのであれば、この際、我が家とラヴァン男爵家とトージア男爵家の財務を合わせてお願いできれば良いのでは?」


「母上の仰る通りでございます。いかがでしょうか?」


 ジャマールからの言葉を受けて、リサがこちらを見てきた。聞くとラヴァン男爵家とトージア男爵家は、共にディール子爵家の陪臣であるとの事。それを聞いた俺がリサに顔を向けて頷くと、リサが頷き返してくる。リサは視線を子爵夫人の方に戻すと、答えを返した。


「弟グレンと同様、断る理由は全くございまいせん。謹んでお受けしたいと存じます」


 リサはディール家からの要請に頭を下げた。これを受けて、ディール子爵夫人と采配権を得たジャマールは頷く。これによって俺達は、ディール子爵家を含めた三家の財務を見ることと、小麦融資からの撤退についてのアドバイスを行う役を担うこととなったのである。


 全く皮肉な話なのだが貴族派とフェレット=トゥーリッド枢軸が作った『貴族ファンド』の動きによって、三商会連合側の人間である筈の俺達が、貴族派中の貴族派であるアウストラリス派に属する貴族家に食い込だ形になったという訳だ。作用と反作用とは言うものの、まさかまさかの展開に、醍醐味とはこういう事を言うのかと感心した。


 ――話し合いが終わると、そのまま晩餐会となった。先週は子爵夫人が晩餐を誘ったにも関わらず、ジャマールやディールが「お腹がいっぱい」だと断ったのだが、今日は夫人が断る「間」すら与えなかったのである。母は強しというが、学習して先手を打ったという訳だ。話し合いが終わると侍女を呼んで、速やかに食事を出させたのだから。


 当然ながら俺とリサもこの晩餐に呼ばれる形になったのだが、タダでという訳にもいかないと、『収納』で白ワイン『グロズヌーラ・ディル・デ・フォエゾ』を出して、夫人に贈った。すると「まぁ! これを」と大層喜んだのだが、あまりに喜ぶのを見て、ディールがその理由を訊ねた。おそらく母親がそこまで喜ぶ理由が分からなかったのだろう。


「この銘柄はね、「襲爵式」の際に出されるものなのよ」


 嬉しそうに話す母親を見て、ジャマールもディールも「ええっ」と驚いている。ディールが俺の方を見て言ってきた。


「グレン。お前、知ってたのか?」


「もちろんだ。だからお渡ししたのだ。今日はディール子爵家の新しい一ページだろ」


「そうですわ。ジャマール、クリフトフ。今後のこの家は貴方達の双肩にかかっているのよ。しっかりと腹を据えておやりなさい」


「・・・・・は、はい」

「・・・・・はい」


 上機嫌な子爵夫人に戸惑いながら返事をする二人。意図通りの事を進める前者と、よく分からない間にこうなってしまった後者とのコントラストが激しい。子爵夫人が給仕の手で注がれた『グロズヌーラ・ディル・デ・フォエゾ』を上品に飲み干す姿を見ると、やはり貴族の妻室というものは一味違うものなのだと思ってしまう。


「ところで、夫人はどうして私をご存知だったのでしょうか?」


 和やかな雰囲気の中、リサが自分の事を知っている事情について訊ねた。なるほど、確かにそうだ。リサの仕事について子爵夫人が初めから知っていたような感じだったので、それを疑問に思うのは当然といえば当然である。すると夫人がにこやかに答えた。


母様ははさまからのふみで知りました」


 「母様」。すなわちディール子爵領に住まう、前ディール子爵の妻室である姑からの情報だというのである。子爵領に隣接しているボルトン卿の夫人を通じてリサの話を姑が知り、封書で夫人に伝えてたらしい。確かこのボルトン卿とは、伯爵家の嫡嗣であるアーサーを指すのではなく、ボルトン伯の遠縁で地主騎士の従祖叔父いとこおおおじのこと。


「ボーゲル様から!」


 驚くリサの口から初めて聞く人物の名が出た。聞くとボーゲル様というのは、ボルトン卿の家を指すらしい。ボーゲル村を領している事からそう呼ばれているそうである。以前ボルトン伯から頼まれた一門の財務分析に際し、リサがボルトン卿の分析を行ってアドバイスを行った。その話をディール子爵家の「母様」が聞いたようである。


「ですので、先週アルフォード殿からの話を聞いて、これは依頼するべきだと思ったのです」


 意外すぎる話の展開に、俺はリサと顔を見合わせた。ここで貴族派第一派閥のアウストラリス派貴族と、中間派貴族の取りまとめ役であるボルトン家が、こんな形で繋がってくるなんて予想できないだろう。貴族家の地下茎での繋がりは半端じゃない。封書でその事を姑に伝えると「受けなさい」との返事が返ってきたと夫人は話した。


「グレン! お前、そんな事までしていたのか!」


「いやいや、成り行きなんだよ」


 びっくりして聞いてくるディールに、その経緯を説明した。家のカネが足りぬとアーサーが賃借を求めてきたので、そのカネを借りてもいずれ破綻すると、カネを貸さずに伯爵家にカネを貸している業者と交渉した件についてだ。俺の話にディールだけではなく、次兄ジャマールやクラートも呆気にとられている。夫人は落ち着いた表情で口を開いた。


「ジャマール。貴方がアルフォード殿を推挙した時、これなら分かると思いました」


「まさか母上がそのような事情を存じておられたとは」


 思いがけないといった感じで話すジャマールに対して、冷静な子爵夫人の姿が対照的だ。おそらく夫人は話を知っていたのだろう。采配権を得たジャマールに、これを機としてリサのアドバイスを受け、子爵家の財務を改めれば良いと夫人は言った。夫人はワインをグラスのワインを丁寧に飲み干すと、黙ったままのクラートに声をかける。


「シャル。次はクラートの家よ」


「母上! そ、それは・・・・・」


 母の口から出た言葉に驚愕するディール。自分の家のことを言われてハッとした表情となっているクラートと、話を聞いて目が点となっている采配権者ジャマール。あまりの展開に二人共理解が追いついていないのだろう。ディールが恐る恐る夫人に聞く。


「母上・・・・・ 次とは・・・・・」


「あらっ!」


 戸惑うディールに対して、やっちゃったという表情を見せる夫人。「しまった!」というより、悪戯がバレた少女のようだ。ムフフと笑っている夫人に対し、ディールやクラート、次兄ジャマールの方は呆気にとられてしまったようで、固まってしまっていた。もしや君達、子爵夫人の三文芝居を今まで信じていたというのか?


「我が家でも急にこんな事がありましたから、クラート家でも起こるかもとお話しただけです」


 待て待て待て! 今更そんな話を誰が信じるというのか! 「偶然だよ、偶然」って、予告された偶然なんか何処にあるのだ。ここまでくると、そんな事をサラリと言ってしまえる、夫人の厚かましさが清々しい。


「母上! 父上と兄上に何を・・・・・」


「何もしていませんわ。私はただ母様からの便りを受けて手配を行っただけです」


 次兄ジャマールが遠慮がちに聞いてきた疑念の声に対し、何事もなかったと子爵夫人は堂々と主張した。確かに夫人は王都の屋敷に留まっているのだから、何もやっていないのは間違いはない。もっとも、直接的にはという条件付きなのだが。ディールが母である子爵夫人に問う。


「母上。母様に何をお伝えされたのですか!」


「事実をお知らせしたのです。すると母様が具合が悪くなられたとお知らせがあり、お父様とパトリスに領地へ来るようにと仰せられました」


「そ、それは・・・・・」


 絶句するディール。どうやらディールは、母と祖母の三文芝居を本当に気付いていなかったようである。先週、『貴族ファンド』との契約書を読むために俺が訪れた際、子爵夫人は皆に言っていたではないか。「覚悟を決めるように」と。あの時、既に腹は決まっていたのである。


 夫と長男を所領に押し込めることを。おそらくは夫人単独ではなく、領地にいる姑と共謀してのこと。夫人の姑、子爵の実母でありディールらの祖母。嫁からも「母様」と呼ばれる前子爵の妻室が、どのようにして領地へ見舞いにやってきた子爵や嫡嗣を「押し込め」たのだろうか。


 つまりどのように「軟禁」して采配権を譲渡する書類にサインをさせ、嫡嗣の地位を放棄させたのか? その方法や手順について、興味がそそられるのは事実だが、俺が知っても仕方がない。それにディール家と陪臣の家の財務状況を調べることになったリサが、色々調べていく中で、詳しい事情が分かってくる筈。そのときに知れば十分だろう。


「母上。父上や兄上は元気なのですね」


「母様からの便りでは命に別状はないと書かれております」


「・・・・・そうですか」


 次兄ジャマールは、夫人の説明を聞いて引き下がった。ジャマールの祖母、「母様」はディール子爵家の中において、かなりの力を持っているようである。男尊女卑のエレノ世界にあって、家中の話とはいえ、どうしてここまでの力を持つに至ったのだろうか? 領地に住まうディール子爵家の「母様」は、相当な実力者のようである。


「何もやましい事はありません。今の貴方がたは、家を守ることに専心しなさい」


 子爵夫人は子供達にそう諭した。これ以上聞くなと、言ったと考えてもいいだろう。雰囲気を見るに、夫人の言葉を次兄ジャマールも三男であるディールも受け入れたようである。貴族の家で生きるという事は、常に斯様な事態と隣り合わせなのだという事なのだろう。息子達の態度を見届けた子爵夫人は、グラスのワインを飲み干した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る